レオナルド、次世代型テイルトローター機「NGCTR」の開発へ


2017-03-14(平成29年) 松尾芳郎

 レオナルドNGCTR機

図1:(Leonard) 水平巡航中のNGCTR機の想像図。巡航速度は「AW609」の275 ktより早くなる。両翼端には固定式エンジンとテイルテイング・ギアボックス、その内側にはプロップローターがある。実証機の初飛行は2023年の予定。

AW609, 1

図2:(AgustaWestland) レオナルド・ヘリコプター社の民間用テイルトローター機「AW609」の試作1号機{AC1}。エンジンは、V-22オスプレイと同じようにローターと直結し、垂直飛行時には95度まで回転する。

 

アグウスタ・ウエストランド(AgustaWestland)社ことレオナルド・ヘリコプター(Leonardo Helicopter)社が作る双発のテイルトローター機「AW609」はベル・ボーイング製V-22オスプレイに似ているが小型の民間用テイルトローター機である。レオナルド社は、初飛行から14年経過してやっと型式証明取得の目処がついたのを受けて、この程同形式の大型輸送機 (NGCTR) の開発構想を発表した。

 

レオナルド「AW609」の型式証明取得は2018年を目指す

オフィスのあるビルの屋上から「AW609」に乗り込み、雲の上を飛んで500 km離れた場所にわずか1時間で到着できる。「AW609」は与圧装置付きキャビン、固定翼でヘリコプターと同じように垂直離着陸ができ、ヘリコプターより高速で高空を飛べる。

「AW609」は通常のヘリの2倍の速度と航続距離の性能を持つので、乗客輸送だけでなく救難、沿岸監視、偵察などに使える多目的回転翼機として使えそうだ。

胴体を含む機体構造は複合材製で軽量化を図り、与圧装置付き静粛なキャビンを備え巡航高度は20,000- 25,000 ft (6,000-7,600 m)。翼幅は34 ft 、ローターの直径は26 ft、全長は同社製の中型へりAW139と同じ、地上騒音は静かで都心の既存ヘリポートから周辺に迷惑をかけることなく垂直離発着ができる。

操縦席にはタッチスクリーンのロックウエル・コリンズ(Rockwell Collins)製Pro Line 21型デジタル・アビオニクスを装備する。操縦系統は拡張性の高い3重の冗長性を持つフライバイワイヤ・システム。2台のエンジンはチタン・複合材製のクロスシャフトで連結されているので、1台のエンジンが停止あるいはオートロテーションになっても飛行できる。

エンジンナセルは操縦席の回転ノブで操作し、通常飛行時で3度/秒で動かせる。非常の場合は8度/秒までの操作が可能。

AW609の諸元は次の通り。

エンジン————PWC製PT6-67Aターボシャフト、出力1,940 shp

最大離陸重量——8 ton or 18,000 lbs

有償荷重————2,900kg

乗員/乗客———–2 / 9名

最高速度————510 km/h or 275 kt

ホバリング高度—1,830 m or 6,000 ft

上昇限度————7,620 m or 25,000 ft

航続距離————1,390 km or 750 nm

予想販売価格——USD 約26,000,000 (30億円弱)

全長——————13.4 m

翼幅——————11.7 m

ローター直径——7.9 m

「AW609」の始まりは、ベルとボーイングが共同で軍用のV-22オスプレイの技術を基にして民間用テイルトローター機「モデル 609」の開発に合意した1996年である。

その後1998年にボーイングが開発から手を引いたので、ベルは単独でイタリアのアグウスタをパートナーに選び、1998年にベル・アグウスタ航空宇宙社(BAAC)を設立し、「BA609」として開発を続けてきた。「BA609」は2003年3月にヘリコプター・モードで初飛行したが、巡航飛行を含め飛行機としてフライトしたのは2005年になる。その後ベルは、テキストロン(Textron)と合併するに伴い、開発から手を引いた。

アグウスタ社はその後英国のウエストランド社と折半で合併、アグウスタ・ウエストランド社となり、それが現在のレオナルド・ヘリコプター社と改名して引き続き「AW609」開発に取り組んでいる。

AW609は個人ユーザーと石油会社の海上石油基地往復用の需要に焦点を当て、販売活動を行っている。2015年3月での受注数は60機、この他に Bristow Heliが10機、アラブ首長国連邦(UAE)が3-6機、イタリア空軍が輸送用に数機注文したと云われている。

ベル社は「BA609」の売却に伴い、海兵隊用のV-22オスプレイ改良に努力を傾注し、今では海兵隊航空部隊の中核の地位を占めるようになった。V-22はフォートウオース(Fort Worth, Texas)工場で量産中、後述のように現在ベル社は陸軍用のテイルトローター輸送機「V-280」バロア(Valor)の開発にも取組んでいる。

レオナルド・ヘリコプター社は「AW609」の他に、ジェット練習機「M345」、ボーイング787の複合材部品生産などを手掛けている。

レオナルドAC3

図3:(Leonard) イタリアのVergiate工場で完成しフィラデルフィアに送られた「AW609」の3号機[AC3]、尾翼には米国FAAの登録機番が記されている。FAA型式証明取得の試験は米国で行われている。

 

イタリアで製作された3号機はレオナルド社のフィラデルフィア(Philadelphia, Pennsylvania)工場に運ばれ、今年1月30日からここで飛行を開始した。

試験の内容はアビオニクスとシステムの試験とホバリングの性能確認である。同社によると「AW609」の “Flight Envelope (飛行包絡線図)“の大部分は飛行試験で確認済みで、これからは離陸重量を増やした場合に行う「短距離離着陸 (short-takeoff and landing)」の試験を行う。

 

(注) “Flight Envelope (飛行包絡線図)“とは、当該型式の飛行機が空力的に飛行可能な”高度“と”速度“の範囲を表す包絡線図である。この範囲/限界を超えて飛行すると危険な状態に陥る。パイロットがマニュアル操縦でこの範囲を逸脱しないよう、最近のフライバイワイヤ操縦システム付きの機体には保護装置[ Flight Envelope Protection]が付いている。

飛行包絡線図

図4:(Wikipedia) 一般航空機の“Flight Envelope (飛行包絡線図)“例。テイルトローター機やヘリコプターでは多少異なる。縦軸に高度(altitude)、横軸に速度(speed)を取り、空力的に飛行可能な範囲を示す。一般航空機では、速度が遅くなるとStall(失速)する、飛行可能な速度限界は「Top speed」(マッハ数)で、上昇限度は「Max altitude」(フィート)で示している。

 

その後3号機[AC3]は、ミシガン州マーケット(Marquette, Michigan)に送られ、2017年4月までアイシング試験(icing test)を実施する予定。機体を冷凍室に入れマイナス20度Cの条件下でローター部分と機体の防氷装置の試験をする。完了後にはフィラデルフィアに戻り、飛行試験に入る。これには秋にレオナルド社のフィラデルフィア工場で組立てられる4号機[AC4]も加わる。それに続いて同工場で最初の量産型機となる5号機[AC5]が完成する。

2015年10月30日には北イタリアのVergiate工場近くで、試作2号機[AC2]が空中で分解墜落、乗員2名が死亡する事故が起きた。原因は新しく搭載したフライトコントロール・ソフトの不備と直前に行った尾翼の交換にあると推測されている。事故は時速293 ktの高速でダイブ試験中に発生した。

「AW609」のFAA型式証明取得は2018年中頃の予定だが、2012年の規則改定で、一層の努力が必要になった。すなわち、FAAは「AW609」を含むテイルトローター機の型式証明要件として「Powered Lift category」を新設した。内容は、従来の固定翼機に適用する証明「FAR Part 25」とヘリコプター(rotorcraft)に適用する証明「FAR Part 29」の両方を満足するよう求めている。

 

レオナルド次世代型民間テイルトローター機「NGCTR」は20席級

レオナルド社は「AW609」の証明取得が近付いたのを受け、その大型後継機「次世代型民間テイルトローター機 (NGCTR =Next Generation Civil Tiltrotor) 」の開発に乗り出した。これには欧州連合(EU)の航空研究プログラム「クリーンスカイ(Clean Sky) 2」が背景にある。「クリーンスカイ2」では20席程度の革新技術輸送機の出現を支援しており、レオナルド社は、これに選定され、世界に先駆け民間用テイルトローター輸送機を実現させたいとしている。

EUの「クリーンスカイ2」プログラムには、エアバス・ヘリコプター社が高速ヘリの開発に取組み2020年までに実証機を飛行させたいと、名乗りを上げている。

NGCTR -2

図5:(Leonard) 市街地上空で垂直から水平に遷移飛行中のNGCTR機の想像図。翼端には固定式エンジンとテイルテイング・ギアボックスを収めるナセル、主翼後縁にはフラップに似たテイルテイング翼が描かれている。尾翼は ”V” テイル型。

 

「次世代型民間テイルトローター機 (NGCTR)」は20席級で、やや小型の技術実証機の初飛行は2023年を予定、「NGCTR」の就航は2030年以降を目指している。「クリーンスカイ2」に選定されると、設計、開発から試験飛行まで支援が受けられるが、それ以後の実用機完成はレオナルド社の自己資金で賄うことになる。

「NGCTR」完成には5つの新しい技術をクリアしなくてはならない。すなわち;—

1)    固定式エンジン(Fixed Engine)

「AW609」やV-22オスプレイのエンジンはローターと直結、回転する方式だが、本機ではベルが陸軍用に開発中のV-280バロア輸送機と同じ翼端水平固定式 (fixed engine) を採用する。これで整備が容易になるし、複雑な型式証明要件を避けることができる。

2)    テイルテイング・ギアボックス(Tilting Gearbox)

エンジンを水平固定式にするため、垂直/水平に向きを変える4翅のプロップローター(proprotor)の駆動軸に動力を伝える回転式のテイルテイング・ギアボックス (tilting gearbox) の開発が必要になる。

3)    先進型ナセル(Advanced Nacelle)

この“1)”と“2)”のため、エンジンとテイルテイング・ギアボックスを収める流線型のコンパクトなナセル (advanced nacelle) が必要になる。

4)    テイルテイング主翼(Tilting Wing)

垂直飛行時、プロップローターからの下向き空気流をスムースに流すため、主翼の外翼部の後縁を下方に降ろし抵抗を少なくする機構が必要になる。V-22オスプレイはこれがないため垂直飛行状態でローターの空気流が翼に当たり揚力を10%ほど損していると云われる。テイルテイング翼の採用でエンジン推力が少なくて済む。

5)    先進型フライト・コントロール(Advanced Flight Control)

すでに十分複雑なフライトコントロール・システムに、新たにテイルトローター操作とテイルト翼操作に関するソフトを組み込む必要がある。「AW609」では、デジタル・エンジンコントロールを組み込んだシステムを使っているが、これをベースに改良を加え、NGCTR機に適用する予定。

 

レオナルド社では「NGCTR」設計に取り組み始め、主翼、燃料タンク、電気システムなどのサプライヤーを選定済みである。設計チームは風洞試験を今年中に終え設計の大枠を決めたいとしている。そして2018年初期概念設計を完了、2019年には地上試験装置でシステム試験を始める予定。エンジンはまだ決まっていない。

 

レオナルドの技術の原点、ベルが開発中の「V-280」

最後にベル社が開発中の軍用テイルトローター機 V-280について触れる。

ベルV-280 バロア(Bell V-280 Valor) は、米陸軍の「FVL=Future Vertical Lift」プログラムに対応して2013年から開発中の機体だ。陸軍などの地上部隊の支援を目的とした戦術テイルトローター機である。装甲を施した複合材製機体、フライバイワイヤ操縦系統、それに優れた抗堪性と性能をもつ。最高速度 (280 kt)と航続距離(3,900 km) は在来型ヘリの2倍以上になっている。

エンジンはGE製フリータービン式ターボシャフトT-64、出力4,000- 4,750 shpの大型を採用。乗員4名と兵員14名、それに重量4.5 tonのM777A2 155 mm榴弾砲を吊り下げ飛行できる。

テキサス州Rick Husband Amarillo 国際空港に隣接するベル・ヘリコプター社工場でV-280を開発中だが、試作1号機は1月末で93%完成し、初飛行は今年(2017)9月に実施できそうだ。同工場ではV-22オスプレイの量産もしている。両者を比較すると、V-22は最大32名の兵員を輸送できるが、V-280は14名。海軍、海兵隊はV-22で胴体後部に乗降用ランプを装備したがこれで重量増をもたらした。しかしV-280では幅 2 mのサイドドアのみなので軽くて済む。さらにV-22は空母や強襲揚陸艦に搭載のため、ローターを折り畳む必要があり、大型のベアリングを中央翼に備えているが、V-280は固定翼なので軽くなる。

エンジン装着方法では、V-22はプロップローターと直結なので離発着時は垂直となり高温の排気が胴体や車輪に吹き付け傷める。一方V-280では、エンジンは翼端に水平位置で固定されているので、下向き空気流はローターだけで排気の問題はない。

ベルV-280

図6:(Bell Textron)米陸軍用の ベルV-280テイルトローター輸送機の完成予想図。ルイスビル(Louisville, Kentucky) で行われたHeliExpo 2016に展示済み。2017年末に初飛行を予定。海兵隊に配備中のV-22オスプレイより小型、軽量、簡略化され整備性も向上している。

 

終わりに

我が国では、普天間基地の米海兵隊「V-22オスプレイ」に対する感情的反発が依然強く、陸自が17機のV-22を佐賀空港に配備する計画も反対意見で遅れが懸念されている。いずれも開発中に起きた数回の事故を、メデイアが危険性を誇張し報道しているためである。先日朝の某TVで、佐賀空港にV-22が配備されると騒音で「こはだの投網漁がダメになる」と放送していたが、これなども“反対ありき”の典型的な例だ。

V-22の事故原因はすでに完全に解明され、ソフト、ハード両面での改良が進み、今では200機以上が米空軍及び海兵隊に実戦配備されていて、その安全性は他機種と同一またはそれ以上の高いレベルになっている。

ここに述べてきたようにV-22を含むテイルトローター機は、今や航空輸送の分野で在来のヘリコプターに代わる新技術の航空機として認知され、民間機部門にも適用が広がりつつある。その長大な航続性能を活かせば我国の離島を結ぶ最適な輸送手段になることは明らかである。この事実をマスコミは正しく認識し、報道して貰いたい。

 

—以上—

 

本稿作成に参照した主な記事は次の通り。

Aviation Week Network Network Mar 3, 2017 “Leonardo’s Next-Gen Tiltrotor Targeting 2023 First Flight” by Tony Osvorne

Aviation Week Network Feb 24, 2017 “Leonardo AW609 Prototype No.3 Takes Flight” by William Garvey, Jessica A. Salerno and Molly McMillin

Leonard Co. “AW609 Tiltrotor”

New Atlas Feb 21, 2017 “AW609 tiltrotor climbs towards 2018 certification” by Darren Quick

Shephard News 27 February 2017 “Heli-Expo 2017+ AW609 set forintense test period” By Beth Maundrill

Bell Helicopter A Textron Company “Bell V-280 Valor”

AINonline February 10, 2017 “Bell V-280 Valor Prespping for Flight test Program” by Matt Thurber