ロールスロイス、新エンジン「アドバンス」と「ウルトラファン」の開発を促進


2017-05-06(平成29年) 松尾芳郎

2017-05-08 改定(図1A及び2Aとそれぞれの説明を追加、誤字の訂正)

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図1:(The Telegraph) 開発の最終段階にある「複合材・チタン(CTi)」ファンブレード、直径は120 inchある。アリゾナのツーソン(Tucson, Arizona) でRR所有の飛行試験機で飛行試験中。

 

ロールスロイスは、次世代型エンジン「アドバンス」および「ウルトラファン」の開発を加速、将来のボーイング新中型旅客機(NMA=New Midsize Airplane) への採用を目指している。

今年はロールスロイスにとって、「アドバンス」と「ウルトラファン」実証エンジンの開発で最も忙しい年になっている。両エンジン共、広範囲の推力をカバーし、ボーイングの新中型機「MMA」に最適なエンジンと主張している。

 

「アドバンス」エンジン

ロールスロイスが従来の「トレント」系列エンジンの後継となる「アドバンス」とそれに続く「ウルトラファン」の開発を決定したのは2014年で、いずれも広胴型機に使う大型エンジンの中長期的な更新を狙っていた。しかし最近では、「アドバンス」は(低推力の)ビジネスジェット機用にも使えると言っている。「ウルトラファン」は、ボーイングの次世代機、非公式に797Xと呼ぶ、「NMA」に提案しようとしているが、これも推力25,000 lbsから110,000 lbsの広範囲をカバーする予定だ。

ボーイングは「NMA」の就航を2024年頃としていて、推力40,000-45,000 lbsのエンジンを2基装備するとしている。これに対しロールスロイスは、2020年に完成を予定している「アドバンス2」実証エンジンの高推力型か、あるいは大型機用の「アドバンス」の低推力型を提案する模様だ。しかし公式には2025年完成を目指すさらに燃費の良い「ウルトラファン」を「NMA」の第一候補としている。「ウルトラファン」は2021年から飛行試験の予定のため最初の「NMA」には間に合わない恐れがある。

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図1A:(Rolls-Royce) エアバスA350に使われている「トレントXWB」の透視図。3軸式で推力75,000-97,000 lbs、ファン直径は3 m、全体の圧力比は 52:1 。IP(中圧)コンプレッサー8段、HP(高圧)コンプレッサー6段、HP(高圧)タービン1段、(IP)中圧タービン2段、ファンを駆動する(LP)低圧タービンは6段の構成。本稿で述べる「アドバンス」及び「ウルトラファン」の開発は「トレントXWB」から出発している。

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 図2:(Rolls-Royce) 3軸式の「アドバンス」エンジンの完成図、圧力比は 60:1、燃費は「トレント700」対比で20% 向上、2020年からの実用化を目標。2016年末から地上試験を開始した。「アドバンス」系列は、現在の最新型エンジン「トレントXWB」から将来の大型エンジン「ウルトラファン」への橋渡し役を担う。これの最終版「アドバンス3」では、「トレントXWB」のファンと「トレント1000」の6段の低圧タービンを使い、コアとして新設計の高圧(HP)コンプレッサー・タービンを組み込む。さらに希薄燃焼の燃焼室、1段高圧タービンのアウターシールにはセラミック・マトリックス・複合材(CMC)、またローターを支えるベアリングには、耐熱性の高い、金属製のレースにセラミックのボールを入れたハイブリッド・ベアリング を使う。「アドバンス3」は地上試験のみで飛行試験は行わない、つまり新技術実証エンジンと云う位置付けである。

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図2A:(Rolls-Royce)エンジン断面図だが、下半分は「トレントXWB」、上半分は「アドバンス」を示す。「トレントXWB」は、左から「ファン」はチタン合金製、青色のIP(中圧)コンプレッサーは8段、黄色のHP(高圧)コンプレッサーは6段、HP(高圧)タービンは1段、青色のIP(中圧)タービンは2段、そしてLP(低圧)タービンは6段となっている。これに対し「アドバンス」では、ファンはCti製、IP(中圧)コンプレッサーは4段、HP(高圧)コンプレッサーは10段、HP(高圧)タービンは2段、IP(中圧)タービンは1段、LP(低圧)タービンは同じ、となっている。「アドバンス」は、「トレントXWB」に比べ高圧系の負担を増やし、中圧系の負担を軽くしている。

 

「アドバンス」は熱力学効率を改善したエンジンで、現在エアバスA350 が使っている「トレントXWB」の後継としている。「アドバンス」には新設計の高圧ローターを採用する。高圧コンプレッサー(HPC)は、2段式高圧タービン (HPT)で駆動され、圧力比が60 : 1 以上になる。高圧コンプレッサーの圧力費を高くして、中圧コンプレッサー( IPC)の負荷軽減を図るという考え。

ファンのバイパス比は 11 : 1 を超え、その結果燃料消費率は現在の「トレント700」に比べ20%以上も改善される。「アドバンス」は2020年迄には実用化されるだろう。

新設計の高圧ローターはそのまま「ウルトラファン」に使われる予定だ。

 

 

「ウルトラファン」エンジン

ロールスロイスは「ウルトラファン」の使用目的について明言していないが、P&Wの「PW1000G」ギアード・ファンの高推力型と直接競合することになろう。これにGE-サフラン合弁企業のCFMインターナショナルが作る「CFM Leap」エンジンが加わり、ボーイング新中型機「NMA」のエンジンは3社が競うことになる。

ロールスロイス民間航空戦略計画部門主任技師フィル・カーノック(Phil Curnock)氏は、「はっきりは言えないが、計画中の両エンジンは2020+年と2025+年には、いずれも量産に入るだろう。現在これらに組み込む技術の開発に資金と人材を投入中で、間も無く成果を目にすることができる」と云っている。

続けて次のように述べている「目指すボーイングの「 NMA」は広胴型機だが、ボーイング737 MAXとエアバスA320neoの次世代エンジンへの参入・採用も視野に入れている。このように狭胴型機から広胴型機までの範囲をカバーするには“拡張性の高い技術( scalable architecture )」”が重要で、そのための実証プログラムに重点を置いている。」そして「新技術のあるものは大型化が難しい。「ウルトラファン」用の「パワーギアボックス(PGB=power gearbox)」は現在開発中だが、直径は80 cmもあり、10万馬力の伝達能力を持つ。一旦完成したのを大型化することはかなり難しいので初めから大型に取り組んだ。従ってエアバスA350に搭載する「トレント XWB」の推力レベル(74,000-84,000 lbs)、あるいはそれ以上の推力で試験する予定で、同じものを低出力のエンジンにも使う。」と云っている。

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図3:(Rolls Royce) 2軸式「ウルトラファン」の完成予想図。ファンバイパス比は 15:1 、これは「トレント700」の2倍に相当。圧力費は 70:1 以上、燃費は「トレント700」対比で25% 向上。ファンと中圧コンプレッサー(IPC)駆動軸の間に減速用「パワーギアボックス」を入れる。ファンには可変ピッチ機構を付けスラストリバーサーを不要にする。

 

「ウルトラファン」は「アドバンス」の高圧(HP)系(コア)を使い、改良型中圧コンプレッサー(IPC) 経由で「パワーギアボックス(PGB)」を回し、ファン回転数を遅くし推進効率を向上させる。こうして従来の3軸式エンジンにあった低圧タービン(LPT)系を省いている。これで「トレント700」対比で燃費は25%以上改善する。ファン駆動ギア・システムには可変ピッチ機構が組み込まれ、その後に作る「オープンローター」エンジンにも使う予定だ。

高圧コンプレッサーの圧力比を高めて、中圧コンプレッサーの負荷を軽減するので、中圧系 (IPC と IPT) の回転数が下がり、さらに「パワーギアボックス」経由でファンの低速回転が可能となる。

これまでに、「ウルトラファン」に使う低速ファンの試験の開始、ロールスロイスのデルウイッツ(Dahlewitz)工場の「パワーギアボックス(PGB)」試験設備の完成(2016年9月)、及び中圧タービン(IPT)用の次世代型チタン・アルミ製ブレード・セットの完成、等新技術の具体化が進んできた。これを受け「ウルトラファン」の細部設計が2017年末には完了する。

今年6月には「パワーギアボックス(PGB)」試験装置の2台目が完成し、これで本格的な「 PGB」の試験が始まる。同時期に英国の「ダービー(Derby)」工場で技術実証エンジン「アドバンス3」の地上試運転が始まる。このエンジンは「トレントXWB-84」のファン・システムに新設計の「コア」を入れ「トレント1000」の低圧タービン(LPT)を組込む特殊なエンジンだ。「アドバンス3」の「コア」は、高圧コンプレッサー(HPC) 10段と中圧コンプレッサー(IPC) 4段、それに高圧タービン(HPT) 2段と中圧タービン(IPT) 1段で構成されている。

この「コア」に加えて希薄燃焼の「燃焼室」、セラミック・マトリックス複合材(CMC = ceramic matrix composites)」製のタービンシール、なども一緒に試験される。

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図4:(Rolls-Royce) ブリストル(Bristol)工場で完成した「アドバンス3」の「コア」部分。左側に10段の高圧コンプレッサー(HPC)、駆動シャフトを挟んで右側に2段の高圧タービン(HPT)が写っている。「アドバンス3」コアは、これから技術実証エンジンに組入れ、「ダービー」工場に送り試験する。試験は今年6月から開始予定。この部分が将来の大型エンジン「ウルトラファン」の核となる。

 

さらに2017年9月には、「複合材・チタン(CTi = composite titanium)」製ファンブレードの地上繰返し試験を開始する。ロールスロイスでは現在4番目のロットの「CTi」ファンブレードを試験中で、これまで合計250本ほどのファンブレードを製作している。鳥衝突試験は50回以上実施済みで、今はフラッター特性と騒音性能に重点を置いて試験中で、こうしてファンブレードの試験は、設計の完成度の確認と証明取得準備の段階に入っている。加えてCTiブレードとこれまでのTiブレードの耐食性比較試験も行なっている。

CTiファンブレードの開発と並行して、複合材製のファンケースと組合せた試験もこれから行う必要がある。

今年末までには「トレント1000」エンジンに希薄燃焼「燃焼室」を組入れ、ドイツ、スツットガルト(Stuttgart)大学の「航空機推進システム研究所 (ILA= Institute of Aircraft Propulsion Systems) 」の試運転設備とダービーの設備で試験する。飛行試験は2018年に自社の飛行試験機で実施する。

 

パワーギアボックス(PGB)

「ウルトラファン」エンジンの心臓部となるパワーギアボックス(PGB=power gearbox)の運転試験は、昨年10月末から始まっている。ドイツのダルウイッツ(Dahlewitz) の姿勢変更装置(Attitude Rig) で試験を始めて6ヶ月ほどになるが、伝達馬力は100,000 hp以上にもなる。このギアボックスは、航空宇宙業界では最大の規模で直径は約80 cm、「ウルトラファン」の推力25,000-110,000 lbsクラスのエンジンに使われる。

ロールスロイスの「ウルトラファン」担当主任技師マイク・ホワイトヘッド(Mike Whitehead)氏は次のように話ししている。「このギアボックスは大きさ、伝達馬力で世界最大なので試験設備も9,000万ドルを掛けて新しく用意した。設備の建設は2015年3月に開始、2016年9月から運用を始めた。この設備ではすでにPGBの最大速度の85%までの試験を終えている。設備自体は伝達能力150,000 hp、ダイナミック・トルク100 MWの性能を持つ。

「ウルトラファン」エンジン計画は既述済みだが2014年にスタートした。これに使う「パワーギアボックス」の開発は、2016年6月に設立したロールスロイスと「リーベル(Liebherr) Aerospace」社の合弁企業「エアロスペース・トランスミッション・テクノロジー(Aerospace Transmission Technologies) 社で始まった。実際は、これに英国のGKN社、ドイツの「レンク(Renk)」社、それに両国の大学、研究機関などが参加している。

ロールスロイスは、これまでにターボプロップや最近では次世代型戦闘機F-35B STOVL機のリフトファンなどのギアボックスで長い経験がある。一方リーベル社は、ヘリコプター用ギアボックスを作っているが、自社の製品用の専用機械の開発、製造の能力が高い。この点を評価してロールスはリーベルを合弁相手に選定した。「PGB」の研究と製作は、リーベル社のフリードリッヒスハーフェン(Friedrichshafen) 工場で行われている。

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図5:(Rolls Royce) 姿勢変更型試験設備(attitude rig) はギアボックスのオイルシステムがエンジンの姿勢に関わりなく正常に作動することを試験する設備で、高度40,000 ft の条件下での試験が可能である。試験設備全体は長さ35 m近くもあり、100 MW のダイナミック・トルクを伝達できる。この時の消費電力は15 MW に達する。

 

度々既述したように、パワーギアボックス「PGB」は中圧タービン(IPT)とファンの間に位置し、タービンとファンをそれぞれ最適な速度で回転させるのが役目である。「PGB」を介して動力を伝達することで、タービンは効率の良い高速回転を、大型ファンは推進効率の高い比較的低速で回転することができる。「PGB」は遊星歯車機構で、外側にリングギア、内側に5個の遊星ギア、そして中心のサンギアに中圧タービン(IPT)の動力が伝わり、これで遊星ギアが回る仕組み。P&Wの「PW1000ギアードファン」では、ファンは外側のリングギアに結合されているが、「ウルトラファン」では、ファンは遊星ギア中心軸を結んだリングに接続されて回転する。

「ウルトラファン」は、大型広胴機用の場合、ファン直径は140 inch (3.56 m) にもなり、現用エンジンよりもかなり大きくなる。ファンの回転速度を最適化するために、中圧タービン(IPT) との回転速度の比率を 4:1 に設定した。すなわちIPT回転速度はファンの4倍になる。この値はサンギアと遊星ギアが 同じ大きさの時得られる。

姿勢変更型試験設備を使って「PGB」の試験を始めたのは2016年だが、これまでに機体の動きを想定して迎え角上下45度、傾斜角左右35度で「PGB」のオイルシステムに異常が生じないかを確かめた。この試験設備は、ギアのウインドミリング(windmill)時の特性の調査、さらに与圧機構があるので地上から40,000 ftの高空までの範囲の試験もできる。これまでに最大回転速度の85% までと、最大ピッチ角度及びロール角度までの試験を実施した。

想定される「飛行包絡線(flight envelope)」の範囲全体の試験は今年(2017)末までに完了する。これまでのところ全て計画通り、順調に進んでいる。

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図6:(Rolls-Royce) 「ウルトラファン」の「パワーギアボックス(PGB)」。右側の中心“サンギア”に中圧タービン(IPT)の動力が伝えられ、その周辺の5個の遊星ギアを回す。減速比は 4:1 。5個の遊星ギアの回転軸を結ぶ機構が右側にあり、これがファン駆動軸につながる。

 

ロールスロイスは、近く「PGB」システム全体をこの試験設備で試験を始める。試験設備は100 MW のダイナミック・トルクを伝達でき、その時の消費電力は15 MW に達する。このように大型になったのは、試験設備の伝達能力を最大150,000 hpに設定し「ウルトラファン」のトルク要件の 50% 増まで試験可能にするためである。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

 

Rolls-Royce “Advance and UltraFan”

Rolls-Royce “Future products”

Rolls-Royce “Better power for a changing world”

Aviation Week Network May 25, 2015 “Rolls Readies Advance3 Next-Gen Demonstrator” by Guy Norris

Aviation Week Network Feb 23, 2016 “Advance3 – Moving The State of The Art Forward” by rolls-Royse

Aviation Week April 17-30, 2017 “Power Plan” by Guy Norris

AIN online April 6, 2017 “Rolls-Royce Prepares First “Advance” Engine Core for Testing by Jan Sheppard

Rolls-Royce 24 October 2016 “Rolls-Royce runs world’s most powerful aerospace gearbox for the first time”

Aviation Week Network Apr 3, 2017 “Rolls-Royce Accelerates its UltrFan Gearbox Testing” by Guy Norris

TokyoExpress 2013-10-24 “ロールスロイス、複合材(CFRP)ファンブレードを復活“

TokyoExpress 2014-08-29 “ロールスロイス、新型エンジン開発計画を発表“

TokyoExpress 2015-06-30 “ロールスロイス、トレント系列エンジンの開発を加速“

TokyoExpress 2016-12-08 “RR、ウルトラファン用パワー・ギアボックス(PGB)の試験を開始“