防衛省、「トマホーク」巡航ミサイルの導入を検討


2017-05-12(平成29年) 松尾芳郎

2017-05-13改定(文言の修正と図2つの追加)

 3000thトマホーク

図1:(Raytheon) 3,000発目の「トマホーク」Block IVは、2013年10月に米海軍に引き渡された。

 

5月7日から9日に掛けデフェンス・インダストリー・デイリー(Defense Industry Daily)を含む米国メデイアは相次いで、『日本は、北朝鮮からの弾道ミサイル攻撃を防ぐため、発射地点を事前に撃破できる「トマホーク(Tomahawk)」巡航ミサイルの導入を検討中』と報じた。

日本は、これまで専守防衛の名のもと一切の攻撃兵器は保有しないとの立場をとってきたが、「トマホーク」の導入配備が実現すれば、従来の政策の大きな転換となるだろう。政権を担当する自民党は以前から、平和憲法の制約に抵触することなく「トマホーク」の保有は可能、との見解を示してきた。

「トマホーク」は、海上自衛隊のイージス艦などから発射可能で、洋上遥か彼方から、あるいは日本本土からでも、北朝鮮の弾道ミサイル発射基地を直接攻撃できる。

北朝鮮は日本攻撃が可能な中距離弾道ミサイル(IRBM) ノドンを150-200発保有し、その射程内に我国全域が入っている。弾頭には核爆弾の搭載も可能とされる。北朝鮮南部の基地から日本本土までは僅か500 km。この脅威に対抗するため、 IRBM発射を察知したら直ちに、発射前に「トマホーク」巡航ミサイルで攻撃破壊しようという考えである。

ノドンIRBM

図2:ノドン(Rodong or Nodong) は、単段式液体燃料使用で移動式発射機(TEL) から発射する中距離弾道ミサイル、最大射程は1,500 km 、我が国全域が射程内に入る。北朝鮮が、ロシア製のSS-1スカッド(Scud)を基本に開発し1990年以降配備が進んでいる。全長15.6 m、直径1.25 m、弾頭の重量は1 ton。高度160 kmのロフテッド(lofted)軌道を使う場合,射程は650 km になる。ロフテッド軌道で攻撃された場合は、弾頭の落下速度が速くなり低層域での迎撃が難しくなる。

 

現在海上自衛隊は6隻のイージス艦(Aegis Destroyers)を配備・運用しており、さらに2隻が建造中である。これらにはMk-41 VLS (Vertical Launch System/垂直発射装置)サイロが約90基あり、「トマホーク」はここに装填できる。また設置を検討中の陸上配備型「イージス・アショア(Aegis Ashore)」もMk-41 VLS発射機を使うので、ここからも発射できる。さらに米陸軍が使用中の「トマホーク」4基を発射可能な移動式発射機(TEL)「BGM−109G Gryphon」を導入すれば、日本全国どこからでも発射できる。

しかし、民進党、共産党など野党や朝日新聞などの一部のメデイアは、「トマホーク」配備は専守防衛のポリシーに反するとして反対している。

イージス艦から発射

図3:(Raytheon)米海軍イージス艦の後部Mk-41 VLS発射機から発射された「トマホーク」。湾岸戦争(1991年で288発使用)、アフガニスタン、シリア、など、試験発射を含めこれまでに2,000発以上が使われた。

 

「トマホーク」はBGM-109、「TLAM=Tomahawk Land Attack Missile」と呼ばれる長射程、亜音速の対地攻撃用巡航ミサイルで、米海軍と英国海軍で1983年代から使用している。現在はレイセオン(Raytheon)社が製造しており、最新型のBlock IVの単価は187万ドル(約2億円)。

Block IVの射程は1,700 km、特徴は飛行中に目標を変更できること、さらに目標上空で偵察飛行をしながら目標を捕捉・確定できるので、ミサイル搭載の移動式発射機(TEL=transporter erector launchers)を識別し、撃破できる。

トマホーク発射

図4:(Raytheon) イージス艦のMk-41 VLS (垂直発射機)から発射される「トマホーク」巡航ミサイル。発射時は固体燃料ブースターの力で上昇、加速し、巡航に入ると目標まで”ウイリアムスF107-WR-402ターボファン”推力700 lbsの力で飛行する。

 

総重量はブースター付きで1.6 ton、弾頭には450 kgの高性能炸薬を装填する。エンジンはウイリアムスF107-WR-402ターボファンと、発射時に使う固体燃料ブースター。長さはブースター付きで6.25 m、ブースター無しで5.56 m、直径は52 cm、翼幅は2.67 m、時速は890 km /hr、誘導はGPS、INS、TERCOM(Terrain Contour Matching/地形追随機能)、DSMAC (Digital Scene Matching Area Correlation/デジタル地形追随広域補正機能)、レーダー・ホーミング(Active Radar Homing)で行う。米海軍は、2015年で約3,500発を保有している。英国海軍は潜水艦発射用として1995年に65発プラス予備20発を購入、2014年には水上艦用を含め65発を追加購入している。

米国は、これまで英国以外には輸出を許可していない。

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図5:「トマホーク」巡航ミサイルの大要。

 

「トマホーク」は、先日(2017-04-06)シリアのシャイラット(Shayrat)空軍基地の攻撃に使われたので覚えている人も多いだろう。毒ガス攻撃に使われたシリア空軍機が、この基地をベースにしていたのでここが攻撃目標にされた。攻撃は、地中海に展開する米海軍イージス艦USS Ross (DDG-71)とPorter (DDG-78)から合計59発が発射され、ほとんど全てが目標に命中し、掩体壕内のシリア空軍機少なくとも15機と燃料タンクなどを破壊した。

 

Porterから発射のトマホーク

図6:(US Navy, Raytheon) 4月6日地中海から米海軍イージス駆逐艦Porter(DDG-78)が「トマホーク」を発射する様子。

 

終わりに

5月10日には、韓国に対北朝鮮宥和政策を採る新大統領文在寅氏が就任した。これで万一南北朝鮮の和解が成立すると、北朝鮮の矛先はこれまでの韓国を素通りし直接日本に向かうことになる。我々は、これまでに数倍する脅威が降り掛かる事態にどう対処すべきか。領土と国民の生命財産を守るには今まで以上の努力が必要になる。

度々報じたが、我国の[弾道ミサイル防衛(BMD = ballistic missile defense)]構想は次の2段階とされて来た;—

  1. 高層域迎撃:[イージス艦搭載のSM-3]ミサイル
  2. 低層域迎撃:地上配備の「ペトリオットPAC-3」ミサイル

しかし近年北朝鮮および中国の弾道ミサイル攻撃能力が著しく高まって来たため、我国の「弾道ミサイル防衛(BMD)」能力の相対的低下を危惧する声が高まった。

これを受けて政府は次の措置で事態の改善を図ろうとしている;—

  1. 高層域迎撃(Block IIAでは高度500 km付近):「イージス艦の増強と性能向上」/現行6隻体制から8隻に増強(1隻あたり1,700億円)、開発中の”SM-3 Block IIA”ミサイルの完成を急ぐ。

「陸上配備型イージス・アショアの導入」の検討/2015年にルーマニアに配備、2018年にポーランドに配備予定。

  1. 中層域迎撃(高度150 km付近):「THAADの導入」の検討/米国はアラスカ、ハワイ、グアムに配備済み。
  2. 低層域迎撃(高度20 km付近):「ペトリオットPAC−3ミサイル・システムの充実」/”PAC-3”から “PAC-3MSE”への改良を急ぐ(平成28年度3次補正予算に計上済み)
  3. 発射基地攻撃:「トマホーク巡航ミサイル導入」の検討

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図7:5月初旬の各種報道によれば、防衛省では「THAAD」導入を見送り、「イージス・アショア」の採用検討に入る模様だ。

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図8:「イージス・アショア」の設置場所は、FPS-5長距離レーダーが配備済みの新潟県佐渡島や鹿児島県下甑島あたりが考えられる。FPS-5の探知距離を2,000 kmとすると、その覆域はこのようになる。つまり、この範囲から発射された弾道ミサイルは直ちに探知、追尾され、その情報はBMD担当部門に遅滞なく伝えられる。去る4月20日、北朝鮮の脅威が高まった時は、日米両海軍のイージス艦20隻以上が周辺海域で迎撃体制に入ったと伝えられている。

「攻撃は最大の防御」あるいは「防御は攻撃の数倍の費用が必要」と云われている。イージス艦の価格は1,700億円、THAADシステム配備には1,000億円、PAC-3 MSEは1発3億円、これに対し「トマホーク」は1発僅か2億円で既存のイージス艦搭載Mk-41 VLSから発射できる。費用対効果の面からも、発射基地攻撃用「トマホーク」の導入が有効と考えられる。

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図7:(US Missile Defense Agency)米ミサイル防衛局が公表した陸上に配備する「イージス・アショア」の概念図。中央にはイージス艦の艦橋に似た建屋があり、4面にSPY-1D(V)多機能レーダー・アンテナが配置される。右遠方にはSM-3対弾道ミサイルを装填するMk 41 VLSが描かれている。欧州に配備中のMk-41 VLSは、8セル型を3基、合計24発のSM-3 Block IB を備える。2018年に日米共同開発のSM-3 Block IIAが完成すれば、これに更新される。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Raytheon “Tomahawk Cruise Missile

Defense Industry Daily May 8, 2017

Popular Mechanics May 8, 2017 “In a First, Japan Wants to Buy Tomahawk Cruise Missiles” by Kyle Mizokami

The Drive May 8, 2017 “japan may Buy Tomahawks for Retaliatory Strikes on North Korean Missile Sites” by Tyler Rogoway

The Daily Caller News Foundation May 9, 2017 “Does Japan want Tomahawk Missiles to stop North Korea?” by Ryan Pickrell

TokyoExpress 2017-02-04 “ミサイル防衛の近況“