国産ロケット「H-3」、2020年度の打上げを目指し開発が進む


2017-10-03(平成29年) 松尾芳郎

 H-3ロケット

図1:(JAXA) 2020年以降の実用化を目指すH-3打上げロケット、想像図はメインエンジンLE-9を2基と固体燃料ブースターSRB-3を4基取付けたH3-24L型。

 

報道でしばしば取上げられている国産打上げロケットH-3の現状を、JAXAのニュースなどから纏めてみる。

現在我国はH-IIAロケットを宇宙への運用手段として使っているが、これに続く次世代型の大型ロケットH-3は新しい基幹ロケットで、試作1号機が2020年度に種子島宇宙センターから打上げられる。H-3は2020年以降、世界市場からの受注を含めて年間6機程度の打上げを予定し、さらにその後20年間継続することを目標にしている。

JAXAは、主契約企業の三菱重工と国内関連企業の総力を挙げて開発に取り組んでおり、多くの異なる内外の需要に対応するため柔軟性・信頼性・低価格、の実現を目指している。

柔軟性;—用途に適合するロケットを迅速に提供するために、数種類準備する。

信頼性;—前身のH-IIAロケットの高い信頼性実績を継承する。

低価格;—H-IIAロケットの打上げ価格は100億円、これより低価格を目指す。(固体燃料ブースター無しの場合の打上げ価格は50億円)

H3ロケット4種

図2:(JAXA)「 H-3」ロケットはペイロードを収納するフェアリングを2種類用意する。第1段はLE-9エンジンを2基または3基、そして固体ロケットブースター(SRB=solid rocket booster) SRB-3は0、2本、または4本、を組み合わせる。こうして4種類をあらかじめ用意し異なる要件の衛星打上げに迅速に対応する。

H3-32L詳細

図3:(JAXA) H3ロケットの標準となる“H3-32L” の主要諸元は、全長は63 m、コアの直径は5.2 m、ペイロードを除く発射時重量は574 ton、誘導方式は慣性誘導。打上げ能力は、静止トランスファー軌道(GTO=geostationary transfer orbit)に6.5 ton以上の衛星を乗せる。

 

注)静止トランスファー軌道(GTO)とは、衛星を赤道上空36,000 kmの静止軌道に乗せる前に一時的に投入される軌道のことで、遠地点が静止軌道高度・近地点が低高度の楕円軌道である。静止軌道への投入手順は、まず点線の円で示す低高度のパーキング軌道に打ち上げ、次に遠地点を静止軌道高度に上げる。それから楕円軌道を静止軌道に変換する。この軌道修正にはロケットエンジンを、適切な時間に適切な噴射を繰り返してやらなくてはならない。

300px-Geostational-Transfer-Orbit

図4:(Wikipedia) 衛星を静止軌道に打ち上げるには、1)点線の地球周回軌道、2)楕円形の静止トランスファー軌道(GTO)、それから3)静止軌道、の手順を採る

 

第一段エンジン「LE-9」とは

 

国産の新ロケットエンジン「LE-9」の燃焼試験が、2017年4月からJAXAの種子島宇宙センターのテストスタンドで始まった。試験には4基のエンジンを投入し、2018年度第1四半期までに1シリーズあたり11~17回、合計5シリーズのエンジン燃焼試験を行う。
「LE-9」の特徴はエンジンサイクルに「エキスパンダー・ブリード・サイクル」を採用した点にある。

このサイクルは、副燃焼室がないので簡単、低コスト、しかも高い信頼性を兼ね備える方式である。従来はロケットダイン製の2段目用ロケット[RL10]系列推力70 tonや、H-IIAの2段目エンジン「LE-5B」推力15 ton、などの中小型エンジンに使われてきた。これらのエンジンには、ペイロードの軌道変更等のために”スロットリング(throttling)”と呼ばれる推力変更、停止・再点火の機能が必要である。“スロットリング”を正確に行うには、広範囲において安定した作動が求められる。

しかしこの方式で得られるエンジンのサイズ、つまり推力の上限は、数学の「二乗三乗の法則」(square-cube rule)により300tonに制限される。より高い推力を得るには、燃料の大半をタービンに通さず直接燃焼室に送る「エキスパンダー ・ブリード ・サイクル」(Expander Bleed Cycle)が必要になる。しかしこれまで「LE-9」のような大型エンジンに採用された例がない。

「LE-9」は、現在使われているH-IIロケットの主エンジン「LE-7A」推力112 ton、の1.4倍になる150 tonの推力を発生させる。完成すれば日本の独自技術となるのではないか。この方式は、全体の部品数を少なくでき、高信頼性と低価格を両立させることができる。

Expander_rocket_cycle.svg

図5:(Wikipedia) 「エキスパンダー・ブリード・サイクル」の原理。燃料は燃焼室の熱を冷却し加熱されてガス化する、この燃料ガスを使い外気圧との差を利用してタービンを回す。その力で燃料ポンプ(FTP)と酸化剤ポンプ(OTP)を駆動する。途中に前段燃焼室(Pre-burner)はない。タービンを通過した燃料(LH2)は燃焼室に酸化剤(LOX)と共に送られ燃焼し、推力を生じる。「エキスパンダー・ブリード・サイクル」では、燃料(LH2)の大半は燃料ポンプから直接燃焼室に送られる。

LE-9 5

図6:(JAXA) 地上試運転中の「LE-9」エンジン。

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図7:(JAXA) 第1段エンジンLE-9に至る系譜。「H3」では1段目に「LE-9」、2段目に「LE-5B-3」を使うが、両方とも簡単で安全性と低コストを両立できるエキスパンダー・ブリード・サイクル方式である。

 

固体燃料ブースター「SRB-3」とは

 

「SRB-3」はコンポジット推進薬(BP-207)を使う固体燃料ロケットで、H-II系列打上げロケットに使用中の「SRB-A」を改良、簡素化、低価格化を目指したロケットである。基本となる「SRB-A」は全長約15 m、直径2.5 m、重量約76 tonで、世界でも3番目となる大型固体燃料ブースターである。

準天頂衛星3号機打上げ(2017-08-19)に使ったH-IIAロケットの35号機はH2A202型で、「SRB-A」 2基を備えていた。

「SRB-3」は、これまで同様打上げロケットコアの第1段周囲に取付けて使われる。この結合・分離機構に、「SRB-A」ではスラスト・ストラットと分離モーターを使っていた。新しい「SRB-3」では、これをスラスト・ピンと火薬によるガス・アクチュエータ(分離スラスター)を使う方式に変更し、結合箇所を大幅に減らしている。また「SRB-A」ではノズルを電動アクチュエーターで可動式にしていたが、これを固定式にする。

「SRB-3」と「SRB-A」の大きさはほぼ同じなので、将来はイプシロン(Epsilon)・ロケット第1段にも使う予定になっている。イプシロン第1段で使う場合は、姿勢制御のため可動ノズルが必要になるが、この試験も「SRB-3」の試験に併せて実施される。

「イプシロン」打上げロケットはこれまで2回使われた。2013-09-14に試験機で惑星分光観測衛星「ひさき」を打上げ、2016-12-20には2号機でジオスペース探査衛星「あらせ」、の打上げに成功している。3号機は高性能小型レーダー衛星「ASNARO-2」を搭載、2017-11-12打上げ予定だったが電気系統に問題が見つかり延期された。

現在打ち上げ能力を試験機対比で30%向上した強化型の開発を進めている。強化型は;—

全長26 m、直径2.6 m、重さ95.4 ton、となる3段式固体燃料ロケットで、重量1.2 ton以上の小型衛星を地球周回軌道に乗せることができる。JAXAとIHIが共同で開発している。打ち上げコストは4号機以降で30億円程度を目標にしている。

3号機以降の打ち上げは、2017-2020年度間で6基の計画が予定されていて、その中には2019年度に公募型月着陸機の打上げが含まれている。

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図8:(JAXA) 「H-3」用の固体燃料ブースター「SRB-3」と「H-IIA」用の「SRB-A」の比較。全長は、SRB-3は14.6 m (SRB-Aは15.1 m)、直径は2.5 m (2.5 m)、重量は75.5 ton (76.6 ton)、燃焼時間は約 105秒(116秒)、真空中推力は2,130 KN (1,750 KN)。IHIが主契約で開発が進んでいる。

SRB共通化

図9:(JAXA) 「H-3」用固体燃料ブースター「SRB-3」と「イプシロン」ロケットの共通化部分。違いはノズルの固定/可動の部分だけである。

 

終わりに

 

2020年1号機の打上げを目指す我国の次世代大型ロケット「H-3」を中心に、新型エンジン「LE-9」及び固体燃料ブースター「SRB-3」の概要を紹介した。「H-3」が完成すると我国の宇宙開発能力は納期、信頼性、コストの点で、米・欧に比肩することになる。

またそれに伴う「SRB-3」固体燃料ブースターの実用化で、固体燃料ロケット技術は米国など諸外国の水準に匹敵、凌駕する。「SRB-3」すなわち「イプシロン」そのものであるが、この技術は、容易に弾道ミサイル製造に転用可能なため、我国の将来の国防能力を左右する重要な技術と言って良い。すなわち、防衛政策が現在の“専守防衛”に限定する体制から“敵基地攻撃能力の付与”に変更されれば、短期間で有力な攻撃手段を手中に納めることが可能になる。

「イプシロン」試験機の打上げ後、中国政府は官製通信社を通じて、その弾道ミサイル化の可能性を問題視し、(自国の軍備拡張を棚に上げて)地域の軍事バランスを崩し緊張を高めるものと非難した。また国内では、某国立大学教授は“このような技術開発は近隣諸国との外交関係や憲法9条との関連を調整して慎重に行うべき”とサヨクを代弁する発言をしている。

これで判るように「H-3」ロケットの開発は、我国の宇宙開発の発展に資するだけでなく、国防体制の強化にも繋がる有力な技術開発である。計画の進展を見守り成果を期待したい。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

JAXA 2017-09-04 “H-3ロケット“

JAXA 2017-09-05 “H-3ロケット1段エンジン(LE-9)実験型#1燃焼試験実施結果について“

JAXA 2016-06-14“H-3ロケット基本設計結果及びイプシロンロケットのシナジー対応について”

JAXA “イプシロンロケット”

TokyoExpress 2016-08-11 “ロケットエンジンの基本“

TokyoExpress 2014-05-29改訂“JAXA・三菱の次期期間ロケット”H-X”を2021年に打上げ”

TokyoExpress 2013-08-06“JAXA新型ロケット「イプシロン」を8月22日に打上げ”