2017-11-15(平成29年) 松尾芳郎
境界層吸入電動ターボファン付き狭胴型旅客機 (STARC-ABL)
図1:(NASA) NASA提案の「境界層吸入ファン付き狭胴型旅客機 (STARC-ABL)」。現在の150席級の旅客機と外見は似ている。両翼のエンジンはファン回転数比3:1のGTF (ギヤード・ターボファン)形式で、ファン駆動軸に発電機を接続している。尾部エンジンは電動式ファンで胴体表面の境界層を吸入し、同時に推力も発生する。巡航速度はマッハ0.785、電力システムは1,000 volts。
エネルギー効率と経済性に焦点を当てた航空のルネッサンスとも云うべき時代が間も無くやってくる。これからの設計技術者達は、飛行機の推進システムと機体設計を根本的に見直すことになりそうだ。
航空機製造業界は、機体のエネルギー効率を上げるため革新的技術を次々に適用し性能を向上させているが、最近は革新的な推進システムとエネルギー源の開発にも注目し始めている。
NASAの先進航空輸送技術計画 (AATT=Advanced Air Transport Technology Project) 主席担当のジム・ハイデマン(Jim Heidmann) 氏は次のように語っている;—
「我々は民間航空輸送の先駆けの立場にいる。現在研究中の「航空機とその推進システムに関わる革新的技術」は、効率を劇的に改善しながら環境への影響を減らすもので、新型航空機への適用を急ぎたい。」
効率改善と騒音低減・排ガス減少を同時に達成するため、NASAは航空機工業界や大学などの研究機関と協力してユニークな形の機体を検討してきた。すなわち、細めの長い胴体、翼胴一体型の機体、革新的素材や部品の使用、さらには高度に統合化された推進システム、などである。
NASAは、“ニュー・エビエーション・ホライゾンズ (New Aviation Horizons)”構想(initiative)としてこれらの諸案を検討中で、これらを一まとめにして ”実験機(experimental planeつまりX-plane)” 計画と呼んでいる。この中に将来の亜音速旅客機用の「電動ターボファン(turboelectric)旅客機」 と呼ぶ機体がある。
クリーブランド(Cleveland, Ohio) にあるNASA グレン研究所のチームは「電動ターボファン旅客機」用として、両翼に取付ける低排気ガスの小型高バイパス比のファンエンジンと、尾部に取付ける電動ファンの開発に取組んでいる。「尾部電動ファン」は、胴体表面に生じる境界層を吸入(BLI=Boundary-layer ingestion)すると共に推進力も発生する。
図2:境界層の説明。物体の表面を流れる空気の流れは、表面に近い部分で粘性のため遅くなるが、これを境界層と呼ぶ。境界層では流れが乱れ抵抗を生じる。厚く成長した境界層を吸収することで抵抗を減らせる。
「尾部電動ファン」で胴体表面の境界層を吸収してやれば胴体の空気抵抗が減り、抵抗が減るので両翼のファンエンジンの推力は少なくて済み、エンジンを小さくできる。
この機体は「STARC-ABL」機と呼び、「single-aisle turboelectric aircraft with an after boundary-layer propulsor」の略で、「胴体後部搭載の境界層吸入ファン付き狭胴型旅客機」と言ったような意味である。
「STARC-ABL」機は、外観は現在見かける旅客機とあまり変わらないが、両翼に搭載するエンジンで、3 メガワット(megawatt)もの電力を発生し、これで尾部の「電動ターボファン」を駆動する。
機体の大きさはボーイング737旅客機とほぼ同じだが、エンジンは少し小型になる。また、尾部には胴体表面の境界層を吸入する「電動ターボファン」が付くため水平尾翼を高くした ”T” 型となる。
両翼のエンジンは、離陸時に必要な推力の80 %を受持ち、巡航時は66 %を受持つ。尾部の電動ファンは残りの必要な推力を受持つ。この新しいシステムで燃費は現在の機体に比べ10 %ほど節減できそうだ。
図3:(NASA) NASAの「STARC-ABL」Rev.B機の動力システムの構成を示す図。尾部電動ファンは、主翼ファンエンジンの低出力時でも常時3,500 HPで胴体の下面の境界層を吸入する(胴体上面の境界層吸入はしない)。最大離陸重量132,500 lbs (59.6 ton)、自重72,700 lbs (32.8 ton)、各エンジン推力21.500 lbs (9.7 ton)、巡航速度マッハ0.785、巡航時燃費0.437 lbs/hr。
NASAは、サンダスキー(Sandusky, Ohio)にある「電動航空機試験装置 (NEAT =NASA’s Electric Aircraft Testbed)を使い「STARC-ABL」の小型モデルで試験をしている。これは、エンジンと尾部ファンの受持ち割合の最適化、境界層吸入の効果の検証、必要なバッテリー容量、その他の検討をするための試験である。
NASAではこのほど次世代型の「STARC-ABL」旅客機の実現に向けて、ボーイング、ジョージア工科大、リバティー・ワークスなどと、150席級狭胴型機の初期開発検討のため12ヶ月間の契約を結んだ。
このうちボーイングとの契約は、今ではボーイングの部門となっているオーロラ・フライト・サイエンセス(Aurora Flight Sciences)社が行う。オーロラ社は、NASAの“X-Plane”計画の中の一つ、大型で先進的な”D8”計画の「境界層吸入 (BLI)」の研究を担当した実績がある。
NASAでは、2017年6月末に「STARC-ABL」Rev. Bモデル案を完成したが、続いて2018年末までにRev. C案の検討を終了、2020年にRev. D案をまとめる予定になっている。そして最終的には「STARC-ABL」を2035年頃に就航させる。
「X-57マックスウエル」1人乗り小型電動飛行機
図4:(NASA) NASAが開発中の「X-57マックスウエル」1人乗り小型電動飛行機の完成想像図。「X-57」は搭載するリチウムイオン(Lithium-ion)バッテリーの電力だけで飛行する。2018年年初に初飛行する予定。バッテリーは16個のモジュールに分割され、パイロットの後ろの胴体に搭載される。翼端には2基の60 KWモーターを装着、プロペラを回す。細長い主翼前縁には合計12基の小型電動プロペラが付く。翼端プロペラで翼端に生じる回り込み渦を減殺し効率改善を図る。
NASAでは”X-57 Maxwell”と名付けた電動飛行機を開発中である。X-57は主翼に14基の電動モーターを配し、それぞれでプロペラを回す変わった形の実験機だ。NASAはこの電気推進機で低騒音、高い効率、環境保全に役立つ技術を実証しようとしている。
NASA長官チャールス・ボルデン(Charles Bolden)氏は「この小型機X-57は、10年掛けて開発した機体で将来の航空の新しい道を切り開く先達となる」と語っている。
X-57は、時速175 mph (280 km/hr) で飛ぶ同サイズの小型自家用機に比べ消費エネルギーは5分の1で済む。
X-57はバッテリーの力だけで飛ぶので、ハイオクタンのガソリンは不要、従って排気ガスは生じない。巡航高度での効率が高いのでより短い時間で目的地に到達でき、全体の運航経費は同サイズの小型機に比べ40%位で済みそうだ。
自動車のハイブリッド・カーと同様、X-57は極めて静粛な飛行ができる。
—以上—
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
Aviation Week Oct. 30, 2017 “Aurora to analyze NASA’s Turboelectric Airliner” by Graham Warwick
NASA June 18, 2016 “NASA’s X-57 Electric Research Plane” Updated Aug. 4, 2017 by Sarah Loff
NASA Nov. 8, 2017 “Aviation Renaissance: NASA Advances Conceptsfor Next-gen Aircraft” by Jimi Russell nado Editor: Kelly Heidman
NASA March 22, 2017 “Overview of the NASA STRC-ABL (Rev. B) Advanced Concept” by Jason Welstead and Others