ファルコン・ヘビー打上げ成功、ペイロードを太陽周回軌道に


2018-02-14(平成30年) 松尾芳郎

 

去る2月6日、スペースX社のファルコン・ヘビーの初号機がケネデイ宇宙センター39号発射台から打上げられた。ファルコン・ヘビーは、1段目が3本のコアから成り両側のコアは燃え尽きると分離される。センター・コアの推力で上昇を続け、2段目の力で地球を取り巻くバンアレン放射帯(Van Allen radiation belt) を6時間かけて通過、模擬ペイロードである「テスラ(Tesla)・モーター製の赤色のロードスター(midnight-cherry Roadster)スポーツカー」を太陽周回軌道(heliocentric orbit)に投入した。ファルコン・ヘビーの27基のマーリン 1D (Marlin 1D)エンジンは東部標準時(EST)午後3:45に点火され、高さ70 m、横幅12 mの巨体が大西洋上空に噴煙を吐きながら上昇した。打上げ時には、発射台にTNT火薬換算で400万ポンド(約2,000 ton)の爆発力が加わるので発射台が壊れるのではないかと懸念されたが、損傷もなく無事に打上げられた。

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図1:(SpaceX) 2018年2月6日ケネデイ宇宙センター発射台LC-39Aから打上げられた世界最大のロケット“ファルコン・ヘビー”。模擬ペイロード(テスラ製スポーツカー)を火星近傍を通過する太陽周回軌道に載せることに成功した。

 

上昇するファルコン・ヘビーは3本のコアの蜂の巣状に配置されたロケット・ノズルからの噴出ガスがお互い空力的な干渉振動を起こすかも知れないと心配されたが、杞憂に終わった。

また、上昇速度が音速を超える際に生じる衝撃波が干渉し合い増幅されて本体構造を壊す恐れ、さらに大気圏内で高速になり、空気圧が最大になると構造に加わる動圧荷重も最大となるので、構造が破壊するのでは、と心配されたが、これにも無事に耐えることができた。

大気圏内飛行中は上段に付着した氷片が落下、弾丸のようにサイド・コアに衝突、破壊することも心配されたがこれも無事だった。

発車後2分33秒後にサイド・コア(2本)が分離、ファルコン・ヘビーは1本のファルコン9の姿となり、さらに31秒間燃焼し上昇を続けた。

分離したサイド・コアは、いずれも以前にファルコン9として使用後回収されたコアで、ケープ・カナベラル(Cape Canaveral)空軍基地内の着陸用パッドに相次いで着陸した。しかしセンター・コア、つまりファルコン9は、上段を切り離してフロリダの東500 kmに配置された無人筏に着陸する予定だったが、燃料不足で降下時にブレーキとなる9基のロケットのうち2基が作動せず、このため時速500 kmで筏から100 mほど離れた海面に着水し回収に失敗した。

午後3:45分に始まったミッションは夜まで続き、2段目はエンジンを2回断続的に作動させバンアレン放射能帯(Van Allen radiation belt)を6時間かけて通過、その後3度目の稼働でマスク氏の車テスラ・ロードスターを太陽周回軌道に載せることに成功した。この軌道は、スペースXの長期目標でもある火星に達する楕円軌道である。

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図2:(Wikipedia)バンアレン放射能帯とは地球(惑星)周囲にある磁気圏で太陽風などが運んでくる粒子が捉えられ、電荷を帯びるベルトを云う。地球周囲には2種類のベルトがあり、高緯度地域では500 km – 5,800 kmの範囲にあり非常に高い放射能を帯びている。内側放射能帯は、地球赤道上空1,000 km – 6,000 kmの範囲で電子と陽子からなり放射能が高い。外側放射能帯は高エネルギーの電子で構成され地球の半径の3倍から10倍の範囲(高度13,000km – 60,000 km)に広がっている。このベルトのお陰で太陽風の電子や陽子が遮られるので地球の大気圏は安泰でいられる。しかし人工衛星がこの高放射能帯に長時間晒されると損傷を受ける。GPS衛星は高度20,000 kmにあるので十分なシールドが必要である。宇宙飛行士が滞在する国際宇宙ステーション(ISS)は高度408 kmの低地球周回軌道(LEO)にあるのでバンアレン放射能帯の影響は殆ど受けない。

 

マスク氏は話している。「火星に行くには、上段ロケットの再着火・作動が3回必要だが、3回目には燃料は氷結し酸素は蒸発する恐れがあるので対策が必要だ。自動車のことは心配ない」。その後午後11時にツイッターで「3度目の再着火は成功した。これでペイロード(赤いロードスター)は火星軌道を越えて小惑星帯まで行くだろう」と書いている。

スペースX社は、今回の2段目ロケットの6時間燃焼の成功で、“地球静止軌道(GEO=geostationary orbit)に直接ペイロードを運ぶ”と云う空軍の要求を、実証して見せた。現在はGEOに衛星を打ち上げるには、衛星を一旦長楕円トランスファー軌道に乗せてから、衛星に搭載する移動用スラスターでGEOに移す方法が使われている。

ファルコンの歴史;—

スペースX社は自己資金で、2006年から使い捨て型、液体燃料使用、2段式の打上げロケット“ファルコン1”の開発に取組み、2008年9月に1号機を打上げた。これは1段、2段とも液体酸素・ケロシン(LOX/RP-1)を燃料とし、エンジンは、1段目はマーリン(Merlin)1A、後に1C推力10万ポンドを1基、2段目は同社製ケストレル(Kestrel)推力7,000 lbsを1基使っていた。2009年7月に5号機を打上げて終了、以後その技術が“ファルコン9”に受け継がれた。

”ファルコン9”の1段目には、同じマーリン1A系列の改良型マーリン1Dエンジンを9基束ねて使っている。1基の地上推力は845 kN (190,000 lbs)だが、大気圏外に出ると914 kN (205,500 lbs)に増える。マーリン・エンジンの推力・重量比は150を超え、ロケットとしては最も効率の良いエンジンである。

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図3:(Creative Commons BY-SA4.9) 左からファルコン1、ファルコン9 v1.0、ファルコン9v1.1、ファルコン9v1.2(full thrust)、ファルコン・ヘビー。

 

ファルコン・ヘビーとは;—

ファルコン・ヘビーはこれまでの世界最大の打上げロケット「デルタIVヘビー」の2倍の能力を持つ。ボーイング737旅客機の最大離陸重量より重い64 tonのペイロードを低地球周回軌道に乗せることができる。しかも「デルタIVヘビー」に比べ価格は1/3に過ぎない。ファルコン・ヘビーは数々の実績のあるファルコン9の信頼性を継承するロケットだ。第1段は、エンジン9基を搭載するファルコン9を3本つないで使い、合計27基のマーリン(Merlin)エンジンが出す500万ポンド以上の推力で上昇する。この推力はボーイング747型旅客機の18機分に相当する。1973年にサターン・ロケットが最後の月に向けた飛行をしたが、ファルコン・ヘビーは、それ以来となる月に向けた輸送飛行、さらには火星への有人飛行を可能にしてくれる。

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図4:(Space X) ケネデイ宇宙センターの発射台LC-39Aに据付けられ打上げを待つファルコン・ヘビー。打上げ費用は、コア再利用の場合100億円($90M)、再利用しない場合160億円($150M)。ファルコン9をセンター・コアとし、両脇にファルコン9の1段目をサイド・コアとして取付け、コア3本で1段目としている。打上げ時重量は1,400 tonを超える。高さ70 m、コア直径3.66 m、3本合計の幅12.2 m。ペイロードは、低軌道(LEO)の場合63.8 ton、静止トランスファー軌道(GTO)の場合26.7 ton、火星輸送の場合16.8 tonである。

 

ペイロード;—

  • ファルコン・ヘビー・ミッションでは、ペイロードは複合材製フェアリング内に収められ、目的の軌道に運ばれる。大きさは高さ13.1 m、直径5.2 mで大型バスほどの容積がある。“ドラゴン(Dragon)”宇宙船も搭載できる。

2段目;—

高い信頼性を確保するため、ファルコン9で完成した技術を使っている。エンジンはマーリンを1基、1段目エンジンが燃焼を終え分離されると作動を開始、ペイロードを所定の軌道に載せる。目的の軌道が”低地球周回軌道(LEO)”、“静止トランスファー軌道(GTO)”または“太陽周回軌道(GSO)”のいずれかによってエンジンは停止、着火を複数回繰り返す。エンジン燃焼時間は397秒、真空中の推力は934kN (210,000 lbs)である。

1段目;—

ファルコン9の1段目をコアとして、3本連結して1段目を構成する。サイド・コアは、“ブースター”とも呼ぶが、センター・コアの液体酸素タンクに上下の部分で取付けてある。3本のコアでマーリン・エンジンは合計27基になり、離昇時には22,800 kN (5,130,000 lbs) の推力を発生する。上昇すると直ぐにセンター・コアの推力は絞られるが、サイド・コアが分離されると直ちに全推力を出す。27基のエンジンが使われるので、ペイロードの重量にもよるが、ファルコン・ヘビーは2基のエンジンが停止してもミッションを遂行できる。この能力は他の打上げロケットには無い。

各コアの先端部にはグリッド・フィン3枚が取付けられ、コアの大気圏再突入の際に開き、姿勢制御をする。

1段目3本のコアと2段目のタンクはアルミ・リチウム(aluminum-lithium)合金で作られている。

3本のコアの底部にはランデイング・レグ(landing leg/着地用脚)が4本ずつあり、上昇中は折り畳まれコア側面に収まっているが、2段目を分離したあと展張し、安全に着地できる、従ってエンジンを含むコア全体の再利用ができる。

ファルコン・ヘビー打ち上げのアニメーション;—

スペースXが作ったファルコン・ヘビー打上げのアニメーションを紹介する。上映時間は3分26秒。発射台LC-39Aから打上げられ、模擬ペイロード「テスラ・モーター製、赤色ロードスター(midnight-cherry Roadster)スポーツカー」が火星近くを通る太陽周回軌道に乗るまでのステップを簡単に解説している。唯一実際と違ったのは、センター・コアの回収に失敗した点だけである。

アニメーションを観るには次のサイトをクリックしてSpaceX Falcon Heavyサイトを開く。あるいは“Safari”などから直接アクセスしても良い。

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すると次に示すSpaceX Falcon Heavyのホーム画面が現れる。この画面中央の3角印をタップすると動画が始まる。

ファルコンヘビー動画

図5:(SpaceX)SpceX Falcon Heavyのホームページ画面。

 

イーロン・マスク氏;—

昨年2月のTokyoExpressでも紹介したが、簡単に再録する。Tesla MotorsとSpaceX社の創始者兼CEOのイーロン・マスク(Elon Musk)氏は、47歳、南アフリカに生まれ、両親の離婚で母親の母国カナダに17歳で移住、1992年ペンシルベニア大学に入学物理と経済を学び、卒業後はスタンフォード大学に進みエネルギー物理学のPh.Dを取得し、2002年に米国籍となった。

これまで世界中どこでも巨額の費用が掛かる宇宙開発は、政府機関の仕事が当然とされる中、マスク氏は自身の資産(138億ドルとされる)を使い、自身の才能と努力で、宇宙開発に乗り出した。2002年にスペースX社、2003年にテスラ・モータースをそれぞれ設立した。目標として有人の惑星探査を掲げて活動を続けている。

 

 

—以上—

 

Aviation Week Network Feb 06, 2018 “Falcon Heavy Nails Debut Test Flight” by Irene Klotz

SpaceX “Falcon Heavy”

SpaceX “Marlin Engines”

Los Angeles Times Feb 12, 2018 “SpaceX Falcon Heavy center booster lacked igniteion fluid to light engines, land on platform, Musk says” by Samantha Masunaga

TokyoExpress 2017-02-10 “スペースX社、「ファルコン9」で次世代通信衛星10基を打上げ、1段目の回収にも成功“

TokyoExpress 2017-04-07 ”スペースX,「ファルコン9」打上げロケット1段目の再使用に成功“

TokyoExpress 2017-04-08 “スペースX/マスク氏、ファルコン9の打上げ拡大を目指す“