2018-05-10(平成30年) ジャーナリスト 木村良一
写真:財務省は決裁文書改竄、口裏合わせ問題に続いて事務次官のセクハラ疑惑で揺れた=東京・霞が関(木村良一撮影)
▼テレビ朝日は社員を守る立場にある
財務事務次官のセクハラ問題は、週刊誌のスクープで火がつき、テレビのワイドショーが連日放映、天下国家を論じる新聞の社説にも取り上げられた。瞬く間に大問題となり、様々な観点から論議された。長く新聞記者を続けてきた身としても、考えさせられるところが多い。
議論には被害を告発した女性記者の報道倫理を問う意見もあったが、その意見には異を唱えたい。
まずこれまでの流れを軽く振り返っておこう。
テレビ朝日は4月19日未明、週刊新潮(12日発売)に書かれた財務省の福田淳一事務次官のセクハラ問題について記者会見し、自社の女性記者がセクハラ被害を受けていたことを明らかにした。
記者会見などによると、女性記者は1年半ほど前から数回、取材目的で福田氏と2人で会食した。その度にセクハラ発言があり、身を守るために録音を始めた。被害をテレ朝で報道するよう上司に相談したが、「難しい」と断られ、週刊新潮に告発した。録音データの一部も提供した。
報道倫理上よく問題にされる、取材活動で得た情報を第三者に渡したことについては「報道機関として不適切な行為で遺憾に思う」と女性記者の告発を問題視した。
だが「不適切な行為」とまでいうならなぜ、女性記者から相談を受けた時点で報道しようと動かなかったのか。テレビ朝日が報道していれば、週刊新潮には情報を提供しなかったはずである。
女性記者は精神的に大きなショックを受けたという。たとえ自社で報道できなくともすぐに財務省に抗議するなど何らかの手を打つことはできたはずだ。テレビ朝日は社員である女性記者を守る立場にあることを忘れていたのではないか。
テレビ朝日は記者会見後、財務省に対して正式に抗議文を提出し、徹底的な調査と結果の公表を求めたが、社として深く反省するところがあったからだろう。
▼記者のモラルと切り離すべきだ
霞が関の官庁を代表する財務省の事務方トップの辞任表明にまで至った問題だけに、新聞各紙の社説も次々とテーマとして取り上げた。
報道倫理の問題に関しては、たとえば4月21日付の産経新聞の社説(主張)は「上司が相談を受けながら自社で報道しなかったテレビ朝日や、録音データを週刊誌に提供した女性記者にも批判はある」と書きながらも、「だがこれらは一切、福田氏や財務省にとって免罪符とはなり得ない」と言い切っている。
読売新聞も20日付の社説で「問われる人権配慮と報道倫理」という見出しを付けて論じている。
女性記者に対して「データを外部に提供した記者の行為は報道倫理上、許されない」と強く批判し、テレビ朝日も「記者を守り、報道のルールを順守させる姿勢を欠いていた、と言わざるを得ない」と糾弾している。
テレビ朝日に対する批判には反対しないが、女性記者の告発行為を「報道倫理上、許されない」とまで断定するのはどうだろうか。違和感を覚える。
そもそもセクハラ被害の告発を報道倫理に結び付けて論じるところに無理がある。記者のモラルという土俵で論じる問題ではない。報道倫理や記者のモラルと完全に切り離して考えるべきなのである。
あくまでも女性記者はセクハラの被害者だ。取材相手の福田氏は、事務次官という大きな権力を持つ優越的な立場にあった。報じられた2人のやり取りをみると、女性記者はがんばってネタを取ろうとしていた。これに対し福田氏は聞くに堪えない言葉で対応していた。彼女の人間性を深く傷つける発言を繰り返し、不快感や苦痛を与えたとみなされても仕方がない。
▼日本はまだ時代錯誤の男性社会だ
ところで今年のピュリツァー賞に大物プロデューサーのセクハラ疑惑を追及したニューヨーク・タイムズなどの報道が選ばれた。この報道で米国では性被害を告発する「#MeToo」(私も)運動が急速に広がっている。
これに対し日本の現状はどうだろうか。
渦中の福田氏は「あんなひどい会話をした記憶はない」と一貫してセクハラ行為を否定し、財務省は報道各社に「被害を受けた女性がいれば、財務省の顧問弁護士に連絡してほしい」と配慮に欠けた調査協力を求めた。麻生太郎財務相に至っては、問題にすら考えていないような発言が続いた。
福田氏も財務省も麻生氏もテレビ朝日もみな、人権上の重大な問題であることに気が付いていなかった。鈍く時代錯誤で感覚がズレていた。要は日本という国は、まだまだ「#MeToo」とは縁遠い男性中心の社会なのである。
ちなみに、4月20日の夜に行われた「メッセージ@pen」の編集会議では「美人の女性を記者にしてネタを取らせようとするメディアもある」「記者自身が女性を売りにするのもよくない」「被害を受けた女性記者は複数いるというが、テレビ朝日以外のメディアはどう対応するのだろうか」といった意見も出て、議論は尽きなかった。
ー以上ー
※慶大旧新聞研究所のOB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」5月号
(http://www.message-at-pen.com/)から転載しました