スペインのアクスター社がハイブリッド電動航空機を試作 —186席級狭胴型旅客機の実現に繋がるかー


2018-11-14(平成30年) 松尾芳郎

 アクスターAX-40s

図1:(Axter Aerospace)「テクナムP92」型機はロータックス(Rotax) 912/914エンジン付きで、エンジン先端に自動クラッチ付き電気モーターを取付け、プロペラを回す仕組み。「アクスター」社では200時間以上の試験飛行を終わっている。写真は「アクスター」が電動モーター付きに改造した「テクナムP92」で、胴体には協力企業「ライト」のロゴも表示されている。

スペインのハイブリッド電動軽飛行機開発会社「アクスター・エアロスペース(Axter Aerospace)」と米国の「ライト・エレクトリック(Wright Electric)」社は共同で2019年に9席型ハイブリッド電動航空機を試作する。そしてこれを基にして最終的には186席級の狭胴型旅客機の開発を目指している。

 

「アクスター・エアロスペース」の本社はマドリッドにあり、現在2人乗り軽飛行機“テクナム(Tecnam) P92”に自社開発のハイブリッド推進システム(Hybrid Propulsion System) 「AX-40S」を取付けて試験飛行を行っている。

 

「ライト・エレクトリック」は電気推進式狭胴型機の開発を目指すベンチャー企業で、「ジェフ・エングラー(Jeff Engler)」氏により2016年に僅か10名の技術者で創設された。ロスアンゼルスにありシリコンバレーの投資家グループの支援を得ている。革新的旅客機の開発を目指すと云うことで、会社名には、米国で初めて動力飛行機を飛ばした「ライト兄弟」の名前を採った。

 

「アクスター」が改造・使用中の“テクナムP92” は、イタリアの「テクナム・オブ・ネープルス(Tecnum of Nales)」社が作る高翼単葉の2人乗り軽飛行機で、エンジンはロータックス912 /100馬力または同914 /115馬力を使っている。いずれも水平対向4気筒空冷(但しヘッドは水冷)エンジン、この系列のエンジンはこれまでに5万台以上が生産されている。

「アクスター」の「AX-40S」は、小型飛行機が万一エンジン故障を起こしても安全に着陸出来ることを目的として開発されたシステムである。「テクナムP92」のエンジンとプロペラとの間に出力30 KW (40 馬力に相当) の電動モーターを取付け、離陸・上昇時にはプロペラを回す力を増やし、滑走距離を短くし、上昇性能を高める。

電動モーターはリチウム・イオン・バッテリーからの電力で駆動される。巡航や降下時にはエンジンの余剰出力を使ってバッテリーを充電する。駐機中は地上電源で充電できる。バッテリーの容量はガソリン4リットル分に相当する。

「AX-40S」の最大の特徴は、エンジンが故障し、停止しても20分間は電動モーターでプロペラを回すことができる点にある。20分の余裕があればパイロットは着陸可能な地点を探し安全に着陸ができるし、あるいは出発した空港に戻ることもできる。

「AX-40S」は固定ピッチプロペラおよび可変ピッチプロペラのいずれにも使え、スペイン航空当局の追加型式証明を取得済み、現在ヨーロッパ航空当局(ESA)の認可待ちの状態にある。

「アクスター」の創設者2名(Miguel Suarez/空力設計専門およびDaniel Cristobal/電気・ソフト担当) は、それまでエアバスに8年ほど在籍し、航空事故の解析に携わってきた。ヨーロッパとアメリカでは、小型機で飛行中エンジンの故障で毎年71名が死亡している。これを、ハイブリッド・システムを組込むことで減らせないか、と検討を始めたのが会社創立のきっかけであった。

スペイン政府の理解と支援で、国内の有力企業や大学の協力が得られ、「アクスター」はハイブリッド推進システム開発の第一段階に乗り出すことができた。そして究極の目標である100 %電気推進システムの完成に向けて活動を続けている。

「AX-40S」の自動クラッチ付き電気モーターは、スロベニア(Slovenia)の「エンドラックス(Endrax)」社が作っている。普通の状態では接続されているが、モーター故障時には接続が解除される。また電気モーターは計器盤のノブを回すだけでOn/Offができる。

「P92」にこのシステムを搭載するのは簡単で、取付け用フレーム/0.9 kg、カップリング/5 kg、電気モーター/12 kg、コントローラー/6 kg、Li-Ionバッテリー/20 kgの重量が増えるだけである。バッテリーは操縦席の背中に取り付ける。

「P92」への改修費用は2万ユーロ未満(約250万円)とされる。

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図2:(Axter Aerospace)「テクナムP92」のエンジン先端に取り付けた電気モーター。

最終目標である狭胴型旅客機の開発は、英国を本拠とする有力LCC(低運賃航空会社)「イージージェット(EasyJet)」の協力を得て、2017年9月から始まっている。「イージージェット」は、自社旅客の2割を占める540 km区間用の180席以上の電動式狭胴型機を2027年に実現するよう求めている。

「ライト」社のジェフ・エングラー社長によると、「来年初めには9席級のターボプロップ機を購入、ハイブリッド機に改造して試験を行う予定。その次の段階で、騒音を現用機より50 %減らし運航費を10 %低減した本格的な狭胴型機の開発に乗り出す」としている。

基本設計に携わっているのはダロルド・カミングス(Darold Cummings)氏。同氏は、かつてポーイングに在籍し新プロジェクトで実績を残してきたが、現在は航空宇宙技術の専門家として独立している。NASAのECO-80プログラムに参画、革新的な80席級のターボ・エレクトリック狭胴型機「ESAero ECO-80」を提案、協力している。

エングラー社長は「ライト社はイージージェットから経済的な援助は受けていないが、ユーザーの立場から多くの助言を貰っている」と話している。開発するターボ・エレクトリック狭胴型機の航続距離は英国南部とヨーロッパを結ぶのに十分な約500 km に設定している。

アムステルダム(Amsterdam)とロンドン(London)間は、ヨーロッパで第2の便数の多い路線だが、ここが電動航空機に変わると、騒音とエミッション排出量が劇的に改善される(イージージェット社ヨハン・ラングレン(Johan Lundgren)社長談)。

この野心的な目標の第一歩が既述の「アクスター」の「テクナムP92」にAX-40S電気モーター・システムを組込んだ改造機である。2019年に飛行試験を目標とする9席級の電動ターボプロップ機は、4倍以上の大きさとなるので、P&WC製PT6Aターボプロップと大型電気モーターの組合わせとなる。

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図3:(Wright Electric) ライト・エレクトリック社が開発する「分散式電動推進(distributed electric propulsion)186席級旅客機」の完成予想図。ダロルド・カミングス氏が基本設計を担当している。ボーイング737やエアバスA320と同じ大きさだが、推進は両翼の内翼部と胴体後部に設けた多数の電動ファンで行う。

ライト社は、プロペラに相当するファンモーターを開発中で間も無くPT6A ターボシャフトエンジンとモーターを組み合わせて試験を始める。地上試験が終われば、次に飛行試験機に取り付けて飛行試験を行う。9人乗りの電動式ビジネス機はそれ自身でも市場価値が見込めるが、目標はあくまでも電動式狭胴型旅客機の開発としている。

2人乗り、9人乗り、いずれも市場にある電動モーターを使うが、狭胴型機用にはもっと強力なモーターが必要で、市場で得られない場合に備えライト社ではモーターの自社開発も進めている。

 

電動航空機の開発を目指す各社は、いずれも最初は既存の航空機を電動式に改造するところから始めている。

  1. 電動モーターの開発を専門とするマグニックス(MagniX)社は、PT6Aターボプロップを使うセスナ・キャラバン(Cessna Caravan) の改造に、自社開発の260 KW (350 HP に相当)モーターを使う計画。
  2. 「ズーナム・エアロ(Zunum Aero)」は、ロックウエル・ターボコマンダー(Rockwell Turbo commander)を試験機に使い、12席級のハイブリッド・リージョナル機の開発を進めている。(TokyoExpress 2018-06-14“ズーナム・エアロ、ハイブリッド・リージョナル機の開発進める”を参照)
  3. フランスの「ボルトエアロ(VoltAero)」社は、セスナ・スカイマスター(Cessna Skymaster)を改造して試験機とし、4-9席級の「カシオ(Cassio)」の開発を目指している。
  4. 「ダイアモンド(Diamond)」航空機工業は、オーストリア(Auatria)で1981年創業の会社で、DA20や「DA40 」軽飛行機を生産しているが、2017年末から中国資本に買収された。ここがドイツのシーメンス(Siemens)製の電気モーターを使ってDA40型機を電動航空機に改造し、10月末にオーストリアのウエナー・ヌースタット(Wiener Neustadt)で初飛行に成功した。双発機のハイブリッド電動航空機としては初めてのことである。

「DA40」は単発機だがエンジンを取外し、75 kW電動モーター2基を機首の両脇にカナード状に取付けている。そして出力110 kWのオーストロ・エンジン製AE300ジーゼルを機首に取付け、バッテリー充電に使っている。

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図4:(Diamond Aircraft) ダイアモンドとシーメンスが協力してダイアモンドDA40型機をハイブリッド電気推進機に改造、今年10月31日に20分間の初飛行に成功した。2基の推進システムには、それぞれバッテリー、インバーター、電動モーター、プロペラからなる。離陸時には双発で合計150 kW (約200馬力相当)の出力を出す。機首部分には電力供給用に出力110 kWのジーゼルエンジン1基が付いている。

イージージェット

図5:(EasyJet) イージージェットは、30カ国以上820路線を運航しているヨーロッパ第2のLCC。1995年の設立、急速に成長して従業員は英国を主に11,000名ほど。航空機はエアバスA319とA320を合計300機、それにA320neoとA321neoを合計18機、使っている。発注中はA320neoとA321neoを合計114機。

イージージェット社長ヨハン・ラングレン(Johan Lundgren)氏は、「A320neoを導入して分かったことは従来機に比べ炭素エミッションが15 %、それに騒音区域が50 %も少なくなっていることだ。」と述べ、さらに効率的な電動式航空機の実現を待ち望んでいることを示唆した。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week online Nov. 5, 2018 “Wright Plans Hybirid-Electric Demo with Axter” by Graham Warwick

Aviation Week online Nov 12, 2018 “Diamond, Siemens Fly First Multi-Engine Hybird” by Graham Warwick

AXTER Aerospace “AX-40S Hybrid Propulsion System for Aviation”

Aerokurier Magazine Oct5th 2016 “Axter Aerospace propulsion hybrid system AX-40S”by Dejar Un Comentadrio

Wordless Tech Nov.2, 2018 “EasyJetwoill launch first Electric Aircraft”

AOPA Nov.7, 2018 “Hybrid-Electric Twin takes Flight, Diamond and Siemens Collaborate in Testbed” by Jim Moore