図:(筆者撮影)安田純平氏記者会見
▶会見出席者は今世紀3番目の多さ
安田純平さんの記者会見に出席した。内戦下のシリアで武装勢力によって身柄を拘束され、3年4カ月ぶりに解放された44歳のフリージャーナリスト。その初会見は解放10日後の11月2日、日本記者クラブ(東京・内幸町)で行われた=写真。
会見場には386人もの記者やカメラマらが詰めかけ、テレビカメラだけで42台が持ち込まれた。出席者の人数は同クラブの記者会見史上、今世紀3番目の多さを記録した。
解放直後から「身柄を拘束されようが、自己責任で何とかすべきだった」「殺されても文句は言えない」とネット上で非難されていた。テレビのワイドショーも日本政府の制止を振り切ってシリア入りした行動の是非をこぞって取り上げた。
私の関心のひとつもこの自己責任論にあった。
安田さんが自分の意思で危険な地域に入ったことは間違いない事実だ。それゆえ「自業自得だ」という意見も分からないではない。情報を得るために危険を冒し、戦場で命を落とすジャーナリストも多い。「メッセージ@pen」の2012年10月号に書いた(下記URL参照)ようにジャパンプレスの山本美香さんもシリアで取材中に銃撃され、45歳で亡くなっている。あの記事では「山本美香さんの『死』が、ジャーナリスト魂を呼び覚ましてくれる」と書き出した。
報道によると、安田さんはこれまでにも2回(2003年3月と2004年4月)、身柄を拘束された経験がある。いずれもイラクでの短期間の拘束だったが、解放後に自己責任のバッシングを受けたという。当時は小泉政権下で、安田さん以外にもイラクで人質になったボランティアグループらに対し、閣僚らが次々と「自己責任だ」と批判していた。
▶最悪の長い拘束によくぞ耐えた
安田さんはブラックスーツに濃紺のネクタイを締めて現れた。自己責任については次のような趣旨で話していた。
「私に批判があるのは当然だ」「紛争地に行くのは自己責任だと考えている」「しかし、紛争地で起きていることを見に行くジャーナリストが必要だ」「そうしたジャーナリズムが重要であるとの理解を広げなければならない」
武装勢力に家族宛ての手紙を書かされたときには、「自分を放置してほしい」とのメッセージを紛れ込ませたという。拘束中も自己責任を貫こうとする意志を失わなかった。自己責任をはっきり自覚しているし、ジャーナリストとしての信念をしっかり持っている。その行動はジャーナリストとしての仕事だ。遊びなどではない。彼のようなジャーナリストがいなければ、紛争地の実態は見えてこない。
安田さんは過激派組織のイスラム国(IS)の情報を入手したことで、ISと対立する反体制組織が統治するシリアのイドリブで取材しようと考え、2015年6月22日の深夜にトルコからシリアに入った。だが、途中でガイドとはぐれて拘束された。
初めはゲスト扱いでテレビも見ることができた。しかし、拘束1カ月後に「日本政府に金を要求する。人質だ」と告げられた。アパートの地下室、戸建ての民家、収容施設など約10カ所で拘束され続け、ときには幅1メートル、奥行き2メートルの独房に入れられ、身動きや音を立てることを禁じられ、寝返りも許されなかった。
3年4カ月という長い拘束時間だ。仮にこの私が安田さんのようにいつ解放されるか分からない状況で、耐えがたい精神的苦痛を受け続けたとしたら自殺するか、あるいは発狂していただろう。彼の精神力の強さに感心させられる。
▶「あきらめたら試合終了」と記帳
安田さんの精神力の強さはどこから来るのだろうか。
記者会見は質疑応答を含めて2時間40分行われた。日本記者クラブ史上、今世紀最大の長さになったというが、会見の最後に安田さんが同クラブのサイン帳に記帳した「あきらめたら試合終了」という言葉が紹介された。
この言葉について安田さんはこう説明していた。
「何度も絶望して拘束された部屋の壁を蹴って『もう駄目だ。殺してくれ』と叫んだこともあったが、希望は最後まで捨てなかった」「あきらめたら、精神的にも肉体的にも弱くなってしまう」「いつかは帰れるとずっと考え続けた」
記者会見から1週間後の毎日新聞記者のインタビューに「いや、前も今もずっとボロボロです」(11月13日付同紙夕刊掲載)と語っていたが、決してあきらめないところに安田さんの強さがあるのだと思う。
ところで11月21日付の朝日新聞夕刊で、辺見庸さんの小説『月』が取り上げられていた。神奈川県相模原市の障害施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された一昨年7月の事件から着想を得て書かれた長編小説で、新聞の記事中で辺見さんが事件の背景に触れ、「近代以降の人権、反差別思想、平等、寛容。そういう理念が、ここにきて破綻している」と話していた。
「問題だ」と決めてかかる。自分と違う意見を拒否して切って捨て去る。並べて考えることができない。バランス感覚がない。辺見さんが指摘するように寛容さが失われているからだ。
自己責任論を持ち出し、ネット上で安田さんを一方的に攻撃する行為も全く同じである。寛容さの欠如がそうしたバッシングを生むのだと思う。
—以上—
慶大旧新聞研究所OB会のWebマガジン「メッセージ@pen」12月号から転載しました
http://www.message-at-pen.com/?cat=16(メッセージ@pen2018年12月号)
http://www.message-at-pen.com/?p=454(メッセージ@pen2012年10月号)