“アクテイブ・フロー・コントロール”操縦装置、無人機への適用研究が進む/Active Flow Control ‘Feasible’ for UCAV Flight


2019-01-29(平成31年) 松尾芳郎

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図1:(BAE Systems) BAEが試作した小型無人機(UAV)「マグマ(Magma)」は、フラップ、ラダーなど従来の操縦舵面を使って昨年初飛行した。これから操縦舵面を廃し、代わりにエンジンの抽気を使いスロットから超音速の吹出しで操縦する“ジェット吹出し”システム(unique blown-air system)を組込み試験する。 “ジェット吹出し”システムは、軽量化や整備費削減、さらにステルス性向上に有効で、将来の軍用UAV機だけでなく民間機にも適用されそうだ。

 

NATOは新しい操縦法「アクテイブ・フロー・コントロール(AFC=Active Flow Control/吹出しコントロール)を、無尾翼無人攻撃機(UCAV=tailless unmanned combat air vehicle)のフライト・コントロールに使う研究を進めている。“フルイデイック・フライト・コントロール(fluidic flight control/ジェット吹出し操縦システム)”とも呼ぶこの方法は、操縦舵面を使わずに空気流方向を変える「コアンダ効果(Coanda Circulation Control)装置を使う方式。

(A NATO study of active flow control (AFC) for tailless unmanned combat air vehicles (UCAV) is feasible for flight control with increasing stealth. The AFC, also named as “fluidic flight control” an application of “Coanda Circulation Control” theory, changing the direction of wing trailing edge air flow without complicated control surfaces including flaps, elevons, spoilers.)

NATOの研究グループAVT-239は、昨年末12月に5カ年間の「AFC」を含む革新的操縦法(ICE=innovative control effectors) 技術の研究成果を取りまとめ、今年1月の全米航空宇宙学会会議(American Institute of Aeronautics and Astronautics’ SciTech Conference in San Diego) で発表した。

NATOでは今年中に2種の小型デルタ翼UCAVにこのシステムを組み込み、飛行試験を行う。すなわち;—

  •  革新的操縦装置(ICE)の試験では、「ICE-101」を基本にする機体にフルイデイック推力偏向(fluidic thrust vetoring)装置と翼後縁に単スロット型フルイデイック・ブローイング(fluidic blowing/空氣吹出し)装置を組み込む。
  •  BAE開発の「マグマ(Magma)」では、フルイデイック推力偏向装置(fluidic thrust vectoring) と翼後縁に2重スロット型フルイデイック・ブローイング(fluidic blowing/空氣吹出し)装置を組み込む。

AFC (アクテイブ・フロー・コントロール)は、複雑な機構の高揚力装置「フラップ(Flap) 」に替わるものとして1970年代から研究が始まったが、必要なエンジンからの抽気量が多過ぎ、試作機が作られたものの実用化は見送られた。このため油圧アクチュエーター(hydraulic actuator)を使うシステムがずっと使われ続けている。

NATO研究グループ「AVT-239」は、BAEシステムズ(BAE Systems)、ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)、米空軍科学研究所(AFOSR=U.S. Air Force Office of Scientific Research)、英国国防科学技術研究所(DETL= UK Defense Science and Technology Laboratory) および関係する大学(Univ. of Manchester)などで構成されている。

無人機(UAS) に必要な要件とは、高性能、単純な構造、低価格、高いステルス性、である。フライト・コントロールに「AFC/アクテイブ・フライト・コントロール」を採用すれば、軽量化でき、容積も少なく、翼面と舵面との接合部分(OML=Outer Mold Line) が無くなり段差が解消するので性能、ステルス性が向上する。

Lockheed ICE 101

図2:(Lockheed Martin) ロッキード・マーチンが1990年代に社内検討した「ICE 101」ステルス戦闘機の図。AVT-239チームはこれを基本に、図のように革新的操縦システム(ICE=innovative control effectors) を組込む。「ICE」は有人、無人機を問わず適用できる。

「ICE 101」は、無尾翼デルタ形式で,前縁フラップ(LE Flap)、エレボン(Elevons)、スポイラー・スロット・デフレクター(Spoiler slot deflectors)、ピッチ・フラップ(Pitch flap)、オール・ムービング・チップ(AMT=All moving tip)など普通のヒンジ付き操縦舵面を備えている。

超音速、遷音速(super sonic, transonic)で飛ぶデルタ翼機(delta wing)の前縁付近では、迎え角(AOA=Angle of Attack)が小さい時でも「前縁剥離(leading edge flow separation)」が起きやすい。

翼や胴体の表面近くを流れる空気流は表面との摩擦で引きずられる。この引きずられる空気の層を「境界層(laminar flow)」と云う。「境界層」は、翼前縁(LE= leading edge)では薄いが、後縁( TE=trailing edge)近くなると次第に厚くなり、やがて剥がれ渦(vortex)となり摩擦が急増する。境界層内の流れを都合の良いように変えるのが「境界層制御(laminar flow control)」である。この方法には、①表面に多数の穴を設け、遅い流れを吸い込み、境界層を後方まで維持する方法、②翼やフラップの前縁あるいは後縁からジェットを吹出し遅くなった境界層を加速してやり、流れの剥離を抑える方法、の二つががある。

高速飛行をするデルタ翼機は薄い翼型を使い、前縁の丸味の半径(前縁半径)(LE Radius)が小さいので、比較的小さな迎え角でも前縁付近で空気の流れが剥れ「前縁剥離(leading edge flow separation)」が生じ後方に広がる。

このためNATO試験機では機首近くと翼前縁中央部にスロットを設けジェットを吹出し「前縁剥離」を抑え層流の維持を試みる。

研究グループAVT-239が「baseline」として選んだ2種はいずれも、空力性能データ・ベース(aerodynamic database) が明確で、一つはロッキードが1990年代に社内検討した後退角65度の「ICE-101」戦闘機(図2)、もう一つはボーイングの後退角53度の無尾翼無人攻撃機(UCAV)「1303」(図3)である。

試験機にはいずれも、AFC Saccon (安定性・操縦性の組合せ構成/Stability and Control Configuration) を搭載、検証する。

NATOは、UCAVの攻撃ミッション(strike mission profile) を3つのフェイズ、①高度30,000 ft.(10,000 m)で速度マッハ(Mach) 0.9 での侵入飛行、②敵攻撃からの回避運動(evasive maneuvering) 、③離陸、着陸、に分け検討している。

Boeing 1303 UCAV

図3:(Boeing) 写真のボーイング(Boeing)「1303」無尾翼UCAVを改良したのが図1のBAE製「マグマ(Magma)」である。「1303」は、ボーイングX-45Cの改良型で2011年に初飛行済み。全長11 m、翼幅15 m、離陸重量16.6 ton、エンジンはGE F404-GE-102Dを1基。「マグマ(Magma)」は「1303」を改修、翼面積を広げ、厚めの翼型にし、翼前縁半径(leading edge radius) を大きくし「1303」で問題だった機種上げ性向を解消している。2017年にフラップなど通常の舵面を付け試験飛行に成功済み。2機目の「マグマF」は、ピッチ(pitch)制御可能な推力偏向装置と翼後縁に2重の超音速吹出しスロットを付け、今年中に試験飛行を始める。

 

NATO/BAEは、“境界層剥離を防ぐジェット吹出し”すなわち“AFC (Active Flow Control /アクテイブ・フロー・コントロール)”を組込む場所を次のように決めている。すなわち;—

①  機首および中央翼前縁部(apex and mid span leading edge) のジェット吹出しで渦(vortex)の解消、

②翼後縁(trailing edge)のジェット吹出しで境界層制御、

③フルイデイック推力偏向装置(fluidic thrust vectoring)で姿勢制御、

この内②と③を先行し、成果を得てから①の試験に入る。

装備品は開発が終わり「マグマ」に組込み済みで、飛行中の機体システムへの影響、つまり中度の乱気流(moderate turbulence)、中度の突風(moderate gust) に遭遇した際の機体操作に必要なエンジンからの抽気量を算定している。強い突風等に対処可能にすると、エンジン・コンプレッサーの負担が大きくなり望ましくない。

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図4:(Wikipedia) 単スロット型コアンダ効果装置(Single Slot Coanda Circulation Control)の説明図。コアンダ効果とは、「流れの中に凸面物体を置くと、流れは物体に沿って方向を変える」性質を云う。これを利用したのが「コアンダ効果装置」。スロットから高速流体を吹出すと流体はコアンダ面に沿って向きを変える。ルーマニアの科学者アンリ・コアンダ(1886-1972)が発見した現象。NATOでは、これを「ICE-101」試験機の翼後縁、エンジン推力偏向と機首および翼中央の前縁吹き出しに使う。

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図5:(BAE Systems)2重スロット型 コアンダ効果装置(Dual Slot Coanda Circulation Control)の説明。翼後縁の上下にスロットを設け、その中に凸面状断面(コアンダ面)の物体を入れスロットを上下に分ける。高速流体/ジェット流を上側のスロットから吹出すと、流れは下向きになり翼に反力/上向きの力が働く。下側のスロットから吹出すとその逆の力が生じる。上下両スロットから均等に吹出すと推力が生じる。2重スロット型はBAE「マグマ」試験機の翼後縁に使う。

 

ICE(Innovative Control Effectors/革新的操縦装置開発)チームは、従来のフラップなど舵面の付いたロッキード「ICE-101」を基本に、4つのAFC(active flow control)を組合せを変えて取付け試験する。

これまでのAFC(アクテイブ・フロー・コントロール)を使ったフラップの試験(ボーイングYC-14や飛鳥など)では、高速飛行の場合、吹出し効果を維持するにはかなりの量のエンジンからの抽気(空気流)が必要だった。これはジェット吹出し速度と機体の速度の比が小さかったためで、吹出し速度を超音速にすれば解決できる。

試験機「マグマ」では翼後縁に2重スロットを使う。つまり操縦システムは上下のスロットを使い分け、正の揚力、負の揚力、そして両方を同じにして推力を得る方式となり、これでヨー(yaw)、ピッチ(pitch)、ロール(roll)、の3軸周りの力を生み出せる。

吹出しノズルは、ノズル圧力比(NPR=nozzle pressure ratio)を高くし超音速にする。BAEではマンチェスター大学の協力でNPR 7-9のノズルを開発し、エンジン抽気量の低減と抽気用チューブの小型化、に成功した。

スロットの高さ(隙間)とコアンダ曲面半径との関係は微妙で、高いNPRを得るにはスロットを狭くする必要がある。一般に翼弦長4 mの翼の場合後縁の厚さは10-15 mmになる。空気抵抗とレーダー反射面積(RCS=radar cross section)を小さくするには、スロット高さは0.5 mm、コアンダ曲面半径は5-7 mmに抑えたい。これには高度な製造技術が必要となる。

エンジンの推力偏向装置には吹出しジェットを使うので、エンジン排気口の左右に曲面(コアンダ面)を付け、そこに2次ジェット用の穴を複数設ける。エンジン排気の本流は約600度F (315度C)、速度マッハ0.8になるが、これを最大10度まで偏向させヨー(yaw)コントロールに使う。同様の方式でピッチ(pitch)コントロールができる。

飛行試験担当のAVT-295グループは、2017年初めに発足した。飛行試験用の2機は、共に安全のために垂直尾翼を取付けてある。多少遅れてはいるが、今年中には吹出しジェット操縦系統(FFC=fluidic flight control)を使って飛行試験を開始する。「ロッキード・マーチン製ICE-101改良型」は米空軍士官学校(USAFA=US Air Force Academy, in Colorado)で、もう1機「BAE製マグマ(Magma)」は英国ウエルス(Wales)の Llanbedr で飛行する。

これまでに分かったことは、「AFC」に必要な抽気量は最大でもエンジン内を流れる空気の1.8 %に収まり、エンジン側の制限値3 %以内になる。UCAVが攻撃ミッション時に必要な量は0.5 %で、これは機体の航続距離を1 %縮めるのに相当する。

後縁に取付けたコアンダ効果装置(Coanda Circulation Control)とエンジン排気口に組み込んだヨー推力偏向装置は、ICE/革新的操縦装置として極めて有効である。機種と主翼前縁の吹出しスロットの検証は途中の段階だが、機体の機動性向上など他の目的に使えそうだ。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

Aviation Week Network Jan.18, 2019 “Active Flow control ‘Feasible’ for UCAV Flight” by Graham Warwick

FlightGlobal 09 January 2018 “BAE ignites unmanned interest with Magma” by Craig Hoyle

Newsroom 13 Dec 2017 “Successful first flight trial completion of unmanned aerial vehicle, MAGMA”

Lockheed Martin August 1997, WL-TR-97-3059 “Innovative Control Effectors(ICE) Phase II” by Kenneth Dorsett and Scott Fears

Aerospace Research Central [ARC] “NATO AVT-239 Task Group: Air Vehicle Integration Considerations for Active Flow Control on a Future UAS” by Brant H Maines and Daniel N Miller of Lockheed Martin Aero

醋燈社刊「航空を科学するー上巻」1994-11-05 by東 昭