2019-02-13(平成31年) 松尾芳郎
“ブーム(Boom Technology)”と“エイリオン(Aerion)”の両社は、2020年代中頃までに超音速輸送を実現すべく研究を進めている。前者はエアラインのビジネスクラス需要を取り込む55席級の旅客機、後者は高級ビジネス機として大企業や政府機関などへの販売を目指している。
昨年11月にワシントンの英国大使館で、王立航空協会(Royal Aeronautical Sociaty)主催の“The Economics of Supersonic (超音速輸送の経済性)”と題する講演会が開かれた。席上で両社の代表は、超音速旅行の復活に際し「需要機数の見通し」、「運賃の予測」、「技術上の要件」などについてそれぞれの考えを述べた。
(Boom and Aerion are taking different paths to make civil supersonic jet travel a reality again by mid 2020s. Boom is focused on commercial airliner carrying 55-seat of business class passenger and Aerion is relying on the wealthy business aviation market. Representatives of both companies made presentations on the Royal Aeronautical Society’s “The Economics of Supersonic” event, at the UK Embassy in Washington DC.)
図1、2:(Boom Technology) ブーム社が開発する乗客55名、速度Mach 2.2、航続距離8,300 kmの超音速旅客機「オーバーチュアー(Overture)」。2025年の就航を目指す。完成すれば今のビジネスクラス料金で同じ距離を半分の時間で旅行できる。東京-サンフランシスコ(TYO-SFO)間は現在の11時間から5時間半に短縮される。JALは$ 10 million (11億円)の資金を提供し20機の仮予約(2017年12月)をしている。「オーバーチュアー(Overture)」は、全長52 m、翼幅18 m、最大離陸重量77.1 ton、コンコードと異なり、エンジンはアフトバーナー無し、構造は炭素繊維複合材製。
図3、4:(Aerion) エイリオン(Aerion) AS2は、超音速の層流翼技術を使い音速の1.4倍、Mach 1.4の速度で飛ぶ。超音速層流翼で空力抵抗を2割減らし航続距離を伸ばす。客室は標準で12名仕様、新しい騒音基準に適合する。速度をMach 1.2に減らせば衝撃波(sonic boom)は地上に達しない、と云う。フレックスジェット(Flexjet)社が20機を発注済み。同社は“複数人で機体を所有する方式・fractional ownership”の会社である。「AS2」は、全長52 m、翼幅23 m、最大離陸重量60 ton、エンジンGE製「Affinity」推力18,000 lbs x 3基。航続距離は7,800 km、パリ・ロスアンゼルス(Paris to LAX)間あるいはロンドン・シアトル(London-Sheattle)間を3時間で飛ぶ。
“エイリオン(Aerion)”の営業担当副社長ジェフ・ミラー(Jeff Miller)氏は次のように語っている;—
「我が社は2003年以来小型の超音速機の開発に取組んできた。当初検討した機体はP&W製JT8Dを2基備え速度Mach 1.0(音速)を超える型だったが、経済的に不適と判断、廃案になった。その後2017年末からロッキード・マーチンとGEエビエーションの協力を得て研究を進め、超音速ビジネスジェット「AS2」の案を決定、開発を進めてきた。
ロッキード・マーチンとの契約が2019年2月で切れたのを受け、ボーイングが名乗りを上げ、エイリオン「AS2」開発支援を引き継ぎ、2023年初飛行の予定を維持することになった。
「AS-2」設計の特徴は超音速層流翼(supersonic laminar flow wing)を採用した点である。エイリオンの創立者(founder) リチャード・トレイシー(Richard Tracy)氏は、航空力学の専門家で、カナデア・チャレンジャー(Canadair Challenger)ビジネス機などの設計をした経歴を持つ。同氏が考案したソフトを使い、薄い複合材製で縦横比(aspect ratio)の小さいジェット戦闘機のような短い翼を採用した。これにより、超音速飛行時で翼面の層流が保たれ、空力抵抗が20 %減ることになる。
「AS-2」は、GEエビエーションが開発する超音速エンジン「アフィニテイ(Affinity)」を搭載する。コクピットはハニウエル(Honeywell)社が「AS2」用に特別設計をする。2020年6月に設計審査(product design review)を終わり、製造を開始、2023年の初飛行を目指す。
「AS2」の開発費には総額$ 4 billion (4,400億円) を見込んでいる。2025年にFAAのTC (Type Certificate / 型式証明)を取得、2026年からの就航を予定している。顧客は、高級ビジネスマン層を目標にしており、機体価格は$ 120 million (130億円)、20年間で500 – 600機の需要を見込んでいる。」
図5:(GE Aviation) エイリオンAS2に搭載するGEアフィニテイ (Affinity )エンジン。開発開始は2017年5月、詳細設計は2020年に完了し、製造に入る。コア(高圧コンプレッサー9段と高圧ダービン1段)はCFM56から転用する。新しくファン2段と低圧タービン2段を設計し、バイパス比を[3 : 1]と小さくし超音速飛行に適合する。ファン直径は1.33 m、推力は18,000 lbs。
これに対し「ブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)」社は、エアラインでの超音速旅行の再開を目指している。同社はコロラド州デンバー(Denver, Colorado)Cetennial空港に本社を置き、ビジネスクラス55席型の超音速旅客機「オーバーチュアー(Overture)」の開発に取り組んでいる。
バージン・アトランテイック(Virgin Atlantic)社は、10機を仮発注すると共に同社の子会社“Spaceship Co.”が試験飛行の援助をすることを決めた。2017年12月にはJALが11億円の資金提供と20機の仮発注契約をしている。メデイアは、2017年6月のパリ航空ショーまでに76機を受注、と報じているが定かではない。
「オーバーチュアー(Overture)/ 意味は“序曲”」の巡航速度はMach 2.2に設定された。これは「エイリオンAS2」のMach 1.4より早い。Mach 2.2を選んだ理由は、現在の大西洋路線、太平洋路線の運航状況を調べ、最も高い航空機使用率(aircraft utilization) を得るにはこの速度が最適と判断したため。
「オーバーチュアー(Overture)」の巡航速度を維持し、他方で空港ノイズを最小にするにはエンジンによるところが大きい。推力20,000 lbs 級エンジンの選定は2019年末までに行う。
「オーバーチュアー(Overture)」は、亜音速旅客機と同じルートを飛び、離陸、着陸時の騒音も同じ水準にするのが目標である。すなわち、Mach 2.2の巡航速度を維持しながらノイズレベルはステージ(Stage)4とステージ(Stage) 5の間にする。
同社CEOのブレイク・スコール(Blake Scholl)氏は「本機が就航する時期に使われている亜音速機に比較し「オーバーチュアー(Overture)」がノイズで区別される事がないようにするのが目標だ」と語っている。
ステージ5 騒音適用基準(Stage 5 Noise Certification Standard) は2017年に発効した。新造機は、Stage 3 の制限値から合計値で17 dB下げること、またはStage 4制限値から7 dB下げること、が要求される。ここで“合計値”とは、ランウエイに関わる3つの測定点、側方測定点(lateral)、延長/離陸測定点(flyover)、アプローチ/進入測定点( approach)、での測定値の合計の値を云う。
ステージ4騒音基準では、3つの測定点での個々の制限値の削減は求めず、3つの合計値を使えるように改めた。
この結果、ステージ(Stage) 5は、Stage 3に比べて3つの測定点で、少なくともそれぞれ1 dBずつ低減する必要がある。
従って「オーバーチュアー(Overture)」の目標は、3測定点でStage 3要件をそれぞれ1 dBずつ少なくし、同時に3測定点の値の合計がStage 3要件より17 dB少なくすること、である。(同社幹部Eli Dourado氏談)
図6:(JAL.com)ICAO騒音基準の測定点を示す図。
「オーバーチュアー(Overture)」は、概念設計の段階にあり、その騒音はエンジン選定と深く関わっているので、エンジンメーカーとは連日、検討結果のやりとりをしながら作業を進めている。
ブーム社は、最近シリコンバレーの投資家グループから$ 100 million(110億円)の出資を受け、開発資金の総額を$20,000 (220億円)に増やした。これで「オーバーチュアー(Overture)」の開発と並行して、大きさを3分の1に縮小した実証機「XB-1」の製作を進め、飛行試験を行う。
「XB-1」は、2017年に初飛行の予定だったが、遅れて2019年末から飛行を始め1年間続ける予定。超音速旅客機開発で最も重要なのは、超音速飛行時の性能と低速飛行時の性能のバランスを如何に整合させるかにある。
超音速飛行時の性能は比較的簡単に得られる。問題は、低速で空港に向い、進入(approach)、着陸(landing) を如何に安定して行えるか、にある(Scholl氏談)。
同社では「XB-1」の風洞試験を繰り返し行い、2018年11月に離着陸時の安定性、ランデイングギア・ドアを開いた状態での安定性、さらにはエンジンの空気取入れ口・超音速インレットの試験などを含み、必要な試験全てを完了した。(コンコードの場合はこれらの試験に殆ど10年を費やした)
「XB-1」の組立はデンバー空港内の本社ハンガーで行われている。前部胴体は、炭素繊維複合材製の左右半割りの胴体部分を接合して作るが、半割り部分はすでに完成し、3月には接合する。
図7:(Boom Technology) 「オーバーチュアー(Overture)」の3分の1サイズの「XB-1」実証機の製作状況。炭素繊維複合材で作る胴体の半割り部分、左右を結合して胴体が完成する。
ブームCEO”のスコール(Scholl)”氏は次のように話している。
「「XB-1」の試験飛行と並行して「オーバーチュアー(Overture)」の概念設計を進めエンジン選定を行い、主要サプライヤーを決め、生産工場の決定などを確定し、開発決定に漕ぎ着けたい。
「オーバーチュアー(Overture)」とエンジンのTC取得までに必要な開発資金は$60 billion (6,600億円)と見積もられている。これに比べると調達済みの$200 million (220億円)は僅かでしかない。
現在個人および小規模投資家のグループからの出資問合せが相次いでいるが、受け付けていない。数百万ドルから十億ドル(multi-million to billion-dollar)規模の出資を考えている投資家からの問い合わせもあるが、これら大型投資家とは、主要エベント毎に状況を開示しながら協議を進める。時期は2021年からを想定している。すなわち;—
①“実証機XB-1の飛行試験で技術的な問題が解明された時期”、
②“エアラインからの追加受注があった場合”、
③“エンジン、機体構造、アビオニクス、などの主要サプライヤーとの協議を通じサプライ・チェーン(supply-chain)が確定した時期、
④型式証明取得方法(type certification process) が決まった場合、
“ブーム”社では、2017年末にFAAに対し「オーバーチュアー(Overture)」の型式証明(TC)認可の申請を行っている。この認可基準は、コンコード(Concorde)やガルフストリーム(Gulfstream)ビジネスジェットなど亜成層圏を飛ぶ機体の経験をベースに、作成される。多くの特例が設定されそうだがFAAと協議しながらTC取得を目指したい。
図8:(Boom Technology) ブーム社が開発する超音速旅客機55席型「オーバーチュアー(Overture)」の3分の1サイズの技術実証機「XB-1」。間も無く完成し2019年末から試験飛行に入り2020年末まで続ける。全長68 feet(21 m)、翼幅5.2 m、最大離陸重量13,500 lbs(6.1 ton)、航続距離1,850 km。エンジンはGE製A/B無しのCJ610 (J85-15の民間型)、推力4,300 lbsを3基装備する。
技術実証機「XB-1」の機体構造の材料は、153度Cになる翼前縁、機首の高温部にはオランダの”テンケイト(TenCate Advanced Composites)”社製の熱可塑樹脂を使う。この会社は熱可塑性樹脂(thermoplastic)プリプレグ(prepreg)を供給する企業、「TenCate Cetex」の商品名で多くの航空機、打ち上げロケット、などの素材として使われている。
余談だが、我国の航空機用炭素繊維複合材メーカーとして著名な“東レ”は、昨年”テンケイト(TenCate Advanced Composites)”を$ 1.15 billion(1,300億円)で買収することで、合意したと発表した(2018-03-14)。
「オーバーチュアー(Overture)」の価格は$200 million (220億円)、就航後10年間で1,000機から2,000機の販売 を予想している。前回の超音速旅客機“コンコード(Concorde)”は、BA (British Airways)とエアフランス(Air France)の2社に合計で僅か14機しか売れず、2003年6月に就航を停止した。この教訓を設計には十分反映させている、と云う。
“コンコード(Concorde)”は乗客数100名の大型機であったが、「オーバーチュアー(Overture)」は55席仕様で半分ほどの大きさ、現在のビジネスクラスと同じ料金で運航可能なように設定にする。これで大西洋路線、太平洋路線を含む世界中の500ルートで採算可能になる、と考えている。太平洋路線、サンフランシスコ・東京(San Francisco-Tokyo)に要する時間は5.5時間に短縮され、まさに状況が”一変する(transformative)”。
“エイリオン”および“ブーム”は共に、現在の亜音速機用の運航方式・航空交通管制(ATC=Air Traffic Control)方式にできるだけ合致するよう、取り組み中である。すなわち離陸滑走距離は、」AS2」は多くの中小空港の7,500 ft、「オーバーチュアー(Overture)」は主要ハブ空港の10,000 ft Runway(滑走路)、をそれぞれ使用可能にする。また、かつてコンコードが着陸時に必要とした空域拡大の特例を不要にする。
FAAを含む各國の民間航空当局は、“エイリオンAS2”、“ブーム・オーバーチュア”だけでなく、2021年初飛行予定のNASA が作る“X-59 QueSST (Quiet SuperSonic Technology)” 実証機による飛行試験データの入手を待ち望んでいる。これらが民間飛行ルートを実際に飛び、そのソニック・ブームに対する地上住民の反応に注目している。
FAAは、地上部分での民間の超音速飛行を受け入れるため、2018年5月に2つの規則改定案を提示している。一つは、超音速機のノイズ規制に関する規則で、2つ目は超音速で飛行試験を行う際に必要な特別飛行認可の手続きの明確化である。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Avionics International Business & GA, Commercial November 13, 2018 “Aerion, Boom Taking Different Paths to Supersonic Economics” by Woodrow BellamyIII
GE Reports Dec 15, 2017 “Back to the Future: This Pointy –Nosed Plane could make Jet Set Feel Supersonic Again” by Tomas Kellner
Popular Mechanics Jan 7,2019 “Supersonic Airliner are about to Takeoff Again” by Joe Pappalardo
Aviation Week com. Jan 23, 2019 “Boom Advances Overture Supersonic Airliner as Demonstrator Takes Shape” by Graham Warwick
Composites World 3/14/2018 “Toray acquires TenCate Advanced Composites” by Jeff Sloan