リアクション・エンジン製の空気吸入式ロケット「サーブル」の試験始まる/Reaction Engine’s SABRE rocket set for test phase


2019-03-21(平成31年) 松尾芳郎

Rev. 2019-03-25 (プリクーラー説明の誤記訂正、サイクル概要の追加)

 

「サーブル(Sabre)」エンジンとは[Synergetic Air Breathing Rocket Engine]の略称。「サーブル」は、燃費の少ないジェット・エンジンと高出力を出せるロケットを一体化したエンジンである。高速旅客機や宇宙船に使うべく英国のリアクション・エンジン(REL=Reaction Engine Limited)社が開発している。

(The Sabre engine is part jet, part rocket, relies on a revolutionary new pre-cooler technology. The hypersonic engine is being designed for single stage-to-orbit capability either hypersonic passenger travel in globe.)

一般のジェット・エンジンは音速の3倍、Mach 3までしか使えないが、「サーブル」は空気吸入モードでMach 5.4 (5,960 km/hr)まで、大気圏外ではロケット・モードでMach 25 (29,800 km/hr)の速度で飛行できる。地球上の旅行と地球周回軌道の旅行の両方に使える画期的なエンジンである。また「サーブル」は、異なる推力レベルに対応できるよう基本設計がされているので、将来の応用範囲が広い。

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図1:(Reaction Engine LTD) 英国の「リアクション・エンジン(Reaction Engine)」社が開発する「サーブル(Sabre)」エンジン装着の旅客機はMach 5の巡航速度でロンドン・シドニー間を僅か4時間で飛行できる。「リアクション・エンジン」は、EUが50%出資する[LPCAT (Long-term Advanced Propulsion Concepts and Technologies)]計画に参加している。

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図2:(Reaction Engine LTD) 宇宙飛行機に使う「サーブル」エンジンは繰返し回収して使えるので運航費が安い。「サーブル」は、一般の打上げロケットが大気圏内の上昇時に必要とする酸素を携行しないので、軽くなり効率が良い。

通常宇宙船などの打上げでは多段式ロケットが使われるが、「サーブル」は1段だけで地球周回軌道に宇宙船や衛星を打上げられ、回収して再使用できる。

ジェット・エンジンからロケットへの切り替えで、最も重要な点は高温度の管理を如何にスムースに行うかである。REL社が開発した革新的な「プリ・クーラー」は、エンジンに入ってくる1,000度Cの高温空気を僅か100分の1秒で-150度Cに冷却する驚異的な性能を持つ。

REL社では、2012年から「プリ・クーラー」で常温の空気流を低温化する研究を続けてきた。そして現在、高速飛行時に遭遇する高温の空気流を使って試験をしいる。

RELの「サーブル」計画責任者シャーン、ドリスコール(Shaun Driscoll)氏は次のように語っている。「この非常に高温で大量の空気流を低温にする「プリ・クーラー」の試験には新しい設備が必要、これがやっと使えるようになった」。「試験は2ヶ月以内に開始する。「プリ・クーラー」に送り込む高温の空気流はエンジン排気ガスで1,000度Cまで加熱して使う」。

「サーブル」は3つの主要部分/モジュール(module)で構成されている。すなわちエンジン(engine)、プリ・クーラー(pre-cooler)、それとスラスト・チャンバー(thrust chamber)である。これらは個別に今後4年間試験する予定である。最初の試験はプリ・クーラーの高温試験となる。

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図3:(Reaction Engine LTD) [サーブル]の開発には、欧州宇宙機構( European Space Agency) が技術的な審査をしている。

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図4:(Reaction Engine LTD) 「サーブル」エンジンは空気中の酸素を使い水素ガスを燃焼させる。「サーブル」は3つの部分、すなわち、前方(図右)の「プリ・クーラー」、流入空気温度と燃料(水素)流量を調整する機能付きの「コア燃焼室」、そして図左に示すロケット部分である。ロケットノズルの周囲には十数箇のラムジェットが取付けられる。地上静止推力は440,000 lbs (1,960 kN)、真空中推力は660,000 lbs (2,940 kN)。

サーブル主要部品

図5:(Reaction Engine LTD)図4の各部位を示す図。

コアエンジン

図6:(Reaction Engine LTD)「サーブル」コアの詳細。図の右側はコンプレッサー部分、左側には燃焼室とタービン部分がある。大気中の酸素と気化した水素ガスを燃料とし、その高温でヘリウムガスを加熱、これでタービンを回して、ヘリウムは回収、循環して繰り返し使うクローズド・サイクル方式。

「サーブル」の特徴は、設計段階と運用段階で全てがモジュール化されている点である。これで各モジュールは個別に開発され、試験されてから一体化されてエンジンとして完成する。

「サーブル」のコアは、軸流コンプレッサー・駆動タービン、それと燃焼室から成る。燃焼室内では空気中の酸素と液体水素[ LH2]で燃焼、クローズド・サイクル(closed cycle)のヘリウムガス(helium)を加熱、気化してタービンを駆動する方式である。ヘリウムガス[He]は沸点[ -269度C]で気化する。

コアは地上静止状態で、設計目標であるMach 5、高度25 kmの飛行状況に対応した試験を行なう。高速試験では、エンジン前方にプリ・クーラーを装着する必要がある。プリ・クーラーは高速飛行時にコアに入る空気が高温になるのでこれを常温以下に冷却する装置である。

コアの設計は2016年10月に始まったが、プレ・クーラーとロケットノズルは別に設計、製作されている。

コア部分は、英国宇宙機構(UK Space Agency)と欧州宇宙機構(European Space Agency)による予備設計審査( preliminary design review)を完了。間も無く最終設計審査(critical design review)が行われ、合格してから製作に入り2020年に英国ウエストコット・スペース・クラスター(Westcott Space Cluster)の専用試験設備で試験に入る。地上試験は静止状態からMach 5までの範囲で行う予定。

プリクーラー

図7:(Reaction Engine LTD)「プリ・クーラー」部分。数千本の極細チューブを使う熱交換器。チューブ内に冷却材(ヘリウム)を通し、流入する高温の空気を常温まで冷却してエンジンに送る。高温空気は外周から入り、多数のチューブの間を通り内部に入る。

「プリ・クーラー(pre-cooler)」は、数千本の、薄い板で作った細いチューブで出来ている。各チューブはそれぞれ入口(inlet)と出口(outlet)の集合管(manifold)に接続され、チューブ内部には冷却材(He) が流れ、外側の高温空気を冷やす仕組みになっている。冷却材には沸点[ -269度C]のヘリウム(He)が使われる。

チューブ両端の集合管との接続部は、分子レベルでのHeガスのリークを防ぐため完璧な溶着技術で作られる。来月(2019年4月) 末ごろから米国のコロラド(Colorado)州で試験が始まる。

大気吸入サイクリング

図8:(Reaction Engine LTD)「サーブル」エンジンの大気吸入サイクル概要。大気圏内を飛行するときはこのサイクルになる。推力は予燃焼室排気ガスの中に含まれる水素が空気中の酸素で燃焼し、ロケットノズル/その周囲のラムジェットで発生する(ラムジェットは図示されていない)。ヘリウム(沸点は[-269度C])は循環して反復使用され、途中の配管やプリクーラーなどでリークが無いよう細心の注意と高度な溶着技術で作られる。

ロケットサイクル

図9:(Reaction Engine LTD)「サーブルのロケットサイクル概要。大気圏外飛行時ではロケットサイクルになる。

REL(Reaction Engine/リアクション・エンジン)社は、いわゆるベンチャー企業で、英国のBAeシステムズ、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)、米国のボーイング(Boeing)が支援している。また英国政府から相当な額の開発研究費の助成を受けている。ヨーロッパ航空宇宙機構(EAS)の推進部門専門家からは「サーブル」開発について細部にわたる助言を得ている。

 

—以上—

 

本稿作成で参考にした主な記事は次の通り。

 

Reaction Engines.co.uk “SABRE”

New Atlas March 16th, 2019 “Air-breathing SABRE rocket enginee se to enter test phase” by David Szondy

BBC News 15, March 2019 “UK’s air-breathing rocket engine set for key tests” by Jonathan Amos

Aviation Week News Letter March 14, 2019 “Rocket Engine Demo Core Passes Review” by Guy Norris