ボーイング737 MAXの事故について


2019-04-15(平成31年)  松尾芳郎

 

2件の事故

2018年10月29日、インドネシアのライオン・エア(Lion Air)610便は189名を乗せてジャカルタ(Jakarta)を離陸、6分後にジャワ海に墜落、全員が死亡した。機長はインド国籍のBhavye Suneja氏、6,000時間の飛行経歴を持つ。副操縦士Harvino氏の飛行経験は5,000時間。

2019年3月10日、エチオピアン航空(Ethiopian Airlines)302便は157名を乗せてアジスアベバ(Addis Ababa)を離陸、13分後に近郊に墜落、全員が死亡した。機長は8,100時間、副操縦士は350時間の飛行経験を持つ。

(The Ethiopian Airlines Flight ET302 crash on March 10 killing all 157 people, followed a Lion air cash in Indonesia in last October which left 189 dead. The flight crew on both plane followed safety procedures recommended by Boeing, but couldn’t stop the aircraft into fatal dive. The newly adapted safety system – known as MCAS – is suspected cause of the accident.)

ライオンエア

図1:ライオン・エアの737 MAX 8型機。インドネシアの格安航空(LCC)で国内線ではトップ。737 MAX8型機10機を含み737-800および900など125機を運航中、ほかに737 MAX各機種を236機発注している。

エチオピア

図2:エチオピアン航空の737 MAX 8型機。エチオピア政府が所有する航空会社。737 MAX8 4機を含み737-700、-800、777、787、A350-900など合計112機を運航中。発注は737 MAX  25機を含む各種60機。

 

いずれもボーイング737 MAX 8型機

ボーイング737 MAX 8型機は2年前に就航したばかりの最新鋭機。系列に座席数の少ないMAX 7と大型のMAX 9がある。現在約350機のMAX 8が54社のエアラインに引き渡されている。ボーイングによると、737 MAXは100社から合計5,000機以上を受注している。

737Max

図2A:(Boeing / CBS News) 737 MAX 8の諸元。

2機の事故機は同じソフトを搭載

いずれも最新のMCASと呼ばれる自動操縦ソフトを搭載している。MCASは、機首両側に付いている迎え角(AOA=Angle of Attack)センサーの信号を受感して、AOAが高くなり(機首上げが大きくなり)失速に入るのを防ぐために、水平安定板に「機首下げ指示」を出すシステムである。

ライオン・エア事故報告書ではMCASの誤指示の可能性に言及しているが、エチオピアン機の中間事故報告書では直接にはMCASに触れていない。しかしこれまでに判った事実から、このシステムがAOAセンサーからの誤信号を受け、水平安定板に機首下げの指示をした疑いが強い。

フランス事故調査委員会(France’s aviation accident Investigation bureau)の元委員長ジョンポール・トローデック (Jean-Paul Troadec) 氏はCNNに対し次のように語っている。「このシステム(MCAS)は唯1個のセンサーの情報で作動するので信頼性が不足している。センサーが故障したらシステムは正常に働けない。一連の事故でパイロットはシステムの不具合に勝てなかった。」

AOA位置

図3:(Boeing) 737 MAXの機首両側にある迎え角(AOA)センサーの位置。

 

エチオピアン機の状況

302便のパイロットは、上昇を始めて間もなく“トラブルのため空港に戻る”と連絡してきた。そして墜落までの6分間、自動操縦システム、つまりMCASと格闘を続けた。中間報告書によると、パイロットはボーイングの推奨する非常時マニュアルに従い、何度も機首上げを試みたが機首下げの力に抗しきれなかった。

アデイスアベバ(Addis Ababa)空港を離陸して70 秒後に機首両側にあるAOAセンサーの一つが誤った高い数値をシステムに送り始めた。

操縦桿(操縦舵輪)には、AOAが高くなり過ぎるとと振動しパイロットに警告するステイック・シェイカー(stick shaker)が付いている。これが振動し始めた。これとは別にAOAセンサーからの誤数値でシステム(MCASを指す)が機首下げの指示を水平安定板に4回にわたって出した。パイロットはこれに対して機首上げ操作を3回繰り返している。パイロットは、ボーイングのマニュアル通りに水平安定板の自動トリム・スイッチをオフにして、ペデスタル横の手動トリム・ホイールを回し、トリムを正常に戻そうと試みた。しかし機速が早く水平安定板に加わる空気力が大きくなっていたため、トリム・ホイールが重くて回せず2分後に墜落した、とされる。

その後の情報(Apr. 10, 2019)/Aviation Week Daily)によると、FDRの解析で“離陸直後に左側のAOAセンサーのベーンが外れたことが判明”と報じている。

 

ライオン・エアー機の状況

詳しくはTokyoExpress @ 2018-12-04 “インドネシア、ライオンエアのB-737 MAX墜落事故の原因“で紹介済みなのでこれを参照されたい。

インドネシア事故調査委員会の中間報告によると、610便の場合、MCASシステムは、パイロットの機首上げ操作に抗して墜落1分前までに24回以上も機首下げ指示を繰り返し送り続けていた。

 

737 MAXと基本形の737 NGの違い

ボーイングは737 MAXの開発で、強力で燃費の良いCFM Leap1Bエンジンを採用した。Leap 1Bは大型なので地面との間隙が小さくなる。間隙を737 NG並みにするため変更が必要だったが、これを最小にした。すなわち、主ランデイング・ギアはそのまま残し、機首ランデイング・ギアの支柱を8 inch(20 cm)伸ばし、エンジン取付け位置を前方に移動し、エンジン・ナセルと地面との間隙をNGと同じにした。これで燃費を14 %改善できた。

このように構造上の変更は少なくできたが、MAX機の試験飛行で操縦特性が前身の737 NGから変わったことが判った。すなわちエンジンの位置とナセルの形を変更したため、機首上げモーメント(upward pitching moment)の傾向が出て来たのである。MAXのピッチ特性をNGに近くするため自動操縦システムを新たに導入した。すなわち、パイロットが手動で飛行する場合、迎え角(AOA)が大きくなり過ぎるのを防ぐため、水平安定板に自動で機首下げを指示する新しいソフトを開発、737 MAXに搭載したのである。

これがMCAS (Maneuvering Characteristics Augmentation System / 操縦特性増強システム)で、パイロットの指示なく作動する自動操縦システムである。そしてこれがインドネシア・ライオンエア(Lion Air) 610便およびエチオピアン航空302便の事故原因として注目されている。

システム仕組み

図4:(Dominic Gate氏説明・Mark Nowlin氏作図・The Seattle Times)原図を修正した説明図である。

 MCAS概要

図5:(THE AIR CURRENT)原図を修正したMCASの説明図で、MCASの作動条件とそれを解除するときの条件を示している。水平安定板の角度が大きくなり過ぎると、MCASを解除しても手動トリムで修正が困難になる。

 

MCASの解除方法

737MAXの訓練を受けたパイロットは、MCASシステムについて十分理解している。万一機体が危険に陥った時には二つのカットオフ・スイッチをオフにすればMCASは切り離せる。ボーイング発行の乗員用メモライズド・チェックリスト(memorized checklist) には次のように記載してある。

「水平尾翼のトリム作動が不安定になり機体が危険な状態になったら2つのカットオフ・スイッチをオフにするだけで、手動トリム・ホイールを回し機首を正常に戻し安定した操縦ができる」

しかし、機速が早くなると機首下げ状態にある水平安定板に加わる空気力が増え、トリム・ホイールを手で回すのが難しくなる。

エチオピアン航空302便の中間事故報告書では、パイロットは少なくとも初めの間はこの方法で飛行していた、と述べてある。

しかしこの回復操作は成功せず、トリム・ホイールで機首を上げることはできなかった。中間報告書によると、パイロットは再びスイッチをオンに戻しMCASシステムを再起動させたので最終的に機首下げとなった。これで急降下に入りエチオピアのビショツ(Bishoftu, Ethiopia)に墜落した。この2度目の事故で737 MAXの飛行が全世界で停止されている。

 

水平安定板ミス・トリムからの回復方法

航空安全の専門家は“チェックリスト”に従った操作が何故成功しなかったのか、疑問視している。これについて元ボーイングの操縦系統担当のエンジニアだったピーター・レム(Peter Lemme)氏は737の古い設計思想が関係しているのかも知れないと、次のように話している。

「1980年代初期およびそれ以前の頃の737では、水平安定板のミス・トリム状態から回復するのが難しかった。原型の737を改良し胴体を少し長くして1967年から就航したのが737-200である。当時オーストリア航空で737-200を飛んでいたパイロットは、水平安定板トリムが上がり過ぎ/機首下げになった場合トリム・スイッチをオフにし、操縦桿を引きながらトリム・ホイールを手回しても重くて回らない。この場合は先ず操縦桿を中立に戻し、それからトリム・ホイールを急いで回すと水平安定板は正常に戻る。つまりリール付き釣竿で魚釣りをするときの要領だ、これを”ローラー・コースター(roller coaster)“手法と呼ぶ、と教えられた。」とレム氏に話したという。

1980年代初期の737-200のマニュアルにも「昇降舵に加わる力、操縦桿に加わる力を減らせなくなったら”ローラー・コースター(roller coaster)“手法で脱出するように」と書かれていた。

MAXコクピット

図6:737 MAXのコクピット写真。左から;―「操縦舵輪左上のサム・スイッチ」で水平安定板のトリム角度調整をする。「トリム・ホイール」を手動で回し水平安定板のトリムをすることもできる。「MCASカット・スイッチ」をカットすればMCASを解除できる。

PFD説明

図7:(Boeing) 計器盤両側にあるプライマリー・フライト・デイスプレイ(PFD= primary flight display)には飛行に必要な、姿勢(roll and pitch attitude)[中央]、速度(airspeed)[左]、高度(altitude)[右]、方位角(heading)と昇降速度(vertical speed)[右端]、などの情報が示される。さらに補助情報として迎え角(AOA indicator))と「AOA不一致警告表示(AOA Disagree)」機能が加えられた。

 

737 MAX飛行再開に向けた動き

ボーイングではMAXのMCASソフトの改定版の試験をしているが、試験に参加したパイロット達には概ね好評である。

これを受け3月27日から、MCAS新ソフトと新しい訓練マニュアルで、米国だけでなく諸外国の航空安全監督官庁から課された“飛行停止処分”の解除に向け、働き掛けを始めている。

すなわち、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの各地訓練施設で、座学とシミュレーターを使い新ソフトの体験を通じて飛行停止の解除への理解を求めている。

米国連邦航空局(FAA)は、数週間以内に最終的な新MCASソフトを受け取り、これを基に諸外国の航空当局とJATR (Joint Authorities Technical Review/合同監督官庁技術諮問会議)を設立、この場で協議に入る予定だ。JATR会議の議長は元NTSB(米国交通安全委員会)議長のクリストファー・ハート(Christopher Hart)氏が務める。そしてJATR会議には各國の監督官庁の他にFAA、NASA、が参加する。

ボーイングは引渡し中止の機体が増えているので、4月5日に737 MAXの生産量を19% カットすると発表した。従前のソフトP11.1を改定ソフトP12.1に変更しフライト・コントロール・コンピューター(FCC = flight-control computer)に搭載し、これで飛行停止処分解除の承認を貰い、それから引渡しが再開される。

 

MCASソフトの改訂版

MCASソフト改訂版について、ボーイング民間航空機部門副社長マイク・シネット(Mike Sinnet)氏がAviation Week記者ガイ・ノリス(Guy Norris)氏に語った内容は次の要約の通り。すなわち、―

操縦桿(舵輪)に加わる力は”G”、すなわちスピード・トリム・システム(speed- trim system)は速度の函数に比例するよう作られている。高速時は迎え角(AOA)を小さく、低速時は迎え角を大きくする、これが(水平安定板の)自動トリムである。安定飛行時に操縦桿を急に引くと予期以上の機首上げ状態になる。

737 NGでは、操縦桿にカットオフ・スイッチがあり、操縦桿を定点以上に引くと自動トリムが解除される。しかし737 MAXは、既述の理由で常時トリムが必要なのでそうはなっていない。

NGではスピード・トリムは機体速度により作動する、一方MCASは迎え角(AOA)と機体速度の変化で作動するが、AOAの変化で動きが開始する。

新MCASには、両方のAOAセンサー信号を比較する機能を追加してある。すなわち新MCASには3層の防御機能が組み込まれ、ライオンエアやエチオピアン航空が遭遇したような事態は避けられる。

第1層は、二つのフライト・コントロール・コンピューター(FCC = flight control computer)を結ぶクロス・チャンネル・バス(cross-channel bus)に、機首両側ののAOAセンサーからの信号を入れ常に比較する。

仮に片方のAOAが誤信号を送っても新MCASは作動しない。フラップを収納して両AOAセンサーからの信号が5.5度以上違うとMCASは作動を止める。そして操縦席計器盤のプライマリー・フライト・デイスプレイ(PFD=primary flight display)上に警告指示(図7参照)が出る。

第2層は、MCASアルゴリズム(algorism/演算法)のロジック(論理)を変更し、同じ作動を繰り返す場合は、パイロットが本当にそれを必要としているか否かをチェックする機能が付く。

ライオンエア機の場合は、左側AOAのベーンが機首上げ20度の位置で止まってしまい、これでMCASが繰り返し機首下げの指示を出した。この状況下で新ロジックでは再チェックが働きパイロットの操縦桿からの指示が優先する。

第3層は、第2層の防御機能が働かずMCASが同じ指示を反復するのに備え、全動きに制限値を設ける。これでパイロットは常に操縦桿の操作で意のままに操縦できる。

以上新MCASに備わる3つの防御機能で、操縦桿操作がMCAS自動操縦に優先することになった。ただしソフトの改定で手動操縦では、操縦桿には常に1.2 Gの力を加え、機首上げ・上昇の傾向を抑えないといけない。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

The Air Current November17, 2018 “Boeing quietly added a new system to compensate for some unique aircraft handling characteristics” by Jon Ostrower

The Air Current April 4, 2019 “Vestigial design issue clouds 737MAX crash investigations” by Jon Ostrower

CNN April 4, 2019 “Experts say there were similarities the Ethiopian Airlines and the Lion Air crashes. What were they? “ by Ralph Ellis

Aviation Week Network 2019-04-09 “Boeing Expands MCAS Demos to Speed Lifting of 737 MAX Grounding” by Guy Norris

The Seattle Times April 12, 2019 “737 MAX crisis prompts Southwest pilots to question its all-Boeing fleet” by Dominic Gates

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