「三菱MRJ」改称「三菱スペースジェット」は量産体制へ、―ボンバルデイア[CRJ]プログラムを買収―


2019-07-14(令和元年) 松尾芳郎

 190618_1076_MSJ_pas19-640

図1:(Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire) 6月18日午後7時半、パリ航空ショー展示を終えてパリのル・ブルジェ空港を離陸し、途中レイキャビック経由モーゼス・レイクに向かった三菱スペースジェット3号機(JA23MJ)。この機体は[M90]型である。

スクリーンショット 2019-07-07 9.51.15

図2:(三菱航空機)三菱スペースジェット[M90]は1〜4号機を使い型式証明取得の試験飛行中で、2019年4月までに2,600時間の飛行試験を完了している。これに秋に完成する10号機を加えモーゼスレイクでは5機体制で残りの試験項目を消化する。さらに必要があれば7号機と11号機を追加する。5, 6, 7号機は設計変更に伴う改修作業中。[M90]初号機のANAへの引渡しは2020年中頃の予定。そして8号機および9号機は[M100]として組立中で、[M100]は2023年の就航を目指している。

 

2019年パリ航空ショー開催前日の6月16日夕刻、パリ・エッフェル塔のラウンジで三菱重工主催のレセプションが開かれた。席上三菱重工会長宮永俊一氏から、開発が最終段階に入ってきた次世代型リージョナル機「三菱MRJ」の名称を「三菱スペースジェット(MSJ= Mitsubishi Space Jet)」に改め、本格的事業化に乗り出す段階に入ったと発表があった。

(At June 16, 2019, the day before opening day of Paris Airshow, the top official of Mitsubishi announced, that the long delayed development program called [MRJ] is now changed to [Mitsubishi SpaceJet], and concluded a treaty with Bombadier to buy its CRJ program including its support bases, but not production.)

「三菱MRJ」改め「三菱MSJ」の[M90]型機は、来年夏のANAへの納入に向け、現在米国FAAおよび我国JCAB発行の「型式証明(TC=Type Certificate)」取得のための試験飛行が行われており、その最終段階にある。

宮永会長の発表は、一つが「三菱スペースジェット・三菱MSJ」への改称であり、もう一つが次に述べる「カナダ・ボンバルデイアCRJ」プログラムの買収であった。

これまで民間機市場に参入したことのない企業が新型機を開発、市場に参入する際最も大切なのが顧客に対する運航支援をどう確保するか、である。三菱重工はこの解決のため、カナダのボンバルデイア[CRJ]プログラムの買収で対処することにした。

三菱―ボンバルデイアの協議は6月25日に合意に達し、ボンバルデイアは2020年6月までに[CRJ]プログラムを三菱側に手渡し、同社は民間旅客機の市場から撤退すると発表した。この結果ボンバルデイアは、今後ビジネス航空機部門と鉄道輸送部門に経営資源を集中して業務を続けることになる。

ボンバルデイアは、2008年7月から開始した100~160席級の小型狭胴型機[CSeries]の開発費の増加に苦しみ、アライン・ベレマール(Alain Bellemare)会長の決断で2017年10月に[CSeries]プログラムをエアバスに売却した。この結果エアバスが[CSeires]プログラムの50.01 %を獲得、[A220]と改称して[A320neo]を補完する機種と位置付け、売れ行きを伸ばしている。

ボンバルデイア[CRJ]は、4機種あり50~100席級のリージョナルジェットで、1992年の就航以来約1,900機が作られたが、次世代型機に比べるとエンジン(GE CF34系列)が旧く燃費で劣る、このため今年3月での受注残は51機に減少、2020年6月には生産終了する予定。

ボンバルデイアは2018年4月に、同社が製造してきた「デハビランド・ダッシュ8 (de Havilland Dash 8)」プログラムをバイキングエア(Viking Air)に売却しているので、これで民間旅客機部門から完全撤退したことになる。

三菱側は、ボンバルデイアが[CRJ]の補用部品の製造を続ける条件と引き換えに、約800億円(外電は$550 millionと報じている)でプログラムを取得した。これで三菱は[CRJ]事業を買収するが機体の生産は行わず、[CRJ]系列機の整備、改修作業を請け負うだけで、サービス、サポート網を獲得することになる。

三菱が入手する整備基地は、カナダのモントリオール(Montreal)、トロント(Toronto)、それに米国のブリッジポート(Bridgeport, West Virginia)、タクソン(Tucson, Arizona)、である。それと[CRJ]の型式証明(Type Certificate)を取得する。これで三菱は本拠地日本の関係施設に加えてカナダ、米国で十分な整備網を展開できることになり、今後の「スペースジェット」の拡販に大きく寄与することになる。

これで北米では、従来「MRJ70」と呼んでいた76席級の機体を「M100」に改め、販売に大きな期待が持てるようになった。三菱によれば、ショー期間中(6月19日)に早くも北米の某エアラインから「M100」型機15機購入に関わる発注覚書(MOU= memorandum of understanding)を受領した。これから2023-2024年の引渡しに向け詰めの協議に入る。このエアラインが「M100」のローンチ・カスタマーになると見られている。米国ではエアラインと乗員組合の間で結ばれた「スコープ・クローズ(scope clause)」と呼ぶ協定があり、リージョナル機の上限を、最大離陸重量39 ton (86,000 lbs)、座席数76席と定義している。[M100]はこれに適合する機体となる。

ショーで展示された「スペースジェット」の客室モックアップは、他のリージョナル機に比べ広く人目を引いた。、室内は、通路の天井高さは2 m以上、通路幅は46 cm、それにローラー付き大型バッグが収納できる収納棚(overhead bin)を備えている。

M100客室断面

図3:(三菱航空機/乗りものニュース) 競合するエンブラエル製[E175 E2]に比べ、客室は幅で1.2 cm広く、通路の高さは2.5 cm高い、さらに手荷物収納ビンには大型のローラーバッグが入る。

13_o

図4:(三菱航空機)パリ航空ショー2019で展示の「三菱スペースジェット[M100]の客室モックアップ」手前の2列は横3席シートのビジネスクラス、後方の横4席シートはエコノミークラス。天井の大きな収納棚(overhead bin)が目を引く。座席はゾデイアック(Zodiac Aerospace)・シート・カリフォルニア製の薄型シート、客室内装もゾデイアック・ヒーステクナ(Heath Tecna)部門が担当している。「ゾデイアック」はフランスの航空宇宙企業サフラン(Safran)の子会社である。[M100]では、2クラス76席を確保するため[MRJ70]の後部貨物室を削り客室長を60 cm伸ばしている。

 

「三菱スペースジェット」系列機を整理してみると;―

[M100]および[M90]は、共通のパイロット・タイプ・レーテイング、共通のエンジン、共通の整備プログラム、共通の予備部品、で運航できる。最大離陸重量は、[M100]が39 ton、[M90]が42.8 ton。エンジンはそれぞれ2基でP&W製、[M100]にはPW1215G (推力7,070 kg/15,600 lbs)、[M90]はPW1217G (推力7,970 kg/17,600 lbs)が使われる。エンジンは三菱重工で最終組み立てが行われる。

・[MRJ70]改め三菱スペースジェット[M100]:76 席級:2024年就航予定

米国の幹線航空会社と乗員組合間の協定「スコープ・クローズ」に適合する機体で、座席数は3クラス65-76席、最大88席まで可能。

・[MRJ90]改め三菱スペースジェット[M90]:88席級:2020年就航予定

・三菱スペースジェット[M200]:100席級:開発を検討中

MSJ 3機種比較

図5:(三菱航空機)「三菱スペースジェット」カタログ掲載図を修正したもの。翼幅は、[M90]は29.2 m (95 ft 10 inch)で変わりないが、[M100]では4 ft (1.2 m)短くし、約28 m (91 ft 10 inch)に改められた。これで軽くなる効果もあるが、狙いは使用可能なリージョナル機用空港の増加にある。観光客に人気のあるコロラド州アスペン・ピッキン(Aspen-Pitkin County, Colorado)空港のゲートは翼幅が95 ft以内の機体にしか対応していない。同空港はランウエイとタキシー・ウエイとの間隔も95 ft 幅用になっている。[M100]の翼幅短縮により運行可能な空港が増えることになる。

スクリーンショット 2019-07-07 9.57.43

図6:(三菱航空機)[M90]および[M100]の航続範囲を示す概略図。現在示されている最大航続距離は[M100]は3,740 km、[M90]は3,770 kmで多少の違いがあるが、コロラド州デンバーからカナダ、メキシコを含む北米大陸のほぼ全域をカバーできる。

 

コクピットは、「ユナイテッド・テクノロジー(UTC=United Technology)」の傘下に入った「ロックウエル・コリンズ (Rockwell Collins)」社製の最新型フライトデッキ「プロライン・フュージョン(Pro Line Fusion)」を搭載している。4枚の15 inch大型液晶デイスプレイ上に飛行状況や地形情報を表示しパイロットの状況視認性を高めている。操縦システムは完全なフライ・バイ・ワイヤになっていて、パイロットの負荷を大幅に減らしている。「プロライン・フュージョン」は拡張性に富み、アップグレードが容易に行えるのが特徴。

コクピット

図7:(三菱航空機)[M90]および[M100]のコクピットはロックウエル・コリンズ製の最新型フライトデッキ「プロライン・フュージョン」を搭載している。図の①はPFD (Primary Flight Display/主飛行計器)、②はMFW (Multi Function Window/多機能パネル)、③はCPDLC(Controller Pilot Data Link Communications)、④は予備飛行計器、⑤は多機能キーボード・パネルおよびトラックボールである。

 

ボンバルデイア[CRJ]プログラムを買収したので、76席級三菱[M100]の競合機種は同じP&W GTFエンジンを装備して2022年に就航予定のブラジルのエンブラエル(Embraer) [E175 E2]のみとなった。

エンブラエルの[E-Jet]系列機は2004年から就航しているリージョナル機である。[E175]は原型の[E170]の胴体を2 m弱延長した機体で、系列機にはさらに大型化した[E190]などがある。[E175]は2005年7月から就航を始め、エンジンはGEのCF34-8E。今年初めまでに[E-jet]系列機は約1,500機作られている。

[E-Jet]を基本に、エンジンを[PW1000G]に換装した次世代型[E-Jet E2]の開発が始まり、その一つである96席級の[E190 E2]が完成、2018年後半から就航を開始した。さらに大型で130席級の[E195 E2]、それと前述の[E175 E2]が開発中である。[E175 E2]は2022年に完成の予定。

[E175 E2]の諸元は、全長31.7 m、翼幅26 m、翼縦横比9.3、高さ9.9 m、最大離陸重量40.37 ton、巡航速度マッハM 0.75、航続距離約4,000 km、となっている。

2019年3月末での[E-Jet E2]の受注は、[E190 E2]が46機(うち5機は引渡し済み)、[E195 E2]が140機、そして[E175 E2]は100 機となっている。

[E175 E2]を100機発注したのは、ユタ州セントジョージ(St. George, Utah)にある米国最大のエアラインの一つ「スカイウエスト・エアライン(SkyWest Airlines)」である。同社は、三菱[M90]も100機発注済みである。「スカイウエスト」は、約500機のリージョナル機(いずれも76席級より小さい機体)を運用している。従って発注の[M90]は76席級の[M100]に変更される可能性がある。

「スカイウエスト」は自社の名前は出さずに、他の幹線航空会社、アメリカン、ユナイテッド、デルタ、などの支線を担当し運営している。これらの航空会社は、それぞれ「アメリカン・イーグル(American Eagle)」、「ユナイテッド・エキスプレス(United Express)」、「デルタ・コネクション(Delta Connection)」と呼ばれるが、いずれも「スカイ・ウエスト」の子会社である。

440px-Embraer_ERJ-175LR_(170-200LR)_‘N109SY’_United_Express_(28845496911)

図8:(Alan Wilson from Stilton, Peterborough, Cambs, UK)「スカイウエスト・エアライン」の[E175]型機。エンジンを除き他は[E175 E2]と変わらない。「ユナイテッド・エキスプレス(United Express)」として運航している。

 

終わりに

100席以下のリージョナル機市場は、今後20年間に5,000機の需要があるとの試算があり、その40 %を北米市場が占める予想されている。従来は、この北米をカナダのボンバルデイア[CRJ]とブラジルのエンブラエル[E-Jet]が分け合っていた。今回三菱が[CRJ]を買収したことで、[スペースジェット]の相手は[E-Jet]のみとなる。

既述のように[E-Jet]系列機は歴史があり高い販売実績を誇る。しかしエンジンを新型にしただけで全体の設計は従来のまま、性能、客室快適性では新設計の「スペースジェット」には劣る。

ボーイングは、エアバスがボンバルデイアの[CSeries]プログラムの50 %を取得米国で作り始めるのに対抗し、2019年1月にエンブラエルの民間航空機部門の80 %を42億ドル(約4,600億円)で買収した。協定は両国政府が共に承認、あとは株主総会の承認待ちとなっている。これで今後は生産中の[E-jet]、およびこれから本格生産に入るエンジン換装の[E-Jet E2]系列機、すなわち76席級[E175 E2]、97-114席級[E190 E2]、120-145席級[E195 E2]の各プログラムをボーイングが入手したことになる。

これを踏まえて日経やダイヤモンドなどマスコミは、三菱スペースジェットについて、“難路の米開拓”、“かさむ投資・黒字化遠のく”、“虎の尾を踏む三菱” などのタイトルを並べ、マイナス面ばかりを強調して伝えている。

既述のように三菱が[CRJ]プログラムを買収したため、中長期的には米国市場で多数使われている76席級[CRJ]の代替機として[M100]の拡販の可能性が高まるなど、その戦略は極めて合理的と言える。さらに最新の技術で作られた[M100]系列機が、古い設計を引きずる[E-Jet E2]系列機より勝れていることは、飛行機を知る人なら直ぐに判ることだ。

いつもながら事実を正当に評価しない日本のマスコミの自虐趣味には呆れるばかりだ。

―以上―

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

Aviation Week July 1-14, 2019 “Mitsubishi Deal Spells the End to CRJ Sales and Production” by Graham Warwick and Michael Bruno

Air Transport World June 17, 2019 “PARIS 2019: Mitsubishi looks to improve Spacejet Engine” by Alan Dron

Air Transport World Jun 26, 2019 “PARIS 2019: Mitsbishi SpaceJet interest goes ‘exponential’ since Le Bouget” by Sean Broderick

Simple Flying January 12, 2019 “Boeing-Embraer Deal Approved by President of Brazil” by Nicholas Cummins

トラベルWatch 2019-06-18 “パリ航空ショー2019、三菱航空機、スペースジェットM100のキャビンモックアップ公開、スライドには派生型M200の姿も”by 松本俊哉

三菱航空機カタログ”The All-New MRJ Regional Aircraft Family”

Collins Aerospace Home “Flight Deck Pro line Fusion”

Aviation Wire 2019-07-12 “三菱スペースジェット、飛行試験機を最大7機に秋に1期を追加“ by Tadayuki YOSHIKAWA

TokyoExpress 2018-01-27改定 ”三菱MRJ、設計変更後の2機は2018年末までに完成“

TokyoExpress 2018-02-24 “三菱MRJの最新情報、、性能はスペック値を超えそう“

TokyoExpress 2018-03-10 “客室内装大手の”ゾデイアック“がハインケルなどと提携”