NASA長官、月探査1号機(First Artemis Lunar Mission)のロケットを公開


2019-08-13 (令和元年) 松尾芳郎

SLS コア段

図1:(NASA/Eric Bordelon) 2019年8月8日撮影の写真。NASAミコード組立工場(Michoud Assy Facility in New Orlins)で組立中のスペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)の「コア段(core stage)」の様子。現在80 %ほど完成し、これから最後の構造部材と4基のRS-25エンジンを取付ける。「コア段」は、打上げ最初の8分間に、推力200万Lbsで「オライオン」宇宙機を月に向かう軌道に乗せる。この初回の探査ミッションを「アルテミス1 (Artemis 1)」と呼んでいる。

NASAブリデンスタイン長官( NASA Administrator Jim Bridenstine)は、8月15日にNASAのミコード組立工場を訪れ、NASAの「アルテミス1」月探査ミッション用ロケットの「コア段」の最終組立て状況を視察する。全長64.6 m (212 ft)の「コア段」の傍らで、先ず担当技術者から進捗状況の報告を受け、11時半から記者会見を開き質疑に応じる。

出席を希望する米国記者は、8月13日までに政府認証の写真提出などの手続きを済ませ、当日は長ズボン着用、くるぶしまで隠れる靴を履き、参加するよう求められている。(暑くてもラフな格好はするな、と言う意味)

「SLS」の「コア段」

「コア段」はNASAがこれまで取組んできたロケットの中で最大で最も複雑な構造で、2019年末には完成する。巨大な液体水素タンク、液体酸素タンク、および4基のRS-25エンジンなどで構成され、宇宙飛行士を乗せた「オライオン(Orion)」宇宙機や貨物を月に送る。[SLS]ロケット、「オライオン」宇宙機、及び「ゲートウエイ(Gateway)」宇宙基地、この3つが、NASAが進める深宇宙探査の基幹構成となる。以下に[SLS]ロケットと「ゲートウエイ」宇宙基地について紹介する。「オライオン」宇宙機についてはTokyoExpress Rev. 2019-05-21 “NASA ゲートウエイ・オライオンで2024年に月着陸を目指す“の4, 5ページを参照されたい。

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図2:(NASA)「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の完成予想図。図は、先端に「オライオン」を搭載した[SLS Block 1 Crew]と呼ぶ型。他に貨物輸送用の[SLS Block 1 Cargo]が製作中。さらに能力を向上した[SLS Block 1B]、および火星ミッション用に[SLS Block 2]が計画されている。「コア段」はオレンジ色の直径8.4 m、高さ64.6 mの円筒形の部分を言う。「コア段」の燃料タンクなどは、飛行制御用のアビオニクスを含めボーイングのハンツビル工場(Huntsville, Alabama)で作られ、NASAミコード工場で組立てられる。

SLS概要

図3:(NASA)スペース・ローンチ・システムの概要図。高さ98 m、発射時の重量約260 ton、「コア段」には液体酸素(LOX)タンク/容量196,000 ガロンと液体水素(LH2)タンク/容量537,000ガロン、がある。「コア段」両側には「固体燃料ブースター」が付く。

 

「SLS」に装着する[RS-25]エンジン

エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne of Sacramento, Calif.)は、保有している16基の同社製[RS-25]エンジンのうち4基を[SLS]用として、推力51,2000 lbs用の新エンジン・コントローラー、新耐熱ノズルへの変更などの改良を加えて出荷する。4基合計で200万lbs以上の推力を出す。エンジン装着の「コア段」が完成すると、NASA特製の艀でセントルイス(St. Louis, Mississippi)のステニス(Stennis)宇宙センターに運ばれ、ここで試験が行われ、それからフロリダに運ばれ、打ち上げ準備に入る。

RS-25出荷

図4:(Aerojet Rocketdyne) 「アルテミス1」用の[SLS]に取付けるため、改修を終え出荷される4基の[RS-25]エンジン。

 

「SLS」に取付ける「ブースター」

「SLS」には、打上げ推力を増やすために、スペース・シャトルで使われた固体燃料ブースターを改良して、2基取付ける。新ブースターは、シャトル用の4セグメント型から5セグメント型に1段増やし、新しいアビオニクスを搭載する。担当はレドンド・ビーチ(Redondo Beach, Calif.)のノースロップ・グラマン社。同社ユタ(Utah)工場でセグメントを生産、鉄道でケネデイ宇宙センターに運び、ここで組み立てる。

ブースターセグメント

図5:(Northrop Grumman) ノースロップ・グラマンのユタ工場で完成した固体燃料「ブースター」の5個のセグメントのうちの「イグナイター付き前部セグメント(Forward Segment with Igniter)」 。「セグメント」は5個で、積み重ねて使われる。(図3、[SLS]の概要図参照)。毎秒5 tonの燃料を燃やし合計360万lbsの推力を発生する。

 

アルテミス(Artemis)とは

NASAは2024年に女性を含む宇宙飛行士を月に送り込む。この月探査計画を「アルテミス」と名付け、最新の技術とシステムを投入し革新的な月探査を行う。このためNASAは、2028年までに民間企業と国際協力を得てミッション支援体制を確立する。そして月探査で習得した情報・技術を基に次の大きな飛躍、有人火星探査に挑戦する。

月探査を成功させることで、世界に米国のリーダーシップを広め、世界経済における米国の存在を再認識させる。

「スペース・ローンチ・システム(SLS)」で打上げた宇宙飛行士搭乗の「オライオン」は、地球から遥か離れた月周回軌道に到達する。ここで「オライオン」は月を周回する宇宙基地「ゲートウエイ(Gateway)」にドッキングする。宇宙飛行士達はここで生活し、仕事をする。そしてここから月面探査に出発、着地し、探査をして「ゲートウエイ」に戻る。再び「オライオン」に乗り換えて地球に帰還する。

飛行士が月面に着陸する前に、あらかじめ探査に必要な計測機器や設備を民間の月面輸送機(commercial Moon deliveries)で月面に運んでおく。

NASAは、2024年に有人月面探査着陸をする前に、2回の月周回飛行を計画している。すなわち、1回目は、2000年に[SLS]を使って無人だが「オライオン」を搭載した「アルテミス1(Artemis 1)」で月の近傍に行く。2回目の「アルテミス2」飛行は2022年に予定し、「オライオン」には乗員が乗り、月周回軌道飛行を行う。そして2024年に「アルテミス3」で有人月面着陸を行う。以後毎年1回の割合で有人着陸を続ける予定だ。

最初に有人着陸探査を行うのは月の南極だが、回を重ね得るごとに範囲を広げていく。そこで調べるのは、まず長期間の探査に必要な“水”およびその他の資源、そして地球から3日の距離にある天体での生活の仕方、などである。火星までの往復飛行はおよそ3年かかるので、そのためには月面探査で得られるこれらの知識が必要不可欠である。

距離の比較

図6:(NASA) 国際宇宙ステーション(ISS)は地球上空400 kmの低地球周回軌道上にあるが、月の周回軌道は地球から385,000 km、「オライオン」が目指す月周回の宇宙基地「ゲートウエイ」は遠地点で45万kmになる。

 

月周回宇宙基地「ゲートウエイ」

NASAが計画している月周回の宇宙基地「ゲートウエイ」は、地球から40万kmも離れた深宇宙で仕事をする飛行士が数日間休息したりオフィスとして使う場所である。国際宇宙ステーション{ISS}では、1年もの長期滞在が行われているが、「ゲートウエイ」は、通常5日、最大で1~3ヶ月程度の滞在を考えているので、ずっと小型になる。

「ゲートウエイ」には居住区、実験室、そして宇宙機と結合するドッキング・ポート、などがあり、有人、無人の月探査業務を支援する。将来は火星探査ミッションの中継基地となる。

宇宙飛行士は「オライオン」に搭乗、地球を出発し「ゲートウエイ」に到着、準備を整えてから「月着陸船(Moon Lander)」で月との間を往復する。「ゲートウエイ」では燃料の補給、部品の交換、食料の補充、酸素の補給等をする。

「ゲートウエイ」の月周回軌道は、月との近地点1,500 km・遠地点70,000 kmのかなり大きな長楕円軌道で、6日間で月を一周する。

NASAでは、「ゲートウエイ」の建設には、打ち上げロケット[SLS]を5-6回使うだけで十分と考えている。国際宇宙ステーション[ISS]の建設では資材輸送に34回の打ち上げが必要だった。「ゲートウエイ」建設は、民間企業(例えばブルー・オリジン)、および欧州ESA、日本JAXAなど国際協力を得て10年で完成させたい、としている。

先ず、米国企業と協力して「ハビテーション・モジュール(habitation Module)」と呼ぶ小さな居住区兼オフィスを作る。そこを起点に、現在協議中のESA、 JAXAなどの協力を得て居住区、実験室、などを増設して行く予定だ。

こうして「ゲートウエイ」は月探査の基地として重要な役割を担うが、もう一つ重要な点は、必要に応じて周回軌道を変更し、観測区域を当初予定の南極から新しい地域に移動できる事である。

2019年は国際宇宙ステーション(ISS)が誕生して20年になるが、この3月に開催された「ISS国際協力会議(MCB)」で、関係各国は「ゲートウエイ」宇宙基地建設でも協力する事で合意した。

PowerPoint Presentation

図7:(NASA)2019-03-05の会議で提示された「ゲートウエイ」宇宙基地完成時(2028年)の構成モジュールと担当組織を示す図。日本「JAXA」が担当するのは、①「ESA」と協力して「国際居住区モジュール(International Habitation Module)」、②「NASA」と協力して「補給棟(Logistic Resupply)」、の2件の建設工事である。

JAXAが平成30年(2018)1月26日に発表した「NASAとの宇宙探査に係る共同声明について」によると、両機関は、月を周回する有人拠点の構築に始まり、月面、さらには火星へと人類の活動領域を広げる長期ビジョンを共有し、宇宙探査計画の実現に向けて努力することを確認した。これは2017年11月に行われた安倍総理及びトランプ大統領の首脳会談で、[ISS]から続いている両国間の宇宙探査協力を継続すると確認したことを受けたものになる。これでJAXAは「ゲートウエイ」宇宙基地の建設に協力する、と確約した。

 

ゲートウエイの「電力および推進 装置([PPE] =power and propulsion element)」とは

NASAは「ゲートウエイ」建設の準備を始めていて、最初の主要装置「電力および推進装置(PPE=power and propulsion element)」の製作に取り組んでいる。[PPE]は2022年に民間ロケットで打上げられる。それから「オライオン」搭載の[SLS]で、2個のモジュール、すなわち、[ESA]が準備する「燃料補給・通信・科学装置モジュール[ESPRIT]と「米国製多用途モジュール[U.S. Utilization Module]」を4人の飛行士と一緒に打上げ、小型の居住区を組立てる。これで簡単な実験を行えるようになる。以後毎年1回の割合で構成モジュールを運び、完成する。

「ゲートウエイ」の電力・推進装置[PPE]の要となるのは、50 kw出力の「ソーラー・エレクトリック・プロパルジョン(SEP=Solar Electric Propulsion)」モジュールである。「ゲートウエイ」は、[SEP]の推力で軌道維持と軌道変更を行うし、また、この電力で、地球との間の高速、高信頼性の通信を行う。

最初のゲートウエイ

図8:(NASA)2018-10-23改定記事掲載の初期「ゲートウエイ」の想像図。左の金色部分が「ソーラー・エレクトリック・プロパルジョン(SEP)、中央円筒部はヨーロッパ[ESA]担当の「ESPRIT」、そして右が米国製[U.S. Utilization Module]、の3モジュール構成。[SEP]モジュールの左面には4基(4本)の「ホール・スラスター」が描かれている。「オライオン」は「ゲートウエイ」右端にドッキングする。2024年に行われる最初の有人月着陸探査「アルテミス3」では、この状態の「ゲートウエイ」を使う。前図の完成型「ゲートウエイ」とモジュールの形が違うが、理由は不明。

「ソーラー・エレクトリック・プロパルジョン(SEP=Solar Electric Propulsion)」は、付属の「ソーラー・パネル」から得た太陽光電力で燃料(キセノン/xenon)の原子を加速し推力を得る高出力の「ホール・スラスター(Hall Thruster)」方式。普通の化学燃料ロケットに比べ燃料消費は10分の1で済む。

「ホール・スラスター」は、筒の中の磁界でキセノン・ガスをイオン化し電子を発生・閉じ込め、プラズマ化して加速して推力を得る。排出されるキセノン・イオンは時速65,000 mph (100,000 km/hr)にもなり宇宙機の移動には十分な力になる。(詳しくはTokyoExpress Rev. 2019-08-10 “NASA、月・火星向け技術開発に民間企業13社を選定“13、14ページを参照)

2015年に12.5 kwの「ホール・スラスター」試作機が完成、数年間の連続運転に成功している。これを基に大型、強力にするのが現在開発中のスラスターである。

SEP

図9:(NASA) 「ゲートウエイ」宇宙基地の中核となる50 kw型「ソーラー・エレクトリック・プロパルジョン(SEP)」システムの開発は、総額3億7,500万ドルの契約でコロラド州ウエストミンスターの「マクサー・テクノロジー(Maxar Technologies)」社が行う。「マクサー」はホール・スラスター4基を装備する[SEP]を作り、試験飛行をしたのちNASAに納入し、NASAは2022年末に月周回軌道に送ることになる。図の右端にはホール・スラスターの青白い排気2本が描かれている。左面の円形部分は[ESPRIT]との接合部になる。

 

終わりに

NASAは“What is Artemis?” (July 26, 2019)と題する解説の最後を、次の文で締めくくっている。すなわち;―

「Going forward to the Moon will be the shining moment of our generation. This moment will belong to you – the Artemis Generation. Are you ready?」

訳すると「月探査の開始は我々世代にとって木に素早くよじ登る時に相当する、我々つまりアルテミス世代の時だ、準備はいいか?」と言うような意味?。

日本はJAXAの活動を通じて積極的に月探査に貢献し、その成果と喜びを米国をはじめ関係諸国と分かち合いたいものである。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

NASA Moon to Mars Aug. 9. 2019 Media Advisory M19-080 “NASA Administrator to Discuss Status of Rocket for First Artemis Lunar Mission”

NASA “Space Launch System (SLS) Overview”

NASA Updated Aug. 9. 2019 “What is Artimis?”

NASA Update Sept. 11, 2018 “NASA Seeks Partnership with US Industry to Develop First Gateway Element” by Erin Mahoney

NASA Update March 18, 2019 “Multilateral Coordination Board Joint Statement” by Carlyle Webb

NASA “Solar Electric Propulsion (SEP)”

NASA Updated Oct. 23, 2018 “NASA’s Lunar Outpost will Extend Human Presence in Deep Space” by Cheryl Warner

NASA Lunar Outpost May 24, 2019 release 19-042 #NASA Awards Artimis Contract forLunar Gateway Power, Propulsion” by Karen Northon

New Atlas August 30, 2018 “Successful testing gives NASA’s Advanced Electric Propulsion _system a boost” by David Szondy

Slash Gear May 23, 2019 “NASA names first commercial partner for Altemis, Lunar Gateway” by Chris Burns

JAXAプレスリリース平成30年1月26日”米国航空宇宙局(NASA)との宇宙探査に係る共同性目について“

TokyoExpress  Rev. 2019-05-21 “NASA ゲートウエイ・オライオンで2024年に月着陸を目指す“

TokyoExpress  Rev. 2019-08-10 “NASA、月・火星向け技術開発に民間企業13社を選定“