NASA、月・火星探査向け技術開発に民間企業13者を選定


2019-08-08(令和元年)  松尾芳郎

 

NASAは「スペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)」と名付けたロケットを開発、2024年に有人月着陸を実現し、それを基にして有人火星探査を目指している。この強力な打上げロケット{SLS}は、モジュール構造で異なるミッションに使えるよう考えられている。[SLS]の最初のモデルは、第1段コアに4基のRS-25エンジンを装備、それに2本の固体燃料ブースターを取付け、有人宇宙機を打ち上げる予定。

(NASA’s Space Launch System (SLS) will carry humans to the moon in 2024. The SLS is under development, having a modular design allows for varying mission. The first few vehicles will contain a pair of solid-rocket boosters with four RS-25 engines.)

NASA月着陸船

図1:(NASA)月面に着陸した有人着陸システムと背景は地平線に浮かぶ地球の想像図。

 

NASAは「アルテミス(Altemis)」計画で2024年に有人月着陸を目指しているが、実現には民間の技術協力が不可欠である。NASAは宇宙開発でのアメリカのリーダーシップを維持するために、19の分野で13の米国企業を選定、協力を得ることにした。

選定された協力企業は、従業員10人未満の小企業から巨大な航空宇宙ビジネスまで多岐にわたり、それぞれの専門知識、設備、特殊な製品、ソフトウエアなどを無償でNASAに提供することになる。この協力で、各企業の宇宙部門はさらに発展するし、新しい市場の開拓に資することになり、それらがNASAの将来のミッションの助けにもなる。

NASAの“宇宙技術ミッション局(STMD=Space Technology Mission Directorate)”副局長ジム・ルーター(Jim Reuter)氏は次のように話している。「NASAは、民間企業が有する技術を完成させるのに必要な経験と特殊な設備を持っており、これらを通じ企業活動を助けることができる。NASAは将来のミッションで必要とする技術分野を開示できるし、協力企業はそれを基に開発を加速でき、結果としてNASAの計画達成を早めることになる。」

選定は2018年10月にNASAから[ACO=Announcement of Collaboration Opportunity]として発表され、個々の企業との間で「宇宙事業に関わる無償協定(non-reimbursable Space Act Agreement)」が締結された。協定は、次の7つの技術分野で、各企業の参加する部分を簡単に示している。いずれも米国の「月探査から火星探査の計画」実現に必要な技術である。

 

1.先進的な通信、航法、およびアビオニクス(Advanced Communications, Navigation and Avionics)

 

  •  [アドバンスド・スペース (Advanced Space)]社:コロラド州ボールダー(Boulder, Colorado)にあり、NASA ゴダード宇宙飛行センターに先進的な月向け航法技術で協力する。これは[地球―月]間の航法システムの完成度を高めるもので、NASAの[深宇宙通信網(DSN=Deep Space network)]の強化を目指すプロジェクトである。
  •  [バルカン・ワイヤレス(Vulcan Wireless)]社:カリフォルニア州カリスバッド(Carisbad, California)にあり、ゴダード宇宙飛行センターと共同でキューブサット(CubeSat)用のトランスポンダーを試験する。これはNASA の別の[宇宙通信網(SN=Space Network)]を補完する役目を持つ。

 

(注)[深宇宙通信網(DSN)]とは、NASAの太陽系探査ミッションを支援する通信網。地球上の120度ずつ離れた3ヶ所、すなわち(Goddard Complex, California)、(Madrid Complex, Spain)、(Canberra Complex, Australia)に直径34 mから70 mの巨大アンテナを設置、数十億km離れた宇宙から送られてくる極めて微弱な電波を捉える。3ヶ所にあるのは24時間いつでも受信できるようにするため。

キャンベラDSNアンテナ

図2:(NASA)オーストラリア・キャンベラにある[DSN]アンテナ基地。

 

(注)[宇宙通信網(SN=Space Network)]とは、1980年代に設立されたNASAの地上追跡通信網。[TDRS=Tracking Data Relay Satellite]と呼ばれる地球周回静止軌道上にある合計10基の通信リレー衛星、高度73 kmの低地球周回軌道(LEO)上にある通信衛星群、地上支援設備2箇所(NASA White Sans Complex, New Mexico、Guam Remote Ground Terminal)で構成される。通信、時刻校正などに使われている。

SN用リレー衛星

図3:(NASA)[SN]用の通信リレー衛星(TDRS)は10基あり、最初の衛星は1983年に打上げられ2009年まで使われた。以来、第2世代、第3世代と改良が進み、現在は第1世代衛星4基、第2世代3基、第3世代(写真)3基で構成されている。

グアムSN設備

図4:(NASA)宇宙通信網[SN]の地上設備の一つ、グアム島にある[Guam Remote Ground Terminal]。

 

2.先進材料 (Advanced Materials)

 

  • 「エアロジェル・テクノロジー(Aerogel Technologies)」社:マサチューセッツ州ボストン(Boston, Massachusetts)にあり、NASAクリーブランドのグレン(Glenn)研究センターと共同で、ロケット・フェアリングなどに使う “薄く、軽く、強い”「エアロジェル(Aerogels)」素材の開発に取り組む。この材料は、現在使われているロケット・フェアリングの防音断熱材を25 % 軽くできる。

 

(注)エアロジェルとは;- セラチンをお湯で溶いて冷蔵庫で冷やし、ゲル状に固まったものをオーブンで加熱、水分を蒸発させると粉末でできたゲル状の柱ができる。これは、ゲルの構造は残るが密度が著しく低くなるので極めて軽い。エアロジェルはこれまで発見された固体の中では最も軽い物質で、多孔質、半透明、で断熱材料として最も有望視されている。グレン研究センターは、シリカを使う新しいエアロジェルの開発に成功、火星無人探査機「マース・ローバー(Mars Rover)」の断熱材に使っている。

グレン研究所は、その後2つの重要な開発に成功している。すなわち、①シリカ・エアロジェルをポリマーで強化する手法を開発、これでシリカ・エアロジェルの強度を2桁高めることに成功した。②エアロジェルをポリマーだけで作る方法を発見した。この「ポリマー基エアロジェル(polymer-based aerogel)」は非常に強度が高くしかも柔軟(flexible)で、薄いフイルム状に作ることができる。この特性を生かし、NASAの「極超音速飛翔体の減速装置(HIAD =Hypersonic Inflatable Aerodynamic Decelerator)」に使うことを検討している。すなわち宇宙機に折りたたんで収納し、大気圏突入時に膨らませて開き降下しようという考えである。

 Comparison of aerogel post and slab-based sandwich structures

図5:(NASA) エアロジェルは、ゼラチンの水分を抜き、ゼラチンのゲル構造をそのままにする方法で得られる。エアロジェルは多孔質で軽く、断熱性が高い。

 

  • 「ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)」社:コロラド州リトルトン(Littleton, Colorado)にあり、バージニア州ハンプトン(Hampton, Virginia)のNASAラングレイ(Langley)研究センターと協力して、高温下で使う宇宙船用に、金属などの粉末から直接新しい合金や素材を作る”solid-state processing”法を使って構造部材を作り、試験する。

 

(注)[Solid-State Processing]とは:固体の状態のまま新しい素材を作る方法で、ほぼ室温で加工するため必要エネルギーは少なくて済む。しかもできる新素材は極めて均質に仕上がる。例えば1方の成分が99.9 %、他の成分が0.1 %の混合物でも均質に作れる。この比率の2種の成分を溶融して製造、均質に仕上げるのは極めて難しい。[Solid-State Processing]は「メカノ・ケミカル・ボールミーリング(Mechano-Chemical Ball Milling)」と呼ぶ方法で行われる。

「メカノ・ケミカル法」は、素材の金属あるいは他の粉末を、金属球と一緒に容器に封入して振動を加える。金属球が容器と衝突するとその間に挟まれた素材混合物が粉砕される。そこでは機械的エネルギーが化学的エネルギーに変換され、化学反応を促進する。結果として新素材が生じるというプロセス。

これを改良した[Friction Consolidation(摩擦融合法)]は、金属球の代わりに回転する“棒”を使う。粉末にした素材(複数)を容器に入れ、回転棒で圧力を加えながら掻き回すと、素材が加熱され溶融し微細構造(micro structure)まで均質化する。例えば、銅の粉末と炭素繊維[カーボン・ナノチューブ(carbon nanotube)]の粉末を「摩擦融合法」で合金化すると、導電性は変わらないが、強度の高い丈夫な銅線を作ることができる。

 

  • 「スピリット・エアロシステム(Spirit AeroSystems Inc.)」社:ウイチタ(Wichita, Kansas)にあり、アラバマ州ハンツビル(Huntsville, Alabama)のNASAマーシャル(Marshall)宇宙飛行センターに協力して「摩擦攪拌溶接法(FSW=friction stir welding)」で作る再利用可能な打上げロケットの低価格化と信頼性向上の技術を進める。この「溶接法」は、すでに実用化されNASAの”スペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)“に使われ、燃料タンクやロケットの段間接合部(Stage Adapter)の強度改善と信頼性向上に役立っている。

 

(注)「摩擦攪拌溶接法(FSW=friction stir welding)」とは:金属素材の接合したい部分にピン(突起)の付いた円筒工具(ショルダー)を押しつけて高速回転させ、摩擦熱で接合部分を溶かし一体化させる溶接法。融点の比較的低いアルミ合金向けに開発されたが、現在では、銅、鉄、チタンなどにも適用されている。我が国でも多くの先端産業で使われている。

摩擦攪拌溶接法

図6:「摩擦攪拌溶接法(FSW=friction stir welding)」の仕組み。

 

(注):”スペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)“とは;―[SLS]は、世界最大、最強の打上げロケットで、完成後は深宇宙有人探査に活躍する。

[SLS]は、打上げ時には、静止状態から600万lbsの推力で上昇開始、急加速して8分後に時速17,500 miles (28,000 km/hr) になる。このため構造部材や装置に非常に大きな力が加わる。また使用する部品は、あるものはマイナス400℉(―205℃)に曝され、またあるものは5,000℉(2,800℃)の高温に晒される。つまり[SLS]の構造は極めて過酷な環境に耐えなくてはならない。

「オライオン(Orion)」宇宙機を乗せて飛ぶ[SLS]の最初の飛行「探査ミッション-1 (EM-1 = Exploration Mission-1) は[Block-1]型で行われる。大型の[Block 2] が派生型として検討されている。

[SLS Block-1 ]のコア段(Core Stage)は高さ64.6 m、直径8.4 m、自重85.3 ton。搭載燃料は液体水素[LH2]、液体酸素[LOX]合計で73万gallons (277万リットル)。燃料を含む打上げ時の総重量は200万lbs (900 ton)を超える。構造は燃料タンクを含め殆どがアルミ合金2219製。液体水素(LH2)および液体酸素(LOX) の燃料は4基の主エンジンに供給され、約8分半燃焼し、高度160 kmでマッハM 23の速度に達する。ここで上段とオライオン宇宙機を分離する。

 Space-Launch-System

図7:(NASA) 「スペース・ロンチ・システム(SLS)」打上げ時の想像図。コアのエンジン[RS-25] 4基と固体燃料ブースター2基の合計で推力880万lbsを出し、ペイロード26 ton以上を[TLI=trans-lunar injection]と呼ぶ月周辺の軌道に運ぶ。[TLI]は地表から450,000 kmの距離、これは国際宇宙ステーション[ISS]の高度が400 kmなのに比べ遥かに遠方になる。ブースターはノースロップ・グラマン社(Redondo Beach, Calif.)が担当、推進剤容器の5段重ね構造である。

 

[SLS]コア段は、ボーイングが主契約となり、構造解析、シミュレーション、組立ては全てコンピューターで事前に実施、それから実際に使う部品の切断、溶接、組立てが行われる。製作は同社のミコード工場(Michoud Ass’y Facility, in New Orleans, Louisiana)で行われ、2018年の初飛行試験に成功した。

燃料タンクを含む[SLS]コア段の製作作業は、パネルを切断、パネルを世界最大の「摩擦攪拌溶接法(FSW=friction stir welding)」溶接設備で接合する。パネルだけでなく、ドーム、バレルなど全てをこの方法で溶接する。[FSW]溶接法はガス溶接に比べ、強度が高く、ボイドもない優れた製品が得られる。

SLSコア段

図8:(NASA) スペース・ローンチ・システム[SLS]の「コア段」を示す図。コア段構造は、多くのアルミ合金パネルを接合したリング、バレル、ドーム類で作られる。これらには「摩擦攪拌溶接法(FSW=friction stir welding)」の溶接設備が使われる。

 

3.大気圏突入、降下、着陸

 

  • 「アナスフェアー(Anasphere)」社:モンタナ州ボーズマン(Bozeman, Montana)にあり、アラバマ州ハンツビル(Huntsville, Alabama)NASAマーシャル(Marshall)宇宙飛行センターに協力して、大型ペイロードの火星着陸時に使う耐熱ヒート・シールドを膨らませる小型水素発生器(hydrogen generator)の試験を行う。
  • 「バリー・リボン・ミルズ(Bally Ribbon Mills)」社:ペンシルバニア州バリー(Bally, Pennsylvania)にあり、シリコンバレー(Silicon Valley, California)のNASA エームズ(Aimes)研究センターに協力して、「アークジェット・コンプレックス(Arc Jet Complex)」の装置を使って熱試験を行う。ここで “継目なし展張可能な炭素繊維製ヒート・シールド” の耐熱試験を行う。

 

(注)「アークジェット・コンプレックス(Arc Jet Complex)」とは:エームズ研究センターの施設で、月・火星有人探査ミッションで必要な大気圏再突入時に遭遇する超高速・超高温の過酷な環境に繰り返し耐えられる耐熱材料(TPS=Thermal Protection System)の研究を行っている。出力規模は、75 MWで30分間、または150 MWで15秒間の超高温状態を持続できる。これと高容量5段蒸気エジェクター真空ポンプ・システムを組み合わせて、高空の状態を再現でき、大気圏再突入を模した試験ができる。施設には7箇所の試験場があり、4箇所には「アークジェット」装置が付いている。これらの装置を支援するために、共用の2基の大型DC電源装置、蒸気エジェクターで駆動する真空ポンプ、などがある。

アークジェット試験の様子

図9:(NASA)「アークジェット・コンプレックス(Arc Jet Complex)」で大気圏再突入を模して試験中の宇宙船。

 

  • 「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社:ワシントン州ケント(Kent, Washington)にあり、ヒューストン(Houston, Texas)のNASA ジョンソン(Johnson)宇宙センターと首都ワシントン郊外にあるNASAゴダード(Goddard)宇宙飛行センターに協力して、月面への精密、安全な着陸をするための「航法および誘導システム」を一層完全なものにする。

 

  • 「シエラ・ネバダ・コーポ(Sierra Nevada Corp.)」:ネバダ州スパークス(Sparks, Nevada)にあり、バージニア州ハンプトン(Hampton, Virginia)のNASAラングレイ(Langley)研究センターと協力して、次の2件の研究をする。①同社が開発を進めている「ドリーム・チェイサー(Dream Chaser)」宇宙機が大気圏に再突入する際の赤外線映像撮影、②「スペース・ローンチ・システム(SLS)」発射で、分離した上段を回収するためパラシュート状の展張型減速装置(deployable decelerator)で降下着地させるが、この技術の完成。

 

(注)「ドリーム・チェイサー(Dream Chaser)」とは:再利用可能な”リフテイング・ボデイ(Lifting body)型宇宙機で、国際宇宙ステーション(ISS)に最大7名の宇宙飛行士を輸送できる。「シエラ・ネバダ・コープ」がNASAと[CCDev=Commercial Crew Program]に基づき契約、開発している。昨年末にNASAの最終審査(IR4)に合格、製作に入った。原型はNASAが1980年代に試作・途中で放棄した[HL-20]宇宙機で、2004年に「シエラ・ネバダ」社が譲り受け、[ISS]向けの輸送機として改良・開発を進めてきた。2020年に初飛行を予定している。

ドリームチェイサー

図10:(Sierra Nevada Corp.)地上走行試験の「ドリーム・チェイサー」試作機、2013年の撮影。[ISS]への輸送が終わり、地球に帰還する際もこの姿で行う。

ISSとドリームチェイサー

図11:(NASA/Sierra Nevada Corp.)国際宇宙ステーション(ISS)に到着した「ドリーム・チェイサー」宇宙機の想像図。「ドリーム・チェイサー」は、最大7名が搭乗でき、[ISS]との結合は尾部のポートで行う。ポート両側にはロケット・エンジンが付いている。

 

  • 「スペースX (SpaceX)」社:カリフォルニア州ホーソン(Hawthorne, Calif.)にあり、フロリダのNASAケネデイ(Kennedy)宇宙センターに協力して、大型ロケットを月面に垂直に着地させる技術を完成する。これにはエンジン排気による月面にある岩石細片の噴き上がり状況の予測を含む。

 

4.宇宙での製造及び組立作業

 

  • 「マクサー・テクノロジー(Maxar Technologies)」:カリフォルニア州パロアルト(Palo Alto, Calif.)にあり、バージニア州ハンプトン(Hampton, Virginia)のNASAラングレイ(Langley)研究センターと協力して、宇宙空間で半固定型アンテナを展張/組立てする際に必要な、電子装置を取付ける基板(breadboard)を製造する。宇宙空間で大型アンテナを組立てるのは、宇宙探査にとり極めて重要な技術である。この技術は、新しい探査に必要であるばかりでなく、これで打上げ時にアンテナ構造を小さく折り畳むことが出来、打上げコスト削減にもつながる。

 

5.電力供給

 

  • 前述「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社は、NASAグレン(Glenn)研究センター及びジョンソン(Johnson)宇宙センターと協力して、同社が開発中の月面着陸機「ブルー・ムーン・ランダー(Blue Moon Lander)」で使う燃料電池(fuel cell power system)の完成度を高める。この燃料電池システムは約2週間と想定される月面滞在中、夜間継続して電力を供給する。

 

  • 前述「マクサー・テクノロジー(Maxar Technologies)」社は、NASAグレン(Glenn)研究センター及びマーシャル(Marshall)宇宙飛行センターと協力、模擬宇宙環境下で、柔らかいソーラー・パネル用の軽量ソーラー・セルを試験する。

 

6.推進装置

 

  • 「エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)」社:カリフォルニア州カノガ・パーク(Canoga Park, Calif.)にあり、NASAマーシャル宇宙飛行センターと協力、革新的な製法と材料で、ロケットの「燃焼室」の軽量化を進め、製造コストの削減と、異なるミッションに“柔軟”に対応できる”スケーラブル(scalable)設計“の実現を目指す。

 

(注):[SLS]に4基搭載するエンジン[RS-25]とは:「エアロジェット・ロケットダイン」社が製造する。[RS-25]は、すでに退役した「スペース・シャトル」の主エンジン(SSME= Space Shuttle Main Engine)で使われ、これまでに135回の飛行を行った。その間、5回の近代化改修が行われ、安全性と信頼性が向上した。合計の運転時間は110万秒以上。[RS-25]は液体水素(LH2)と液体酸素(LOX)を燃料とする[staged-combustion cycle]方式のエンジン。単体の[RS-25]のスペックは、静止推力418,000 lbs、燃焼室内圧力2,994 psia、海面上比推力366秒、長さ168 inch、直径96 inch、重量7,775 lb、燃焼室面積比69:1。

 [SLS]では、[RS-25]4基の合計で推力200万lbsを発生、8分半燃焼して大気圏外に上昇、2段目を切り離す。

 RS-25エンジン

図12:(Aerojet Rocketdyne) [RS-25]は、「スペース・シャトル」用として製造した16台が予備として保管されているが、これらを、新技術を使って改修、製造には3-Dプリントを適用し、納入価格を[SSME]より30 %低減する予定。

 

  •  前述「ブルー・オリジン(Blue Origin)」社は、NASAマーシャル(Marshall)宇宙飛行センター及びラングレイ(Langley)研究センターと協力して、月面着陸機に装備するロケットの「燃焼室」用の耐熱素材の試験を行う。

 

  • 「コロラド・パワー・エレクトロニクス(Colorado Power Electronics)」社:コロラド州フォートコリンズ(Fort Collins, Colorado)にあり、NASAグレン(Glenn)研究センターと協力して、現在地球周回軌道上の衛星に使用中で、将来は深宇宙探査ミッションにも使う推進装置「ホール・スラスター(Hall Thruster)」の改良に取り組む。改良の主眼は推力の増強と運転可能な時間の延伸である。この研究で、ミッション・ペイロードと運用持続時間の増加が見込める。

 

(注)電気推進(Electric Thruster)の中で最も効率の良いのが「イオン・スラスター」と「ホール・スラスター」である。電気推進とは、推進剤/燃料の原子を電気的に加速し、化学燃焼で得られるよりも高速化する方法である。

「イオン・スラスター」は、陰極電子銃(hollow cathode) から高エネルギー電子を発射、チャンバー内の推進剤ガスをイオン化し、自由電子(electron discharge)を出す。この高温の電子が中性のガス原子に衝突、次々にイオンと電子を生みプラズマとなってチャンバーから排出され、推力を生じる。「イオン・スラスター」はイオンを加速するために1,000-2,000 Vの高電圧のグリッドが必要で、これで80,000 mph (128,000 km/hr)の速度を生じる。

「ホール・スラスター」は高電圧を使わない電気推進装置で、高密度のプラズマイオンを出して推力を得る。推進効率、つまり“エネルギー変換効率”、が50 %以上、低燃費、つまり”比推力(推力を推進剤の重さで割った値) “ が高い、という特徴がある。このため地球周回衛星の軌道変更に使われ、今後は月面探査、さらに深宇宙探査の推進装置として有望視されている。

原理は;― 全体を覆おう筒状の「加速チャンネル(Acceleration Channel)」内に、軸方向の電界と半径方向の磁場を作る。「加速チャンネル」の長さを最適化すると、燃料から分離したイオンは磁場にとらわれず軸方向の電場によって加速されるようになる。一方燃料からの電子は磁場に捕らわれ、円周方向の流れとなり、徐々に上流の陽極(Anode)に流れ着く。これでイオンの加速領域には、常に電子が存在し中性に保たれるため、高い推力密度が維持される。「ホール・スラスター」には、電子源である陰極(Cathode)があり、ここからの電子の一部は「加速チャンネル」から排出されたイオン・ビームの中和に使われる。残りの大半の電子は「加速チャンネル」内を陽極に向かって拡散する。これで電子が常に補給され、推進剤ガスの中性粒子と衝突、プラズマイオンを作る。燃料/推進剤にはキセノン(Xenon)ガスが使われる。キセノンガスは、不活性で宇宙機に搭載する他の物質と反応しにくい、その反面簡単にイオン化できるためである。

「ホール・スラスター」を数年にもわたる長期間安定して運転するためには、ソーラー・パワーからの電力を必要電圧・電流に調整するシステム、ガス(キセノン)を正確な比率で供給するシステム、スラスターを正しい方向に向けて作動させる姿勢制御システム、などが必要である。

ホールスラスター

図13:(九州大学)「ホール・スラスター」の原理図。燃料からプラズマを生成するため外部の「陰極電子銃(Electron Discharge cathode)」から電子を「加速チャンネル」内に入れ、中にある陽極に向かわせる。プラズマを加速するグリッドは無いので高圧電源は不要。代わりに陽極に流れる電子に磁場を加え軸周りに旋回させ、高密度のイオンを「加速チャンネル」から高速で排出する。「ホール・スラスター」は1970年代にロシアが衛星に使ったのが最初。

 SPT-140

図14:(NASA) NASAの[Psyche(プシュケ) mission] 宇宙探査機に使う”SPT-140” ホール・スラスターは5 kwの電力で0.06 lbsの推力を出す。同電力を使うイオン・スラスターに比べ推力は大きいが、比推力は劣る。写真右上に2本の陰極電子銃があるが、1本は予備。写真左は円筒状になって排出されるプラズマ。

[Psyche mission]とは、火星と木星の間にある小惑星帯にある鉄とニッケルで出来た小天体[Psyche /プシュケ]を探査するミッションで、探査機は2022年の打上げ、到着は2026年の予定。[プシュケ]は地球などのコアの部分が露出した天体と考えられている。

 

  • 前述「スペースX(SpaceX)」社は、NASAグレン(Glenn)研究センター及びマーシャル(Marshall)宇宙飛行センターと協力、宇宙軌道上で燃料の移送に関わる技術開発に取り組む。これは同社が開発中の「スターシップ・スペース・ビークル(Starship Space Vehicle)」でも重要な案件である。

 

(注)「スターシップ・スペース・ビークル(Staership Space Vehicle)」とは:スペースX社が開発を進める火星探査・着陸用の宇宙機。試作機の短時間ホッピング試験は2019年7月25日に高度20 mに上昇・降下、22秒後に着地した。次回は8月に高度200 mに上昇・着地する試験を行う。これらの結果を基に改良型を今年9月に発表する。

 スターシップ原型機

図15:(Elon Musk/SpaceX) 2019-01-10に同社のテキサス州試験場で公開された「スターシップ」原型機。再使用可能で自重85 ton、ペイロード150 ton、の宇宙機。炭素繊維複合材製、直径は9 m、長さ55 m。エンジンはSpaceX社製ラプター(Raptor)を6基装備する。うち3基は地上用、他の3基は真空中で使う。これまでの跳躍試験は地上用の1基で行われた。

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図16:(SpaceX) 2019年8月6日に Elon Musk氏から発表された想像図。「スターシップ」は、SpaceXが作る「ビッグ・ファルコン・ロケット(BFR= Big Falcon rocket)」の2段目に取付けられ、打上げられる。[BFR]は直径9 m、全体の長さは118 m (1段目は63 m)、エンジンは同社製のラプターを35基装備、総重量5,000 tonの大型ロケット。打上げ能力は給油なしで低地球周回軌道(LEO)上に100 ton、月・火星までペイロード100 tonを運ぶには、宇宙軌道上で別途打上げられたスターシップ・タンカーから燃料を補給する必要がある。燃料は液体メタン( CH4/ Cryogenic Liquid Methane) と液体酸素(LOX)。ラプターは真空中で180万lbsの推力を出す。

 

7.他の探査技術

 

  •  ロッキード・マーチン社はNASAケネデイ宇宙センターと協力して、宇宙基地の拡張工事に関わる技術開発に取り組む。NASAでは深宇宙探査のためには、前進宇宙基地でロボットを使い植物栽培をする技術が必要と考えている。

 

NASAは、冒頭に述べた昨年8月発表の「民間企業との協力方針[ACO=Announcement of Collaboration Opportunity]」を基に、民間企業の協力を得て宇宙開発に必要な技術開発のコストを削減する。NASAが月・火星の有人探査の方針を打ち出したのを受け、“NASA宇宙技術ミッション局(STMD=Space Technology Mission Directorate)”は、有人深宇宙探査のための先端技術開発に力を注ぐことになる。

 

終わりに

 

NASAが2019-07-31に公表した「月、火星探査を進めるため米企業と協力協定を結ぶ」と題した4ページの記事の解説を試みた。壮大な計画であることを再認識すると共に、関係する新技術が極めて多岐に渡ることが判り、それに挑戦する米国産業界の懐の深さを改めて知ることができた。トランプ大統領の決意で “偉大なアメリカの巨大プロジェクト” が動き出したのである。

2017年トランプ政権の発足で国家宇宙会議(NSpC)が復活し、同年12月に宇宙政策指令-1号(SPD-1)にトランプ大統領が署名、有人月探査と有人火星探査を実施する方針「アルテミス計画(Artemis program)」が決定した。有人月探査だけで費用は3兆円と予想され、次の有人火星探査まで含めると総額はその数倍にもなりそうだ。

NASAは、「アルテミス計画」の実施と併行して、「スペースX」の火星探査機「スターシップ計画」および「ブルー・オリジン」の月輸送機「ブルー・ムーン計画」を支援しており、その成果を「アルテミス計画」に反映させ、実現を確実なものにしようとしている。

翻ってNASAに対応する我国のJAXAの現状はどうか。年次予算はこの10年間変わらず、僅か1,800億円程度で推移している。

平成31年(令和元年)度の一般会計予算は101兆円、うち社会保障費は34兆円、これは年金、医療、介護などに使われる費用で、投資効果はほとんどない「ノン・リターン」費である。例えば教育に費用をかければ、高度な知識や技術を身につけた人たちが高い収入を得て納税という形でリターンが得られ、勤務先の企業の競争力が高まり国の繁栄に貢献するという効果がある。

一方社会保障費は一部少子化対策費を除けば全くリターンは無い。年間4兆円と言われる「死期間近の病人の1ヶ月の延命に費やす費用」などはその典型である。しかし大半のマスコミは長年にわたり「弱者救済こそ正義」と主張して世論を誘導、社会保障費の削減には一切目を向けない。

「リターン」のある政策に投資することで次の世代の繁栄が約束される。「弱者優先」では我が国の将来には衰退しか見えてこない。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

NASA Release 19-063 / July 31, 2019 “NASA Announces US Industry Partnerships to Advance Moon, Mars Technology” by Clare Skelly

NASA July 26, 2019 “What is Artemis?”

NASA Update Aug, 3. 2019 “Space Launch System(SLS) Overview”

NASA July 28, 2011 , updated Aug. 7, 2017 “Aerojels: Thinner, Lighter, Stronger”” by Tori Woods, SGT Inc.

AMES Laboratory ( a US Department of Energy, Office of Science) “Solid-State Processing: New paths to new materials”

NASA Space Launch System “A (much) Closer Look at How We Build SLS”

NASA “Thermophysics Facilities Branch”

NASA Updated June 29, 2018 “Dream Chaser”

Space.com May 03. 2019 “Space Launch System : NASA’s Next Generation Rocket” by Nora Taylor Redd Aerojet Rocketdyne7s RS-25 engine

Aerojet Rocketdyne “RS-25 Engine”

九州大学ホールスラスタ研究会“Hall Thruster”

The NASA Psyche mission: Journey to a Metal World Jan 20, 2018 “How do the Electric Thrusters on the Psyche Spacecrft Work?” Dan Goebel

TokyoExpress 2019-05-21 Rev. “NASA ゲートウエイ・オライオンで2024年に月着陸を目指す“

SPACE.com June31, 2019 “Elon Musk Says a SpaceX Starship Design Update is Coming in Mid-August” by Mike Wall