次世代旅客機用クリーン・エンジン[SWITCH]の開発進む


2024-3-25(令和6年)松尾芳郎

図1:(MTU Aero Engines)MTUが開発する次世代クリーン・エンジン[SWITCH]の概念図。現在のPW1100ギヤード・ターボファン[GTF]対比で燃費25 %の改善を目指している。各コンポーネントには括弧内に担当企業名を示す。

図2:(MDPI Journal) WETエンジン断面上半分を示す図。加筆、分かり易くしたもの。メガワット級電動モーター(図示していない)は、高圧コンプレッサー(HPT)部に0.5MW級、低圧タービン・シャフト尾部に1 MW級が付く。

ヨーロッパ連合(EU)が支援する「現用エンジン対比で燃費を25 %改善する革新的エンジン[SWITCH]の開発」は初期設計がかなり進み、試作機の地上試験から飛行試験が視野に入る段階になってきた。

([SWITCH] consortium in an EU backed project to validate engine technologies that help to deliver a 25% fuel saving over current engines are deep into their initial design work and they eye later ground and flight test programs.)

この中で[SWITCH (sustainable water injecting turbofan comprising hybrid electrics) ]  「ハイブリッド電動システムを組込む永続的水噴射式ターボファン」開発の企業連合は、EUの「クリーン・エビエーション・ボデイ(Clean Aviation Body)」・「クリーンな基幹航空技術」の一つに選定され(2022年9月)、フェイズ1として7億ユーロ(7億6000万ドル)の資金供与を受けている。

[SWITCH]企業連合は、ドイツの「MTU Aero Engines(エアロ・エンジンズ)」が主導し、[P&W(プラット & ホイットニー)]、「Collins Aerospace(コリンズ・エアロスペース)」、「GKN Aerospace(GKNエアロスペース)」、「Airbus(エアバス)」、それに研究所、大学などが参加している。

基本構想は、MTUが中心となり、P&Wのギヤード・ターボファンにCollins(コリンズ)が開発する電動モーターを搭載して性能をアップする、と云う設定。

2022年9月のEU選定を受けて、企業連合は2023年2月に[SWITCH]の拡大会議を開き「完成に向け一層の努力をする」ことを申し合わせた。

「P&Wギヤード・ターボファン (GTF)」は、狭胴型旅客機エアバスA320系列機などに使われている「PW 1100G-JM」がその代表。推力30,000 lbsクラスで、ファン直径が210 cm、バイパス比が12.5 : 1。2軸式、低圧タービン(LPT) 3段でファンと低圧コンプレッサー(LPC)3段を駆動するが、ファンの駆動には途中に減速ギアを入れて、ファン回転数を遅くし燃費を向上させているのが特徴。

[SWITCH]に組込む[WET=Water Enhanced Turbofan (水噴射強化式ターボファン)]の構成装備品に関し、現在の「容積・重量」はいずれも小型化が大きな課題になっている。如何にしてこれら装備品をエンジン・ナセルに収めるかがポイントと言って良い。エアバスは、機体の主翼下面に取付ける方式が最も抵抗が少なく望ましい、としている。そして次世代旅客機開発ではSWITCHの完成が最大・唯一の技術的チャレンジだ、これに比べれば機体への装着は簡単な問題と言っている。

MTUは、機体へのエンジン装備方法・形式の違いが、特殊な操作例えば“離陸中断/Rejected Take-off”や”着陸復航/Go-around”にどのような影響を及ぼすか、についても検討をしている。

[WET=Water Enhanced Turbofan (水噴射強化式ターボファン)]での、エネルギー回収と排出ガスの清浄化は次の過程で行われる:―

エンジン排気ガス中にある熱エネルギーを含んだ水分をコンデンサー(Condenser)で回収し、「スチーム・ジェネレーター(Steam Generator)で超高温の水蒸気に変換する。この水蒸気をエンジン燃焼器に噴射して熱エネルギーを回収し燃費を向上させる。水蒸気を燃焼器内に噴射することでNOX発生の原因となるホットスポットがほぼ無くなり、CO2やNOXなどのエミッションが減り、排気ガスの温度が下がる。排ガス中の微粒子が減るので飛行機雲(contrail formation)の減衰にもつながる。MTUはコリンズ(Collins)、GKNと協力してCO2を25%、NOX(窒素酸化物)を80%カットすることを目標にしている。

このようにWETでは熱エネルギーを回収する装置、コンデンサーやスチーム・ジェネレーターが必要になるが、いずれも大型で推力変更時に反応が遅れがちになる。これを補完するためハイブリッド電動モーターが有効に働く。すなわち、WET技術は上昇・巡航時の高推力を助けるが、空港近くの飛行では推力がしばしば変える必要がるので、ハイブリッド電動システムがこれを補完する。

[SWITCH (sustainable water injecting turbofan comprising hybrid electrics)/ハイブリッド電動システムを組込む永続的水噴射式ターボファン]構想では、WETに加えて、高圧ローターで駆動する[0.5MW級電動モーター]、および低圧ローターで駆動する[1MW級電動モーター]でエネルギーの回収をする。これは、離陸・上昇・巡航の高出力時で発生電力を大きくでき。電動モーターはファンの後流で冷やされる。この並行電動モーター・システムは、空港内のタキシングを電動化し、離陸時の推力を増やし、そして前述のように頻繁な推力変更が必要な時に有効な助けとなる。

「ハイブリッド電動システム」は、2種の直流電動モーター、バッテリー、高電圧配電装置などを含みその重量は約1トンにもなる、そして燃費改善の目標は5%。

現在の技術では「エネルギー:重量」比率が「1 kg当たり200 W hr(1時間200ワット)」なので、これを2倍にする必要がある。現在最高のリチウムーイオン(Li-ion)バッテリーに比べ、ソリッド・ステート・バッテリー(Solid State Batteries)は2倍の蓄電能力があり(研究所レベル)、2030年以降の実用化が期待されている。

まとめると「SWITCH」とは、“排気熱を回収し熱効率を上げる「WET」技術”と“ハイブリッド電動モーターからの電力で推進力を補完”、いずれも革新的技術を組込むシステムと言える。

「フェイズ1」プログラムは2023-2025年間でEU基金を使い行われている。「フェイズ1」には、ハイブリッド電動システム組込型GTFエンジンの地上試験、排気熱エネルギー回収のWETエンジン用装備品等は研究所レベルでの試験、が含まれている。

さらに航空機への組込みについての研究も行われている。バッテリーは、胴体内に装備し、電力配分システムは高電圧方式に変え、エネルギー管理の観点から運航方式についての検討が行われる。バッテリーについては、エアバスが自動車メーカー、ルノー(Renault)と開発契約を結んでいる。

エアバスは、電力システムに800ボルトの採用を目標にしている。高電圧にすると効率は上がるがアーキング(Arcing/放電現象)が起きるので対処が難しい。将来は3,000ボルト級が望ましいとしている。

 電動モーターは、レイセオン・テクノロジー(Raytheon Technologies)社傘下の企業[コリンズ(Collins Aerospace)]が担当している、エンジンの[P&W]も同じレイセオン傘下の企業。コリンズは昨年前半に1MWモーターを試作、試運転をしている。同社はまた、エンジン本体と熱交換器を統合するナセルの設計・製造も担当する。コリンズは、フランス、ドイツ、イタリア、英国に工場研究拠点をもつ大企業である。

GKNは、スエーデンのトロールハッタン(Trolhattan)工場で高電圧ワイヤリングと試験用リグの開発を進めている。GKNエアロスペースは、航空宇宙関係の世界的サプライヤーで、広範囲のシステム装備品の開発製造を手掛け、12ヶ国に38ヶ所の拠点を持ち、従業員は15,000人に達する大企業。

「フェイズ1」の期間中に、改良型PW1100Gギヤード・ターボファン(GTF)にハイブリッド電動システムを組込み地上試験を開始する予定。またWETエンジンに組込む装備品・部品の試験、それから全体システムを航空機に搭載する検討も並行して行われる。

「フェイズ2」は、「フェイズ1」と同様、EUの基金で2026年から始まる。ここでは「SWITCH」エンジンの飛行試験が行われる。飛行試験用のエンジンはハイブリッド電動システムとスチーム・ジェネレーター、コンデンサーなどが装備されるので、現用のGTFエンジンより50%ほど重くなり、また熱交換器が取付けられるので長さが増える。これで抵抗が増え予定の燃費改善が半減する。しかし改良が進むにつれて最終的には現用エンジン対比で10%増までに軽量化される見込みだ。SWITCHエンジンは、Jet A1ケロシン、SAF (sustainable aviation fuel/環境に優しい航空燃料)、が使用可能、将来は水素燃料使用も検討する。

エンジンメーカーのP&Wでは第2世代GTFの開発を進めていて、これを2030年代半ばに出現する狭胴型機改良型(A320neoの改良型)に搭載することを目指している。第2世代GTF,はファン・バイパス比が現在の12 :1から15 : 1に増え、高温部にセラミック・マトリックス複合材を使い熱効率を上げ、全体的な空力効率が高くなる。このエンジンがSWITCHおよびWETの基本になる。

図3:(Airbus)A320系列機に、「排熱回収・熱効率向上のWET」と「高圧・低圧両ローター駆動のMW級電動モーターを組込むGTF」を統合した「SWITCH」を動力源とする将来型中型機の概念。

既述したようにエアバスは2030年代の新型機用エンジンとして[SWITCH]プログラムを軸に考えているが、このほかに、CFMおよびロールスロイスがそれぞれ開発する新型エンジンの開発も支援している。

CFMでは革新的な「ライズ(RISE)」プログラムをスタートしており、エアバスの支援を受け試験飛行を予定にしている。「ライズ(RISE)」とは「Revolutionary Innovation for Sustainable Engines(革新的永続可能なエンジンの意)」の略で、GEエアロスペースとサフラン(Safran)が支援しているオープンファン計画「Ofelia = Open Fan for Environmental Low Impact of Aviation」計画である。エアバスが保有するA380飛行試験機の2番エンジンに[Ofelia]を取付け飛行試験を行うことが決まっている。現在は5分の1サイズのモデルで風洞試験を行なっている段階(2024-1-24)。

図4:(CFM/Safran/AIRBUS) GE・サフランが支援するCFM「ライズ」オープンファン」。前部にファン1段、その後ろに可変ピッチ式ステーター段がある。

ロールスロイス(RR=Rolls-Royce)は、「ヘブン(Heaven=Hydrogen Engine Architecture Virtually Engineered Novelly)」計画を進めている。これはRR開発の高バイパス比エンジン「ウルトラファン(UltraFan)」を小型化した水素燃料使用可能なエンジンで、現用エンジン比で30%の燃費改善をして中小型旅客機 (SMR=Short to Medium Range aircraft) 市場参入を目指している。「ヘブン」では、ファン直径を小さくし可変ピッチ機構を取り入れ、燃焼機内の燃焼をリーン・バーン(lean burn/希薄燃焼化)することで燃費改善が可能としている。

RRの「ウルトラファン」実証エンジン(推力80.000 lbs級)は、エアバスA350に搭載する大型エンジン「トレント(Trent)XWB」と比較して10%の効率向上を実現する。

炭素繊維複合材製のファン・直径140 inch (355 cm)、ファンの低速化のために減速ギヤを使うギヤード・ターボファン方式、リーンバーン燃焼器、高温部にセラミックス・マトリックス複合材、を使用している。2023年4月24日にダービー(Derby)の特設試運転台80で試運転に成功した。

図5:(Rolls Royce)RRウルトラファンは特製試運転台で”SAF/環境に優しい航空燃料“を使い試運転を行なった。RR提案の「ヘブン」はこれを小型化するエンジン。

図6:(Rolls Royce)ウルトラファン実証エンジンの概要。

終わりに

EUが進める“クリーンな航空輸送”プログラムで重要な位置を占める次世代エンジンの開発には「MTU主導の「スイッチ(SWITCH)」、サフラン/GEが支援するCFMのオープンローター「ライズ(RISE)」、ロールスロイスの“ウルトラファン”縮小版の「ヘブン(Heaven)」の3つの構想が出揃った。いずれもエアバスが次世代型中小型旅客機の候補として支援している。この中で「SWITCH」が最も具体化しているように見えるが、2030年初めにははっきりするだろう。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Airbus “SWITCH engine airframe integration”
  • MTU “Clean Aviation SWITCH Project to Advance Hybrid-Electric and Water-Enhanced Turbofan Technologies”
  • Flight Global Junee 20, 2023 “SWITCH partner outline progress as engine project spool up” By Dominic Perry
  • Aviation Week December 5, 2022 “Airbus to support Pratt & Whitney in Future Engine Technology Effort” By Thierry Dubois
  • Aviation Week February 26-March 19, 2024 “Clean Aviation Targets Urgent Next-Gen Airliner Propulsion Goals” By Guy Norris
  • Aviation Week December 5, 2022 “Airbus to support Pratt &Whitney in future Engine Technology Effort” By Thierry Dubois
  • TokyoExpress 2018-05-88 “ロールスロイス、「ウルトラファン」実証エンジンの飛行試験を近く開始“
  • TokyoExpress 2023-02-13 “エアバス、MTU、P&W、EU航空環境規制に適合する「WET」エンジンの開発を開始“