図1:(Lockheed Martin) NASAの[X-59 QueSST]超音速試験機の完成想像図。NASAは、パームデイル・カリフォルニア(Palmdale, Calif.)にあるロッキード・マーチン社「スカンク・ワークス」部門と、2016年2月に「ソニック・ブーム」を和らげる超音速試験機を開発する予備契約にサイン、続いて2018年に [X-59 QueSST] 製造の本契約を取り交わした。[X-59] は、高度55,000 ft (約16,500 m) をマッハ1.4 (940 mph / 1,500 km/h)の速度で飛ぶが、発生する「ソニック・ブーム」は車のドアを閉める時の騒音(75 PLdB=Perceived Level decibel)以下になる。2022年の初飛行を予定している。
NASAが目指す “航空機史上最も重要な航空機の組立て” がカリフォルニア州で始まった。これはNASAの[X-59 QueSST]、すなわち”静かな超音速機(Quiet SuperSonic technology)“と呼ばれる機体で、パイロットが操縦し、超音速機が出す不快な”ソニック・ブーム(sonic boom)”を発生しない。[X-59 QueSST]は、これまでの76年間に数々の革新的航空機を世に送り出してきたロッキード・マーチン社の「スカンク・ワークス(Skunk Works)」で組立てられている。
(Some of the most important aircraft in aviation history have been started final assembly in California. NASA’s X-59 QueSST (short for Quiet SuperSonic Technology) is an experimental piloted aircraft designed to fly faster than sound without producing the annoying sonic booms of supersonic aircraft. The craft to take shape at Skunk Works, a Lockheed Martin division that for the past 76 years has used a unique approach to design and manufacturing that has produced the nation’s most advanced airplanes.)
図2:(Lockheed Martin) NASAの[X-59 QueSST]が「スカンク・ワークス」のパームデイル工場で組み立てられている様子、「中央セクション(center section)」ジグに一体構造主翼のフレームが取付けられている。
[X-59 QueSST]の計画は、昨年(2018) 9月に重要な”最終設計審査( CDR=Critical Design Review)“を終了し、それまでの設計の段階から部品製作へ移行した。そして同年11月には最初の機械加工部品が完成、パームデイルの組立工場に送られた。こうして現在は毎週10個以上の部品が工場に届けられている。
[X-59 QueSST]のミッションは、これまでの超音速旅客機で “陸地上空での超音速飛行を禁ずる” とした関係当局の規則を解除するためのデータを集めることである。
[X-59]の役割;
1960年代米国とヨーロッパは、それぞれ[ SST ]と[コンコード(Concorde)]を開発していたが、一方で超音速機が発生する「ソニック・ブーム(sonic boom)」は日常生活を脅かすとの認識が高まって来た。
数年にわたる研究の結果、1973年になると米国FAAは「ソニック・ブーム」による被害を防ぐためにマッハ1以上の速度での陸上飛行を禁止する規制を発効した。
このようなことを受けて、米国の[SST] 計画は1971年にキャンセルになったが、[コンコード]は英国航空(British Airways)とエアフランス(Air France)で1976年から2003年までの間運航が続けられた。しかし超音速飛行は海洋上空に限定された。
しかし超音速旅行には強い要求があり、「強いソニック・ブームを生じないように出来ないか?陸上での騒音レベルを我慢出来るまで弱められないか?」と云った要望が相次いだ。
これらに答えを出そうとしているのが[X-59 QueSST]である。NASAでは、10年以上に渡って、風洞試験、F/A-18戦闘機を使った飛行試験、強力なスーパー・コンピューターを使って行う超音速シミュレーション、などで、超音速飛行の研究を進め、空力的な解決策を見出すに至った。
この結果、機体の形状を注意深く設計することで、超音速飛行時に生じる衝撃波(shockwaves)を取り除けることが判り、それで「ソニック・ブーム」の発生を抑制できる、との結論に達した。
この理論を実機[X-59]を使って検証しようとしている。「ソニック・ブーム」の低減が実証出来れば、米国内の都市間(例えばニューヨーク・ロサンゼルス)を結ぶ超音速飛行への道が開ける。
得られたデータは、FAAに伝達され、さらには諸外国の関係官庁にも伝えられ、マッハ1以上の速度規制ではなく騒音レベルの規制に改定されることになろう。
これで米国の航空機産業と航空輸送業界に新たな市場が創出され、人々はこれまでの半分の時間で旅行ができるようになる。
「スカンク・ワークス」:
未来の民間超音速旅客機の姿を[X-59]としての具体化を担当するのは「スカンク・ワークス」、76年前に革新的生産手法を開発し歴史上最速の航空機[SR-71 Blackbird (ブラックバード)]を生み出した企業である。
ロッキード・マーチン社の [X-59] 計画担当主任技師[マイク・ボーナノ(Mike Buonanno)]氏は次のように話している;「[X-59]は我々[スカンク・ワークス]が始めた仕事ではないが、これまで我々が作り上げてきた革新的な航空機製造手法を駆使して、NASAが満足する機体に作り上げて見せる」。
[スカンク・ワークス]の航空機製造に関わるユニークな点は、第二次大戦末期に当時のロッキード(Lockheed)の「ケリー・ジョンソン(Kelly Johnson)」氏が一握りのチームを率いて、米国初のジェット戦闘機 [XP-80]を僅か143日で完成させた、と云う実績に端を発している点である。この時ジョンソン氏は「航空機製造に関わる14ヶ条」を設定、これを基にチーム全体の能力を最大限に引き出し目標を達成した。この伝統が76年後の「スカンク・ワークス」に生き続けている。
「14ヶ条」の中身には、“チームの構成は少人数で”、“手続きは簡単に”、“お互い連絡は良くし”、“承認・決済はスムーズに”、そして “会話は手短に、静かに、正確に行い、それを元に常識的・健全な行動をする”、などが書かれている。
この指針が今の「スカンク・ワークス」でも守られ、作業現場には常にエンジニアが立会い問題があれば直ぐに解決する方式を受け継ぎ、[X-59]の組立てを始めている。
[X-59]の組立て作業は3つの主要ジグに分けて行われている。
すなわち「前部ジグ(forward jig)」は胴体の前方部分、「中央セクション(center section)」は一体構造の主翼部分と中央胴体、「後部ジグ(rear jig)」は機体尾部のエンジンと垂直尾翼および水平尾翼部分、である。
現在作業が始まったのは「中央セクション」部、11月からは「後部ジグ」部分での作業が始まる。そして1年後の2020年末には、全体の組立てが完了し、飛行試験開始に備えることになる。
2021年の初飛行を含む初期の試験飛行で飛行特性を確認してから、超音速飛行試験を行い、予定通りの「低ソニック・ブーム」性能を確認する。そのあと[X-59]で市街地上空の飛行を行い、実際の住民の反応を調査する。調査結果はFAAに報告され、2023年には諸外国の関係機関に通告される。
[X-59 Quesst]の概要:
図3:(NASA) NASA ”X-59 Quesst” の図を加筆・修正した図。[X-59]は全長約29.5 m、翼幅約10.4 mの単発、単座で最大離陸重量は約11 ton、マッハ1.4で飛行する。エンジンはGE製[F414-GE-100 ] 1基で、静かな超音速飛行を実現する目的で開発された機体。このユニークな形で「ソニック・ブーム」を和らげようとしている。2023年から米国内の居住地上空を飛行し、住民からの意見を聴取して技術の向上に資する。装備する[F414-GE-100]エンジンは、[F/A-18E/F] 艦上攻撃機用の[F-414-GE-400]の派生型で、アフトバーナー無しの推力は62.3 kN ( 14,000 lbs)である。
[X-59]のコクピット:
図4:(NASA) [X-59]のコクピットは他の機体とあまり変わらない。唯一前方視界がないので代わりに中央に4Kモニターが設置されている。パイロットはこれで前方を視認する。目視で離着陸する場合はここを通して行う。4Kモニターには、機体の「外部視認装置(XVS= eXternal Visibility System)」の構成部品で、機外装備の2台のカメラの像と内蔵する地形データ(terrain data)を合成した画像を表示する。両側には普通の窓、天井部分は戦闘機[T-38タロン]が使うキャノピーを使っていいる。
F/A-18戦闘機による「ソニック・ブーム」試験:
図5:(NASA) NASAは、カリフォルニア州のモハベ砂漠(Mojave Desert)に長さ30 miles(約50 km)の広大な区域に多数のマイクロホンを配置する試験場を作った。NASAが所有するF/A-18戦闘機でこの上空を超音速飛行し、発生する「ソニック・ブーム」を調べるため。この計画は[CarpetDIEM=Carpet Determination in Entirety Measurements flight test](カーペット状区域全体の測定計画)と呼ばれる。マイクロホンは区域全体に配置され、「ソニック・ブーム」の強さを解析する。[X-59]試験機の試験も先ずここで行われる。
図6:(NASA / Lauren Hughes) [CarpetDIEM]試験で使われるマイクロホン装置の例。マイクロホンは、逆位相、垂直、水平、の各音圧データを高精度で毎秒50,000回の割合で測定・収録できる。この装置がモハベ砂漠の広大な区域に多数設置されている。この区域はエドワーズ(Edwards, Calif.)にあるNASAのアームストロング飛行研究センター(Armstrong Flight Research Center)の隣に位置している。「ソニック・ブーム」測定にはNASAの各研究所の他に、ユタ(Prove, Utah)にあるブリガム・ヤング大学(BYU= Brigham Young Univ.)が協力している。
終わりに:
こうしてNASA / スカンク・ワークスにより、静かな超音速飛行が実現しようとしている。[X-59]は旅客機の原型でもない単なる試験機だが、これで得られた知見がやがては大型の旅客機に適用されて、航空旅行に掛かる時間が現在の半分に短縮されることになるだろう。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
NASA Oct. 10, 2019 “NASA’s X-59 QueSST Airplane Takes Shape at Lockheed Martin Skunk Works” by Yvette Smith
NASA Oct. 15, 2019 updated “NASA’s Supersonic X-59 QueSST Coming Together at Famed Factory” by Jim Banke / Editor : Lillian Gipson
NASA Aug. 30, 2019 “NASA Tests 30-miles-long Microphone Array in Preparation for Quiet Supersonic X-59” by Matt Kamlet / Editor : Monroe Conner
NASA June 19, 2019 “ A Look Inside the X-59 QueSST Cockpit” by Yvette Smith
NASA March 15, 2019 “X-59 QueSST” Updated Aug. 29, 2019 by Editor : Lillian Gipson
Lockheed Martin X-59 QueSST