エアバス、月探査宇宙船「オライオン」用「サービス・モジュール」を開発


2019-11-01(令和元年)  松尾芳郎

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図1:(Airbus DS) 「オライオン・クルー・モジュール ( Orion Crew Module)(右)」と「ヨーロピアン・サービス・モジュール(European Service Module)(左)」が「スペース・ローンチ・システム(Space Launch System)」で打上げられ、地球周回軌道上にある想像図。

度々本サイトで紹介したように、月有人探査用にNASAが開発中の「オライオン(Orion)」宇宙船に[ESA=European Space Agency / 欧州宇宙機構]が開発する「ヨーロピアン・サービス・モジュール[ESM]」が取付けられる。[ESM] は、「オライオン」宇宙船の一部として、電力、推進動力、水、酸素、エアコンなどの供給を担当、打上げから地球帰還時に切り離されるまで使われる。最初の飛行は後述する「アルテミス1 (Artemis 1)」の予定。

( The Orion Service Module is an important component of the Orion spacecraft, serving as its primary power, propulsion, water, oxygen, and right temperature, until it’s discarded at the end of each mission. NASA says the European Space Agency will provide the service module for Artemis 1.)

 

「オライオン(Orion)」は低地球周回軌道(LEO=low Earth orbit)(高度約400 km)より遥か遠くに4人の宇宙飛行士を運び、再び地球に帰還する宇宙船で、NASAがロッキード・マーチン(Lockheed Martin)と協力して開発している。これに[ESA]とエアバス・デフェンス&スペース[Airbus DS]部門が開発中の「サービス・モジュール(ESM=European Service Module)を取付け、NASAの「スペース・ローンチ・システム (SLS=Space Launch System)で打上げる。

ヨーロッパは高い技術を持ちながら、従来は宇宙開発の分野、特に有人飛行、ではあまり重要な役割を果たしてこなかった。しかし、「オライオン」有人飛行に不可欠な[ESM/サービス・モジュール]を担当することで技術水準の高さを改めて示すこととなった。これで宇宙開発におけるヨーロッパの存在はこれまで以上に大きくなる。

「オライオン」本体、つまり「クルー・モジュール」は、打上げ失敗に備えた “非常脱出システム[LAS=Launch Abort System ]”の 試験を2回、2014年には[デルタIVヘビー]ロケットで約4時間半の軌道飛行、いずれも無人、で成功している。

「オライオン」の今後の飛行計画は、無人で行う「アルテミス1(Artemis 1)」と有人飛行の「アルテミス2」の2件は、NASA/ロッキード・マーチン間で契約済み。さらにNASAは、2024年からの月探査に必要な「オライオン」6機を総額46億ドル(約4,970億円)で発注したと発表した(Sept. 23, 2019)。当然だが、これは[ESA / エアバス]が作る[ESM]にも適用される。

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図2:(ESA/Airbus DS)「オライオン・クルー・モジュール」(右)とその後ろのサービス・モジュール」[ESM ]。途中の太い部分は「クルー・モジュール・アダプター(Crew Module Adapter)」である。

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図3:(NASA)「オライオン クルー・モジュール(CM)」を支援する「サービス・モジュール(SM= Service Module)」の図。[SM][CM]の間には[CMA] Crew Module Adapterがある。

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図4:(ESA/Airbus DS) EASA / Airbus DSが共同開発する「ヨーロピアン・サービス・モジュール[ESM=European Service Module]」は円筒形で高さ・直径共に4 m、4枚の折り畳み式ソーラー・パネルを備える。ソーラー・パネルは展開すると差し渡し19 mになる。[ESM]にはメイン・エンジンと32個のスラスターに使う燃料タンクがあり8.6 tonの燃料を搭載する。発射時の[ESM]の重量は13 tonを超える。4個のタンクはチタン合金製で、ヘリウムで燃料を400 bars に加圧して使用する。それぞれに約2,000リットルの燃料が搭載される。燃料は [MON] (nitrogen oxides)と[MMH] (monomethyl hydrazine) の2液で、合計33個のエンジンに供給される。メイン・エンジンは「スペース・シャトル」で使われた推力6,000 lbs ( 27 kN)で十分な使用実績があり、NASAが供給している。メイン・エンジンの故障時に備え、代わりを務める8個の補助エンジンは推力110 lbs級でこれもNASAが用意する。さらに姿勢制御用に24個の小型スラスター・各推力50 lbsがある。

「アルテミス1」に搭載する[ESM 1]は、2019年7月から10月初めまでにニューメキシコ(New Mexico)のNASAホワイト・サンド試験設備を使いメイン・エンジンを含む推進システム全体の試験をほぼ終了している。「アルテミス2」用の[ESM 2]は、ドイツのブレーメン(Bremen, Germany)で組み立て中で、2020年半ばまでにNASAに引き渡される。2024年に予定されている有人月着陸「アルテミス3」に取り付ける[ESM 3]は、必要な部品の準備を進めている段階。

 

無人飛行「アルテミス1」の概要は次の通り;―

無人飛行の「アルテミス1」は2020年11月以降に「スペース・ローンチ・システム」[SLS=Space Launch System]で打上げ、月周回を含めて約3週間の宇宙飛行を予定している。

  1. [SLS]と[オライオン]は、ケネデイ宇宙センター39Bパッドから打ち上げられる。
  2. 固体燃料ブースター2本を分離する。
  3. 「非常脱出システム[LAS]を分離する。
  4. 本体/コア・ステージのエンジン燃焼が完了、コア・ステージを分離する。
  5. 地球周回軌道に入る。
  6. ここでシステム・チェックとソーラー・パネルの調整をする。
  7. 「月への軌道に乗るため上段(ICPS=Interim Cryogenic Propulsion Stage)ロケットを約20分間噴射する。
  8. 上段[ICPS]を分離する。
  9. 「オライオン+ESM」となった宇宙船は、姿勢調整をしながら「月に向かう軌道(TLI= Trans-lunar Injection)」に乗る。
  10. 月に近ずくと[ESM]のメイン・エンジンを噴射、月フライバイ軌道に入る。
  11. 月から100 kmの高度でメイン・エンジンを噴射し月周回長楕円軌道(DRO=Distant Retrograde Orbit)に入る。
  12. 月周回長楕円軌道(DRO)には6~23日滞在する。つまり1~4回の周回飛行を予定している。
  13. [DRO]上では、軌道修正やソーラー・パネルの調整を行う。
  14. メイン・エンジンを使い[DRO]を出て、フライバイ軌道に入る。
  15. メイン・エンジンを噴射、フライバイ軌道から地球帰還軌道へ入る。
  16. 地球大気圏を目指す帰還軌道の修正(RTC=Return Trajectory Correction)のため、必要に応じメイン・エンジンを噴射する。この期間はおよそ3~11日を予定している。
  17. 最終帰還軌道に入る修正を行う。
  18. 地球大気圏に突入する。ここで[ESM]は役目を終え分離される。
  19. 太平洋上の予定点にパラシュートで着水する。ここには米海軍の艦艇が待機していて、「オライオン・クルー・モジュール」を回収する。

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図5:(NASA) 2020年末に予定されている「アルテミス1」無人月周回飛行の予定を示す図。図中の番号は上記の本文「1-19」に対応している。

 

有人飛行「アルテミス2」の予定は次の通り;―

有人飛行「アルテミス2」は2022年に[ SLS ]で打ち上げられる。「オライオン・クルー・モジュール」に4名の宇宙飛行士が搭乗するが、「アルテミス1」と違い、月周回は行わずフライバイ、つまり月に接近・通過してそのまま地球へ帰還する軌道をとる。予定では10日間の飛行としている。従って、月周回軌道に入ったり出たりするための推力は必要なく、[ESM]のエンジンは使わない。これで燃料が余るが、月脱出速度を得るための急加速試験に使うことを検討している。

  1. 発射は「アルテミス1」と同じ。
  2. 地球周回軌道に乗る。[SLS]の上段[ICPS]ロケットで100 x 1545 n.m. ( 185 x 2,860 km)の楕円軌道に入る。
  3. 遠地点で上段[ICPS]ロケットを噴射しさらに長大な楕円軌道に入る。ここで上段[ICPS]を分離する。
  4. 「オライオン+ESM」のメイン・エンジンを噴射、「月に向かう軌道(TRI=Trans-Lunar Injection)」に乗る。
  5. 「月に向かう軌道」の飛行は4日間で、途中必要に応じ[ESM]の予備エンジンで軌道修正を行う。
  6. 月から4,000 n.m. (7,400 km)離れた高度でフライバイをする。
  7. そのまま地球帰還軌道に乗り、[ESM]の予備エンジンで修正しながら4日間で地球に到達する。
  8. ここで[ESM]を分離し、大気圏に突入する。突入時のスピードはマッハ32に達する。
  9. パラシュートで太平洋上に降下。
  10. 乗員とオライオンカプセルを回収する。

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図6:(NASA) 2022年に発射予定の「オライオン宇宙船システム」の月フライバイ飛行の予定図。本文中の「1 ~ 10」は図中の数字に対応している。

 

「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の概要

「SLS」について本サイトで紹介済みだが、その概要を図で説明する。

SLS

図7:(NASA)スペース・ローンチ・システム[SLS]の概要図。頂部に「オライオン宇宙船」部分が搭載される。高さ98 m、発射時の重量約260 ton、「コア段」には、液体酸素(LOX)タンク/容量196,000 ガロンと液体水素(LH2) タンク/容量537,000ガロンがある。「コア段」両側には「固体燃料ブースター」が付く。ブースターはノースロップ・グラマン社(Redondo Beach, Calif.)が担当、推進剤容器の5段重ね構造である。

コア段は、ボーイングが主契約で担当、組立てはNASAミコード工場(Michoud Ass’y Facility, in New Orleans, Louisiana)で行われている。

 [SLS ]は世界最大、最強の打上げロケットで、今後の深宇宙有人探査に活躍する。

[SLS]は、打上げ時には、静止状態から600万lbsの推力で上昇開始、急加速して8分後に時速17,500 miles (28,000 km/hr) になる。このため構造部材や装置に非常に大きな力が加わる。また使用する部品は、マイナス400℉(―205℃)に、またあるものは5,000℉(2,800℃)の高温に晒される。つまり[SLS]の構造は極めて過酷な環境に耐えなくてはならない。

「オライオン(Orion)」を搭載する最初の無人飛行「アルテミス1」は[Block-1]型で行われる。大型の[Block 2] が派生型として検討されている。

構造は燃料タンクを含め殆どがアルミ合金2219製。液体水素 (LH2)および液体酸素(LOX) の燃料は4基の[RS-25]エンジンに供給され、約8分半燃焼し、高度160 kmでマッハM 23の速度に達する。ここで上段( ICPS )とオライオン宇宙船を分離する。

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図8:(Aerojet Rocketdyne) コア・ステージに取付けられる[RS-25]エンジンは、エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)製で、スペース・シャトルのメイン・エンジンとして135回の飛行に成功した経験を有する。その間に 5回の大規模な改良が行われてきた。

上段(ICPS=Interim Cryogenic Propulsion System)は、デルタIV (Delta IV) 打上げロケットの上段を改良して使い、直径は5 m、エンジンはエアロジェット・ロケットダイン製 [RL10B-2]推力110.1 kN (24,800 lbf)が1基で、同じものを使っている。

 

終わりに

2024年の有人月着陸を目指し、NASAとヨーロッパのESAは「オライオン宇宙船システム」の製造で密接に協力ししている。同時並行で準備が進む月周回宇宙ステーション「ゲートウエイ」の開発には欧州、カナダなどが参加を表明、我国にも協力を求められている。

これに答える形で2019年10月18日に、安倍政権の宇宙政策委員会は「米国が行う国際宇宙探査への参画を決定」と発表した。これに先んじてJAXAは、同年9月24日にNASAの進める有人月着陸計画「アルテミス」に協力すると云う声明を発している。具体的には「ゲートウエイ」建設への協力を念頭に置いている。

これで漸く我国の参画が決まりそうだが、驚いたことに10月22日の日経社説では「月探査、費用対効果を見極めて」と題して“参加は慎重にすべし”と書いている。費用対効果を言うなら、以前にも書いたが「死期の迫った老人の1ヶ月間の延命に年間数兆円を使う社会保障仕組みの是正」が先ではないか、と思う。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week Aerospace Daily Sept. 23, 2019 “NASA Buys Six More Orion Capsules for $4.6B” by Irene Klotz

Aviation Week October 14-27, 2019 “Airbus-designed Service is Key to Orion Spacecraft” by Thierry Dubols

Airbus “Orion ESM” 07 October 2019 “Successful hot firing tests for Orion”

ESA “European Service Module”

TokyoExpress Rev. 2019-05-21 “NASA ゲートウエイ・オライオンで2014年に月再着陸を目指すーロッキード・マーチン提案を採用“

TokyoExpress Rev. 2019-08-10 “NASA、月・火星探査向け技術開発に民間企業13社を選定“

TokyoExpress 2019-08-13 “NASA長官、月探査1号機(First Artemis Lunar Mission)のロケットを公開“