憂うべき低投票率、投票義務化の議論も


2019年11月14日(令和元年)      政治アナリスト・元杏林大学教授  豊島典雄

 

十代の投票率は三割

民主派が親中派に圧勝した香港区議会議員選挙の投票率は71.2%で4年前の47.01%を24ポイントも上回った。

しかし、今年の日本の選挙は憂うべき低投票率だった。臨時国会は大臣の資質や「桜を見る会」追及に血道をあげているが、民主政治の根幹に関わる低投票率対策なども真剣に議論すべきである。

7月の参院選は予想通り、自民党・公明党の与党が過半数を確保したが、憲法改正に必要な三分のニには届かなかた。

 

今回の参院選は12年に一回の亥年選挙

ダブル選挙は無く、明確な争点無しではあったが、5割を割った投票率(48.8%)は衝撃的である。特に、若者の低投票率には愕然とする。

18、19歳は31.33%。3年前より14.12ポイント減少した。十代の投票率は、全体の投票率より17.47ポイント低い。18歳は34.68%、19歳は28.05%だった。

投票の義務化が議論になる事態である。

参院選の投票率は三年前より6ポイント下がり史上二番目の低投票率48.8%だったが、衆議院選挙の投票率も近年5割台の低空飛行である。2年前(平成29年)の衆院選の投票率は53.68%、5年前(平成26年)の衆院選の投票率は52.66%。7年前(平成24年)の衆院選の投票率は59.32%。

いつ4割台に転落するかと心配になる。

 

統一地方選も最低を更新

今年4月の統一地方選も投票率が過去最低を更新している。41道府県議会選挙の投票率は44.08%、6政令指定都市市長選挙50.86%、17政令指定都市市会議員選挙43.28%、59市長選挙47.5%、283市議会議員選挙45.57%と過去最低を更新した。ある市議選では25歳の投票率は14.7%だった。放置出来ない事態である。

各国ともに投票率は低下の傾向にあるが、一昨年の日本の衆議院選挙53.68%。同年のドイツ連邦議会選挙76.2%、フランス大統領選挙74.6%、イギリス下院総選挙68.7%で、日本より高い。5年前の日本の衆院選の52.7%は世界158位である。恥ずかしくないか?

 

投票率アップの妙策は?

これまで、どんな投票率改善策が議論されてきただろうか。

A、日曜日以外の投票。

日曜日投票は慣例である。我国でもかって日曜日以外の投票が衆議院選挙で6回、参議院選挙2回あるが、曜日による投票率の大きな変化は見られなかった。

日曜日に出かける予定があるなら期日前投票をすれば良いのだ。

B、投票時間も延長し、午後8時になっている。これを午後10時にしても効果は限定的だろう。

C、投票場所拡大は工夫の余地がありそうだ。

駅やショッピングセンター等にもっと投票所を設ける。投票所を有権者に配達する出前投票である。

D 、ネット投票も話題にはなるが、前進していない。

 

政党、教育界の責務

激戦区は投票率が高い。政党は魅力的な候補者を発掘し、育て、擁立し、有権者の選択肢を増やす責任がある。

極めて大切なのは青少年へのいわゆる主権者教育である。

教育界の任務も重い。小学校から政治教育に力を入れて欲しい。選挙権は先人が苦労して獲得し、拡大させてきたこと、香港の民主派の若者のデモは普通選挙権を求めていることを教えるなど具体的に選挙権、投票の大切さを教えるべきだ。

「一円を笑うものは一円に泣き、政治を笑うものは政治に泣く」こと、政治の大切なことを具体的に説くべきだ。有権者が政治を嫌っても、政治は有権者を逃さない。生活を未来を拘束する。

家庭教育も大事だ。家族で夕食後に、コーヒーでも味わいながら国政や市政などを話題にして欲しい。子供の社会的関心が高まり、成績も良くなるだろう。「子供新聞」の購読もお勧めである。

学校、家庭での教育が効果を現すには時間がかかる。

 

先進国にも義務投票国

抜本的な改善策として投票の義務化が議論になるのではないか。世界には、正当な理由なく棄権すると罰則を科している国が少なくない。

先進国で国政選挙の投票率が高いのはシンガポール93.6 %、オーストラリア91%、ルクセンブルク89.7%、ベルギー88.4%、スウェーデン87.2%、デンマーク84.6%など。

北欧諸国の投票率は高い。スウェーデンは「税金が高いため政治に無関心でいられないこと、行政・政治の透明度が高いこと、参加教育や参加デモクラシーの伝統が存在すること、郵便投票など投票方法が充実していること、などが指摘されている」(国会図書館総合調査報告・国際比較にみる日本の政策課題)。

日本は消費税の増税など国民負担は増加する一方だが、納税者意識は希薄なようだ。

春の確定申告を過ぎるとタックスペイヤー意識は薄くなるようだ。

オーストラリア等の投票率が高いのは強制投票制度を採用しているからだ。オーストラリアの罰則は罰金で、原則20豪ドル。

シンガポールの罰則は選挙人名簿からの抹消。

棄権がやむを得ないものであったことを容認できる理由がある場合、または5シンガポール・ドルの罰金を支払う場合は、名簿への再登録が認められる。

ベルギーの罰則は罰金。初回は5ー10ユーロ、二回目以降は10ー25ユーロ・選挙権制限(15年間に4回以上棄権の場合は、10年間選挙資格停止)、ルクセンブルクの罰則は罰金(99ー991ユーロ。初回の棄権から6年以内に再度棄権すると、重たい罰金が課せられる)。

日本では24年前の平成7年の亥年選挙の参院選の投票率が、44.5%となり、自民党・社会党・さきがけの与党責任者会議で、この棄権者に対するペナルティー制度の導入が話題になった。

「有権者の責任を明確にすべきだ」というのが、検討を提案した深谷隆司・自治大臣の狙いだった。そして平成8年総選挙の直後に、民主党の菅直人代表(当時)が「投票は権利と同時に義務だ。オーストラリアなどでは、棄権に対するペナルティーを科している。日本でも棄権した場合に、自動車の免許の書き換えやパスポートの更新を停止するなどのペナルティーが必要ではないか」と言っている。

 

二階幹事長の一石

今回の参院選の前の6月29日に自民党の二階幹事長が「投票に行かない人は決まっている。法律でも作って、選挙に行かなかった人の一覧表を張り出したらいい」「半分が投票に行かないのは、どうかしている。投票に参加しなければ、民主主義は成り立たない」と語っている。

ここまで投票率が低下すると何らかのペナルティー導入が話題になって行くだろう。

強制投票制度導入賛成派は

①、オーストラリアでは、制度の導入(1924年)により、投票率が50%前後から90%以上に上がった、

②、投票は権利であると同時に納税同様国民の義務だ、

③、選挙は2~3年に一度のものであるから国民の負担もそう重くはない、

④、政府は国民全体の多数意見によって形成されるべきである、

⑤、投票所に行くことは強制しているが、投票を強制しているのではない。

⑥、国民に政治について考える機会を与えるので政治教育につながることになるーと強調する。

これに対し、強制投票制度導入反対派は

①、棄権することにより政治的主張を表明するという自由が奪われる

②、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とする日本国憲法第19条に反する

③「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問われない」とする日本国憲法第15条4項に違反する

④投票者の中には強制されるのでしかたなく投票する者も多い。

政治教育につながっているとは言いがたい

⑤、投票者は政党からの働きかけがなくても投票に行くので、政党を怠慢にするーなどと反論する。

投票率低下の背景に、

①、各党の政策の違いが見えにくくなった

②、政党から政党に渡り歩く渡り鳥議員、迷走議員があまりにも多い

③、世襲議員など、政治家の供給源が固定化し、魅力ある候補者が少ない-などの政党、政治家への不信もある。

しかし、異常な低投票率低下を放置しては、「国民の国民による国民のための民主政治」は名存実亡である。

義務投票制度を採用する国が少なくないのは、棄権者を放置して、その数が極端に増大すれば、選挙の意義は失われ、立憲主義は形骸化するからだ。

国会には1日当たり三億七千万円の血税が使われている。「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」(日本国憲法第41条)。また、言論の府でもある。

国政の重要課題について、政府与党が鋭い論議を展開して見せ、国政選挙での有権者の選択に資するべきである。

臨時国会も「桜を見る会」論議に終始しているが、低投票率についての議論は待った無しである。