2020-01-17(令和2年) 松尾芳郎
図1:(NASA/Jim Ross)雪に覆われたシエラ・ネバダ(Sierra Nevada)山脈上を飛ぶSOFIA成層圏天文台。観測のためドアを開け望遠鏡が覗いている。SOFIAはボーイング747SPを改修した機体。尾翼には[NASA] と 望遠鏡を製作したドイツの[DLR]のロゴが描かれている。
[SOFIA]とは
[SOFIA] は、旧パンナムの旅客機747SPを「Stratospheric Observatory for Infrared Astronomy (成層圏赤外線天文台)」に改造したもので、2007年末から成層圏を飛行しながら赤外線望遠鏡で天体を観測している。搭載する望遠鏡は口径2.7 m (有効直径は2.5 m)の反射望遠鏡。
(The SOFIA flying telescope has captured a new panoramic image of the center of our galaxy, the Milky Way. The image shows a region more than 600 light-years across, revealing unprecedented details within the center’s dense of gas and dust.)
宇宙からの赤外線は、地球の大気圏でほとんど[ 99 % ]がブロックされるので、成層圏に望遠鏡を持ち上げ観測するというもの。[SOFIA]は大気圏の上、高度38,000-45,000 ft(約12 km)の成層圏を飛行し、地上設置型望遠鏡では観測できない赤外線で観測する。[SOFIA] はNASAとドイツの航空宇宙研究機関 [DLR] が協力して開発した。
[SOFIA] の観測対象となる宇宙の星々やガスが放出するエネルギーは、殆どが赤外線のため、可視光線では見えないものが多い。ガス雲やチリ/dustは、しばしば遠距離天体からの可視光線を遮るが、赤外線はこれらガス雲を通過するので観測ができる。
[SOFIA] の望遠鏡システム(カメラ、spectrometer、polarimeter)は、近赤外線、中赤外線、遠赤外線、の各波長帯で作動する。Spectrometer/分光分析計は、可視光線をプリズムを通すと7色に分解するように、受感した光を分子・原子レベルに分解し分析できる。Polarimeter/磁界測定計は、チリ/dustなどの集合域に影響を与える磁界を測定、星の誕生への影響を調べ、銀河系宇宙の中心に存在る超巨大ブラックホールの周辺域の調査をする。
いわゆる宇宙望遠鏡と違って[SOFIA]はフライトごとに地上に降りるので、望遠鏡機器類を常に最良の状態に整備しておくことができる。
図2:電磁波と赤外線領域を拡大して示す図。大多数の天体は可視光線のみならずX線やラジオ波を含む広い範囲の電磁波を放射している。[SOFIA]望遠鏡は“近・中・遠”の赤外線領域の多くをカバーする。ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡はさらに性能を向上した赤外線望遠鏡で、太陽光を地球で遮る陰の領域(ラグランジェ・ポイント [L2] )に、来年(2021年)打ち上げられる予定。
図3:(左はDylan O’Donnell、右はNASA/SOFIA/J. Bally et. al) 左は可視光線で撮影した“馬頭星雲”、馬頭形のガスが背後の光を遮って見える。しかし、[SOFIA]の計測器[upGREAT] で撮影した右の赤外線写真では、濃い星雲内部に一酸化炭素分子(赤色部)と炭素原子があることを示している。また近くにある星の光でイオン化したガス(緑色)が見える。「馬頭星雲」はオリオン座の三つ星の左端ゼータ(ζ)星の南にあるオリオン星雲(M42)中の暗黒星雲で、地球からの距離はおよそ1,300光年。蛇足だがオリオン座左上には、最近光度が落ち話題になっている赤色超巨星べテルギウス(Betelgeuse)がある。
図4:冬の北天に見えるオリオン座の星々の位置。馬頭星雲はオリオン星雲[M42]の中に見える。
[SOFIA]で観測した銀河の中心部
NASAは[SOFIA]を使って地球から25,000光年の距離にある銀河系宇宙(Milky Way galaxy)の中心部、幅約600光年の部分のパノラマ赤外線写真(図5)の撮影に成功した。そこには濃いガスの渦巻きの細部が明瞭に写し出されている。これで、どうして巨大な星々が生まれるのか、超大型のブラックホール中心部に吸い込まれる物質は何処から供給されるのか、の研究の糸口が掴める。
(図5)のアーチ状に突き出した濃密なガス雲[Arches Cluster]には、銀河の中で最も高密度で星が集まっている。[Arches Cluster]の中の最も稠密な区域では、星同士がそれぞれの直径と同じ位の間隔でひしめき合い、その数は10万個に達すると信じられている。その中の150個ほどは銀河系で最も輝いている星々で、個々の明るさは太陽の百万倍にも達する。つまりこれらの星々は質量が大きいため僅か数百万年で燃え尽き、超新星爆発を起こし生涯を終える運命にある。
[Arches Cluster]のすぐ近く、銀河中心から100光年の場所には最も強く輝く星が5個あり「5個星クラスター/Quintuplet Cluster」と呼ばれている。
[Arched Cluster]の区域は、巨大な濃いガス雲に覆われているので可視光線望遠鏡では見えない。
写真(図5)は、[SOFIA]の赤外線カメラ[FORCAST](the Faint Object Infrared Camera for the SOFIA Telescope / 微弱目標捕捉用赤外線カメラの意)で、銀河の中心部を撮影した写真に、NASAのスピツアー宇宙望遠鏡(Spitzer Space Telescope)と欧州宇宙機構のハーシェル宇宙望遠鏡(Herschel Space Observatory)が撮影した極高温部と極低温部の写真とを合成したものである。
2020年1月初めにホノルルで開かれた米国天文学会総会(American Astronomical Society annual meeting)で発表された。全米大学天文学協会のジェームス・ラドムスキー(James Radomski)氏は「これまで見たことのない精緻な銀河中心部の写真だ、これで銀河中心部の解明がさらに進むことになろう」と話している。
図5:(NASA/SOFIA/JPL-Caltech/ESA/Hershel)銀河系の中心部の赤外線写真。全体の幅は約600光年、ここで無数の星々が誕生している。[SOFIA]が25および37 ミクロン波長で撮影した青と緑の部分に、ハーシェル宇宙天文台で得た70ミクロン波長(赤色部)とスピッツアー宇宙望遠鏡の8ミクロン波長(白色)のデータを合成した写真。
星の誕生
銀河中心部は、前述の通り濃いガスとちり/dustが極めて濃いため、銀河の他の部分より多くの星が誕生している。しかし(太陽の10倍以上の質量を持つ)大型の星は、予想の10分の1程度しかない。これは銀河中心部と地球との間にあるガスで光が遮られるためかと思われるが、[SOFIA]赤外線観測で実像に迫ることが期待される。
赤外線写真では、「5個星クラスター」の近くで新しい星が生まれつつあるのが読み取れるし、「Arches Cluster」近くの高温領域は新しい星の誕生の核を生み出しているようだ。このような高温領域の高解像度写真は、超巨大な星々が、比較的狭い領域に集まって誕生する理由を明らかにしてくれそうだ、超巨大な星は一般の領域(銀河の腕)ではほとんど誕生していない。
ブラックホール周囲のリング
我が銀河系に限らずほとんどの銀河には中心部に超巨大なブラックホール(Black Hole)があることはよく知られている。このブラックホールは、周囲を囲むダストのリングを含めると、大きさは直径約10光年になる。
殆どのブラックホールは極めて活動的で、大量の物質を吸い込み、中心から高エネルギーの放射をしている。しかし、我が銀河のブラックホールは比較的静かで他の銀河のように強力な放射線は出していない。。[SOFIA] がその理由を明らかにしつつある。
図6:(NASA/SOFIA/ Lynette Cook) 「白鳥座A (Cygnus A)」銀河の中央にある超巨大ブラックホール円盤(直径65光年)とその中心から放射される超高速のジェットの想像図。「白鳥座A」は太陽系から8億光年の距離にある電波銀河で、最近その中心付近に2つ目のブラックホールが観測されたことで知られる。
[SOFIA] の計測器[HAWC+] / ( High-resolution Airborne Wideband Camera-Plus / 高解像度航空機搭載型カメラ-プラス)を使い、銀河ブラックホールを撮影した結果、これまで知られていなかった「銀河系中心部に強力な磁界(magnetic field)が存在する」ことが明らかになった。
磁界の力は眼には見えないが粒子に電荷を与えるので、これを通してその存在を知ることができる。磁界は宇宙空間の動き・変化に大きな影響を及ぼす。
計測器[HAWC+]により、宇宙空間に漂うダスト粒子が磁界の影響で発する遠赤外線を感知できる。これら粒子は磁界に沿って垂直に並ぶので、磁界の強さを推定できる。
この磁界は強力で、ブラックホール中心部のガスの流れを乱すのに十分なエネルギーを持つと考えられる。もし、磁力線流れがブラックホール中心に向かえば、大量の荷電粒子が流入するのでブラックホールの活動は活発になる。しかし磁力線流れがブラックホールを周回するガス雲に流入すると、ブラックホールへのガス供給が減少し、“静かな”ブラックホールとなると考えられる。
図7:(NASA/SOFIA; Star field image: NASA/Hubble Space Telescope) 銀河中心にある巨大ブラックホールの周囲には塵/ダストが作る大きなピンク色の円盤が囲んでいる。そこに[ Y ]字型をした青い光を放つ高温のダストがブラックホールの中心ではなく、周囲の円盤に向け流入し、一部は円盤の外に逸れている。この青い光の流れは磁界/磁力線を示している。[SOFIA]の中赤外線および遠赤外線カメラが撮影した像。
銀河系(Milky Way)
ここで銀河系の姿を見てみよう。我々太陽を含む銀河を銀河系と呼んでいる。夜空にぼんやりと浮かぶ帯状の区域で、無数の星々の集まりである。全体が円盤状になっているため帯状に見える。銀河系は、2,000億個以上の星々が渦巻き状に集まり形成されている。その直径はおよそ10万光年、平均的な厚みは約1,000光年になる。
(注)光(電磁波)は1秒間に30万km進む。これを光の速度という。太陽と地球の距離は約1億5,000万km、太陽の光が到達するまで約8分20秒かかる。「1光年」とは1年間に光が進む距離で9.5兆kmになる。地球から最も近い恒星は、プロキシマ・ケンタウリ(Proxima Centauri)/ プロキシマ・α星と呼ばれ、赤色矮星、ここまでの距離は4.25 光年である。
太陽系は銀河系中心部からおよそ27,000光年に距離にあり、「オリオン・スパー」と呼ぶ腕の中に位置する。太陽系のある付近の星々/物質は、2億4000万年掛けて中心を周回している。この回転速度から、銀河系内の質量は、望遠鏡で観測している部分は全体の10 %に過ぎず、他の90 %の質量は目に見えない(電磁波を発しない)暗黒物質/dark matterとされる。
図8:(NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech)) 2017年11月8日に発表された最新の銀河系の想像図で、直径はおよそ10万光年、NASAスピツアー宇宙望遠鏡で観測した赤外線情報を基に描いたもの。銀河系は中心の星々の集団域(Galactic Bar)の両端から出る2本の大きな「主腕 ( Major Arm)」、「スクータム-センタウルス・アーム(Scutum-Centaurus Arm)」と「ペルセウス・アーム(Perseus Arm)」、の渦巻きで構成されている。太陽は「ペルセウス・アーム」から内側に分岐した「サジタリアウス・アーム(Sagittarius Arm)」の先端にある「オリオン・スパー(Orion Spur)」の中程に位置している。
図9:(ESO) チリにある ESO(European Southern Observatory / ヨーロッパ南天天文台)が観測した多数の写真を合成、360度パノラマとした銀河系の姿。中央が銀河系の中心、太陽系は図の左側2分の1ほどのところにある。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
NASA Jan 6, 2020 “SOFIA Reveals New View of Milky Way’s Center”
NASA May 29, 2015 “Hubble Peers into the Most Crowded Place in th Milky Way”
NASA July 17, 2015 “Hubble Uncovering the Secrets of the Quintuplet Cluster
NASA June 12, 2019 “Magnetic Field may be Keeping Milky Way’s Black Hole Quiet”
SOFIA Newsletter January 2019 ・ Volume 4, No.1 “”NASA Science Spotlight “Magnetic Fields Confine the Torus A’s Core” “”
NASA Jan. 8, 2020 “Sofia Reveals How the Swan Nebula Hatched”。