2020-01-26(令和2年) 松尾芳郎
ボーイングは2020年1月21日、「現在飛行停止中の737 MAXの飛行再開は、これまでの予想から3ヶ月遅れ今年中頃になる」と発表した。飛行停止は昨年3月から始まっているが、今回の発表で15ヶ月以上になる。続けて「737 MAXの顧客、部品供給のサプライヤー、一般の航空機利用客、に多大の迷惑をかけていることをお詫びする」と述べた。
(Boeing now projects the 737 MAX won’t get FAA clearance to fly until midyear, about three months further out than previously expected, in a delay that could stretch the plane’s grounding to more than 15 months. Boeing says “We acknowledge and regret the continued difficulties that the grounding of the 737 MAX has presented to our customers, our regulators, our suppliers and the flying public.”)
737MAXの概要
737 MAX 8が基本型で2017年3月にFAA証明を取得、同年5月から就航している。系列機にMAX 7、MAX 8、MAX 9、そして今年1月にはMAX 10が完成した。各系列機は、胴体長さが35.56 mから43.8 mまでと異なるが、翼幅は同じ35.92 m。客室座席は標準2クラスでMAX 7 /153席、MAX 8 / 178席、MAX 9 / 193席、MAX 10 / 204席、となっている。航続距離は各機種ほぼ同じで6,000 – 7,000 kmである 。
ボーイングによると、MAXを含む全ての737型の受注は4,398機、内387機が引渡し済み、これは、飛行停止以後に発注を取消したり受領を延期する可能性のある183機を含んでいない、いわば手堅い数字である。完成済みの約400機が全米各地で引渡しを待っている。
事故後に発注をキャンセルしたのは、インドネシア・ガルーダ航空が39機、サウジのフライアデイール(Flyadeal)が30機。一方昨年のドバイ航空ショーでトルコ・サンエキスプレスなどから30機の新規受注を得ている。
機種ごとの受注数は、MAX 7 /82機、MAX 8 / 3221機、MAX 9 /474機、MAX 10 / 521機、他は未定で、図1のMAX 8が最も多い。
MAX飛行停止の引き金となったのは2件の事故、すなわち;―
① 2018-10-29、インドネシア・ライオンエア610便、ジャカルタを離陸後6分でジャワ海に墜落、189名が死亡。
② 2019-03-10、エチオピア航空302便、アジスアベバを離陸後13分で近郊に墜落、157名が死亡。
図1:(Boeing) ボーイング737 MAXは狭胴型で737 NG (Next Generation) 型機の後継機、 737型としては第4世代になる。基本型の胴体を基に、エンジンを効率の良いCFM LEAP-1Bに換装、ウイングレットを含む空力特性を改良している。エンジン直径が大きくなったため取付位置を前上方に移動した。このため飛行時に機首上げ傾向が生じ、その修正のため自動操縦ソフトに [MCAS] を組み入れた。
737 MAX飛行停止解除の延期
ボーイングは、飛行停止解除の時期については確定したものでなく、監督官庁の意向でもない、自社の予測だ、と述べている。
これまで業界では、FAAと他国の航空監督官庁は今年3月あるいは4月には737 MAXの飛行再開を認めるものと予想していた。これが6月か7月になりそうだ。
某大手エアラインの幹部は、今回のボーイングの発表は控え目で実際には多少早まるだろう、と予想している。
これで737 MAXの製造拠点レントン(Renton, Washington)工場の生産中止期間の延長に繋がるか、との予測がある。しかしボーイングは生産再開は飛行停止解除の前になる、従業員の一時解雇はない、と否定している。
737 MAXの大手顧客、アメリカン航空(American Airlines)、サウスウエスト航空(Southwest Airlines)、ユナイテッド航空(United Airlines)の3社は、飛行再開認可の遅れと、パイロットの再訓練を見込んで、あらかじめ飛行再開には5~6週間程度の遅れを想定していた。したがって認可が7月始めになっても影響はさほど大きくはないとしている。最も影響を受けるのはサウスウエスト航空で、同社は飛行停止以降は毎週330便をスケジュールから外している。
大手3社のMAX発注と受領の状況は次の通り。
・American : MAX-8を100 機発注、24機を受領
・Southwest : MAX-7を30機 + MAX-8を280機発注、34機を受領
・United : MAX-9を35機 + MAX-10を100機発注、14機を受領
夏はエアラインにとり最も多忙なシーズンで、この時期に飛行機が不足するのは手痛い。
市場アナリストは、昨年9月までの6ヶ月間の飛行停止に関わる費用を92億ドル(約1兆円)と試算していた。今回の飛行再開延期で9ヶ月分が加算されることになる。
飛行再開延期の理由
シアトル・タイムス(The Seattle Times)紙のドミニク・ゲイツ(Dominic Gats)記者は、延期の理由について次のように書いている(2020-01-21)。すなわち;―
今月(1月)に、ボーイングは737 MAXに関わる社内の技術審査で、改善が望ましいとされる箇所を2件検出した。
今回の飛行停止の原因である「飛行特性改善用」のソフト(flight control software)、[MCAS] (the Maneuvering Characteristics Augmentation System) はすでに改良が済んでいるので、飛行停止解除の再延期には直接の関係はない。改善済みMCASソフトを搭載したMAXの社内飛行試験は、昨年10月までに1,500時間以上実施して問題は解決している。
今回社内の技術審査で改善が望ましいとされた2件は;
① 理論的な可能性として「特定の電線・ワイヤバンドルがショートすると水平尾翼(horizontal tail)が動き、機首下げが起こり得る」。問題のワイヤバンドルは、機体の尾部とエレクトロニクス・ベイ(電子機器格納室)に合計12箇所あり、これらには完全な絶縁処理を実施する。
② 「エンジン始動後に機体システムの健全性をモニターするソフトが、エンジン始動時に正しく追随しないことがある」。ソフトの健全性をモニターするソフトが不調になるのは珍しくないが、稀に対象ソフトの隠れた不具合に起因することがるので、これを精査、修正する。
今後の予定
これらの修正をした後に、2月末か3月初めにFAAによる最終的な型式証明再交付のための試験飛行が行われる。そして1~2週間FAAで飛行結果を解析し、証明が再交付される。並行してFAAが主導して設置した「合同操縦方法評価委員会」[Joint Operations Evaluation Board] がパイロット再訓練の要件を決定し、737 MAXの飛行再開前にパイロットに対しシュミレーター訓練を実施する、という手順になる。
昨年12月にFAAは、飛行再開に向け737 MAX用の{MMEL}の改訂版を発行した。[MMEL]とは[ Master minimum equipment list]の略で、航空機が出発するに際して、搭載する計器類、システム、装備品の作動状況/故障による不作動の状況、を調べ出発可否を決めるためのリストである。改訂版には「フライト・コンピューター(FCC=flight control computer)は2台共正常に作動していること」と明記された。
MAX搭載 [MCAS]の改良点
次に[MCAS] の作動原理と改善内容を簡単に書き加える。詳しくはTokyoExpress 2019-04-15 “ボーイング737 MAXの事故について“を参照されたい。
737 MAXには [MCAS]と呼ばれる 自動操縦ソフトが搭載されている。 {MCAS} は、機首両側の迎え角センサー (AOA)のデータを受感、失速領域に近ずくとフライト・コンピューター(FCC)が作動、水平尾翼のジャック・スクリューを回して水平尾翼の迎え角を大きくし、機首を下げるように働く。
ところが2件の事故は、離陸後自動操縦に切り替えたら[MCAS]がパイロットの手動操縦に逆らい、機首下げ指令を出し続けたため生じた。
{MCAS} 改訂版ではソフトを改め、パイロットの手動操縦を優先させるようにした。すなわち:―
① 2つあるフライト・コンピューター(FCC)を結ぶ回線に、両方の迎え角センサー(AOA)信号を入れ、常時比較する。また、フラップを収納してから両AOAセンサーからの信号が5.5度以上違うと{MCAS}は作動を止める。
② {MCAS}が同じ作動を繰り返し指示する場合は、本当にパイロットが必要としているかをチェックする機能が付く。
③ 前項②の機能が働かず同じ作動を繰り返す場合に備え、すべての作動に制限値を設ける。
図2:(Reported by Dominic Gates, Graphic by Mark Nowlin / The Seattle Times) ドミニク・ゲイツ氏記事の図に加筆修正したもので、737 MAX用 [MCAS ] の作動原理を示した。
終わりに
ボーイング737MAXの飛行再開が延期された理由について述べてみた。既述のように2件の事故の原因となった{MCAS}に新しい問題が生じたのではなく、ボーイング社内の厳密な技術審査で、問題となり得る箇所が指摘されたため、生じたとされる。すなわち従来より一層厳しい目でシステムの健全性をチェックし、安全性の追求に取組んだ結果である。
ボーイングは2018年には、売上高1,011億ドル(10兆9,000億円)、純利益103億ドル(1兆1,200億円)の過去最高の成績を出した。しかし737 MAXの事故を受けて、2019年第3四半期までの9ヶ月間の成績は、売上高は前年同期比19 %減の586億ドル(7兆円弱)、純利益は同95 %減の3億7,000万ドル(400億円)に落ち込んだ。
これを捉えて我が国の某新聞は「ボーイング、補償1兆円超も」と驚くような大見出しを掲げ、7段抜きの記事で“顧客流出の動き”などと報じた(2020年1月24日)。これを見た一般の人は「今にもボーイングが破綻するのではないか」と思わせるような書き方だ。
しかし事実は上述のように、改良後の737 MAXは遅くとも今年夏までに飛行を再開する見通しである。また、昨年末に新たに就任したCEOデイブ・カルフーン(Dave Calhoun)氏は、生産を停止している737 MAXについて「顧客への納期を守るため、飛行停止が解除される数ヶ月前から製造を再開する方針」と述べている(2020-01-22)。
受注については2019年第3四半期だけで、KALから787型を20機、ニュージランド航空から787型を8機、台湾のチャイナエアから777貨物機を6機受注。737 MAXを含めた受注残は約5,500機になり、MAXの発注キャンセルは前述の2件以外にはない。
すべからくマスコミは「見出しを含め正確な報道に徹する」ことが肝要と思う。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
The Seattle Times Jan. 21, 2020 “Boeing doesn’t expect 737 MAX will be cleared to fly again until midyear” by Dominic Gates
Aviation Week Jan. 21, 2020 “Boeing: Don’t Expect MAX Approvals before Mid-year” by Sean Broderick
Boeing Home Chicago Jan. 21, 2020 “737 MAX Updates / Boeing Statement on 737 MAX Return to Service”
TokyoExpress 2019-04-15 “ボーイング737 MAXの事故について“
ボーイング・プレスリリース2019-10-23 “ボーイング、2019年第3四半期の業績を発表“