2020-03-08(令和2年) 松尾芳郎
図1:(SpaceX) ケープカナベラル空軍基地の発射施設SLC-40からファルコン9ロケットで打上げられるスターリンク衛星。左はファルコン9ロケットのペイロード部フェアリング内に収められた60基のスターリンク衛星。右は打上げ準備中のファルコン9。
スペースXは2月17日に、ケープカナベラル空軍基地第40号宇宙発射施設(SLC-40=Space Launch Complex 40) から5回目となるスターリンク(Starlink)通信衛星を打上げた。打上げた衛星は60基、これで300基の衛星を軌道に乗せることに成功し、スペースXは世界最大の商用通信衛星運用会社となった。
(Starlink is a satellite constellation being constructed by SpaceX company to provide faster internet services. The constellation will consist of thousands of small satellite, working together with ground transceivers. SpaceX has successfully launched 60 of satellites on Feb. 17, fifth launch by Falcon 9 from SLC-40 of U.S. Air Force station at Cape Canaveral.)
スターリンクは多数の通信衛星網で作る衛星インターネット・アクセス(satellite internet access)で、これまでの衛星インターネット通信より遥かに高速で、地上で制限される区域がなく世界中のあらゆる地点を接続可能にする。
今年(2020年)中に北アメリカとカナダのユーザーにサービス網を提供する。その後来年(2021年)末にほぼ世界中にサービス網を拡大する。Kuバンドを使い地上に配置する通信設備を経由し個々のユーザー間に506 Mbit/秒の高速通信を提供する。スペースXは民需用のみならず、軍用、科学目的などにもサービスを販売・提供する。
地球周辺では高度1,000 km付近で増大する宇宙ゴミ(space junk)の影響で、天体観測に支障が起きるとして問題になっている。しかし、スターリンク衛星は、宇宙ゴミに関する米国FCC (Federal Communications Commission)の規制を含み、全ての業界基準に適合し、軌道上にゴミとして残らないよう設計上配慮済みである、と言っている。
衛星には推進装置が組み込まれており、衛星が寿命(5-7年)に達すると自動的に作動、噴射して軌道から降下する。そして、数カ月以内に大気圏に入り1-5年以内に大気との摩擦で燃焼・消滅する。推進装置は、クリプトン(krypton)ガスを推進剤に使うイオン・スラスターで、ハル・エフェクト・スラスター(HET=hull-effect thruster)と呼び、、軌道変更や位置補正にも使用する。
スペースXによると、2015年に始まったスターリンク通信網の開発、設計、製作、打上、展開、運用、に要する費用は10年間でおよそ100億ドルに達すると言う。
2018年2月に試作衛星2基が打ち上げられ、続いて2019年5月には実用衛星展開の第1回として60基が打ち上げられた。同年6月末現在3基を除く57基が順調に作動、高度550 kmの地球周回軌道上にある。
衛星は順次改良されていて、2019年5月打上げの60基はスターリンクV0.9型、2020年2月17日に打上げた60基はスターリンクV1.0型、次の3月14日の打上げ分はスターリンクV1L5型またはスターリンク-6型になる。
ファルコン9(Falcon 9)打上ロケット
今年2月17日のスターリンク-5の打上げに使われたのはファルコン9の最新型(Block 5)。ファルコン9全体としてはこれまでに85回使われ、うち83回成功している。1段目はマーリン(Merlin) 1D+エンジンを9基、2段目はマーリン1Dを1基、をそれぞれ装備。その先端にペイロード部を搭載、LEO(低地球周回軌道)に22.8 tonを打上げる能力がある。ペイロード部は高さ13.1 m、直径5.2 m、今回はこの中に衛星60基、重量15.6 tonを搭載した。
今回の打上は、第1段で212 x 386 kmの楕円軌道に衛星を打上げ、それから第2段ロケットを2回噴射し衛星を290 km付近で切り離し、展開、各衛星は自身のスラスターで高度550 kmの地球周回軌道(LEO)上の所定の位置に着くと云う方法で行われた。
打上げ完了後、1段目の回収で、風速データを読み誤り回収用無人船(drone ship)に着地できず近くの海面に着水した。しかし十分減速していたため再利用の可能性は高いと云う。
ファルコン9の1段目の回収はこれまで49回成功しているので、このような失敗は珍しい。
図2:(SpaceX) ファルコン9は高さ70 m、1段目/2段目の直径は3.66 m、発射時の重量は549 ton。ファルコン9は、2020年中にスターリンク衛星の打上げを24回、それ以外の打上げを14 – 15回予定している。第1段、第2段、およびフェアリングは回収、整備後再使用する。詳しくはTokyoExpress 2018-05-24 “スペースX、ファルコン9 Block 5打上げ回収に成功“を参照する。
スターリンク衛星通信網
衛星の配備・展開について、スペースXは2015年以降米国FCCと密接に連携、要望をしてきた。
2019年4月に米国FCCは最終的にスペースXの求めに応じて、約12,000基の衛星を3層に分けて運用することを承認した;―すなわち、高度550 km層に約1,600基、高度1,150 km層にKu(12-18 GHZ)およびKaバンド(26.5-40 GHz)衛星を約2,800基、高度340 km層にVバンド(40-75 GHz)衛星を約7500基打上げることが承認された。
2019年6月に、スペースXはFCCに対し、米国内に70箇所、および開発拠点のあるワシントン州の従業員自宅に200箇所、合計270箇所に地上ターミナルを設置することを申請した。この地上ターミナルはピザ配達用のボックスと同じくらいの大きさで、フェイズド・アレイ・アンテナが付き、衛星を追跡できるようにする。
2020年3月1日現在、スターリンク衛星は302基が打ち上げられ、今後共ファルコン9ロケットで60基ずつ、2020年中に9回打ち上げ、年末には12,000基の衛星が通信網を形成する。さらに合計で42,000基ほどに増やすことが検討されている。
地球静止軌道(GEO=Geosynchronous equatorial orbit)は赤道上空約36,000 kmにあるが、ここに静止する衛星を使うインターネット通信の通信速度は600 ms(ミリ秒)程度、これに対しスターリンク衛星は1/30から!/100ほどの低高度軌道にあるので、通信速度は30 ms程度に短縮され、有線・ケーブル通信と同じ位になる。
図3:(SpaceX) スターリンク衛星の高度550 km層の軌道配置予定。周回軌道を72本にし、そこに合計で1,584基の衛星を乗せる。各軌道には22個の衛星が投入される。打上は毎回60基ずつなので、1回の打ち上げで複数の軌道に分けて投入する。
衛星本体
スターリンク “0”として2019年5月打上げの衛星60基(スターリンクV0.9型)は、重量227 kg、複数のアンテナを備えた平板状でソーラー・パネル1枚の構造、大きいテーブル程のサイズ、正確な位置決めのためスター・トラッカー(star tracker)を備え、高度550 kmの低地球周回軌道(LEO=low Earth orbit)上を周回中である。
2019年11月11日に打上げた60基(スターリンクV1.0型)は、重量260 kg、Kaバンド通信機能が追加され、無反射塗装が施されている。
2020年1月7日打上げの60 基はスターリンクL2V1.0型、
2020年1月29日打上げの60基はスターリンクL3V1.0型。
2020年2月17日打上げの60基はスターリンクL4V1.0型
次の予定は;―
2020年3月14日の60基はスターリンクL5V1.0型、で前回と同じ。
フェイズド・アレイ(phased array antenna)からのKaおよびKuバンドのビームを通し衛星間の通信する。レーザーを使う衛星間通信は2020年末の打ち上げ分から実施する。
図4:(SpaceX) インターネット・サービスを目的とするミニ通信衛星は、現在302基が軌道上にある。図は2019年5月24日打上げの初の量産型衛星「スターリンクV0.9」の想像図。
図5:(SpaceX)現在標準となっているV1.0型衛星は重さ260 kg、板状にコンパクトにまとめられ、積み重ねてファルコン9ロケットのペイロード室に収納される。
図6:(SpaceX) 各衛星にはKu(12-18 G Hz)およびKa(26.5-40 GHz)バンド用の4枚の強力なフェイズド・アレイ・アンテナが付き、衛星間や地上との通信を高速かつ低廉なコストで行う。衛星パネルの反対側には自動衝突回避装置(autonomous collision avoidance)があり、衛星間の衝突や宇宙ゴミ(space deris)との衝突を自動的に回避する。この装置は、国防総省からの提供で装備された。
図7:(SpaceX) 各衛星には1枚のソーラー・パネルが付く。簡単な構造で生産が簡単。
図8:(SpaceX)各衛星は、クリプトン(Krypton)を燃料とするイオン・スラスター(ion thruster)を備え、位置補正、軌道変更や高度変更、あるいは寿命が来た時には地球大気圏に突入、消失するよう働く。クリプトンは、はやぶさ2などが使うキセノン(Xenon)ガスより安価。
図9:(SpaceX) 各衛星は、相互通信のため正確な位置を保つ必要があり、そのための航法センサーとして恒星を使って位置を感知するスター・トラッカー(star tracker)を備えている。
競合相手
ワンウエブ(OneWeb)衛星通信網は世界中のインターネット通信サービスを行う企業で、650基の衛星を使い2021年からのサービス開始を目標にしている。本社は英国ロンドンにある。2020年2月に最初の6基を打上げた。打上げはフランス領ギアナの宇宙センターからロシアのソユーズ(Soyuz)-2 ST-Bロケットを使い行われた。続いて2020年2月6日に34基を打上げ、3月18日にも34基を打上げる予定。
衛星はワンウエブとエアバスの共同開発で、重量は150 kg、地上1,200 kmの高度で極を周回する18本の軌道に乗せ、Kuバンド(12-18 GHz)を使い送受信を行う。
アマゾン(Amazon)も2019年4月に大規模なインターネット衛星通信網の計画「プロジェクト・カイパー(Project Kuiper)を発表、今後10年間に3,236基の衛星を打上げ、市場に参入すると云う。
天文学分野からの懸念
スターリンク “0”として2019年5月打上げの衛星60基(スターリンクV0.9型)は、打上げ翌日の5月24日にオランダの天文愛好家マルコ・ラングローク氏がその様子を撮影した。それによると光り輝く多数の衛星が軌道上に1列になって移動していた。これを見た天文学者たちは驚き、これから活動予定の高性能天体望遠鏡「ベラ・ルービン(Vera Rubin)」などの観測に支障がでると声明を発表した(2019年6月)。
スペースXは、2020年2月17日に打上げた60基のスターリンクV1.0型から、黒色コーテイングをして光の反射を防ぐように改め「ダーク・サット(DarkSat)」仕様として打ち上げを続ける構えである。
図10:(Marco Langbroek via SatTrachBlog) 2019年5月24日オランダ・ライデン(Leiden, Netherlands)の天文愛好家マルコ・ラングブローク(Marco Langbroak)氏が撮影した画像。24日に打上げられたスターリンク衛星(V0.9型) 60基が連なって軌道上にある様子。この時の高度は260 kmで比較的近距離なためソーラー・パネルの反射光が強いが、高度550 kmのLEO上では反射はずっと少なくなる..2019年11月以降打ち上げた4回の衛星、合計240基には全て反射を減らすコーテイングを施してある。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
SpaceX “Starlink”
IEEESpectrum 21, March 2019 “SpaceX claims to have redesighned itsStarlink Satellites to eliminate casualty risks” by Mark Harris
TC February 18, 2020 “SpaceX successfully launches 60 more Starlink satellites but miss booster landing” by Darrell Etherington
Rocket Rundown May 13, 2019 “SpaceX CEO Tweets Picture of Falcon 9 Fairing Packed woth 60 Starlink Satellites” by Andrew Parsonson
TESLArati March 4,2020 “SpaceX is building Staarlink satellite faster than it can launch them” by Eric Ralph
Space com. January 17, 2020 “Starlink: SpaceX’s satellite internet project” by Adam Mann
TokyoExpress 2018-02-14 “ファルコン・ヘビー打上げ成功、ペイロードを太陽周回軌道に“
TokyoExpress 2018-05-24 “スペースX、ファルコン9 Block 5打上げ回収に成功“