防衛装備庁、レーダー/赤外線複合センサー技術で探知距離を拡大


2020-05-17(令和2年) 松尾芳郎

 UP-3Cのコピー

図1:(防衛省)胴体上部に「赤外線センサー(IRST)、胴体下部に「側方監視レーダー」を付けたUP-3C試験機。

 

防衛省・防衛装備庁は、開発中の複合センサー・システムを使うことで、来襲するステルス戦闘機、弾道ミサイル、巡航ミサイルなどの探知可能な距離を20 %拡大できる、と明らかにした。

(The Defense Ministry of Japan has reported a 20 % improvement in detection range with a newly developed fused sensor system for use against stealth aircraft, ballistic missile and cruise missiles.)

防衛装備庁(ATLA=Acquisition, Technology and Logistics Agency)は、10年以上前から、富士通と共同で新しい「赤外線センサー」を「将来光波センサー・システム・エアボス(AIRBOSS =Advanced InfraRed Ballistic missile Observation Sensor system)」の名で開発してきた。大型機に搭載し、レーダーとは異なり飛来する機影を画像として表示するシステムである。平成19年(2007年)にUP-3C試験機に搭載、米海軍の協力を得て、ハワイ・カウアイ島沖の太平洋ミサイル射場(PMRF)で試験を行い、所期の成果を納めた。

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図2:(防衛装備庁)UP-3C試験機に取付けられた富士通製赤外線センサーAIRBOSS。

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図3:(防衛装備庁)平成19年(2007年)ハワイ太平洋ミサイル射場で行われたAIRBOSSの性能試験。カウアイ島 ( Kauai) から発射された標的弾道ミサイルをUP-3Cの富士通製IRST・AIRBOSSが探知・追尾し、海自イージス艦「こんごう」にLink 16などを介して情報を伝達、「こんごう」から発射したミサイルSM-3 で迎撃する、と云うシナリオ。この演習でAIRBOSSは標的ミサイルを発射直後に探知・「こんごう」に伝達、これに基ずき「こんごう」はSM-3迎撃ミサイルを発射、大気圏外で標的ミサイルに衝突・迎撃に成功した。カウアイ島はホノルルのあるオアフ島から西北西約100 kmにありハワイ諸島の西端に位置する。

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図4:(防衛装備庁)平成22-30年度(2010-2018)で改良型 [AIRBOSS II] の研究を実施。これはレーダーと赤外線を使い、来襲するステルス機、弾道・巡航ミサイルをさらに遠距離で探知・追尾するシステム。

 

将来この技術は一層小型化され、次期戦闘機に搭載されることになるだろう。

防衛装備庁では、試験機UP-3Cの胴体上部に新型の赤外線探索・追跡装置・IRST (infrared search and track) を、また胴体下部には側方監視レーダー(side looking radar) を取り付け試験をしている。2012年度から2021年度(来年)にかけて「電波・光波複合センサー・システムの研究」として進めている。

赤外線探査・追跡装置 [ IRST ] は、弾道ミサイル探知には中波赤外線、ステルス機の探査には長波赤外線を使っている。レーダーはSバンド波長帯で窒化ガリウム(Ga-N)素子の送受信ユニット(T-R Units)からなるAESAレーダーで、UP-3C胴体下部左舷面に搭載されている。

2019年3月までの試験では、レーダーの探知距離増大の試験が行われたが、探知距離を拡大すれば偽目標の増加にもつながる。そこで偽目標の混在したレーダー情報を赤外線センサーIRST情報が再チェックし、偽目標を排除するというシステムを採用している。

防衛装備庁は、これで信号/雑音比(S/N ratio)は、通常レーダー対比で3 dB改善できた、これで探知距離が20 %伸びたことが確認できた、と述べている。

これは「レーダー」と「赤外線センサーIRST」を個別に用いるよりも、統合して使えば。お互いが性能を補完し合い、はるかに高い精度で目標を探知できる結果が得られることを意味している。

レーダーの特性は;―

・距離測定の精度が高い。

・方位角・迎角測定の精度が低い。

・IRSTと比べ空間分解能が低い。

・レーダー波を発射すると(アクテイブ・モード)逆探知され自機が攻撃を受けやすくなる。

赤外線センサーIRSTの特性は;―

・距離測定の精度は低い。

・方位角・迎角測定の精度は高い。

・レーダー対比で空間分解能が高い。

・雨天など気象条件が悪い場合性能が制約される。目標からの赤外線を受信するだけなので敵に探知されることはない。

 

今回の試験では、赤外線センサーIRSTが探知した微弱な信号を、レーダーで再チェックしたかどうかについては触れていない。相手がステルス機の場合、IRSTが最初に探知することも十分あり得うるので、レーダーによる確認で一段と精度が増すのは間違いない。

装備したレーダーにはパッシブ・モード機能がついており、今回はその性能試験も行われた。通常のようにレーダーから電波を発射せず、空中に存在する他の電波(テレビ電波など)の反射波を受信して目標を捕捉する手法をパッシブ・モードと云う。複数の地上TV電波を使うことでパッシブ・モードでの検知能力はさらに向上するようだ。

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図5:(防衛装備庁)「電波・光波複合センサシステムの研究」に関わるUP-3C試験機への機器搭載の概要。電波センサー/レーダーの情報と光波センサー/赤外線IRSTの情報を融合し、探査・検知性能を高める。IRSTセンサーは、レーダーより角度分解能が高く、この情報をレーダー情報に加え目標追尾精度を向上する。

 

防衛装備庁によると、今回の試験では、平成19年(2007年)ハワイ沖で行われた試験で用いた富士通製IRST・AIRBOSSを改良したAIRBOSS IIが使われた模様で、日本製の標的ロケットに対し非常に良い結果を得られた、としている。AIRBOSS IIは、飛来する敵弾道ミサイル弾頭の探知能力を高めるために、原型の中波長帯赤外線だけでなく長波長帯赤外線を追加してある。

またこの「電波・光波複合センサー・システム」には、目標の前方に架空の将来の飛行経路を想定し、それが妥当か否かを検証する技法、すなわち「track -before -detect technique / 探知前軌道想定技法の意」を備えている、と云う。

「電波・光波複合センサー・システム」の開発が完了すれば、今後川崎製C-2輸送機、同P-1哨戒機、または三菱製スペースジェットに搭載、あるいは開発中の無人警戒機に装備し、中国、北朝鮮からのミサイル攻撃に対処することになろう。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviatio Week May $-17,2020 “Japan Boosts Detection by Fusing Radar and IRST” by Bradley Perrett

防衛装備庁 平成28年5月“研究開発・技術戦略について”

外部評価委員会報告書平成28年8月31日 “電波・光波複合センサー・システムの研究”