2020-05-26(令和2年)、松尾芳郎
NASAは4月30日、月面有人着陸計画「アルテミス(Artemis Program)」に向け、スペースXが開発中の「スターシップ(Starship)」を月―地球間の輸送機として選定した。契約は、設計・製作費として1億3,500万ドル、を支給、スペースXは2020年代中期(つまり2025年ごろ)に宇宙飛行士数名を乗せて月に輸送する。
月面着陸用「スターシップ」は、月や月周回軌道上の宇宙基地「Gateway」と地球を往復する輸送機で、機内は広く多数の人員や貨物を輸送でき、月面基地の維持に重要な役目をする。
(NASA selected SpaceX to develop a Lunar optimized Starship to transport crew and cargo between lunar orbit and Moon surface for NASA’s Artemis program. The Starship can fly many times between Moon/lunar orbit space station and Earth without flaps or heatshield. With large habitable and storage volume, Starship can deliver large amount of cargo and people on the lunar station.)
図1:(SpaceX) 月の南極付近に設置される基地に着陸する「スターシップ」の想像図。
図2:(SpaceX)「スターシップ」実用機の完成予想図。「スターシップ」は完全な再使用可能な宇宙輸送機で、「スターシップ・システム(Starship System)」の2段目となる。上部にペイロード部分があり、乗客100名と貨物を地球周回軌道(LEO)や月面に輸送できる。高さ60 m、直径9 m、搭載燃料1,200 ton、[ LEO ]へのペイロードは100 ton以上。ペイロード室は高さ18 m、直径9 mで容積は1,100 m3あり、人員・貨物いずれにも対応できる。
ランデイング用脚は6個、尾部フィン2枚は可動型、「スターシップ」の自重は120 ton以下、「ラプター」エンジン6基を装着し合計推力は11,500 kN (260万ポンド)。
図3:(SpaceX) 「スターシップ」貨物機型は、大型のドアを付け低価格でジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡よりも大型の望遠鏡や大型貨物を宇宙に輸送できる。
図4:(SpaceX) 「スターシップ」の火星着陸の想像図。火星大気圏進入時の速度は7.5 km/秒、空気抵抗で減速しながら降下する。機体の耐熱シールドはグラス・ヒート・タイルで、複数回の使用に耐えるように作る。
図5:(SpaceX) 「スターシップ・システム」の1段目、「スターシップ」のブースターてある「スーパー・ヘビー(Super Heavy)」ロケットの予想図。1段目は打上げ時重量3,600 ton以上のロケットで、「ラプター」エンジン37基を装着する。推進剤・燃料として、液体メタン(liquid methane)と液体酸素(liquid oxygen)・[ CH4 / LOX ]を使う。1段目の回収は、発射基地へ6本の脚で着地する。高さ70 m、直径9 m、合計離昇推力は72,000 kN。底部には6枚の大型フィンが付きそれぞれ着地用脚のカバーをしている。頂部には降下中の姿勢制御用のグリッドフィン(grid fin) 4枚が付く。
図6:(SpaceX) 「スターシップ」実用機を打上げる「スーパー・ヘビー」ロケットの底部。底部には「ラプター」エンジンを37基を図のように搭載し、」着陸用脚は6個になる。
図7:(SpaceX) 「スターシップ・システム」の構成。「スターシップ」と「スーパー・ヘビー」ロケットで構成、いずれも再使用可能な輸送システムで、大量の人員・貨物を地球周回軌道、月、火星に運ぶことができる。図左の「スターシップ」は背面、図右は底面を示す。背面は太陽光を反射する塗装、底面は地球や火星の大気圏再突入に備え耐熱シールド・耐熱タイルを貼る。燃料タンクを含む構造部材は全てステンレス・スチール、[超低温から再突入時の高温]の予想される広範囲の温度に耐え、繰返し使用できる素材は他にない。
「ラプター」は、「ファルコン9」に使っている「マーリン-1D (Merlin-1D)」エンジンとほぼ同じ大きさだが、推力は2倍、真空中で43万ポンドを出す。燃料は液体メタン[ CH4 ]/ (―161.5度)と液体酸素 [LOX] /(―183度)を使う。メタンは燃焼の過程でケロシンより堆積物(deposits)の発生が少なく、取得価格も安い。また月や火星でも入手可能とされる。
「スーパー・ヘビー」用の37基と「スターシップ」用の3基は海面飛行型 (sea-level flight version) で、ノズル出口の直径が1.3 m、推力1,700 kN (380,000 lbs)。「スターシップ」搭載の大気圏外で使う他の3基は真空飛行型 (vacuum flight version) で、ノズル出口直径が2.4 m、推力1,900 kN (430,000 lbs)となる。
スペース Xでは、「ファルコン9」の「マーリン-1D」エンジンを将来「ラプター」に置き換えることを検討している。
図8:(SpaceX) 「ラプター(Raptor)」エンジンは液体メタン・液体酸素燃料「 CH4-LOX 」使用で再使用可能な [Full flow Staged Combustion Cycle /フルフロー 2段燃焼サイクル]ロケット。「スターシップ・システム」用に開発され、2019年7月に「スター・ホッパー」で初飛行済み。写真は海面飛行型 )sea-level flight version) で、直径1.3 m、高さ3.1 m、自重1.5 ton、公称推力2,000 kN (440,000 lbs)。
図9:(SpaceX) 「スターシップ」は開発中に燃料タンクの破損事故が続いたが、試作4号機(SN4)で、超低温加圧試験(crucial cryogenic load test )に成功(4月末)、大きな節目を乗り越えた。5月4日及び5日にはエンジンの着火試験を続けて実施した。
「スターシップ」試作4号機(SN4)は4月28日に、極めて重要な試験「超低温加圧試験 (crucial cryogenic load test) に成功した。この試験は、燃料タンク、即ち液体メタン(methane)および液体酸素(LOX=liquid oxygen)、に液体窒素(liquid nitrogen)/マイナス196度、を封入、4.9気圧 (70 psi) に加圧する耐圧試験で、これまで原型機を含め4機で失敗している。
「SN4」は5月4日、5日さらに15日と3回のエンジン作動試験をしたが、15日の試験でエンジン取付部付近で小規模な火災を起こした。しかし完全に修復でき、現在は発射試験の準備に入っている。
火災の原因は点火した直後に生じる圧力変動で燃料(メタン)を送るチューブが破損、メタンが漏れ火災となりエンジンは数秒後に自動停止。しかし火災でロケットの取付部分の耐熱覆いと一部のワイヤリングが焼損した。幸いにも「SN4」取付台周囲にあるウオーター・ジェットが作動、直ちに消火できた。
5月21日は修理が完了、最初の飛翔試験(跳躍試験/hop test)を待つ状態になっている。FAAに申請した飛行予定には「今週中に高度150 mに上昇、着地する試験を行う」となっている。
これで、スペースXの試射場のあるボカ・チカ・ビーチ(Boca Chica Beach, Texas)に通じる道路は5月28日、29日及び6月1日の3日間午前6時から午後2時まで閉鎖すると発表された。
図10:(SpaceX) 「スターシップ」「SN4」に搭載された「ラプター(Raptor)」エンジン、今週末の高度150 mの「跳躍試験/hop test」は、エンジン1台の仕様で行う。次回予定の高度20 kmへの飛翔試験は「SN5」が予定され「ラプター」エンジン3台を装着する。「SN5」はすでにボカ・チカ試験基地に搬入されている。「スターシップ」の実用機、即ち月面着陸や月周回の宇宙基地に向かう機体では「ラプター」エンジンを6基搭載する。3基は海面上・最大推力エンジン(「スーパー・ヘビー」用と同じ)/ sea-level optimized Raptor、3基は真空中で最大推力が出せる/ vacuum-optimized Raptorとなる。
図11:(SpaceX) 高度20 km に上昇する飛翔試験(2020年内)は「スターシップ」「SN5」・「ラプター」エンジン3基搭載で実施する。
図12;(SpaceX) スペースX社のテキサス州南端にあるボカ・チカ発射基地で打上げ準備中の「スターシップ・システム」の想像図。高さ120 m、直径9 m の巨大な姿に圧倒される。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Fraser Cain May 22, 2020 Universe today “Starship Could Fly this Summer! “ by Matt Williams
Inverse Mike Brown “SpaceX Starship: Incredible Elon Mask Photo Shows the Rocket’s True Size”
SpaceX May 01, 2020 NASA Selects Lunar Optimized Starship
SpaceX “STARSHIP service to earth orbit, Moon, Mars, and beyond”
Universe Today May13, 2020 “Another Starship Success! Raptor Engine Fires for 4Seconds and Nothing Explodes” by Matt Williams
SpaceX “ Starship Users Guide” Rev. 1 / March 2020
TokyoExpress 2019-09-15改定 “スペースX、火星着陸用「スターシップ」の試作機「スターホッパー」の飛行試験に成功“