2020-06-11(令和2年) 松尾芳郎
図1:(NASA Goddard) 天の川銀河のブラックホールから上下に噴出した巨大な 「フェルミ・バブル(Fermi Bubbles)」 は、上下合わせて6万光年、銀河本体に匹敵する大きさになっている。この巨大な「泡」を形成するエネルギーは銀河中心のブラックホールから出ている。
およそ350万年前に、我が「天の川銀河」の中心にある超巨大なブラックホールが爆発して膨大なエネルギーを放出した。その頃アフリカに出現していた人類の祖先は、夜空を明るく照らす光を射手(いて)座 (Sagittarius)の方向に見たに違いない。この光はその後100万年の間続いたと思われる。
(About 3.5 million years ago, the massive black hole at the center of our Milky Way galaxy flashed an enormous burst of energy. Our Primitive ancestors, already afoot on the African land, likely would have witnesses this flare overhead in the constellation Sagittarius. It might have consisted for one million years.)
それから長い年月が経過、天文学者達がNASAハブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope) を使ってこの大爆発の様子を詳しく調べた。その結果、我々の銀河の外側遠方まで、爆発の余波が届き宇宙空間に漂うガスを照らしていることが分かった。照らされたガスの流れは、「天の川銀河」を周回している衛星銀河、大マゼラン雲(LMC=Large Magellanic Cloud)とそれに従う小マゼラン雲(SMC=Small Magellanic Cloud)から伸びる「マゼランの流れ(Magellanic Stream)」である。
メリーランド州ボルチモア(Baltimore, Maryland)にある「宇宙望遠鏡科学研究所 (STSci =Space Telescope Science Institute)」の首席研究員(Principal Investigator) アンドリュー・フォックス(Andrew Fox)氏は、この件について次のように述べている;―「まさしく自然界の大変動を示す事件であった、これで銀河の未知の部分を知ることができ、銀河の中心にあるブラックホールの活動が「マゼランの流れ」に影響を及ぼしていることが分かった。」
図2:(NASA< ESA, and L. Hustak/STScl) 「大マゼラン雲( LMC)」/「小マゼラン雲(SMC)」から伸びる「マゼランの流れ」・「先導流れ(Leading Arm)」、それと「天の川銀河中心のブラックホール爆発で生じた“フェルミ・バブル(Fermi Bubble)”」の関係を示す想像図。銀河中心のブラックホールの爆発で巨大な紫外線(ultraviolet)、ガンマ線の領域が銀河面の上下に出現、それがコーン状に宇宙空間に放射された。銀河南極方向に生じた紫外線放射コーンのフレアで「マゼランの流れ(Magellanic Stream)」と呼ぶ細長いガスの流れを明るく照らし出した。このガスの流れは衛星銀河「大マゼラン雲/LMC」、「小マゼラン雲/ SMC」から流れでたガスである。この2つの衛星銀河は「天の川銀河」を周回しており、その軌道上に薄いガスの流れを残している。天文学者達はこれら軌道上のガスの流れの視線上はるか彼方にある銀河のクエーサー(quasars)を使って「マゼランの流れ」と「先導流れ」の明るさを調べてみた。その結果、「先導流れ」には紫外線放射コーンによる反射光は検出されなかった。放射コーン・フレアの源である“フェルミ・バブル”は、高温のプラズマで今も膨張を続けていて、その大きさは、銀河面上下方向それぞれに3万光年に達している。これら“バブル”はガンマ線 (gamma rays)観測によってのみ知ることができ、その質量は太陽の数百万倍に達する。これまで「マゼランの流れ」と“フェルミ・バブル”とは無関係とされていたが、そうではないことが、最近の研究で明らかになった。
「STSci」首席研究員フォックス氏率いるチームは、ハブル宇宙望遠鏡の観測能力を活用、「マゼランの流れ」の視線上背景はるか遠方にある銀河にあるクエーサーからの光で「マゼランの流れ」がフレアで発光していることを確かめた。ハブル望遠鏡の「宇宙背光分光分析計(Cosmic Origins Spectrograph)」は、クエーサーからやってくる紫外線の中のイオン化された原子を明確に示してくれた。チームは、「マゼランの流れ」の背景にある21個のクエーサーと「先導流れ」の背景にある10個のクエーサーを選び、調べた。
クエーサーからの光が“ガス”を通過するとき、ある特定の波長は“ガス”に吸収される。これを利用して“ガス”の存在を知ることができる。
図3:(NASA ESA、G. Cecil/UNC/Chapel Hill and J. DePasquqle/STScl) 宇宙の時間ではほんの一瞬にしか過ぎない 350万年前、我が銀河の中心で大爆発が起こった。我々の遠い祖先はすでにアフリカ大陸に現れており、夜空高くこの光景を目の当たりにしたに違いない。現代の天文学者達は、ハブル望遠鏡の力でこの宇宙の大事件を明らかにした。
フォックス氏のチームは、大爆発のフラッシュが引き起こした「マゼランの流れ」の中のイオンの存在を明らかにした。爆発は非常に強く、銀河中心から20万光年に位置する「マゼランの流れ」を明るく照らしたのである。一方「先導流れ」ガスは爆発の放射コーン・フレアから外れているため照らされることはなかった。
放射コーン・フレアの源である“フェルミ・バブル”は、高温のプラズマで今も膨張を続けその大きさは、銀河面上下にそれぞれ3万光年に達している。これら“バブル”はガンマ線(gamma rays)によってのみ知ることができ、その質量は太陽の数百万倍に達する。
この膨張が続く強力なガンマ線の泡・ ”フェルミ・バブル“は、2010年にNASAの「フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(Fermi Gamma-ray Space Telescope)」で発見された。そして2015年に、フォックス氏率いるチームがハブル宇宙望遠鏡の紫外線領域観測用の[COS]Cosmic Origin Spectrometer /宇宙背光分光分析計を使って、”フェルミ・バブル“の膨張速度と組成をを調べた。
フォックス氏チームは、これまで“フェルミ・バブル”と「マゼランの流れ」は無関係の事象と捉えていたが、今回の研究で両者は密接な関係にあり、その根源は我が銀河のブラックホールの大爆発にある、との結論に到達したのである。
今回の研究は、ハブル宇宙望遠鏡の紫外線観測能力で初めて行うことができた。地上望遠鏡は大気の影響で宇宙からやってくる紫外線の観測できない。
研究内容は米国天文学協会(American Astronomical Society)第236回会議での記者会見(6月2日)で発表され、また天文物理学会誌(Astrophysical Journal)に掲載された。
ハブル宇宙望遠鏡
ハブル宇宙望遠鏡については度々紹介済みだが簡単に復習して見よう。
図4:(NASA Goddard Space Flight Center)ハブルは全長13.2 m 、観測機器が収まる後部筐体(図の左部分)、全体は幅4.2 m 、重量12.25 ton、ほぼバスと同じサイズ。宇宙望遠鏡本体は、2枚のソーラー・パネルから得られる電力を6個の大型パッテリーに蓄電し、そこからの電力で作動する。
ハブル宇宙望遠鏡は、1990年4月24日(30年前)にスペース・シャトル「デイスカバリー(Discovery)」で打上げられ、高度547 km (340 miles)の低地球周回軌道軌道上にある世界初の宇宙望遠鏡である。毎日軌道を15周、つまり95分間で地球を1周している。
ハブルは「カセグレン(Cassegrain)」反射鏡式の望遠鏡で、入ってくる光は、主鏡で反射され主鏡の先に設けた小さな副鏡に集まる。副鏡は集めた光を主鏡の中心に開けた孔を通して、焦点を結んでハブルの計測機器(カメラや分光計など)に到達する。ハブルの主鏡は直径2.4 m (94.5 inches)で、極めて精巧に磨き上げられ、大量の光を集めることができる。
図5:(NASA) ハブル望遠鏡が観測できる電磁波の範囲を示す図。可視光線領域を含み、紫外線(UV)から赤外線(IR)の範囲の電磁波領域を6種類の計測機器で分担して観測する。最も広い範囲を観測するのは[NIMCOS]・近赤外線カメラ、次が[WFC3]・広帯域カメラ3、そして[ACS]・探索用カメラ、[STIS]・画像分光分析計、[FGS]・精密指向センサー、それから紫外線領域を調べる[COS]・宇宙背光分析計がある。今回の“フェルミ・バブル”観測で重要な役割を果たしたのがこの[COS]である。
フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡 (Fermi Gamma-ray Space Telescope)
NASAのフェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡は2008年6月11日に打上げられた望遠鏡で、宇宙観測の電磁波領域を大きく広げることに貢献してきた。ガンマ線 (図5参照) は電磁波の中で最も周波数が高く、エネルギーが高いので、ガンマ線を通して見る宇宙は可視光線で見る世界とは全く異なる。フェルミ望遠鏡を使うことで、超巨大なブラックホール、パルサー、宇宙線の発生源、などの詳細が分かるようになった。
フェルミ望遠鏡は、8,000電子ボルト(8 keV)から3億電子ボルト(300GeV)の範囲の“光子エネルギー( photon energy)”の光を観測できる。1電子ボルト( an electron volt) の持つエネルギーは可視光線のそれとほぼ同じ2~3 eVに相当する。従ってフェルミ望遠鏡は肉眼より遥かに高い数千億倍のレベルで光子を観測できる。
NASAは、高エネルギー物理学の先駆者、エンリコ・フェルミ(Enrico Fermi (1901-1954))教授の功績にちなんで、この名を付けた。フェルミ宇宙望遠鏡は、米国エネルギー省、NASAが主体となり、それにフランス、ドイツ、日本、スエーデン各國の研究機関が協力して開発した。
図6:(NASA) フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡には、「広角望遠鏡 (LAT=Large Area Telescope)」と「ガンマ線爆発モニター (GBM=Gamma-ray Burst Monitor)」の2つの計測装置が搭載されている。本写真の背景はフェルミ望遠鏡が撮影した「天の川銀河」中心部である。
「LAT/広角望遠鏡」は、全天あらゆる場所から放射されているガンマ線を受感するため一度に全天5分の1をモニターしながら3時間ごとに全天を隈なくサーベイしている。
発光源の位置測定は、角度にして満月の1/30以下( 1 arcminute) の精度である。LATが受感できる光子のエネルギー範囲は30 MeVから300 GeVに及ぶが、特に10 GeV ~ 300 GeV範囲は高精度でモニターしている。
「GBM/ガンマ線爆発モニター」は、宇宙のどこかで突然起きるガンマ線爆発に備え、常時全天を監視している。受感帯域は光子エネルギーで8 keVから「LAT」の観測領域と重なる。「GBM」には、X線と低エネルギー・ガンマ線の測定用に12個の検知器、それに高エネルギー・ガンマ線測定用の2個と合わせて、8 keVから30 MeVのエネルギー範囲のX線、ガンマ線をモニターする。
ブラックホール(Black Holes)
ブラックホールとは、天体の一つで、強力な重力で光を含むあらゆる物質を吸収する物体。その境界・表面は、宇宙の速度の限界である光が吸い込まれるか否かの境としている。
ブラックホールには2種類が観測されている。恒星サイズ(Stellar-mass)ブラックホールは、太陽の3倍から数十倍の大きさで、天の川銀河内部の至る所に存在する。もう一つは超巨大ブラックホール(supermassive black hole)で質量は太陽の400万倍もあり、天の川銀河中心の「いて座 (Sagittarius A)」にある。これを含む殆どの大型銀河の中心にもこれが見られる。
恒星サイズ・ブラックホールは、太陽の質量の20倍以上の星が中心部の核融合反応を終えて自身の重力で崩壊して形成される。重力崩壊が引き金となり超新星爆発が起き、星の表面は吹き飛ばされるが、中心核の崩壊が太陽の3倍以上の質量を残こして止まると、ブラックホールが形成される。超巨大ブラックホールが何故出来るのかは分かっていないが、銀河生成の初期から存在していた。
ブラックホールが生まれると、周囲の星々や他のブラックホールを貪欲に吸収して(gobble up)成長を続ける。中心部からは強力なガンマ線を放射するのでフェルミ・ガンマ線望遠鏡などで知ることができる。
超巨大(supermassive)ブラックホールからは非常に強力なガンマ線が放射されている。銀河の型式「AGN=active galactic Nuclei /活動銀河核?」の中心のブラックホールには周りを包むガス・ダストが次々と流れ込み、「AGN」中心からは高エネルギーの粒子が光速に近いスピードで放射されている。このガンマ線光は「ブレーザー(blazars)」と呼び、フェルミ宇宙望遠鏡で観測したガンマ線の大半は、このタイプである。
図7:国際宇宙ステーション(ISS=International Space Station)の「NICER =Neutron Star Interior Composition Explorer/中性子星組成検知器」で、近くにある恒星サイズ(Stellar-mass)ブラックホール「GRS 1915+105」を調べた画像。中心の周囲は降着ガス雲で包まれ、その周囲からは高速のガスが流れ込んでいるように見える。ホール上下からは強力なガンマ線が放射されている。
パルサー (Neutron Stars as Pulsars)
大きな恒星が核融合反応を終え重力崩壊が始まると中性子星(Neutron Stars)となる。星の中心核で崩壊が始まると、陽子(proton)と電子(electron)が衝突・合体して中性子(Neutron)が出来る。恒星が太陽の質量の1~3倍であれば、新しくできた中性子が中心核崩壊を食い止め、中性子星(Neutron Star)として残る。(これより大きい星の場合は、崩壊が進み「恒星サイズ・ブラックホール」となる)
崩壊の後に残るのは、極めて密度の高い物質で、例えて云うと太陽が一都市のサイズに圧縮されたほどになる。この恒星の残骸(中性子星)は直径が20 km 程で、一粒の角砂糖サイズが大きな山岳に匹敵する重さにもなる。
中性子星は銀河のあちこちに多数存在し、連星を形成しているものも多く見られる。中には放射する電磁波が弱いため検出されないものも多くある。しかしある条件の下にある中性子星は容易に見つけられる。例えば超新星爆発(supernova)の中心にはX線を出す中性子星が存在する。
また、多くの中性子星は自転軸と磁気軸がずれていて、磁気軸と一致する光のビームは宇宙空間をスイープしている。これを地球から見ると、光のビームが一定の周期で地球面を通過するので、あたかも星がパルス状に発光すると映るため、パルサー(Pulsar)と呼んでいる。
パルサーは、数十分の1秒から数秒間隔で自転している中性子星である。パルサーは、強い磁力線を出す南北の磁気極から強力な粒子ジェットを噴き出している。これが光の放射源となっている。
図8:(NASA) パルサーの説明図。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
NASA Updated June 4, 2020 “Intense Flash tennmonngku from Milky Way’s Black Hole Illustrated Gas Far Outside of Our Galaxy” by Claire Andreoli, Ann Jenkins / Ray Villard, Elaine Frazer / Andrew Fox
Space com. Sept 04, 2019 “Something Strange is Happening in the Fermi Bubbles” by Paul Sutter
Universe Today June 5, 2020 “About 3.5 Million Years Ago, A Stream of Gas Outside the Milky Way would have Lit up the Night Sky”
NASA Hubble Space Telescope “About – The Hubble Story”
NASA update May 28, 2020 “Fermi Gamma-ray Space Telescope [Fermi Spacecraft and Instruments]” by Rob Garner
NASA May 23, 2019 “What are Black Holes?”
NASA updated March 2017 Image the Universe! “Neutron Stars”
TokyoExpress 2019-04-28 “打ち上げ29周年のハブル宇宙望遠鏡。記念に南の蟹星雲画像を公開“
TokyoExpress 2020-04-13 “ハブル宇宙望遠鏡と電磁波について