2020-06-30(令和2年) 松尾芳郎
図1:(三菱航空機) 三菱スペースジェットM 90型10号機 (JA21MJ) の初飛行 (2020-03-18)の様子。10号機は最新、かつ型式証明取得用機体(Certified Aircraft)として完成、県営名古屋空港を午後2時53分に離陸、太平洋側試験空域で基本的な機体性能の確認を行い、2時間後に名古屋空港に着陸した。これで証明取得の最終フェイズに入った。国内での飛行試験の後、モーゼスレイク・フライトテスト・センターに空輸、型式証明取得の試験を行う予定。
三菱航空機6月15日発表
三菱航空機は2020年6月15日スペースジェット開発について「今後の運営方針及び役員人事のお知らせ」とする発表を行った。内容は次の通り;―
『新型コロナ・ウイルスの蔓延で、航空業界は甚大かつ広範囲な影響を受けており、回復には数年を要すると見込まれる。このような中、三菱を取り巻く事業環境の変化を踏まえ、従来の開発活動から、適切な規模・スピードでM 90の型式証明取得に取り組むべく、組織・活動の見直しを行う。
2020年度は、現在の設計を機体レベルで整理・確認すること、および3,900時間を超えた飛行試験データの検証に注力する。
これに伴い、社長は丹羽高興氏が留任するが、開発・技術全般に関しては立岡寛之執行役員が担当する。あわせて、機体の設計・型式証明については米国での飛行試験の中心的役割を果たしてきた川口泰彦氏をチーフ・エンジニア兼技術本部長に任命する。』
海外にある拠点(シアトル郊外レントンの米国支社、モントリオールの開発部門)はモーゼスレイク(MFC=Moses Lake Flight Test Center)に集約、名古屋空港本社の1,500名の社員を逐次減らし半数程度にする。また2018年以上開発を主導してきたアレックス・ベラミー最高開発責任者は6月30日付けで退職する。(ベラミー氏は、ボンバルデイア社でCSeries機[現在エアバスA220]の開発を指導した人。)
図2:(時事通信社) モーゼスレイク・フライトテスト・センター(MFC) ・ハンガーから出るスペースジェットM 90 の3号機 (2019-12-19)。MFCでは型式証明取得のため4機を使用中。M 90の試験飛行はコロナ・ウイルスの感染拡大で3月下旬から中断し5月5日から再開したばかり、今回の決定で再び中断となった。
三菱重工の業績
三菱重工の2019年度決算は、収入約4兆円で2018年度に比べ1 % 減、営業利益は870億円で前年の1,100億円に比べ減少。事業損益は300億円の赤字となった。これは造船部門の売上高減少とスペースジェット開発費の増加の影響によるもの。2019年度のスペースジェットに関わる投資は2,600億円、これを除くと事業利益は2,300億円の黒字となる。この結果を受けて今年度の開発費は前年度の半分 (600億円) に抑え込む方針。
業績回復のため、4月1日付けで組織を次のように改めた。すなわち;―
- 「エナジードメイン」:「三菱日立パワーシステムズ」、「三菱重工航空エンジン(株)」などを含む
- 「プラント・インフラドメイン」:「三菱造船(株)」、三菱重工海洋鉄鋼(株)」、「三菱重工工作機械(株)」などを含む
- 「物流・冷熱・ドライブシステムドメイン」:「三菱ロジスネクスト(株)」、「三菱重工エンジン&ターボチャージャ(株)」、「三菱重工サーマルシステムズ」などを含む
- 「原子力セグメント」
- 「機械システムセグメント」
- 「防衛宇宙セグメント」:「航空機・飛昇体事業部」、「宇宙事業部」、「特殊車両事業部」、「艦艇・特殊機械事業部」を含む
- 「民間機セグメント」:「エアロストラクチャー事業部」、「民間航空機事業部」下部に「三菱航空機(株)」を含む
スペースジェット
2019年度の三菱重工の決算の結果、航空宇宙部門の最重点項目であるスペースジェット計画に大きな見直しが行われた。すなわち、M 90の型式証明取得のための飛行試験の中止、それと名古屋での機体生産の中止である。当初は米国内市場向けのスペースジェット76席型のM 100の開発中止のみの対応を想定していたが、不十分と判断、2023年に就航を予定していたM 90型の開発・生産延期を含む決定となった模様。
5月末に三菱航空機はM 90の試験飛行の停止、スペースジェット関連の活動を名古屋に集約することを決めている。
モーゼスレイク(Moses Lake, Washington)で試験飛行中だった4機のM 90はハンガー内に格納される。名古屋で完成間際の8号機 (M 100型)の製造も中止された。
しかし、M 90の開発作業は型式証明取得に向けて、これまでの試験飛行の評価や解析を行う形で進められる。飛行試験の再開が何時になるか同社は明言を避けている。
このようなことで証明取得・引渡しのさらなる遅延(最悪の場合は開発中止)は避けられそうにないが、、顧客エアラインの対応はどうなっているのか? ローンチ・カストマーのANA、最大の発注者米国のスカイウエスト航空(SkyWest Airlines)を含め、キャンセルの動きは出ていない。2020年5月現在で、スペースジェットはM 90について確定受注163機とオプション・発注権で124機、を保持している。
このようにスペースジェットの将来の市場は依然として可能性ありと判断される。また三菱航空機は今年2020年6月にはカナダのリージョナル機ボンバルデイア(Bombardier) CRJ プログラムの買収を完了、その整備、アフタサービス事業網を取得した。この事業は新設の「MHI RJ社 (MHI RJ Aviation Group)」で行われる。この会社はCRJ機の整備と将来は北米地区で使われるスペースジェットの整備、アフタサービスを担当することになる。
ボンバルデイアCRJ事業継承
三菱航空機は2020年5月7日に「三菱重工業とボンバルデイア社はCRJ事業承継のクロージング日(2020-05-01)に関して合意」と題して次の発表をした。
『三菱重工業とカナダ・ボンバルデイア社は「CRJ=Canada Regional Jet」事業の承継契約の締結条件が充足され、発効日を2020年6月1日することで合意した。この事業は新設の「MHI RJ Aviation Group」社が6月1日から開始する。これにより三菱重工は、CRJシリーズに関わる保守、カストマーサポート、回収、マーケッテイング、販売機能、型式証明を継承する。これにはカナダ・ケベック州ミラベル、オンタリオ州トロント、米国・ウエストバージニア州ブリッジポート、アリゾナ州ツーソン、にあるCRJに関わるサービス拠点を含む。同社は将来三菱スペースジェット系列機のサービスも行う。「MHIFJ」社は、ケベック州ミラベルに本社を置く。』
三菱重工は2019年6月25日、ボンバルデイアからリージョナルジェット機[CRJ]の事業を取得する契約を結んだ。買収金額は5億5千万ドル(590億円)、それに2億ドルの債務を引き受けるので合計投資額は800億円となる。CRJ系列機は2020年末に生産終了の見込み分を含み1,950機が北米を中心に使われている。
図3:(三菱航空機)三菱が買収したカナダ・ボンバルデイア[CRJ]リージョナル機。系列には、[CRJ100/200]、[CRJ700]、[CRJ550](CRJ700 を改良したモデル)、[CRJ900]、[CRJ1000]、がある。これらで50席級から100席級までをカバーしている。エンジンはいずれもGE製CF34系列を搭載。
三菱スペースジェット10号機の初飛行
図1で述べたが、三菱航空機では2020年3月18日に「三菱航空機、三菱スペースジェット10号機の初飛行を完了」と題して次の発表を行った。
『スペースジェットM 90 の型式証明取得用(Certifiable Aircraft)である10号機(登録番号JA26MJ) が2時間にわたる初飛行を完了した。名古屋空港を3月18日午後3時前に離陸、太平洋側の試験空域で基本的な機体性能の確認を行った。10号機は2016年以降に行った多くの改善点を組み入れた量産型機体である。パイロットの高瀬機長は「三菱スペースジェットの最新試験機の改良結果を大いに実感することができた。機体の完成度は高く、スムースかつ安全なフライトになった」とコメントした。』
10号機は、ワイヤリング・ハーネス、機器の配置、配管、空調ダクト、システムなど数百箇所に及ぶ設計変更を行い、量産型とした機体である。
10号機は2020-04-09現在で6回の試験飛行を完了し、4万フィート(12,000 m)の高高度飛行を含めた飛行性能の確認や上空でのエンジン停止・再起動などの重要項目をクリアした。早期にモーゼスレイクへのフェリーを目指し、国内での飛行試験を継続実施していく。(4月9日三菱航空機新社長丹羽高興氏就任時の談話)
三菱航空機「PW1200G」の国内組み立て初号エンジンの初飛行
三菱航空機は2020年2月27日、「三菱航空機、PW1200Gの国内組立て初号エンジンを搭載し飛行に成功」と題して次の発表を行った。
『国内組立て初号エンジンPratt & Whitney GTF PW1200G を、スペースジェット1号機に搭載、モーゼスレイク・フライトテスト・センターで試験飛行を行った。民間機向けエンジンを国内で組立て飛行させたことは、国産旅客機開発中の三菱にとり極めて大きな一歩である。初回の飛行は2月14日に行われ、正常な性能を発揮していることを確認した。
PW1200エンジンは、ギアード・ターボファンで、低圧タービンを高速回転させ高い効率を得、一方ファンは低速回転で騒音低減を実現し、低燃費と環境性能の向上を果たしたエンジン。三菱重工では[MHIAEL・三菱重工航空エンジン(株)]を2014年に設立、ここで最終組み立てを行っている。同社は、米国Pratt & Whitney、英国Rolls-Royce、などの航空機エンジンの開発・製造に協力、またPW4000やIAE V2500エンジンの MRO事業も実施中。PW1200Gエンジンについては2017年から最終組み立てを開始、2019年に完成した。』
同社は愛知県小牧市に本社があり最終組立とテストを行っている。PW1200Gの最終組立とテストを行う施設はもう一つあり、カナダ・ケベック州ミラベルにある「P&Wミラベル・エアロスペース・センター」である。
図4:(三菱重工航空エンジン) Pratt & Whitney GTF PW1200Gエンジン国内組立て初号機。三菱重工航空エンジン(株)の工場で撮影された写真。[PW1200G]はPW1000G系列の一つで、エアバスA320neo用のPW1100G-JMと比べ、推力は半分の17,000 lbs、ファンバイパス比は12.5 : 1に対し9 : 1 、ファン直径は210 cmに対して140 cm、とずっと小型になっている。エンブラエルの新型機[E190/195-E2]に搭載される[PW1900G]・推力23,000 lbsエンジンはこれ絵よりやや大きい。
まとめ
スペースジェットM 90型機は2020年3月までに10号機を含め5機が完成・試験飛行を済ませている。内訳は;―
- 1号機 (JA21MJ):2015年11月初飛行、MFCで飛行試験、機能・性能試験を実施。国内組立PW1200Gエンジン初号機を搭載、試験飛行を実施。
- 2号機 (JA22MJ):2016年5月初飛行、MFCで飛行試験、機能・性能試験を実施。
- 3号機 (JA23MJ):2016年11月初飛行、MFCで飛行試験、 飛行特性試験とアビオニクス試験を実施。2018年ファンボロー、2019年パリ航空ショーで展示。
- 4号機( JA24MJ) :2016年9月初飛行、MFCで飛行試験、米国各地で騒音、防氷試験、酷暑試験、高高度飛行等の試験を実施。
- 10号機(JA26MJ):2020年3月初飛行、型式証明取得のための設計変更で大幅改修を実施した最終試験機、名古屋でMFC行き待機中。
欠番となっている5機の状況は;―
- 5号機 (JA25MJ):最終組立中。設計変更に伴う改修実施中。オートパイロット試験に供される予定。
- 6号機:設計変更に伴う地上疲労試験機に変更。
- 7号機 (JA27MJ):最終組立中。設計変更に伴う各種試験予定機。(10号機と同じくT/C取得飛行に使用される)
- 8号機:M 100 型の1号機とされるが、最終組立工場で昨年から作業中断。
- 9号機:M 100型の2号機とされるが、最終組立工場で昨年から作業中断。
(注)M 100型機はM 90型を基本に、米国市場に最適化した機体。米国ではエアラインと乗員組合間に「スコープ・クローズ(scope clause)」と呼ぶ協定があり、リージョナル機の上限を、最大離陸重量39 ton (86,000 lbs)、座席数76席と定義している。[M100]はこれに適合する。
100席以下のリージョナル機市場は、今後20年間に5,000機の需要があるとの試算があり、その40 %を北米市場が占める予想されている。従来は、この北米をカナダのボンバルデイア[CRJ]とブラジルのエンブラエル[E-Jet]が分け合っていた。三菱が[CRJ]を買収したことで、[スペースジェット]の相手は[E-Jet]のみとなる。
[E-Jet]を生産するエンブラエルの状況はどうか?
エアバスによるボンバルデイア[CSeries]機プログラムの買収に対抗して、ボーイングはエンブラエルの民間機部門の買収(42億ドル/4,600億円)で一旦両者合意したが、737 MAXの飛行停止でボーイングは経済的打撃を受け、合意をキャンセルした(2020年4月24日)。
[E-Jet]系列には[E170]、[E175]、[E190]、[E195]があり、72席から116席をカバーしている、エンジンはGE製CF34系列を使用中。これまでに1,600機ほどが生産され受注残は150機ほど。日本ではJAL傘下のリージョナル航空「J-Air」が[E170]を18機、[E190]を14機使用している。
エンブラエルでは[E-Jet]のエンジンを「スペースジェット」と同じP&WC製PW1000G系列に換装したモデル[E-Jet E2]を発表、[E190-E2]は2018年2月、[E195 E2]は2019年4月にそれぞれFAA、EASAの証明を取得した。E2型機の受注残は[E190 -E2]が15機、[195- E2]が136機で、合計150機程度。80席級の[E175-E2]の受注はまだない。
唯一の競合相手であるエンブラエル[E-2]モデルがこんな状況なので、「スペースジェット」は、試験飛行の中断と生産の中止を決めただが、一部の報道で囁かれる「開発の中止」などの事態になることはあり得ない。これは「コロナ・ウイルスの影響で開発を適正な規模に縮小」しただけと受け止めるのが自然と思われる。上述した諸々の情報を踏まえれば、来年初めまでに飛行・生産が再開されれば展望が開けることに間違いはない。関係者の努力を期待したい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week June 15-28, 2020 “All SpaceJet Flying Suspended, Production Winding Down to Zero” by Bradley Perrett
Sefense & Security Monitor 2020-06-26 “Mitsubishi Pull Back on SpaceJet in Face ofo COVID-19 Pressures” by Richard Pettiborne
三菱航空機ニュース2020-06-15 “今後の運営方針及び役員人事のお知らせ”
三菱航空機ニュース 2020-05-07 “三菱重工業とボンバルデイア社はCRJ事業承継のクロージング日(2020年6月1日)に関し合意“
三菱航空機ニュース2020-03-18 “三菱航空機、三菱スペースジェット飛行試験機(10号機)の初飛行を完了“
三菱航空機ニュース 2020-02-27 “三菱航空機、「PW1200G」の国内組立初号エンジンを搭載し飛行に成功“
Aviation Wire 2020-04-10 “三菱航空機、スペースジェット型式証明取得に全力 丹羽新社長が挨拶“
Aviation Wire 2020-06-16 “三菱航空機、海外拠点縮小も「スペースジェット」変えず7月新体制、川口氏がチーフエンジニア昇格” by Tadayuki YOSHIKAWA
Aviation Wire 2020-05-12 “三菱重工、事業損失295億円、20年3月期、20年ぶり赤字転落“ by Tadayuki YOSHIKAWA
Fly Team 2020-06-15 “三菱航空機、スペースジェット開発を適切な規模に縮小 新型コロナ影響“
TokyoExpress 2019-07-14 “「三菱MRJ 改称 三菱スペースジェットは量産体制へ – ボンバルデイアCRJプログラムを買収 – “