2020-12-25(令和2年) 松尾芳郎
図1:(Airbus) エアバスは、「ZEROe」プロジェクトで検討中の航空機の一つ「燃料電池プロペラ推進システム」ポッドを6基装備する旅客機の構想を発表した。6基のポッドは独立した水素燃料電池システムで、簡単に着脱できる。
エアバスが検討中の「ZEROe」/「ゼロ・エミッションe」型航空機の一つ、水素タンク・燃料電池・モーター・プロペラをまとめた「ポッド」方式、はそれぞれが独立した推進システムで、航空機の様式としては革新的なアイデアである。現在、この方式がどこまで大きく出来、どの範囲の旅客機に適用可能か、を検討している。
(The “pod” configuration – one of the several being studied configurations as part of ongoing the ZEROe concept aircraft – features a series of stand-alone propulsion systems based on hydrogen fuel cell technology. Today, Airbus is studying to determine how scalable the “pod” configuration could be applied to larger aircraft.)
航空業界はこれまで50年間、双発ジェット、ウイングレット、二重反転プロペラ、など多くの方式/システムを考案し、より高く、より早く、より長く飛べるよう知恵を絞ってきた。そして今エアバスは、排気ガス/エミッション無しで遠距離を飛べる「ZEROe」構想の航空機の概要を公表した。
この革新的な航空機は、翼下面に8枚翅プロペラ付きのポッド6基を取り付ける。「ポッド」型エンジンは珍しくないが、この「ポッド」は、ジェットエンジンではなく水素を使う燃料電池を内蔵している点が変わっている。
「ポッド」は、いわば分散型の燃料電池推進システムで、6基のポッドが生み出す推力で飛行機を飛ばす。しかし、現在の燃料電池技術は未だ開発途上で大型の輸送機に使える水準には達しておらず、20席級の小型双発機で試験している段階にある。これを客席数を増やし長距離飛行ができるよう検討したのが、「ポッド」方式。「ポッド」方式は大型化が可能で、将来中型旅客機へ適用できそうだ。エアバスでは、中型機に燃料電池推進システムを導入する方法を数種検討しているが、「ポッド」方式はその一つ、最終選定は2025年までに行う。
プロペラ推進用の「ポッド」方式
個々の「ポッド」は独立したプロペラ推進システムで次のサブシステムで構成される;―
・8翅プロペラ
・電動モーター
・燃料電池
・電力変換装置(power electronics)
・液体水素タンク(LH2 tank)
・冷却装置
・付属装備品
燃料電池は、液体水素タンクから水素を供給、大気中から酸素を取り入れ、電流を生じる。電力変換装置(power electronics)で電流を電力に変換し、電動モーターに供給する。これでモーター・シャフトが回転、プロペラを駆動する。
「ポッド」は着脱可能で、短時間で分解・組立てができるので整備が簡単、空港で水素の補充ができるようにする。
8翅プロペラは複合材製、可変ピッチで離陸・上昇と巡航時に最適ピッチに設定できる。
図2:(Airbus) 6基のポッドは、8翅プロペラ、電動モーター、水素燃料電池、液体水素タンクなどが内蔵されている。液体水素は基地あるいは到着空港で補給するが、家庭用の配達式ガスボンベと同じように、充填済みタンクと交換する方式が考えられている。
将来型型航空機「ZEROe」の設計
「ポッド」方式の構想がまとまったのは2018年、これを基に将来型輸送機「ZEROe」の設計が始まった。正式に開発の可否を決めるのは2025年。それまでは「ポッド」方式の細部設計、燃料電池スタックの拡張性など、研究すべき課題が山積している。
エアバスは今月(12月)から「ポッド」方式に関して数件の特許申請を始めていて、かなり本気で取り組んでいることを伺わせる。
燃料電池(hydrogen fuel cell)
燃料電池は、エネルギー効率の高いこと、およびカーボン廃棄物を出さないことから、自動車、鉄道、船舶輸送などの動力源として将来期待されてる。エアバスは、自動車の動力システムで高い技術を持つドイツの「エルリング・クリンガー(ElringKlinger)」社と技術提携を結び、航空機用の燃料電池推進システムの開発を進めている。
「エルリング・クリンガー」社は自動車部品の世界的なサプライヤーで、これまで内燃機関、ハイブリッド・エンジン、電動モーターなど推進システムで革新的な製品を送り出してきた。現在は、自動車の軽量化と排気ガスゼロを目指して燃料電池と電動モーターの改良、すなわち「e-Mobility /e-モビリテイー」の分野で世界最先端の技術を有し、日本を含む世界中に45箇所の拠点を持ち1万人を雇用している。
図3:(ElringKlinger) 「エルリング・クリンガー」社が自動車メーカーに供給中の「e-モビリテイー」分野の製品。エンジン・ルームには電動モーター、電池、など、後席下部には燃料電池が描かれている。
図4:(ElringKlinger) 「エルリング・クリンガー」社が製品化している3種の燃料電池スタック。下からNM 5、NM 9、NM12の各モデル。一番大きい「NM 12」スタックは、出力範囲33 KW~150 KW、449個のセルをスタック・アップし、全体の寸法は幅15 cm、深さ32 cm、高さ60 cm、重さ38 kg、電流は370 A~570 A。
図5:(ElringKlinger) 自動車に搭載するにはこれらのスタックを図のように並べて使う。
1932年にイギリスの技術者フランシスT.ベーコン(Francis Thomas Bacon)が、世界最初の水素・酸素を使う燃料電池を開発、エネルギーを取り出すのに成功した。
ベーコンの燃料電池技術はしばらく冬眠状態にあったが、1960年代からアポロ11号宇宙船を含む宇宙探査用として衛星やロケットに搭載されるようになった。これについて当時のニクソン(Richard Nixon)大統領は「ベーコン氏に感謝する。貴殿なしには月には行けなかったろう(Without you Tom, we wouldn’t have gotten to the Moon)」と語っている。
今日、水素燃料電池は次のように使われ方をしている;―
・病院などの非常用電源
・データ・センターなどの複数のコンピューターを結合するグリッド(grid)電力網の電源
・自動車、バス、列車、フォークリフトなどの輸送用動力源
将来は、低炭素社会/地域から携帯用コンピューター装置、さらにはゼロ・エミッション航空機の動力源として利用が広まりそう。
水素燃料電池の発電の仕組み
燃料電池は、普通の電池と同じように電気化学反応で分子に蓄えた電気をエネルギーとして取り出す装置で、普通の電池と違い電気を蓄える装置ではない。燃料電池は「陽極(an anode)」と「陰極(a cathode)」の2極とそれを分ける電解質膜(electrolyte membrane)で構成されており、次のように作動する。
- 水素(H2)を陽極から燃料電池に入れる。水素原子は触媒により電子(e–=electrons)と陽子(H+=protons)に分かれる。一方大気中からの酸素(O2)は陰極を通じて電池に入る。
- 正の電荷を帯びた陽子( H+ )は多孔質の電解質膜を通り陰極に移動する。負の電荷を帯びた電子 ( e-)は電池から外に流れ出て電流を生じる。この電流を電力として利用する。
- 陰極では、水素から分かれた陽子(H+)と酸素(O2)が結合して水(H2O)ができる。
図6:(Airbus) 水素燃料電池の説明図。白い球は水素原子から分離した陽子 (H+)、赤い球は酸素原子を示す。両者が結合して水が排出される。
燃料電池は、電気化学反応により電気を得ているので、水素を使うだけでカーボンは排出しないクリーンなエネルギー源だが、その他に次のような特徴がある。
- 普通の電池と違い充電は不要、水素を供給し続ければ発電を持続する。
- 個々の燃料電池を繋ぎ合わせることで大電力が得られる。単一の燃料電池でも小電力の装置を駆動できるし、積み重ねるとメガワット級の大電力装置が得られる。
- 燃料電池には可動部分がないので、運転は静粛、信頼性は高い。
業界を横断する戦略的提携で開発を促進
この20年間、水素燃料電池は自動車業界と宇宙開発関連で大きな進歩を遂げた。自動車関連では燃料電池車(FCEV=fuel cell electric vehicle) の実用化が進み、今では航続距離の延伸と輸送量の増加、さらに燃料供給時間の短縮に各社がしのぎを削っている。宇宙関連では、宇宙船の補助電源として長く使われている。そして航空機部門では、将来に向けて電気推進システムの開発に焦点が当たっている。
エアバスは、航空機用としてガスタービン・エンジンを補完するため燃料電池を使う構想「ZEROe(ゼロe)」を進め、高効率のハイブリッド電気推進システムの開発に取組んで来た。このため既述のように、燃料電池システムと部品製造で20年以上の経験を持つドイツ企業「エルリング・クリンガー」社と戦略的提携を結んだ。
エアバスのゼロ・エミッション航空機担当副社長グレン・リーウエリン(Glenn Llewellyn)氏はこの提携について次のように話している;―「これで次世代型推進システムの開発は一層加速される。エアバスは、ドイツ南ババリア(Ottobrunn, South Bavaria)に開設した研究所「EAS (E-Aircraft System ) House /EASハウス」と、やはりドイツ・ハンブルグ(Hamburg, Germany) にある研究所 「ZAL」に出資して、電気推進および燃料電池の研究をしているが、「エルリング・クリンガー」社との提携で将来の航空機用燃料電池の実用化がさらに早まると期待している」。
提携内容には航空機用燃料電池スタックの共同開発だけでなく、航空機用として特に重要な燃料電池スタックの発電密度(power density) の向上を図ることが含まれている。
ゼロ・エミッション担当幹部マシュー・トーマス(Matthieu Thomas)氏は「現在の技術水準では、燃料電池推進を大型航空機に適用するのは難しい。しかし燃料電池はセロ・エミッションで軽量航空機用としては十分な推力を生み出せる素晴らしい技術だ」と話している。
EAS (E-Aircraft System) House /E-航空機システム研究所
エアバスが60億円を投じて新設した研究所「EASハウス」は、ドイツ・ミュンヘン(Munich, Germany)の近くにあり、完成して1年半の近代的なハイテク施設である。床面積3,000 m2 以上、ほぼテニスコート10面分の広さがある。ここで「新しい推進システムと燃料」に関する研究を専門に行う。同様な施設はNASAが米国に保有しているだけである。
「EASハウス」は、無人飛行タクシー用の電動モーターから将来の民間輸送機用のハイブリッド電動エンジンまで、あらゆる推進装置の試験ができる。当面の目標は、2030年代に出現する「ZEROe」民間輸送機に搭載する「新しい推進システム」を開発である。
[EASハウス]の活動はすでに始まっていて、その一つが「E-Fan X」、これは現用の英国製の4発ターボジェット・リージョナル機「B Ae 146」を改造し、ロールス・ロイス製の出力2 MW電気モーター1基を現用エンジンの代わりに取付け試験すると云うもの。「E―Fan X」プロジェクトはエアバスとロールス・ロイスの共同開発事業である。
ロールス・ロイス製電気モーターは完成し「EASハウス」に引き渡され試験が行われている。改造型「Bae 146」機の飛行試験は2021年に予定。
図7:(Airbus) エアバスがドイツ・ミュンヘンの郊外に創設した最新の研究所「E-Aircraft System (EAS) House」。この「EASハウス」は欧州最大の“新しい推進システムと燃料”に関する研究所である。
図8:(Airbus) 「BAe 146」型機を「E-Fan X」に改造する箇所を示す図。「BAe 146」は、ブリテイッシュ・エアロスペース(British Aerospace)」が1983-2002年にかけて製造した4発ターボファンのリージョナル機。標準型で客席数は85~100席、合計387機が製造され、現在も使われている。エンジンはライコミング(Lycoming) AFL 502R-5 推力7,000 lbs ターボファンが4基。「E-FanX」では、このうちの1台をRR 製2 MW 電動モーターに換装、試験する。
図9:(Airbus) 「EASハウス」で「E-Fan X」改造が始まった「BAe 146」リージョナル旅客機。写真の内側のエンジン1基をRR製出力2 MWの電動モーターに換装する。
ZAL研究所
「ZAL」は2016年に設立されたドイツを主体とする国際的な航空研究機関である。ドイツ・ハンブルグ(Hamburg, Germany)にある世界第3位の規模を誇る航空産業集合地区にあり、民間航空に関する水素燃料電池システムを含む先端的な研究開発を行なっている。建屋面積は26,000 m2以上、600名の研究陣で研究・開発に取り組んでいる。
ZALの出資者は次の通り;―
・ハンブルグ市 20 %
・エアバス 20 %
・ルフトハンザ・テクニク(Lufthansa Technik AG) 20 %
・ZAL創業者グループ 18 %
・ドイツ航空宇宙センター(DLR=German Aerospace Center) 10 %
・ハンブルグ地区の4大学 12 %
図10:(ZAL)「 ZALテック・センター(ZAL TechCenter)」の全体図。右が研究棟、左は中小型旅客機の改造が可能なハンガー、中央が管理棟で受付や食堂、展示室などがある。
図11:(DLR=German Aerospace Center) 上空から見たZALテック・センターの全体像。建屋の奥は運河に面しているので大型機材の出し入れにも便利。
終わりに
エアバスは「ZEROe」プロジェクトに本気で取り組んでいる。ドイツ・ミュンヘン郊外に大型の研究所「EASハウス」を新設し、自動車用燃料電池で高い技術を持つドイツの「エルリング・クリンガー社」と技術提携を結び、」ハンブルグにある有力な航空研究機関「ZAL」にハンブルグ市と共同出資している。そして冒頭に述べたように「燃料電池システム・ポッド」の特許取得を進めている。
昨今のコロナ・ウイルス騒ぎでは、1日当たりの新規感染者数はフランスは15,000人、ドイツは34,000人でそれぞれ我国(3,000人)の5倍、10倍であるにも関わらず、このような先端科学に対する取組みでは、揺るぎも見せず頑張る姿勢は立派というほかはない。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Airbus December 15, 2020 “These pods could provide a blueprint for future hydrogen aircraft”
Airbus October 15, 2020 “Hydrogen fuel cells, explained”
Airbus April 24, 2020 “Our decarbonization journey continues: looking beyond E-Fan X”
Airbus October 25, 2019 “This new Airbus facility will help zero-emission technologies to take flight”
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Flight Global 16 December 2020 “Airbus explores self-contained fuel-cell propulsors for zero-emission aircraft” by David Kaminski-Morrow
TokyoExpress 2020-12-02 “スタートアップ企業がリージョナル機の改造で脱炭素化のインフラ障壁に取り組む“ by 櫻井一郎
TokyoExpress 2020-09-27 “エアバス、水素燃料旅客機3機種の構想を発表―2035年実現を目指す“