プラズマ・スラスターの実現で、宇宙飛行の時間が大幅に短縮


2021-02-20(令和3年) 松尾芳郎

 プラズマスラスター

図1:(Universe Today) 光速の数分の一という超高速で惑星間飛行をする宇宙機の想像図。12基のプラズマ・スラスターが創り出す超高速のプラズマの力で宇宙を飛行する。

 

米国の人気の科学フィクションTV番組「The Expanse (広大な宇宙)」で、太陽系の中を超高速で旅行するのに、光速の数分の一の超高速を出せる架空の推進装置「The Epstein Drive(エプスタイン・ドライブ)」を使うという話が出てくる。夢のような話で現実にはあり得ないが、プリンストン大学の最新の研究によると、理論的には「亜光速推進 (sublight propulsion)」、つまり光速の数分の一の超スピードを得る推進装置は将来実現し得る、と述べている。実現すればこれは「エプスタイン・ドライブ」ではなく、研究者の名前から「エブラヒミ・ドライブ (Ebrahimi Drive)」となるかも知れない。このエンジンは、太陽で起きている「コロナ質量放出 (CME=Coronal Mass Ejection)」の現象を「核融合炉 (Fusion Reactor)」を使って創り、推力を出そうと言うもの。

(In The Expanse, spaceships use a fictional sublight propulsion “The Epstein Drive” to travel quickly through the Solar System at several fraction of light speed. We’re not nearly there yet, but we are getting closer with the announcement of a new theoretical sublight propulsion. It won’t be an Epstein drive, but it may come to be as the Ebrahimi Drive an engine inspired by fusion reactors and the power of Solar Coronal Mass Ejections.)

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図2:(Universe Today / Ellie Starkman (PPL Office of Communication/ITER)) プリンストン・プラズマ物理研究所 (the Princeton Plasma Physics Laboratory) の物理学者ファテイマ・エブラヒミ( Fatima Ebrahimi)さん。背景は将来の「プラズマ・スラスター宇宙船(Plasma Thruster Spacecraft)」の想像図。

 

月に宇宙飛行士を送ったり、火星に探査機を着陸させたり、あるいは太陽系の外に探査機を飛ばしたりするのに欠かせないのがロケット・エンジンだ。しかしロケットは大量の噴射ガスを排出し、効率が悪く、大きくて嵩張る。燃料効率が悪いので、火星まで飛ぶには全重量の78 %を燃料が占めることになる。宇宙船を軽くするにはもっと効率の良いエンジンが必要である。

 

単位・比推力Ispの説明;―

エンジンの効率を表すのには「比推力/ specific impulse ( I sp )」と言う単位を使う。

「比推力」は、エンジンの推進剤/燃料効率を示す尺度で、燃料流量に対する推力の大きさを示す数値。言い換えると「単位質量の推進剤で単位推力を発生・持続できる秒数」となる。「比推力」は、固体燃料ロケット:200-300秒、液体燃料ロケット:300-460秒、ラムジェット:500-1500秒、等くらいである。例えると、1kgの燃料があり、それを燃やして無くなるまで何秒間加速できるか、を示す数値。つまり、この秒数が長いほどエンジンの効率が良いことを示す。

 

これまで作られた最も効率の良いロケットの一つが「スペース・シャトル」のメイン・エンジン「RS-25」で、比推力は453秒、ノズルから噴射するガス速度は4.4 km/秒でかなり早い。

「RS-25」はエアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)社が作るエンジンで、推進剤は液体水素/液体酸素、海面上推力は418,000 lbs (1.860 kN・キロ-ニュートン)。NASAは「スペース・シャトル」の後継として「スペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)」を開発中だが、これには改良型の[RS-25D]4基を搭載する。

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図3:(NASA)「スペース・シャトル」アトランテイス(Atlantis)の打上げの様子。メイン・エンジンは「RS 25」ロケット3基。

 

イオン・エンジン

 

宇宙探査の範囲をさらに広げるには、もっと効率の良いエンジンが必要になる。次世代型ロケットとして登場したのが「イオン・エンジン(ion engine)」で「イオン・スラスター」とも言う。普通のロケットは水素と酸素を燃焼させて推力を得るので「化学推進」という。固体燃料ロケットも「化学推進」。しかし「化学推進」ロケットには物理的な限界があり、排気ガスのスピードを4 km/秒以上にするのはなかなか難しい。

これに対し電気の力で物質を加速して進むのが「電気推進」である。電気推進の1つ、イオン・エンジンは、燃料には希ガスを使い、プラズマ化してプラスとマイナスのイオンにし、プラスのイオンを静電気の力で加速してやる。少量の希ガスで高速の排気が得られるのが特徴である。イオン(+)は加速した後に電子(―)を与え電気的に中和している。

しかし地上で使うには推力が小さ過ぎ適当でない、宇宙空間では長時間に渡り低推力を維持できるので使いやすい。このため、衛星の軌道修正や位置制御に使われる。

イオン・スラスターは「イオン化/プラズマ発生」「加速」「中和」の3部分で構成される。

イオンエンジン

図4:(NASA, Jet Propulsion Laboratory March 2008 “Fundamentals of Electric Propulsion: Ion and Hall Thrusters”)イオン・スラスターの原理。陰極(Cathode)は管状になっていて、ここから推進剤/希ガスを注入する。プラズマ発生装置の外周は陰極(Anode)で、ここからの電子(―)が推進剤の原子に衝突してイオン(+)を生じる。室の外周には磁力を発生する巻き線磁石が巻かれており、これでイオン化を促進する。室内のイオン(+)は加速グリッドで加速され、ノズルから排出される。ノズルには中和器/陰極があり電子(―)を放出、イオン(+)ビームを中和して噴出する。

 

ホール・エフェクト・スラスター[HET]

 

「ホール・エフェクト・スラスター(HET=Hall-effect Thruster)」は「イオン・エンジン」の一種で、磁力線の力でイオン(+)を加速・噴射する次世代型の宇宙推進装置である。「イオン・スラスター」より燃費は落ちるが、同じサイズで推力は10倍以上出せる。イオン・スラスターでは、イオン(+)同士が反発し合うため噴出口/ノズルのイオンの密度を限界値以上にできないが、[HET]では電場と磁場を工夫してホール電流を形成させ、電子密度を上げ濃いイオン(+)を噴射できる。

これで「ホール・スラスター」は、噴射速度は10 – 80 km/秒、比推力 Ispは1000 -8000 秒を出すことができる。高い効率が得られる反面、推力は極めて小さく数ニュートン( a few Newton)に過ぎない。

 

単位:ニュートンの説明;―

「1ニュートン/ 1 N」とは、重さ1 kgを毎秒1 m加速する推力を云う。従ってイオン・スラスター/ホール・スラスターは小型の宇宙機や衛星には向いているが、大型の宇宙機には別の形式の推進機が必要である。

 

「ホール・スラスター[HET]」は、現在スペースX社が打上げ・展開中の「スターリンク衛星網 (Starlink satellite)」の衛星の姿勢制御、軌道変更に使われている。

スターリンク衛星のスラスターの燃料は、「はやぶさ2」などが使っているキセノン・ガスではなく、安価なクリプトン(Krypton)ガスを使っている。[スターリンク衛星網]は、数千個の小型通信衛星を低地球周回軌道に3層に分けて打上げ、これを使い地上に設置する送受信機でインターネット通信をする衛星網である。詳しくは「TokyoExpress  2020-03-08 “スペースX、通信衛星60基の打上げに成功、しかしブースター着地には失敗・海上で回収“」に記述してある。

Starlink衛星

図5:(SpaceX) スペースXスターリンク衛星。1回に60基を積み重ねて打上げる。衛星は平板状で、背面に(薄黒い)太陽電池パネルがあり、通信用にフェイズドアレイ・アンテナ(濃い灰色)4枚がつく。NASA開発の「ホール・スラスター」は側面についている。

ホールスラスター

図6:(NASA/SpaceX) スターリンク衛星に搭載の「ホール・スラスター」の拡大写真。磁気コイルが巻かれている内筒と外筒に挟まれたリング状の隙間からイオンが噴き出している。

HET原理 

図7:(NASA, Jet Propulsion Laboratory March 2008 “Fundamentals of Electric Propulsion: Ion and Hall Thrusters”)「ホール・スラスター」の原理図。円筒状の外筒で全体を覆い、中心筒/インシュレーターと外筒の間には放射状に磁力線が作られる。陰極は外部にあり、陽極は円筒状のリング底部にある。ガス・燃料は陽極内のノズルから室内に入る。燃料の原子は電子(―)と衝突、イオン(+)化され、加速グリッドに向かうが磁力線に妨げられる。これでイオン(+)はスラスター中心軸をスパイラル状に旋回しながらノズルから噴出する。

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図8:(NASA/JPL) NASAのジェット推進研究所 (JPL) で行なった出力6 kWの「ホール・エフェクト・スラスター」運転の様子。[HET]はグレン研究所(Glenn research Center)が開発した小型衛星や深宇宙探査機用のスラスターである。

 

コロナ質量放出 /CME=Coronal Mass Ejection

 

「ファテイマ・エブラヒミ(Fatima Ebrahimi)」氏が研究中のエンジンは、イオン・スラスターではなく「プラズマ・スラスター」である。これはイオン・スラスターの特徴である電磁界(electromagnetic fields)や荷電粒子(charged particles) の理論をそのまま使う。

 

プラズマの説明;―

前述のように「荷電したガス粒子をプラズマ」と云う。プラズマは物質の状態/相の一つで、物質は温度が上がると“固体、液体、気体”と変化するが、さらに超高温になると原子はイオン(+)と電子(―)に分かれ、両者が高速で不規則な運動をするようになる。この状態を「プラズマ」と言い、これは物質の“4番目の相”になる。

 

太陽などの恒星は、高温のプラズマを殆ど可視光として放出している。だから太陽は事実上プラズマの塊と言っても良い。太陽はしばしば「コロナ質量放出 /CME= Coronal Mass Ejections 」と呼ぶ大爆発を起こして数十億トンにも達する大量のプラズマの雲を宇宙に放出する。この放出の方向に地球が入るとどうなるか?大半は地球を取り巻く磁界で遮られるが、一部は通過して地上に”磁気嵐 (geomagnetic storm)“をもたらす。

CME

図9:(NASA) 2012年8月31日に太陽で起きた巨大「コロナ質量放出/CME」の様子。

CME 2

図10;(NASA) 上図をコロナグラフを使って撮影した写真。コロナ質量放出/CMEが太陽直径の数倍に達している。

 

「コロナ質量放出/CME」は、物理学では「マグネテイック・リコネクション/magnetic reconnection(磁気再結合)」現象と呼んでいる。これが起きると通常は高緯度地方でしか観られないオーロラが、北米大陸など温帯地方でも輝いて観ることができる。それだけでなく、GPSや通信網あるいは地上の配電網に甚大な被害をもたらす。FAAでは航空機に対し[CME]からの高放射能を避けるため低空を飛行するよう指示を出すこともある。

このような嵐、「コロナ質量放出/CME」が宇宙空間に放出されるのは、「マグネテイック・リコネクション/magnetic reconnection(磁力再結合)」現象で生じる膨大なエネルギーによる。これで荷電粒子が光の速度に近い高速になり太陽表面に、地球の数倍の大きさの爆発となって現れるのである。

「磁力再結合」現象は、荷電粒子/プラズマがあればどこででも起きる。地球上にはプラズマはほとんどないが、真空状態の宇宙空間に散らばる粒子はほぼ全てがプラズマである。真空中のプラズマは、通常は自身の磁力線の及ぶ範囲で不規則に動き回りお互い一緒になることはない。しかし、何かの原因で接近しすぎると磁力線のパターンが変わり、全体が崩れて新しい形になる。この時に大量のエネルギーが出る。磁力線の中に閉じ込められていたエネルギーが「磁力再結合」で解放され、熱と運動エネルギーに変わり、荷電粒子・プラズマが磁界から飛び出すことになる。

太陽の表面では、プラズマは、しばしば磁力線と結び付き超巨大なループあるいはフレア/プロミネンス(prominences)となる。フレア/プロミネンスは、消え去るまで磁力でよじれ、曲がり、時には近くのプロミネンスと合体してうねり続ける。この「磁力再結合」で、プラズマ磁界に閉じ込められていた磁力エネルギー(magnetic energy)が運動エネルギー(kinetic energy)に変わり、超高温の大量のプラズマが数百〜数千km/秒の超高速で宇宙に放出される。

プロミネンス

図11;(NASA) 太陽表面に発生したプロミネンスが磁力線の力でループ状になった様子。右上の小さな地球と比較してその巨大さがわかる。

 

エブラヒミ氏の「プラズマ・スラスター」は、太陽でしばしば生じるコロナの「磁力再結合 (magnetic reconnection)」と同じ現象を、人工的に発生させて推力を得る装置である。

イオン・エンジンは荷電粒子/イオン(+)を常に加速して定常流にして推力を作っているが、「プラズマ・スラスター」は極く小さい「プラズマ質量放出/ミニCME」を数百分の一秒ごとに発生させ、無数のプラズマの泡「プラズモイド/plasmoids」を作り、これを放出して推力を得る。

「エブラヒミ・エンジン」は、比推力[ Isp ] 50,000秒 (5万秒)にもなり、排気粒子速度は500 km/秒と云う超高性能を発揮できると期待されている。しかも推力はイオン・スラスターより遥かに高い100ニュートン( 100 N)を出せる。

プラズマ・スラスターのもう一つの特徴は、どんなガスでも使えることだ。イオン・スラスターの場合は、キセノン(Xenon)のような希ガスしか使えない。理論上プラズマ・スラスターは宇宙のどこででも岩石や小天体からガスを抽出して燃料として使い、航海を続けられる。

ファテイマ・エブラヒミ氏は「火星やそれ以遠の太陽系の探査には比推力(I sp)が数万秒の高出力の電磁推進装置が必要」と語っている。

 

エブラヒミ氏の「プラズマ・スラスター」

 

エブラヒミ氏のプラズマ・スラスターは、米エネルギー省(DOE=Department of Energy)が所管するプリンストン・プラズマ物理研究所 (PPPL=Princeton Plasma Physics Laboratory) で主席物理研究員として携わっている同氏の研究成果である。

これは「NSTX」と名付けた核融合炉で生じる荷電粒子「プラズモイド」の観測から得られた。「NSTX」とは「National Spherical Torus Experiment fusion reactor(米国球形トーラス研究用核融合炉)」の略で、この革新的な核融合炉で1999年に初めてプラズマの生成に成功した。

「プラズマ・スラスター」は、「磁力再結合」現象を起こして荷電粒子/プラズマを加速する装置である。前述のように「磁力再結合」は、磁力線が突然分離し、再結合することで大量のエネルギーを放出する現象で、人工的には、「トカマク(tokamaks)」と呼ばれる球状/ドーナツ型をした「核融合炉(fusion reactor)」で大量の「プラズモイド」が作られる。

 

核融合の説明;―

「核融合」とは、軽い原子(重水素、三重水素)同士がくっついて(融合して)1個の重い原子(ヘリウム)に変わる現象を言う。この過程で大量エネルギーを放出する。核融合で得られるエネルギーは、燃料/軽い元素1グラムで石油8トンに相当する熱量になる。

「核融合反応」を起こすには、原子を衝突させて融合するが、原子核は(+)電荷のためお互いが反発しなかなか合体しない。衝突・合体に必要なスピードは1000 km/秒以上、これには燃料/軽い元素を1億度以上に加熱しなくてはならない。核融合反応を持続するには、燃料原子を濃い密度で長い時間一定の領域に閉じ込めておく必要がある。

 

「NSTX」核融合炉は、[PPPL]がオークリッジ国立研究所、コロンビア大学、シアトルのワシントン大学の協力を得て完成した装置。その後、2015年に1億ドルをかけて改修され現在は「NSTX-U」となり、世界最大・最強の核融合実験炉になっている。

現在世界で稼働中の原子炉は全て核分裂炉(fission reactor)で、ウラニウムのような重元素を分裂させてエネルギーを得ている。

核融合炉(fusion reactor)はその反対で、太陽など恒星の中(コア)で行われている水素等の軽い元素を融合してエネルギーを生じる現象を人工的に再現した装置である。核分裂炉の場合、使用済み燃料棒は放射能を帯びた状態で廃棄物として残るので、これを長期間、隔離した場所に保管しなくてはならない、と言う問題がある。

核融合炉は、水素でエネルギーを生成するので、廃棄物は全くない。

プラズマスラスタ

図12:(PPPL/Ellie Starkman)中央の太い柱は「トーラス (Torus)」チャンバーがプラズマを発生させ、上下の天井にある半球状の傘(umbrella)でプラズマを磁気的に封じ込める。

プラズマスラスタ2

図13:(PPPL/Ellie Starkman)「トーラス・チャンバー」の全体、球形をしている。

 

核融合炉の設計で最も難しいのは、超高温のプラズマを如何にして封入するか、の方法である。核融合炉の中でプラズマを作りには数億度の超高温が必要、このプラズマ生成を持続するためには強力な磁界が必要で、これらには大量のエネルギーを要する。

電算機モデル

図14:(DOE / Walter Guttenfelder of Princeton Plasma Physics Laboratory)トカマク型核融合炉で生じ、閉じ込められたプラズマの様子をスーパー・コンピューターで模した図。

 

核融合炉 [NSTX] の「磁力再結合」のプロセスで、これまでに「プラズモイド/plasmoids」の20 km/秒に達する高速ジェットが観測されている。

20 km/秒とは時速に換算すると72,000 km/hr、月までの距離40万kmを6時間弱で行ける速度になる。火星と地球が最も接近するときの距離は78,000,000 km (7千8百万km)、従って「エブラヒム・スラスター」付き宇宙船だと約1,000時間(1.5ヶ月)で火星に到着できる勘定だ。単純比較はできないが、2月18日にNASAの火星探査機「パーセビランス・ローバー」が火星着陸に成功した。この場合は燃料節約のためスイング・バイ航路を採ったので、飛行距離は4億7,200 kmに伸び、飛行日数は203日(7ヶ月近く)かかっている。

今のプラズマ・スラスターは20 km/秒程度の速度しか得られていない。しかし[PPPL]および米エネルギー省(DOE)の「国立エネルギー研究計算センター」などのコンピューター・シュミレーションによると、新構想のプラズマ・スラスターでは、排気速度を10倍以上・数百km/秒に超高速化することができそうだ。

これが実現すれば、火星や木星は勿論、太陽系の辺境にある冥王星、さらにはカイパーベルト天体の有人探査も可能になるだろう。冥王星探査機「ニュー・ホライゾンズ(New Horizons)」は2006年1月に発射、途中木星でスイング・バイし加速して、75億kmを飛び続け、冥王星に到着したのは10年後(2015-07)になった。(地球―冥王星間の最短直線距離は59億km)このように長期間の有人飛行はほぼ不可能だが、新構想のプラズマ・スラスターを使い直線飛行すれば十分視野に入る。

エブラヒミ氏のスラスターには他のイオン・スラスターにはない3つの特徴がある;―

①     推力を増減するための磁界の強さを調整できる。

②     推力を出すのは荷電粒子/プラズマと「プラズモイド」と呼ぶ“磁気の泡”である。「プラ  ズモイド」を使うスラスターは他にない。

③     スラスター内のプラズマは軽い原子、重い原子いずれでも使える。これは宇宙機のミッションに応じて使い分けが可能になることだ。他のイオン・スラスターでは燃料としてキセノンのような重い原子しか使えない。

同氏とそのグループは、大型および小型の原型機の試作に取り組んでいる。そして核融合炉[NSTX]の研究が進展したことで、現在は宇宙空間で最も効率の高い排気装置の開発を始めている。

プリンストン研究所[PPPL]の核融合炉[NSTX]は、フランスにある「国際熱核実験核融合炉/ITER=International Thermonuclear Experimental Reactor」で開発された部品や研究データを利用している。[ITER]は世界最大の核融合炉で、日本を含む世界35カ国が協力して建設、運営をしている最も複雑・精緻な技術プロジェクトである。2035年までに、50 MW(メガワット)の入力で500 MWの電力を恒常的に発生させ、近隣の社会に供給するのが目標。500 MWの電力は一つの都市が必要とするエネルギーを賄うのに十分なエネルギーである。

 

最後に復習の意味で「光の速度」についてまとめておこう。

光の速度;―

光が伝播する速さは30万km /秒。光が1年間に進む距離を「1光年( 1 light year or 1 ly)」と表し、太陽系外の天体までの距離を表すのに使う。

地球から月までの距離は40万kmなので、光は2秒足らずで到着する。太陽から地球までの距離は150,000 km (1億5千万km)、光の速度で8分20秒かかる。太陽から冥王星までは5,920,000,000 (59億2千万km)、光が届くには5時間半近くかかる。

太陽系の外縁部には冥王星を含む「カイパー・ベルト」があり、その先には球状に太陽系を包む「オールトの雲(Oort Cloud)」が存在する。「オールトの雲」は無数の小天体の集まりで太陽からの距離は約1光年と言われている。

太陽系に最も近い恒星は、暗い赤色矮星「プロキシマ・ケンタウリ(Proxima Centauri) 」で太陽からの距離は4.2光年ほどになる。

 

終わりに

 

イオン、プラズマ、磁界再結合、コロナ質量放出/CME、核融合、など、馴染みない言葉が多く理解がままならなかったのは残念。理解不十分のため記述に誤りがあると思うが、齢に免じて許しを願いたい。革新的推進装置「プラズマ・スラスター」の概念を少しでもご理解頂ければ幸いである。「プラズマ・スラスター」が実用になれば、太陽系探査ははるかに高速化され、宇宙に関する人類の知識は一段と高まるだろう。10年、20年後が楽しみだ。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Fraser Cain/Universe Today February 12, 2021 “Plasma Thruster Coulc Dramatically Cut Down Flight Times to the Outer Solar System” by Mathew Cimone

NASA Technology Transfer program “Hall Effect Thruster Technologies”

NASA, Jet Propulsion Laboratory March 2008 “Fundamentals of Electric Propulsion: Ion and Hall Thrusters” by Dan M. Goebel and Ira Katz

Techcrunch May 25, 2019 “SpaceX reveals more Starlink ingo after launch of first 60 satellites” by Devin Coldewey

NASA Dec 10, 2014 “The Science of Magnetic Recconnection”

TokyoExpress  2020-03-08 “スペースX、通信衛星60基の打上げに成功、しかしブースター着地には失敗・海上で回収“

JAXA 21 宇宙実験室“イオンエンジンだけじゃない、電気推進てなんだ?” by 細田聰史

Office of Science “DOE Explains…Fusion Energy Science”

文部科学省 “核融合研究”

量子科学技術研究開発気候{QST} 2018-12-26 “先進プラズマ研究開発―誰でもわかる核融合の仕組み”

TokyoExpress 2018-12-28 “探査機「ニュー・ホライゾンズ」、元旦にカイパー・ベルトの小天体に到着”