2021-03-23(令和3年) 松尾芳郎
今年2月20日にユナイテッド航空ボーイング777-222型旅客機のプラット&ホイットニー製「PW4077」エンジンが大破したのは、ファンブレードに生じた疲労クラックが原因だった。これは同社機で2018年2月にホノルルで起きたケース、および日本航空の同型機で昨年12月4日に発生した大破に続く3件目である。
(The February 20 inflight failure of a Pratt & Whitney PW4077 engine on a United 777-222 involving a cracked fan blade. This is the 3rdincident in past three years. following JAL’s on December 4, 2020 and United’s on February 13, 2018.
2月24日にNTSB(国家運輸安全委員会/ National Transportation Safety Board)が明らかにしたところによれば、「PW4077」エンジンのファン・ブレードの1枚が、付け根近くで破断しており、これは金属疲労で発生した微少クラックが徐々に拡大し破断に至ったもの」と断定した。そして当該エンジンのファン・ブレードに対して、直ちに疲労クラックの検査を行うよう勧告した。
図1:(YouTube) 2021年2月20日、ユナイテッド航空ボーイング777-222、機番N772UA、デンバー(Denver, Colorado)空港からホノルルに向け現地時間午後1時に離陸、約4分後に右エンジン(#2)が爆発、インレット・カウルとファン・カウルが脱落したが、無事にデンバー空港に戻った。脱落部品はブルームフィールド(Broomfield)の住宅街に落下したが、人身事故はなかった。
PW4000系列エンジンとは;―
PW4000系列エンジンは30年以上にわたり2,500台以上が顧客に引き渡され、合計飛行時間は1億3,500万時間を超えている。系列エンジンは大別して3種類あり、それぞれで推力範囲/ファン直径が異なる、すなわち;―
A) 証明取得1984年4月、推力範囲52,000-62,000 lbs(230-275 kN)、ファン直径94 inch (2.4 m)。エアバスA300-600、 A310-300、ボーイング747-400、767-200/300、さらに空軍用タンカーKC-46Aに搭載
B) 証明取得1993年8月、推力範囲64,000-68,000 lbs (280-300 kN)、ファン直径100 inch
(2.5 m)。エアバスA330に搭載
C) 証明取得1995年6月、推力範囲84,000-98,000 lbs (370-440 kN)、ファン直径112 inch(2.8 m)。ボーイング777系列機に搭載
上述のファン直径94 inchおよび100 inch型のファンはいずれも6 Al-4Vチタン合金鍛造の一体構造ででミッド・スパン付き。これに対し777に搭載するファン・直径112 inch型は、素材は同じだが、翼幅が広い“ワイドコード”型で翼の凸面と凹面の2枚に分割し鍛造、これを貼り合わた中空型ブレードである。今回の3件の破断はこの型式のブレードである。
PW4000のファン・ブレード
112 inch型PW4000のファン・ブレード径は112 inch (2.84 m)、22枚で構成、各ブレードは6%アルミ(Aluminum)と4 % バナジウム(vanadium)を含むチタニウム合金(Titanium Alloy)、いわゆる「Ti-6Al-4V」(チタン合金を代表する合金)で作られている。これを2枚「拡散接合」で接合し内部を中空にした構造になっている。
拡散接合の専門企業「KKヤマテック」の解説図を示す。「拡散接合」とは、素材同士を密着させ、熱と圧力を加えて接合面の結晶境界を融合させる接合方法。拡散接合は断面を観察しても接合界面が判別できないほど完全に接合する。
112 inchファン・ブレードには従来用いられてきたブレード同士を支え合うミッド・スパンはない。拡散接合で2枚の貼り合わせ構造にしたことで、強度を保ちつつ約50 %の軽量化に成功した。ブレード・ルートから先端までのエアフォイル(翼型)部分の長さは約40.5 inchで、ルート部の弦長は12.5 inch、先端部は22.25 inchの“幅広型”ブレードで1枚あたりの重さは34.85 ポンド(15.7 kg)である。
以下にB-777機エンジン大破の3件、いずれもPW4077/PW4074エンジンの「ファン・ブレード破断(FBO=Fan Blade Off)」で、航空当局により「重大インシデント(Serious incident)」に分類された件につき、時系列に沿って説明する。NTSB、JTSB、FAA、航空局など公的機関の情報と、民間の「Flight Safety Foundation」、「Aerossurance」のニュースを参照した。
① 2018年2月13日、ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UA、便名UA1175(サンフランシスコ/San Francisco, Calif.発・ホノルル行き):
乗員、乗客378名を乗せてホノルル空港到着予定の40分前に右エンジン(#2)が爆発、火災を発生、振動が起こりノーズ・カウルなど大型部品が脱落した。パイロットは非常事態を宣言、ホノルル空港に無事着陸した。乗員、乗客には異常なし。着陸後の検査で、胴体右側の客室窓下部ラインに小さな穴が空いていた。
図2:(NTSB / Aerossurance) ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UAの右エンジン(#2)[PW4077]のファン・ブレードの破断状況。
NTSB (国家運輸安全委員会) 報告書 (13 July 2020発行) の内容;―
エンジン爆発が起きたのは高度35,000 ft (FL 350)で、パイロットは大きな爆発音に続いて機体の激しい振動を感じ、計器盤上でコンプレッサー・ストール警報を知った。直ちにエンジンを停止、タワーに非常事態を通告、ホノルル空港に着陸した。
検査でファン・ブレードNo.11が1.44 inch高さの部分で破断していのを発見した。
図3:(NTSB / Aerossurance) ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UAの右エンジン(#2)[PW4077]のファン・ブレードの破断状況 。ファン・ブレードNo.11の破片、長さ15 inchがファン・エグジット・ガイドベーンに引っかかった状態で回収された。
図4:(NTSB / Aerossurance) ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UAの右エンジン(#2)[PW4077]のファン・ブレード「No. 11」の破断状況。
「No. 11」ファン・ブレードの破断面を詳しく検査したところ、中空ブレード内側の面に、合金の結晶粒子界面を起点とする微細な「ローサイクル疲労クラック(LCF=Low Cycle Fracture / エンジン運転・停止の繰り返しサイクルで起きる疲労破壊)」が発見された。ブレードの素材は規定のチタン合金成分に合致するものが使われていた。
図5:(NTSB / Aerossurance) ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UAの右エンジン(#2)[PW4077]のファン・ブレード「No. 11」の破断状況/上から見たところ。
図6:(NTSB / Aerossurance) ユナイテッド航空B777-222、登録機番N773UAの右エンジン(#2)[PW4077]のファン・ブレード「No. 11」の破断状況/拡大図。疲労破壊(LFC)の起点となる「微少クラック」のことを英国では「ラチェット・マーク/Ratchet Mark」と呼ぶ。「修復不可能な傷」と言ったような意味。
エンジン及びファン・ブレードの経歴
ユナイテッド航空の記録によると、No.2エンジンの使用開始からの時間 (TSN=Time Since New)は77,593時間、使用サイクル(CSN=Cycle Since New)は13,921サイクル、そして前回オーバーホールしてからの時間/サイクルは、それぞれ8,579時間、1,464サイクルであった。
ファン・ブレード22枚のセットは2015年7月にP&Wのオーバーホール&修理工場(O&R)でオーバーホールされた。この中でブレードには「蛍光探傷検査/FPI=fluorescent penetrant inspection」と「熱音響断層撮影検査/TAI= thermal acoustic imaging inspection」の検査が行われた。
「熱音響断層撮影検査/TAI= thermal acoustic imaging inspection」
この検査は、検査対象にマイクロ波を照射、加熱して生じた超音波を検出して、内部を可視化する新しい「非破壊検査方法」である。P&Wは中空ファン・ブレードの内部検査のため、2005年に「アクテイブ・サーモグラフィ検査法」として開発、実用化した。
このブレード(No. 11)の「TAI」検査は、2010年3月と2015年7月の2回行われているが、いずれにも「ローサイクル疲労破壊/LCF」を示す変色が記録されている。しかし検査員はブレード外面に施されている「ペイントの剥がれ」の影響と判定した。「ペイントの剥がれ」は珍しくなく、ブレードのオーバーホールでは、およそ4分の1がペイントのタッチアップか、あるいは全体の再ペイントの処置を受けている。
P&Wは、非破壊検査の実施について業界で定めた検査基準(検査員資格、再訓練の要件など)を守ってきている。しかし「TAI」検査員の認定については、これが最新の検査技術であるため業界の公式規定がなく、任命前の初期訓練、その後の再訓練、さらに訓練内容の詳細が決まっていなかった。
担当の検査員Aは「TAI」を開発したエンジニアから使い方を習って検査業務についていた。そしてユナイテッド航空の当該ファン・ブレードを検査した検査員Bは、先の検査員Aから使い方を教わって検査をした。両検査員共に40時間ほどの実技訓練(OJT=on-the-job training)は受けていた。これは他の非破壊検査、渦電流検査(eddy current inspection)や超音波検査、(ultrasonic inspection)の場合と同じ時間数である。しかし「TAI」の教育では、マニュアルは準備されてなく数枚の写真と紙で説明を受け検査器具を取り扱うだけで、極めて不十分な内容だった。研究室向けとしてはそれでも良いが、現場の作業に適用するのにはギャップが大き過ぎた。
すなわち、P&Wは「TAI」検査員に対し訓練はしていたけれど、自信を持ってブレード検査を遂行するに足る能力を付与していなかった、のである。
さらに「TAI」検査室にも問題があり、夏の午後は日差しがひどく室温が上がり、検査結果が異常を示すようになる。この指摘を受けその後空調設備や遮光装置の改善が行われた。
検査で不合格の判定を受けたブレードは、「TAI」担当エンジニアに送られるが、ここからその後の評価にについての回答は何も無なった。これは現場とエンジニアリングの間に塀があったと言える(米国の工場ではしばしば見られる状況)。
2件の「TAI」検査で判明した「熱変色の部分」がブレード破談の起因とされたことで、P&Wは、PW4000のファン・ブレード検査体制を見直し、再発防止に努めている。FAA(連邦航空局)は2019年3月22日付けでP&W PW4000エンジンの中空ファン・ブレードの検査について「耐空性改善通報 2019-03-01」を発行している。
② 2020年12月4日、日本航空B777-289、登録機番JA8978、便名JL904(那覇空港発・羽田空港行き)
2件目のPW4000ファン・ブレード破損は、2020年12月4日、日本航空B777-289、登録機番JA 8978、JL904便で、乗員・乗客合計189人を乗せて那覇空港を離陸して約20分後、那覇空港から100 kmほど北方、高度17,000 feet付近で左エンジン(#1)が大破、振動を生じたため停止し、那覇空港に引き返し無事着陸した。地上検査でファン・ブレード2枚が破断していることが判明した。ブレードは全長105 cm、破断した1枚はルートから18 cmのところで、もう1枚は72 cmを残して飛散した。ノーズ・カウルは脱落しなかったが、ファン・カウルの1部が脱落し、胴体左後部に長さ30 mの衝突痕と左水平安定板の前縁に傷が付いていた。このエンジン型式はPW4074である。
図7:(JAL /琉球新報) 日本航空B777-289、登録機番JA8978、便名904、那覇空港を離陸東京羽田に向かう際、左エンジン(#1)が大破、ノーズ・カウルは取付いた状態だったがファン・カウルの1部が脱落した。
運輸安全委員会(JTSB)によると、1枚のブレードの破断面に金属疲労によるビーチ・マークと、同心円形のマークが見られた。これらブレードは、飛行時間43,060時間、使用サイクルは33,518サイクルである。
図8:(JTSB)正面から見た左エンジンとファン・ブレード破断箇所の拡大写真。
図9:(JTSB) 破断ブレード2枚(No.16及びNo.15)と正常なブレードの比較。
図10:(JTSB) No.16 ブレード破断面。後縁から2つ目のリブの内側の隅に「疲労破壊の起点」箇所が示されている。ここから赤色矢印の方向にクラックが進展していった。
図11:(JTSB) 前図の「疲労破壊の起点」箇所の拡大図。ここから赤線で示すようにビーチ・マークが進展していった。
③ 2021年2月20日、ユナイテッド航空B777-222、登録機番N772UA、便名UA328 (デンバー/Denver, Colorado)発・ホノルル行き)
3件目は、今年の2月20日、ユナイテッド航空B-777-222、登録機番N772UA、便名UA328でデンバー空港を離陸後に起きた右エンジン(#2) PW4077の大破である。現地時間午後1時にR/W 25から離陸、4分後に右エンジン(#2)が爆発、ノーズ・カウルとファン・カウルが脱落した。直ちに引き返し午後1時28分にR/W26に無事着陸した。着陸後の検査でファン・ブレード2枚が破断しているのが見つかった。1枚の破片はファン・アウター・リングに突き刺さり、他は落下した。
第1図のYouTube動画からこれも「ファン・ブレード破断(FBO=Fan Blade Out)」現象であったことが判る。これを含め3件ともファン・ブレード・アウター・リング(fan-blade containment ring)は破れておらず、設計の意図通りファン破断片を内部に閉じ込める役目を果たしていた。ノーズ・カウルとファン・カウルは、ファン・ブレード破断で大きな振動が生じ、このため脱落した。
ユナイテッドの整備記録によると、破断したファン・ブレードは前回の検査から2,979サイクル使われ、破断面に疲労破壊の状況が見られた。このブレードは2014年と2016年に「TAI」検査を受けている。
図11:(NTSB) ユナイテッド航空 B777-222 登録機番N772UA、No.2エンジンのファン・ブレード破断。
図12:(NTSB) デンバー空港のハンガーで、検査を受けるユナイテッド航空 B777-222 、N772UA、No.2エンジンの様子。ファン・カウルもほぼ脱落している。
図14:(NTSB)ユナイテッド航空N772UA のNo. 2エンジン「PW4077」、ファン・ブレード破断面の写真。以前ユナイテッド航空(図6)、日本航空(図11)、で起きた事例と符合する。
ファン・ブレード破断 (FBO=Fan Blade Out)の対処
ユナイテッド航空の2回目、今年2月20日UA328便の「重大インシデント」発生を受けて;―
FAA(米連邦航空局)は20212月23日に「緊急対空性改善通報/Emergency AD」[2021-05-51]を発行して、次回の飛行の前にPW4074、PW4074D、PW4077D、PW4084D、PW4090、PW4090-3、のファン・ブレードに「TAI」検査(熱音響断層撮影検査)を実施すること、そして異常が発見されたブレードの再使用を禁ずる旨の通告を航空会社に出した。
該当するエンジンを装着する777-200および777-300型機は、我が国では日本航空に13機、全日空に19機ある。
プラット&ホイットニー社は2021年2月22日に、該当するエンジンのファン・ブレードに対し「特別検査指示29F-21(Special Instruction 29F-21)」を発行、1000サイクル毎に「TAI」検査を繰り返し実施するよう通告した。
終わりに
高性能部品に対する検査体制と検査手法の重要性を改めて感ずる。一昔前までの検査は、目視検査、蛍光探傷検査、渦電流検査、などが主流で、検査員の資格に関わる社内あるいは公的な規定も十分とは言えなかった。部品が高性能化するにつれ、「TAI」のような新しい検査技法が開発されてきたが、それを運用する体制が未整備であったことが、今回の「ブレード破断」の主因といえよう。高度技術社会に生きる我々にとり教訓となる事象であった。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
Aviation Week March 8-21, 2021 “ troubleing Trends” by Sean Broderick and Buy Norris
Aviation Safety Network by Flight Safety Foundation 20 Feb 2021 “UA 328 Boeing 777-222 near Denver International Airport”
Aviation Safety Network by Flight Safety Foundation 13 Feb 2021 “UA 1175 Boeing 777-222 Pacific Ocean Honolulu. Oahu”
航空局航空事業安全室 2020-12-04 ”日本航空904便の重大インシデントの対する対応について“
Aerossurance Aviation Safety Specialists on 13 Feb. 2018 “NDI Process Failures Preceded Boeing 777 PW4077 Fan Blade Off (FBO) Event (United Airlines N773UA, Flight UA1175, 13 February 2018)”
Aerossurance Aviation Safety Specialists “UPDATE: 4 December 2020 PW7074 FBO Occurrence (Japan Airlines 777-289 JA8978 Flight JL904)”
新日鉄技報第396/2013 “航空機用チタンの適用状況と今後の課題” by 稲垣育宏他3名
Wikipedia “Pratt&Whitney PW4000”