電動小型旅客機の本格的就航は北欧から始まる


2021-04-21(令和3年) 松尾芳郎

 

小型の電気動力で飛ぶ旅客機の計画が進んでいる。ノルウエーの企業だがスカンジナビア半島で最大のリージョナル航空「ウイデロー(Wideroe)」と、フィンランドの大手エアライン「フィンエア(Finnair)が計画している。「ウイデロー」はイタリアの小型機メーカー「テクナム航空機(Tecnam Aircraft)」が開発中の双発機[P-ボルト]を採用する。「フィンエア」はスエーデンに設立されたベンチャー企業「ハート・エアロスペース(Heart Aerospace)」が作る4発19人乗りの[ ES-19]を使う。両社とも2026年から就航する予定。

(Small electric driven passenger aircraft projects are taking shape. Wideroe of Norway and Finnair of Finland are looking for remote short routes in their regions. Tecnam Aircraft of Italy will develop twin engine 9 passenger aircraft for Wideie, and start up Heart Aerospace in Sweden will provides four engine 19 passenger plane for Finnair. Both target 2026 service entry.)

 

ウイデロー(Wideroe)航空:―

コロナ・ウイルス拡大の前はノルウエー国内の44空港とデンマーク、スエーデン、イギリス等に毎日400便を運航していた。このうち300便は275 km以内の距離で、P2021の時速350 km/hrで1時間以内のルートになる。最も短い区間ではおよそ15分しか掛からない。ノルウエー政府は国内航空路のエミッション削減にため、2030年までに電動旅客機を導入し、2040年までにエミッションを80 %削減することを目標にしている。

これに対応するためウイデロー航空は、イギリスのロールス・ロイス(Rolls-Royce)、イタリアのテクナム航空機(Tecnam Aircraft)とチームを組み、電気動力で飛行する小型旅客機「P-ボルト」を開発、2026年からの就航を目指している。

現在ウイデロー航空は、平均で25年間使っているボンバルデイア(Bombardier) Dash 8系列双発ターボプロップ機/37席級を約30機とエンブレアE190-E2/110席を3機を保有している。ボンバルデイアDash 8はウイデローの路線には大き過ぎ、しばしば乗客5-10人で飛行しているため、ずっと小型の機体を模索していた。

ウイデローは、しかし電動小型旅客機「P-ボルト」の発注機数は明らかにしていない。

P-Volt 2

図1:(Tecnam Aircraft/Rools-Royce/Wideroe)ウイデロー航空のロゴでノルウエー海岸を飛ぶ9席級小型旅客機「P-ボルト」の想像図。原型「P 2021」の胴体下部にバッテリー収納室が付きエンジンがRR製電動モーターに変わる。

ビデロー航空の路線

図2:(Wideroe) ウイデロー航空の路線網。コロナ・ウイルスの蔓延前までは、ノルウエー国内と近隣国の44空港で毎日400便を運航していた。

 

テクナム航空機(Tecnam Aircraft);―

1986年、イタリアのパスカル(Pascal)兄弟が作った航空機製造会社で、ボーイングやATRの部品を製造する傍ら軽飛行機の製造をするようになった。工場はネープルス・カポデイチノ空港(Naples Capodichino Airport)とオレステ・サロモネ空港に隣接するカプア(Capua)の2箇所にあり、さらに北米フロリダのセブリング(Sebring, Florida)にサービス・センターを持っている。これまでに軽スポーツ機を始めとして世界中に5,000機以上を販売している。従業員は250名ほど、創業者のパスカル兄弟は他界し、現在は兄Luigiの甥になるパウロ・パスカル(Paolo Pascal Langer)氏がCEOである。

テクナム航空機は、このほどイギリスのロールス・ロイス(Rolls-Royce)と提携して、電気動力プロペラの双発旅客機「P-ボルト(P-Volt)」の開発を始めた。「P-ボルト」は短・中距離用の9座席で旅客または貨物の輸送をする航空機。ケロシンなどの化石燃料は使わず、充電したバッテリーの力で飛行する。

これより先テクナム航空機は、11席級のピストン・エンジン旅客機「P2021トラベラー(Traveller)」を開発して2019年にFAAとEASAの証明を取得している。P2021は昨年から米国のケープ・エア(CapeAir)で就航中で最終的には100機を納入する予定。これが「P-ボルト」の原型になっている。

「P-ボルト」は、エンジンが電動モーターに変わり、アビオニクス、エアコン、防氷システム、など全てのシステムが電動化される。バッテリーはP-ボルトの地上滞留時間(15

分程度)内に充電済みのものと交換する。

「P-ボルト」計画に関する各関係者の話を聞くと;―

テクナム航空機パウロ・パスカルCEO:「これで脱炭素社会の実現に向けて貢献できる。さらに高効率の充電可能なバッテリーを使うことで運航コストの低減も期待できる。」

ロールス・ロイス電気動力部門担当専務ロブ・ワトソン氏:「RRは航空機動力の電力化を通じ航空の脱炭素化に貢献することを公約、航空からの炭素排出をゼロにするのを目標にしている。今回のテクナム航空機との提携でその第一歩を踏み出すことを誇りに思う。」

ウイデロー(Wideroe)航空CEOスタイン・ニールセン(Stein Nilsen)氏:「ノルウエー国内には中小型機用の滑走路が多数ありそれらを結ぶ路線にはゼロ・エミッション技術が欠かせない。その意味で「P-ボルト」の開発は誠に時期を得たものである。これで2025年頃からゼロ・エミッション飛行が始まることを期待したい。」

Tecnam P-volt

図3:(Tecnam Aircraft) 「P-ボルト」の完成予想図。原型「P2021」との外見の違いは、胴体下にLi-ionバッテリー・パックの収納部が付くのと、エンジンがライコミング(Lycoming) TWO 540C1A (375 馬力)からロールス・ロイス製電動モーターに変わる点である。原型「P2021」の航続距離は1,600 kmだがP-ボルトではずっと短くなる。

 

フィンエアー(Finnair):―

政府が株式の55.8 %を保有するフィンランドのフラッグ・キャリアである。ヘルシンキ(Helsinki)空港を拠点に、フィンランド国内とヨーロッパ、アジア、北米の各地に路線を展開している。アメリカン航空・ブリテイッシュ航空・日本航空などが加盟する航空連合「ワンワールド(Oneworld Airline Alliance)」に加盟している。路線はヨーロッパ内で100都市、アジアで20都市、北アメリカで7都市を結んでいる。

保有機材は、エアバスA320系列機37機、A330-300型機8機、A350-900型機16機(+発注中2機)、これらはほぼ全てが国際線で使われている。

フィンエアが株式40 %を持つ子会社ノルデイック・リージョナル・エアラインズ(Nordic Regional Airlines)は、主としてフィンランド国内の地方都市を結ぶ路線を運航している。ノルデイックが使っている機材はエンブラエル190型機12機とATR72-500型機12機である。

フィンエアはスエーデンの設立間もない企業「ハート・エアロスペース(Heart Aerospace)社」に対し、フィンエアの子会社が運航する短距離路線用としてハート社開発の19席級電動旅客機「ES-19」型機を20機購入する旨の覚書を手交した。

フィンエアは脱炭素化に熱心で、2年前に電動航空推進のための官民合同協議機関[ NEA =Nordic Network for Electric Aviation]に加盟している。

[ NEA ]は、北欧内の電動飛行に関わる地上設備、短距離飛行運営のビジネス・モデル、北欧の厳しい気象に適合した電動航空機の開発、電動航空機の世界的拡充のためのプラットフォームの役目、について検討することを目標にしている。

フィンエアの近距離路線

図4:(Finnair) フィンエアのヨーロッパ内を結ぶ路線網。

 

ハート・エアロスペース(Heart Aerospace);―

スエーデンのグーテンベルグ(Gothenburg, Sweden)にあるハート・エアロスペース社は、スエーデン政府革新技術庁[ Vinnova] が進める「電動航空輸送プロジェクト (ELISE= Electric Air Travel in Sweden)」の下で2018年に設立された国策の航空機メーカー。スエーデンのベンチャー・ファーム”EQT Ventures”からの資金、さらにEUの「European Innovation Council Green Deal Accelerator Program / 欧州革新技術協議会グリーン推進プログラム」からの資金が注入されている。

スエーデン政府は国内線航空便を2030年までに全て脱炭素/電力化すると宣言し、隣のノルウエーは2040年を目標にしている。

ハート社は2020年9月23日に、「ES-19」と名付けた航続距離約400 kmの19人乗り全電動式リージョナル旅客機の開発計画を発表した。ハート社はこれを北欧のエアライン向けに考えていたが、北米やアジア諸国からも購入の意向が伝えられている。

「ES-19」は化石燃料を使わない全電動で、炭素排気ガスを出さない、従来の航空旅行に対する認識を一変させるパイオニアと言って良い。

ICAO(国際民間航空機関)によると、全世界の2酸化炭素排出量のうち航空輸送輸送業界は3 %を排出しているが、そのうちの40 %は短距離路線のフライトで生じている。ハート社のCEOアンダース・フォースルンド(Anders Forslund)氏は「リージョナル路線を電動化すれば航空業界の炭素排出量は大幅にカットできる」と話している。

「ES-19」は、長さ750 mの滑走路で離発着できるので、人々が集中する都市の近くにも比較的簡単に“小型空港”が設置できる。これで人々の旅行に費やす時間が節約できる。

さらにエンジンが、ガス・タービン/ピストン・エンジンから電動モーターに変わることで、部品数が大きく減り、整備費が安くなり、高効率が得られ、騒音が低減する、などの利点を有する。航続距離では大型機には遠く及ばないものの、400 km以内の距離を飛ぶのであれば「ES-19」に代表される低価格、低公害、使い易さ、低騒音の電動リージョナル機は最もすぐれている。

ハート社では、「ES-19」の単価を880万ドル(9億6,000万円)に設定しているが、すでに12社から計300機以上の“発注内示 / letters of interest ”を受けている。この中にはフィンエアの20機を含み、前述のウイドラー、SAS、ニュージランドのサウンド・エア、ケベックのパスカン・エビエーション、イギリスのCity Clipper等、が名を連ねている。

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図5:( Heart Aerospace) ES-19は航続距離400 km、長さ750 mの滑走路が使え、巡航速度は180 kts (350 km/hr)、低速だが小型機用の空港で使いやすい。与圧式キャビンで通路を挟み1列ずつの座席配置になる。試作1号機の飛行は2024年中頃。ローンチ・カストマー/フィンエアでの就航は2026年末の予定。

 

「ES-19」は4発でデハビランド・カナダ製ダッシュ7を小型化したように見えいる。大きさはツイン・オッター(Twin Otter)と同じくらいだが、客室は与圧構造になる。

バッテリーはイギリスのバッテリー・メーカー「エレクトロフライト(Electroflight)」社の「HEPBAS=High Energy Propulsion Battery System /高出力エンジン用バッテリー」の採用を決めた(2021-02-26)。

ES-19は着陸のたびにバッテリー充電が必要になるので各空港には充電設備を準備しなくてはならない。バッテリーの寿命は繰り返し充電で1,000回以上になる。

エンジンに相当する部分は7翅プロペラ、電動モーター、バッテリーを一体化し「推進システム(propulsion system)」として脱着できる構造。すでに試作ユニットの地上試験が始まっている。このほかの主要なシステムについては、2021年末にサプライヤーを選定する予定。

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図6:( Heart Aerospace) ES-19の4基の推進装置は、400 KW電動モーターで7翅プロペラを回す。プロペラはゆっくり回転し、高効率で低騒音になる。推進装置には容量180 KWhのリチウム・イオン(Li-ion)バッテリー・パックが搭載される。バッテリー・パックは30個のモジュールからなり、各モジュールは504個のバッテリー・セルで構成される。バッテリー・パック4基の合計出力は720 KWhになる。このエネルギーで400 kmを飛行する。バッテリー技術は日進月歩なので将来はさらにエネルギー密度が向上するので航続距離を1,000 kmにすることが可能。

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図7:( Heart Aerospace) ES-19の推進装置(propulsion system)。

 

終わりに

止まることのない中国の領土拡張政策と世界的なコロナ・ウイルス蔓延が世界の話題だが、加えて地球温暖化を防ぐ脱炭素社会実現への活動が関心を集めている。航空業界でも2030年ごろを目標にした脱炭素旅客機の開発がヨーロッパを中心に進んでいる。

ここでは、「ウイデロー航空」・「テクナム航空機/P-ボルト」の組合せと「フィンエア」・「ハート・エアロスペース/ ES-19」の組合せを紹介したが。この他にも同様な開発計画が多く報道されている。スペインでは「ボルテア航空」と「エア・ノストラム」が共同で「ダンテ航空機」が作る19席ハイブリッド旅客機「DAX-19」の開発に協力している。さらにブリテイッシュ・エアウエイズ(英国航空)は米国のスタートアップ企業「ゼロアビア(ZeroAvia)」に80億円を投資、50席級の水素-電動システムのエンジンを装備する双発旅客機を2026年就航を目標に開発を急がせている。「ゼロアビア」には、英国航空の他に英国政府の航空宇宙技術研究所(ATI=AerospaceTechnology Institute)が資金を出している、アマゾンのジェフ・ペゾス氏やマイクロソフトのビル・ゲイツ氏もそれぞれ20億円規模の援助をしている。ゼロアビアは、まず19人乗りの機体からはじめて50席型を2026年に、続いて100席級を2030年に飛ばす予定にしている。

日経紙(2021-04-17)は、“日本航空は2035年以降に水素で動く小型機を導入する、今年5月に公表する来年以降の中期計画に反映させる”と報じている。これには英国航空が進める「ゼロアビア」が有力候補の一つになりそうだ。

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図8:(ZeroAvia)英国航空/ゼロアビアが開発中の水素-電動推進システムで飛行する50席級リージョナル機。既存のATR 42 リージョナル機が基本のようだ。ゼロアビアは昨年9月に単発6人乗り小型機パイパー・マリーブ(Piper Malibu)を水素燃料電池(hydrogen fuel cells)機に改造して飛行に成功、試験を続けている。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

・Aviation Week April 5-18, 2021 “Electric Pioneer” by Jens Flottau and Graham Warwick

・Tecnam P-Volt: Lifting the world to sustainable Energy 10-23-2020

・Rolls-Royce Press Release 11 March 2021 “Rolls-Royce and Tecnam join forces with Wideroe to deliver an all-electric passenger aircraft ready for service in 2026

・Aviation Today October 27, 2020 “Tecnam partners with Rolls-Royce to develop All-Electric P-Volt” by  Woodrow Bellamy III

・Flight Global 25. September 2020 “Swedish’s Heart Aerospace presents all-electric regional aircraft” by Pilar Wolfsteller

・Flight Global 27 February 2021 “Elecroflight battery system will power Heart Aerospace ES-19” by Pilar Wolfsteller

・AIN online March 26, 2021 “Finnair Plans to Electrify Fleet with Heart ES-19 Aircraft” by Gregory Polek

・Finnair Blue Wings 25.03.2021 “Finnair strengthens collaboration with pioneering electric aviation startup Heart Aerospace”

・Mentour Pilot Jan. 6, 2021 “Heart ES-19 – Electric Aviation in the roght environment?” by Spyros

・Techcrunch.com April 14, 2021 ”ZeroAvia’s hydrogen fuel cell plane ambitions clouded by technical challenges” by Mark Harris