令和2年度(2020)の緊急発進が減少、なぜ?


2021-04-11(令和2年) 松尾芳郎

 

防衛省統合幕僚監部は令和3年4月9日、「令和元年度の緊急発進実施状況について」として報道向け資料を発表した。周知の内容であるがここに整理して紹介する。

 

全般:

令和元年度の緊急発進回数は725回、前年度より222回減少した。内訳は対中国機が 63 %、他は対ロシア機であった。

 

方面隊別の状況

北部航空方面隊が206回、中部航空方面隊が36回、西部航空方面隊が79回、そして最大は南西航空方面隊が404回の緊急発進を行なった。

過去5年間の推移を見ると、北部航空方面隊は200-300回程度、中部航空方面隊は30-60回程度なのに対し、西部航空方面隊は従来の70回前後から130回程度で推移している。さらに東シナ海に面し中国軍に対峙する南西航空方面隊は全体の緊急発進回数の過半を占め404回に達している。南西航空方面隊のさらなる増強が喫緊の課題であることを示している。

 

令和2年度の特徴

中国機に対する緊急発進回数は前年度より減り458回だったが、H-6戦略爆撃機やロシア軍Tu-95戦略爆撃機との共同飛行を含め、日本海から東シナ海、さらには太平洋への長距離飛行が増加している。

ロシア機に対しては緊急発進回数は258回で、前年度より減少した。また新しいSu-34戦闘爆撃機が前年度に続いて我国防空識別圏(ADIZ)に姿を見せたの注視すべき点である。

防衛省が特に注目しているのは、昨年末12月22日(火)中国空軍H-6K爆撃機4機とロシア空軍Tu-95爆撃機2機が日本海・東シナ海空域で編隊を組み、共同で偵察・示威飛行を行った件である。本件は「TokyoExpress 2020-12-31 “令和2年12月、我国周辺における中露両軍の活動と我国の対応“」5~7ページに紹介したので参照されたい。

令和2年度緊急発進のコピー

図1:(統合幕僚監部)令和2年度(2020年度)での我国防空識別圏(ADIZ)侵犯の事例に、空自各方面隊の担当空域を追加した図。

2020 緊急発進と中国機

図2:(統合幕僚監部発表数値をグラフ化) 2015年度(平成27年度)以降の年間緊急発進回数は、大半が中国機で占められている。

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図3:(統合幕僚監部発表数値をグラフ化) 2020年度(令和2年度)における緊急発進回数の方面隊別の図。那覇基地の南西航空方面隊の緊急発進回数が突出して多い。

 

空自の4個航空方面隊とは:

航空方面隊とは、全国を4つに分けて担当する方面隊をいう。各方面隊は、1 – 2個戦闘航空団、1 – 2個高射群、1個航空警戒管制団、および整備その他の支援部隊で構成され、担当空域の戦闘部隊を統括する。

各航空方面隊の戦闘航空団とその下にある飛行隊は計12個隊で、配備状況は次の通り。合計約280機の戦闘機が配置されている;―

(つまり1個飛行隊は戦闘機20機前後で編成されている)

北部航空方面隊(司令部-三沢):

・第2航空団(千歳基地)、第201飛行隊(F-15)、第203飛行隊(F-15)

・第3航空団(三沢基地)、第301飛行隊(F-35A)、第302飛行隊(F-35A)、

・北部航空警戒管制団(三沢基地)

・第3高射群(千歳基地)

・第6高射群(三沢基地)

中部航空方面隊(司令部-入間):

・第6航空団(小松基地)、第303飛行隊(F-15)、第306飛行隊(F-15)

・第7航空団(百里基地)、第3飛行隊(F-2)

・中部航空警戒管制団(入間基地ほか)

・第1高射群(入間基地)

・第4高射群(岐阜基地)

西部航空方面隊(司令部-春日):

・第5航空団(新田原基地)、第305飛行隊(F-15)

・第8航空団(築城基地)、第6飛行隊(F-2)、第8飛行隊(F-2)

・西部航空警戒管制団(春日基地)

・第2高射群(春日基地)

南西航空方面隊(司令部-那覇):

・第9航空団(那覇基地)、第204飛行隊(F-15)、第304飛行隊(F-15)

・南西航空警戒管制団(那覇)【注】参照

・第5高射群(那覇基地)

この他に「航空救難団」、「航空戦術教導団」、警戒航空団」があり、輸送機部隊として「航空支援集団」として3個輸送航空隊がある。さらに教育を司る「航空教育集団」が各地の基地にある。

「平成31年度(令和元年度/2019)以降に係る防衛計画の大綱(30大綱)」には、航空自衛隊について、「戦闘任務用として13個飛行隊、戦闘機約290機を整備する」と明記されているので今後の増強を期待したい。

【注】南西航空警戒管制団の概要

中国軍の動静を素早く探知する任務を持つのが南西航空警戒管制団のレーダー部隊、その現状は次の通り。

・第53警戒隊;宮古島分屯基地 (J/FPS-7 )地上電波測定装置 J/FLR-4Aを併設)

・第54警戒隊;久米島分屯基地 (J/FPS-4)

・第55警戒隊;沖永良部島分屯基地 (J/FPS-7)

・第56警戒群;与座岳分屯基地 (J/FPS-5C)

J/FPS-4レーダー:大型固定3次元レーダー、全国6カ所に配備、東芝製

J/FPS-5レーダー;航空機、BMD用レーダー、通称「ガメラ」、全国4ヵ所/下甑島、佐渡、大湊、与座岳、に配備、三菱電機製

J/FPS-7レーダー;航空機、BMD用レーダー、近距離用3面、遠距離用1面のアンテナで構成。全国6ヵ所に配備、日本電気製

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図4:航空幕僚監部)沖縄本島与座岳に設置されたJ/FPS-5レーダー。高さ34 mの6角柱の3面にアクテイブ・フェイズド・アレイ・レーダー・アンテナがある。写真左面には直径18 mのドーム、この内側はL、S、バンド・レーダーで航空機と弾道ミサイル探知用、右と後面の直径12 mドーム内側のLバンド・レーダーは航空機用。建物全体が回転し高脅威方向に指向できる。

 

2020年度(令和2年度)緊急発進が減少した理由

前述のように緊急発進回数は、2019年度が947回であったのに対し2020年度は725回に大きく減少し4分の3ほどになった。軍事評論家K氏によると、緊急発進の減少の理由は、「脅威が減少したのではなく航空自衛隊の対応能力が限界に近ずいたから」としている。今回の発表の1ヶ月ほど前、政府関係者が時事通信に「2020年度はスクランブルの総量を抑えている」と情報が伝えられた。すなわち、緊急発進の対象を「防空識別圏(ADIZ)に侵入しただけでは行わず、領空侵犯の恐れのある対象機に絞る」ことに改めた、と言うことである。K氏は2020年度当初からこの方針が採られてきた、と述べている。

事実、2020年度の中国空軍の活動はコロナにも影響されず、増強が進みむしろ活発化している。空自としては、中国の軍事力増強に従来通り対応するのには、能力の限界に達した結果と言える。代替措置として、空自各方面隊にあるレーダー網と高射群、それに陸自の地対空ミサイル部隊が中国機の監視・追尾を行い領空侵犯に対応している。

日本以上に中国軍機によるADIZ/領空侵犯に悩まされている台湾も、我国と同じ問題を抱えており、台湾国防省は今年3月29日に台湾の国会でスクランブルの中止を発表した。その代わり陸上配備の地対空ミサイル部隊が、レーダーで中国機を監視・追尾する態勢に改めている。

本来「ADIZ/防空識別圏」とは「この範囲に入った航空機を確実に識別する」と言う範囲で、当該国には何の権利もない公の区域と言って良い。むしろADIZを侵犯したからといって、真面目に緊急発進を続けるのは、敵(中国/ロシア)に自らの能力を知らせることにもなるため、緊急発進は領空侵犯の恐れのある場合に限定した方が良い、と判断したのが「減少」の理由である。

同氏は続けて次のようにコメントしている。

現在の米インド太平洋軍デービットソン司令官と次期司令官に指名されたジョン・アキリーノ海軍大将は相次いで3月9日と3月23日に上院軍事委員会で、「中国による台湾侵攻は真近に迫っている」と証言している。台湾有事となれば我国は南西諸島方面に戦力を集中しなければならなくなる。しかし中露が連携して日本を脅かす状況になれば北海道にも戦力を割くことになる。最近のニュースを注意深く読むと、ロシアはウクライナとの国境で挑発行動を繰り返している。これは対中国に戦力を集中する米軍を牽制、分断するための行動と見られる。仮に欧州と極東で紛争が起きると、米軍は2正面作戦を強いられ、対中国に十分な戦力を投入できなくなる。日本にも同じ影響が降りかかり、少ない戦力を分断せざるを得なくなる。

台湾も日本も有事への備えを一層強化せねばなるまい。国際情勢はそう教えている。

 

―以上―