2021-11-29 (令和3年) 松尾芳郎
米国防総省(DoD)は「2021年次中国軍事情勢報告 (2021 China Military Power Report)」/173ページを発表(11月3日)、米連邦議会に提出した。その要旨を以下に述べる;―
中国は2020年年末までの1年間に恐るべき勢いで軍事力増強を進めている。
中国は人民解放軍の強大化を推進し、2049年までにその国家目標「偉大な中華帝国の復活」の達成を目指している。習近平主席は2017年の施政演説で、人民解放軍の将来について「2035年までに近代化を完了する」、「2049年までに世界一の軍事力を保有する」、の二つを目標として掲げた。
(The U.S. DOD released its annual report to Congress on military and security development involving China, referred as the China Military Power Report. Key Points are;- China aims to achieve “the great rejuvenation of the Chinese nation” by 2049 to match or surpass U.S. global influence and power.)
図1:(US DOD)国防総省発表の「2021年次中国軍事情勢報告」の表紙。
中国軍は2020年を通じてこの野心的な目標に向け、装備の近代化を推進、組織の近代化を図り、有事への即応態勢を進めている。
すなわち、中国全土に長射程精密攻撃用のミサイル、航空機の基地を張り巡らし、宇宙に監視衛星網を展開、サイバー攻撃能力を高め、加えて核攻撃能力を拡充してきた。
2020年に中国共産党は、「新目標として中国軍の近代化計画を2027年に前倒し完了して、台湾侵攻を実現する」と発表した。
- 核弾頭:保有する核弾頭は現在の200発から2027年には700発に、2030年までに1,000発を超える見込み。
- ミサイル:大陸間弾道ミサイル(ICBM) は昨年の100発から150発に、中距離弾道ミサイル(IRBM)は200発から300発に増えたが、ランチャー(発射機)数は変わりない。短距離弾道ミサイル(SRBM)は600発から1,000発に増加している。地上発射型巡航ミサイル(GLCM)は300発になった。
「DF-17」巡航ミサイル;―注目すべきは、初の超音速滑空巡航ミサイル(HGV)「DF-17」の配備が始まった点だ。これは中距離弾道ミサイル(MRBM) と同じ射程2,000 km のミサイル。中国国防省呉謙報道官は「DF-17はすでに相当数を配備済み」、「配備基地には台湾に面した福建省(FuianとZejian)を含む」と11月25日に明らかにした。
「DF-17」は、米軍呼称では「中射程弾道ミサイル/超高速滑空ミサイル(Medium -range Ballistic Missile(MRBM)/Hypersonic Glide Vehicle(HGV))としている。発射後、これまでの弾道ミサイルと異なり、はるかに低い成層圏に近い“低地球周回軌道”を飛び、目標への途中で超音速滑空飛翔体「DF-ZF」/Wu-14(hypersonic glide vehicle DF-ZF/Wu-14)を分離する、「DF―ZF」は高度40 km前後の成層圏を跳躍滑空し変則軌道で飛びながらマッハ5以上の速度で目標に着弾する。
全長11 m、核/通常いずれの弾頭も搭載可能、射程1,800 km~2,500 km、配備開始は2019年、車両搭載型で発射時重量は1,500 kg、飛翔速度はマッハ5~10と推定される。
「DF-26」中距離弾道ミサイル(IRBM);―中国内陸部の基地からグアム島を攻撃できる中国初の射程4,000 km のIRBMで、核/通常いずれの弾頭も使用可能なミサイル。車載型ランチャーに搭載・発射する。全長14 m、直径1.4 m、弾頭1.2~1.8 ton、固体燃料2段式ロケットである。対艦攻撃用のモデル「DF-16B」が2020年8月に南シナ海の移動目標に向け発射、試験に成功した。
2020年までに80~100両のIRBM輸送・発射用ランチャー(TEL)がDF-26旅団に配備された模様。各旅団は12~18両のTELで構成されている。
図2:(米国防総省2021年次中国軍事情勢報告)台湾侵攻に向け、中短距離弾道ミサイル/MRBMおよび短距離弾道ミサイル/SRBMを増やしている。
図3:(Wikipedia)中国軍が2019年10月1日、建国70周年パレードで公開した極超音速滑空巡航ミサイル「DF-17」。射程は最大で2,500 km、北京近郊から発射すれば日本全域の攻撃が可能。「極超音速滑空巡航ミサイル」とは、部分軌道爆撃システム(FOBS)の一種で、弾頭に超音速滑空飛翔体を乗せ、低い地球周回軌道から発射、マッハ5以上の超高速で進路を変えながら目標に突入する兵器。このため迎撃がかなり困難しい。我国の重要施設の防御も困難だが、南シナ海、東シナ海、西太平洋、に展開する米空母打撃群、遠征打撃群にとっても大きな脅威となる。
2020年1月発表の環球時報ニュースでは、新型のTELがビデオ公開された。新TELは、普段は砂漠のトンネル内にミサイル搭載済みのトレーラーを(カバーをした状態で保管)収納、必要時にトラクターを連結、運び出して発射する仕組みに改めた。
図4:「DF-26」中距離弾道ミサイルは2015年9月の北京軍事パレードで公開された。輸送・発射用車両(TEL=road-mobile Transporter-Elector Launcher)に搭載され、2016年から配備されている。2段固体燃料ロケットで発射時重量20 ton、射程4,000 km、中国内陸部からグアム島の基地および西太平洋や南シナ海に展開する空母打撃群を攻撃できる。
- 海外遠征能力:中国は、数年前から南シナ海からインド洋にかけて戦略拠点を構築し続けてきたが、今年になり「国防法(National Defense Law)」を改定、人民解放軍は海外遠征展開能力を拡充し、特に目標地点に迅速に兵力を集中投入する能力(Power -Projection Capability)の増強を目指している。その中心となるのは、外洋作戦能力を持つ”海南/31“ などの075型ドック型揚陸艦、“遼寧”、“山東”、の空母、”南昌(レンハイ)“級ミサイル巡洋艦(駆逐艦とも呼ぶ)、などの最新型艦艇群である。
この「兵力集中投入能力」の増強は今後一層加速される。
海軍艦艇の増強は著しく、潜水艦を含む艦艇数は355隻に達し米海軍の隻数を超え、世界最大となった。
図5:(CCTV/国防軍時) 「075型強襲揚陸艦」は最新型のドック型揚陸艦。写真の2021年4月就役・南海艦隊所属の「海南(Hainan / 31)」と2022年就役予定で南海艦隊に配備される「広西(Guangxi / 32)」がある。続けて1隻が建造中。満載排水量36,000 ton、全長245 m、ヘリコプター30機を搭載し全通飛行甲板から発進する。さらに上陸用大型LCAC 揚陸艇3隻を搭載、ヘリと共に1,600名の上陸部隊を短時間で揚陸できる。米海軍の強襲揚陸艦「アメリカ」に匹敵する性能を備える。
図6:(統合幕僚監部)055型レンハイ級ミサイル駆逐艦(米海軍では巡洋艦と呼ぶ)。写真「南昌・101」は2020年就役。前級の「052D型昆明級」を近代化した最新鋭のイージス艦。満載排水量13,000 ton、全長180 m、速力32 kts、各種ミサイル垂直発射装置VLSを112セル装備するなど兵装が充実している。同型艦は3隻が完成、3隻が建造中、追加2隻を予定。VLSからは、YJ-18対艦ミサイル、CJ-10対地巡航ミサイルを発射できる。70口径130 mm単装砲を装備。艦尾にはZ-18型ヘリコプター2機搭載の格納庫がある。
図7:2019年12月に中国初の国産空母「山東(Shandong)」が就役した。海南島三亜海軍基地に配備されている。本艦はウクライナから購入した未完成品「クズネツオフ(Kuznetsov)」を空母にした「遼寧(Kianing)」を基本にし、スキージャンプ式甲板を備えている。中国海軍はさらに3隻目の空母を建造中で、こちらはカタパルト発艦方式となり、より大型の航空機を搭載でき、2024年に就役すると見られる。いずれも50,000~60,000 ton級の大型艦である。
- 台湾侵攻が切迫:台湾に対する軍事的圧力は増大しつつある。台湾海峡に面した基地には昨年対比で4,000名の陸軍部隊が増強されている。水陸両用ドック型揚陸艦および通常型揚陸艦はこの1年で20隻建造され合計で57隻になり、内49隻が台湾近傍の基地に配備されている。
潜水艦は、昨年1年間で15隻が新たに配備された。これには通常動力攻撃型、原子力攻撃型、弾道ミサイル発射型、を含んでいる。これで中国海軍が保有する潜水艦は2020年には65隻から70隻に増強される。
更に戦闘機100機を新造、航空兵力をも増強した。加えて“クラウド・コンピューテイングおよびビッグデータ解析手法などの革新技術の適用が、予想以上の速さで進んでいる。中国は、これらの能力を使い、台湾侵攻の達成とそれ以後の軍事バランスの転換を目指している。
- 中国の目的:米国が現在維持している世界規模の影響力と軍事力に対し「対等若しくは凌駕する」ことが中国の最終目標である。近い将来この目標を達成して、米国からインド・太平洋で米国と同盟し安全を保障されている諸国を分断、インド・太平洋を含む世界秩序を中国主導で再構築することを目論んでいる。
これで米国と中国の緊張は一層高まるだろう。両国間の軍事的対話は、昨年は18回行われたが今年は僅か4回しか行われていない。全体として今年の中国は軍事的に大幅に増強され、不測の事態に即応できる体制を整えるに至った。
終わりに
米国防総省発表の「2021年次中国軍事情勢報告」については、知る限り我国マスコミでは余り取り上げなかったように思う。報告書は前文を含めると200ページ近くの長文なので、本稿は米国の研究機関「American Enterprise Institute」が解説した要旨を基にして作成した。これによると中国の世界制覇の野望「大中華帝国の復活」は本気で遂行されつつある。我国が自立を続けるためには、こちらも本気で対策に取組まなくてはならない。さもなければ、中国の属國にされること疑いなしだ。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
- Department of Defense “MILITARY AND SECURITY DEVELOPMENTS INVOLVING THE PEOPLE7S REPUBLIC IF CHINA 2021”
- Council on Foreign Relations November 4, 2021 “DoD’s 2021 China Military Power Report: How Advances in AI and Emerging Technologies Wii Shape China Military” by Michael C. Horowitz and Lauren A Kahn
- AEI (American Enterprise Institute) 2021/11/08 “5 Key updates in the `Pentagon’s 2021 China Military Power Report” by Zack Cooper
- Naval Today.com “2021 China Military Power Report”
- Missile Threat August 2, 2021 “DF-17”
- Missile Threat August 5, 2021 “DF-26”
- Global Security.org 2021/10/25 “Dongfeng-ZF/DF-17 Hypersonic Glide Vehicle [HGV]