JAXA、イプシロン・ロケット5号機打上げに成功


2021-11-20日(令和3年) 松尾芳郎

2021-11-22 改定(字句の修正、補足)

図1:(JAXA)2021年11月9日午前10時前に鹿児島県種子島JAXA施設から打上げられる「強化型」・「イプシロン ・ロケット」5号機。9基の小型衛星を次々に分離、正確に予定の太陽周回軌道(SSO)への投入に成功した。

図2:(JAXA) イプシロンロケット5号機の上昇イメージ、コンピューター・グラフィックス作成の想像図。「イプシロンロケット強化型」は、固体燃料ロケット3段プラス液体推進システムの構成、全長26 m、直径2.5 m、打上げ時重量95.4 ton、地球周回低軌道には1.5 ton、太陽同期周回軌道(SSO)には590 kgを打上げる能力がある。

イプシロン ・ロケット(Epsilon Launch Vehicle) は、JAXAとIHIエアロスペース社が開発した固体燃料使用の小型衛星打上げ用ロケットである。JAXAが三菱重工と開発してきた液体燃料使用の大型ロケットH-IIAおよびその後継機 H-3と共に、日本の衛星打上げの基幹ロケットに位置付けられている。

イプシロン ・ロケットは、それまで使われてきた「M-V」に代わり、運用・設備・機体構成の全体を改良、世界一コンパクトな打上げロケットの実現を目指し、加えて衛星を分離する機構を衝撃を少なくする方式に改め、衛星の負担軽減を実現した。これまでに鹿児島県種子島内之浦宇宙空間間観測所から5機を打上げ、全て成功している。

JAXAの発表によると、打上げたロケットは「強化型」と呼ぶ5号機。「革新的衛星技術実証2号機」を搭載し2021年11月9日9時55分に打上げた。打上げ52分後に小型実証衛星2号機(RAISE-2)を、また1時間6分後から1時間11分後にかけてTeikyouSat-4、ASTERISC、Z-Sat、DRUMS、HIBARI、KOSEN−1、ARICA、およびNanoDragon、の合計9個の衛星を次々と分離、すべて予定の軌道に正確に投入することに成功した。

イプシロン ・ロケット試験機

従来JAXAには、小型惑星探査機「はやぶさ」やX線天文衛星「すざく」などの打上げた固体燃料ロケット「M-V(ミュー・ファイブ)」があった。「M-V」は7回打上げて6回成功の実績がある。しかし、2006年に廃止が決まり、その後継として2010年から「イプシロン ・ロケット試験機」の開発が始まった。「試験機」は既存の「H-IIA」や「M-V」の技術を継承、短期間で低コストのロケットを開発することを目標にした。

「試験機」は3段構成で。第1段にはH-IIAロケットの固体燃料ブースター「SRB-A」の改良型、第2段には「M-V」の3段の改良型、そして第3段には「M-V 5号機」の4段を改良したロケットを組合わせている。さらに電子機器、部品にはH-IIA搭載の装備品と共通性を持たせた。

図3: (JAXA) 「イプシロン 試験機」の構成。フェアリング内には、衛星などの「ペイロード」部、「2段ロケット」部、「3段ロケット」部、を含んでいた。「強化型」では「2段ロケット」部を外して本体側に移し、フェアリング部を短くた。

「試験機」から「強化型」へ

「試験機」による惑星宇宙望遠鏡「ひさき(SPRINT-A)」の打上げ成功(2013年9月14日)した後、性能を向上し、衛星サイズの大型化に対応できる「強化型」の開発が始まった。

  • 「強化型」では「2段ロケット」部をフェアリング外に出すと共に、ロケット直径を2.2 mから2.5 mに拡大、搭載する推進剤を「試験機」の11 tonから15 tonに増量した。
  • ロケット・ケースはCFRP(炭素繊維複合材)の3層構造(断熱・水密・気密)だったのを高性能CFRPの採用で単層にし軽量化した。
  • 電子機器では、2段ロケットと3段ロケットに搭載される電力シーケンス分配器(PSDB)を、従来の機械式リレーから半導体リレーに改良、1基あたりの重量を20 kgから12.5 kgにした。
  • 衛星分離の際に生じる衝撃緩和のため、従来使っていた「結合バンド・ボルトの爆薬切断」方式を改め「機械式結合バンド分離機構」に変更した(イプシロン3号機から)。
  • イプシロン3号機から、3段ロケットの上に小型液体推進システム(PBS=Post Boost Stage)を搭載し、精度の高い衛星軌道投入を可能にした。これはH-IIA打上げロケットでも使われている。
  • イプシロン4号機から、複数の衛星を同時に打上げ、それぞれを正確に軌道に載せる技術を確立した。イプシロン4号機は、7基の衛星を同時に打上げる「革新的衛星技術実証1号機」を搭載して打上げた。このために “複数衛星搭載構造(ESMS)” と “キューブサット放出装置(E-SSOD)” を開発した。
  • 「革新的衛星技術実証機」とは、大学、研究所、民間ベンチャー企業などに宇宙開発へ進出する機会を提供するために、JAXAが用意した装置の名称である。冒頭に述べたように、イプシロン5号機に搭載した「技術実証2号機」は、去る11月9日に9基の衛星を搭載して打上げに成功した。続いて2022年度に「技術実証3号機」、2024年に「技術実証4号機」などの打上げが予定されている。
  • イプシロン4号機、すなわち「革新的衛星技術実証1号機」搭載の場合、衛星搭載部は、下から順番に、PBS、キューブサット放出装置(E-SSOD) 2個と複数衛星搭載構造(ESMS)があり、ここに60 kg級超小型衛星を3個ずつ2段、その上に200 kg級衛星1個が搭載された。
  • 「強化型」では衛星の太陽同期周回軌道(SSO=Sun Synchronous Orbit) への打上げ能力を「試験機」の450 kgから590 kgに増加できた。
  • 太陽同期周回軌道 (SSO)とは、北極と南極の上空を通過する極軌道のうち、軌道面と太陽方向の角度が一定に保たれる軌道。軌道面が地球-太陽を結ぶ直線に対し常に垂直になる。地球観測に最適な軌道で高度は500-900 km程度。これに対し国際宇宙ステーションなどが回る「低地球周回軌道(LEO)」は高度200-500 kmの円・楕円軌道がある。

図4:(JAXA) 「試験機」と「強化型」の比較図。「試験機」では全長24.4 m。直径2.2 m、これに対し「強化型」は全長26 m、直径2.5 m、とやや大きくなっている。

イプシロン「強化型」から「イプシロン S」へ

イプシロン はこれ絵まで「試験機」は1機のみ、その後は「強化型」に改まりこれまでに4機が作られた。これらの衛星打ち上げ実績は次の通り;―

第1段階

  1. 2013年9月 :試験機・成功/惑星分光観測衛星「ひさき」
  2. 2016年12月:2号機・強化型成功/ ジオスペース探査衛星「あらせ」
  3. 2018年1月 :3号機・強化型成功/高性能小型レーダー衛星「ASNARO-2」
  4. 2019年1月 :4号機・強化型成功/革新的衛星技術実証1号機(衛星7基搭載)
  5. 2021年11月:5号機・強化型成功/革新的衛星技術実証2号機(衛星9基搭載)

さらに革新的衛星技術実証3号機(2022年)および4号機(2024 年)の打ち上げを予定。

第1段階の成果

  1. 発射管制、発射前点検などでコンパクトな手順を実現した。
  2. 「低衝撃衛星分離機構」の実用化で、ペイロード衛星が受ける音響、振動、衝撃などの影響が低減、衛星搭載環境が著しく向上した。
  3. 打上げ需要の多い「太陽同期周回軌道(SSO)」への投入と高い軌道投入精度を実現した(3号機以降)。
  4. 複数衛星の同時打上げ方式の実用化に成功した(4号機と5号機)。

第2段階

第1段階の成果を基に第2段階では、さらなる国際競争力を高めるため「イプシロン S」ロケットを開発、2023年から打上げを開始する。

「イプシロン S」の特徴は次の通り。

  1. 衛星搭載部フェアリングをカプセル化

「強化型」ではフェアリング内にペイロード/衛星と3段ロケットが一緒に搭載されるので、衛星搭載後にロケットの点検をする必要があった。このため衛星を顧客から受領して打上げまで1ヶ月ほどを要した。「イプシロン S」では3段ロケットをフェアリングの外に出し、衛星搭載前に点検できるように改め、これで衛星受領後・打上げまでの期間を10日以内に短縮する。

  • 3段ロケットの改良

「強化型」では3段ロケットの姿勢制御は、本体を回転させて姿勢を保つ「スピン安定方式」を使っている。「イプシロン S」では可動ノズルを使う「推力偏向制御方式(TVC=Thrust Vectoring Nozzle)」を採用、これで3軸姿勢制御を行い衛星投入を一層容易にする。また3段を大型化し推進剤量を2倍にして打上げ能力を向上する。

  • 1段ロケットの性能向上については、「強化型」ではH-IIA/Bロケットの固体燃料ブースター/SRB-Aを使ってきたが、「イプシロンS」では目下開発中のH3ロケットのSRB-3を使う。SRB-3は固定ノズルだが「イプシロンS」では可動ノズルに変更、「推力方向制御方式(TVC=Thrust Vector Control)」付きにする。

以下に「イプシロン S」の概要を図示すると共にその仕様を表に示す。

図5:(JAXA)「イプシロン S」の概要。3段ロケットをフェアリング外にし同時に推進剤量を2倍にして打上げ能力を向上する。さらにアビオニクスと1段ロケットに大型ロケット「H-3」の部品を転用、価格を抑え性能向上を目指す。2023年にベトナム政府の「LOTUSAT 1」を打上げる予定。

図6:(JAXA) 2021年11月打上げに成功した5号機「イプシロン 強化型」と2年後に完成する「イプシロン S」の諸元比較表。

キューブサット放出装置(E-SSOD)

最後に「強化型」4号機及び5号機で複数衛星の放出に使われた「キューブサット放出装置(E-SSOD)の紹介をしよう;―

JAXAが国際宇宙ステーション(ISS)で使うために開発し既に利用実績のある「小型放出機構「J-SSOD (JEM Small Satellite Orbital Deployer)」を基本にして、イプシロン 用に改良した装置である。キューブ規格の小型衛星を搭載するための4隅がガイドレールになった「衛星搭載ケース」、スプリングによる「分離機構」などで構成されている。

これをペイロードつまり「複数衛星搭載構造」の下の部分に4号機の場合は2システム取付けている。ロケット本体のアビオニクス信号で、衛星のロックドアを開き、キューブサットを放出する。

JAXAでは、キューブサット規格 (1U~6U、W6U) 及び50 kg級の超小型衛星をISS「きぼう」実験棟から、小型衛星放出機構 (J-SSOD)」を使って打出し軌道に乗せるている。

図7:(JAXA) キューブサットのユニット・サイズ、10 cm立方体を「1U」とし「2U」、「3U」、さらに「6U」及びその倍の「W 6U」まである。

図8:(JAXA) 「キューブサット放出機構 (E-SSOD)」。4本のガイドレールの中に「2U」衛星と「1U」衛星が装着されている様子。右下が「バックプレート」部。

「革新的衛星技術実証2号機」

冒頭で紹介したが「イプシロン 強化型5号機」で打上げた「革新的衛星技術実証2号機」の搭載衛星は次の9基である。

  1. 小型実証衛星2号機 / RAISE-2
  2. 超小型衛星 / HIBARI、Z-Sat、DRUMS、TeikyoSat-4、
  3. キューブサット / ASTERISC、ARICA、NanoDragon、KOSEN-1、

このうちの2例を紹介すると;―

  • ARICA :10 cm角/「1U」サイズで、青山学院大学理工学部物理学科坂本研究室が開発した。この衛星は、宇宙で中性子星同士が衝突し突然発光、すぐ消えてしまう事象を捉えるため、民間衛星通信端末を連結して速報システムを構成するための実証実験をおこなう。
  • NanoDragon :ベトナム国家宇宙センターが開発した「3U」サイズ重さ4 kgの衛星。今年3月に完成、九州大学の超小型衛星試験センターで振動、衝撃、耐熱試験を受け基準を満たしていることを確認し、一旦ベトナムに戻し8月に再びJAXAに出荷された。

終わりに

述べてきたように、イプシロンロケットはJAXA(宇宙航空研究開発機構)とIHIエアロスペース 社が開発した固体燃料ロケットで小型衛星打上げ用のロケットである。「試験機」の開発には200億円を超える費用がかかったが、再来年打上げ予定の「イプシロン S」は大幅に打上げ能力を向上した機体であるにも関わらず、30億円以下の低コストを目指している。

打上げ準備は「試験機」段階に比べ大幅に簡素化され、ランチャーは固定式だが、準備作業はパソコン組込みのソフトで行えるようになった。

「イプシロン」は、開発中の「H-3」ロケット( 液体燃料)と共に、我国の宇宙開発体制を担う2大プロジェクトの一つと言える、一層の発展を望みたい。

「イプシロン」は固体燃料3段式ロケットで比較的小型にまとめあげられていることから、諸外国からは「これで日本は短期間で弾道ミサイル(ICBMやIRBM)を製造する能力を獲得した」とする意見が報じられている。

昨今我国をめぐる安全保障の環境が激変し、国民世論でも漸く「敵基地攻撃手段を持つべし」の議論が始まってきた。先般開発が決定された長射程巡航ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」と共に「イプシロン」を母体にした「弾道ミサイル」の開発も検討されて然るべきと考える。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • JAXA 「イプシロンロケットとは」
  • JAXA 2020-06-23 「イプシロン Sロケット開発及び打上げ輸送サービス事業に関する基本協定締結」( 株式会社IHIエアロスペースと提携)
  • JAXA 2021-11-09 「イプシロンロケット5号機による革新的衛星技術実証2号機の打上げ結果について」
  • JAXA宇宙輸送技術部門「イプシロンロケット」/ 「試験機の取り組み」、「試験機から強化型へ」、「2段機体の改良」、「電子機器の改良」、「構造の改良」、「液体推進系の改良」、「強化型開発のその先へ」、「複数衛星搭載システム」、「イプシロンSロケット・プロジェクト」、
  • Forbes Japan 2021-10-21 「革新的衛星技術実証2号機を載せて、いよいよイプシロンロケット5号機が飛び立つ」
  • JAXA「超小型衛星放出機構 (J-SSOD)」
  • JAXA 2021-10-26 「超小型衛星の放出 (J-SSOD)
  • Wikipedia 「イプシロンロケット」
  • TokyoExpress 2021-01-10  「12式地対艦誘導弾(改)の後継、長射程の「12式地対艦誘導弾能力向上型」の開発が決定」