2021-12-03(令和3年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)
■WHOが「懸念される変異株(VOC))」に指定する
新型コロナのワクチン接種が進まないアフリカで感染力の強い変異ウイルスが出現すると、感染爆発が起こり、感染は日本にも広がって第6波につながる。そう考えていた矢先のことである。
11月25日、南アフリカの国立伝染病研究所が「新たな変異ウイルスが検出された」と発表した。翌26日には、WHO(世界保健機関)が警戒度の高い「懸念される変異ウイルス(VOC)」に指定し、「オミクロン株」と命名したことを明らかにした。これを受け、日本の国立感染症研究所も同様の位置付けを行った。
南ア最大都市のヨハネスブルクのあるハウテン州でこのオミクロン株の感染が増えている。南アに隣接するボツワナのほか、香港やイスラエル、ベルギー、オランダ、イギリス、ドイツ、オーストラリア、カナダなどでも感染者が見つかった。NHKのまとめによると、30日午前3時半の時点で感染は世界16カ国・地域で確認された。日本でも同日初の感染者を確認した。
日本で新型コロナの感染が始まった2020年3月に扶桑社から緊急出版した拙著『新型コロナウイルス―正しく怖がるにはどうすればいいのか―』のまえがきにも書いたが、物理学者の寺田寅彦は「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることはなかなか難しい」と語っている。いまオミクロン株による重症患者が多く確認されているわけではなく、病原性(毒性)の強さもまだ分からない。ここは浮足立つことなく、正しく怖がるべきである。
■3密の回避など従来の対策を忘れないことが大切だ
WHOによると、オミクロン株には人の細胞に取り付くウイルス表面のスバイクに多くの変異が入り、既存の変異ウイルスに比べ、感染力が高い可能性がある。南アでは11月中旬から新規の感染者が増え、感染はオミクロン株に置き換わってきている。
WHOは世界各国に監視態勢の強化を求め、各国が南アとその周辺の国々からの入国を制限した。
日本政府も緊急避難的措置として全世界を対象に外国人の入国を11月30日午前零時から禁止した。岸田文雄首相は「まだ状況が分からないのに『岸田は慎重すぎる』という批判は私がすべて負う」と危機管理への決意を示す。安倍、菅両政権の水際対策の甘さを反省し、岸田政権が早めの対応を取ったことはうなずける。変異ウイルスは待ってはくれない。一国の首相として当然の行為である。
日本はいま第5波が収まって感染者が急減して安堵感が広がり、繁華街や観光地に人出が戻ってきている。ここは第6波という新たな感染の波を防ぐためにもう一度気を引き締め、3密(密閉・密集・密接)の回避など従来の対策を続けることが重要である。
もちろん、社会・経済活動をもとの状態に戻すことは必要だ。だが、相手は感染力が強いとみられる変異ウイルスである。前述したように分からないことも多い。国民も政府も状況に応じて防疫と社会・経済活動とのバランスを取りながら対処したい。繰り返すが、むやみに怖がったり、騒いだりする必要はない。注意を払いながらも、冷静に行動すべきである。
■デルタ株が世界に広まり、日本では第5波を引き起こした
ところで、日本では2020年の春以降、5つの感染の波が次々と到来した。調べてみると、いずれの波も変異ウイルスによるものである。たとえば、2021年の4月~5月にかけての第4波はアルファ株という変異ウイルスによって感染が拡大した。8月20日に1日当たりの新規感染者数が2万5975人というピークを記録した第5波は、デルタ株だった。どちらも従来のウイルスに比べて感染力が強かった。
変異ウイルスにはこのほかにラムダ株やミュー株などがあり、WHOの呼称統一で同年5月からギリシャ語のアルファベットで表記されている。今回のオミクロン株もそのうちのひとつで、WHOの「懸念される変異株」としてはアルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株に次いで5番目となる。
当初、私はイギリス由来のアルファ株が主流を占めていくだろうと考えていた。アルファ株が世界各国で従来の新型コロナウイルスを駆逐するように置き換わっていく傾向があったからだ。2009年にブタ由来のウイルスによる新型インフルエンザウイルスのパンデミック(地球規模の感染)が起きたときも、この新型インフルエンザウイルスが従来のものに取って代っていった。
ところが、インドで発生したデルタ株があっと言う間に世界中に広まり、日本では最悪の感染者数を記録する第5波を引き起こした。感染症の取材を始めた20数年前、感染症の専門家らと「ウイルスのことはそのウイルスにしか分からない」とか、「神のみぞ知る」などと冗談を言い合ったことがあるが、本当にウイルスの動静は予想しにくい。
■インドのような感染爆発を引き起こしてはならない
インドは13億6600万人を超える世界第2位の人口を抱え、街中では人々が集まって暮らし、ガンジス川では肩を寄せ合うようにして沐浴する。新型コロナが好む3密の典型である。インドの感染は、ピーク時には1日で40万人を超える感染者を出した。
新型コロナはインドの人々に次々と感染し、感染爆発を引き起こし、その過程で様々な変異ウイルスが生まれては消え、消えては生まれていった。その結果、より人に感染しやすく、環境に適したウイルスが生き残った。それがデルタ株だった。イギリスやロシアなどで感染が再び広まったのもデルタ株やその類似のデルタプラス株だ。
新型コロナに限らずウイルスは動物や人の細胞の中で増えるとき、自分の遺伝情報を複製する。このときにコピーミスを犯すことがある。性格の異なる子供を作ってしまう。これが変異である。新型コロナの変異は今後もあり得る。その変異が大きければ、感染爆発を起こして新たな波を発生させ、さらには未知の変異ウイルスを生む。それゆえ、インドのような感染爆発を引き起こしてはならない。
南アのオミクロン株が感染爆発を起こすかどうかはまだ分からない。今後の感染状況をしっかりと把握し、国家レベルでも個人レベルでも注意することに越したことはない。
アフリカでインドのような感染爆発が起こると、感染はあっと言う間に世界中に広がる。アフリカのワクチン接種率は5%未満とかなり低い。ワクチン供給の世界的枠組みCOVAX(コバックス)を活用し、日本や欧米の先進国が強くアフリカを支援すべきである。
―以上―
※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の12月号(下記URL)から転載しました。