NASAジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の打上げに成功


NASAジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の打上げに成功

2021-12-27 (令和3年)  松尾芳郎

NASAのジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡(james Webb Space Telescope /略JWST)は、打上げロケット「エイリアン5 (Ariane 5)に搭載が終わり、12月23日に発射台に移動・セットされた。場所は南米フランス領ギアナ・カウルー(Kourou, French Guiana)近郊のヨーロッパ・スペースポート「エイリアン・スペースELA-3」発射台。打上げ関係技術者による最終点検で異常がないことが確認され、12月25日土曜日午前9時20分(東部標準時/EST)に打上げられた。

(NASA’s James Webb Space Telescope, inside the Ariane 5 rocket, has set the Arianespace ELA-3 launch complex of European Spaceport, Kourou, French Guiana. JWST was lifted off at 9:20 am EST Saturday, Dec. 25. )

図1:(NASA Live)25年の歳月と100億ドル(1兆円)の巨費を投じて開発した NASAの次世代宇宙望遠鏡「ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡 / JWST」は、南米フランス領ギアナのヨーロッパ・スペースポート発射台から12月25日午前9時20分に打上げられた。27分後にエイリアン5から分離、大西洋からアフリカ上空を経て目標である「L2点」への旅に出発した。JWSTは主鏡の直径が6.5 m の近赤外線望遠鏡、太陽系とその近傍から、宇宙の始まりを示す135億光年の彼方の銀河まで探査する。

12月25日土曜日(東部標準時/EST)、JWSTは地球を出発し150万km 離れた宇宙の目的箇所に向かった。(地球-月の距離は38万km )。この目的の位置は「ラグランジェ2点/ L2点 / L2 point」と呼ばれ、地球から太陽と反対側の地球と太陽の引力が同じになる架空の位置になる。(太陽-地球の距離は1億5千万kmで、光の速度で8分かかる)。

図2:(Universe Today Dec. 26, 2021) 太陽と地球の引力が等しくなる点/ラグランジェ点は5箇所ある。「L2点」は太陽光が地球で遮られ、赤外線望遠鏡の観測点として最も適している。JWSTは「L2点」を周回する小軌道上で天体観測を行う。

JWSTは打上げ後30分ほどでロケット2段から分離して、ソーラーパネルを展張し始め、それからゆっくりと時間をかけながら折り畳まれたサンシールドを開き、23日後頃にやっと主鏡を開いて、打上げから1ヶ月を過ぎた辺りで目的の「L2点」を回る軌道「halo orbit」に入る。この間にサンシールドが太陽光や地球からの光を遮る位置に姿勢を整える。

これでJWSTは「L2点」を周回しつつ太陽の光を常に地球で遮りながら、地球と同期して太陽を周回することになる。この「L2点」軌道を周回するため搭載のスラスターで位置補正をする。

飛行中の航路修正や「L2点」での軌道修正に使う搭載燃料は、極めて毒性の強いヒドラジン燃料 (hydrazine)が168 kg、酸化剤(dinitrogen tetroxide)が133 kg、である。燃料搭載作業は11月23日から12月3日に掛け現地で特別クルーにより行われた。

「L2点」周回軌道に入ってからは主鏡の調整を含む様々な作業があり、JWSTが宇宙望遠鏡として本格的に稼働するのは打上げ後6ヶ月過ぎになる予定。

図3:’NASA Liveアニメーション)打上げ8分過ぎの様子。エイリアン5ロケットはブースターを切り離し、高度180 km付近でペイロード・カバーを外し、JWSTをむき出した状態で飛行を続ける。エイリアン5は、2段式で、ブースター2基付き、打上げ時重量777 ton、高さ52 m、本体直径5.4 m。打上げに使ったのは112号機、フライト・ナンバーVA-256である。

図4:(ESA) JWST本体とエイリアン5ロケットのペイロード室の関係を示す図。JWSTは展張状態で高さ 8 m、サンシールドは5層で広さはテニスコートの大きさ。これを折り畳み、高さ10.65 m、幅 4.5 mにしてペイロード室に収めている。

図5:’NASA Liveアニメーション)打上げ10分後の状態、エイリアン5ロケット本体が分離し、2段目と折り畳まれたJWSTは結合したままで上昇を続けた。

図6:’NASA Liveアニメーション)打上げ27分後に2段目とJWSTが分離した。

NASAおよびM. Clampin, GSFC作成の「Webb Space Telescope “JWST Post-Launch Deployment Timeline”の記述を基にして、これを時系列で書くと次のようになる;―

  • 打上げ後1時間:エイリアン・ロケットは8分少しの間推力を出し上昇を続ける。打上げ30分後にJWSTは分離され、ソーラーパネルを展張する。
  • 最初の1日:打上げ後2時間目に地球との通信用の高利得アンテナを展張する。打上げ12時間後にJWSTの小型ロケットを噴射、最初の航路修正 (1a) を行う。
  • 1週間:打上げ後2.5日目に月の軌道を横切るが、月の軌道を過ぎてから僅かな航路修正 (1b) を行う。航路修正の後に、折り畳んであったサンシールドを数日かけて展張し、6日目に副鏡を展開、それから主鏡の両サイドのミラーを開く。
  • 1ヶ月:展張したサンシールドにより望遠鏡が十分冷却されたら、電子機器を始動しフライト用ソフトを立ち上げる。1ヶ月経過の後、最終目的点「L2点」に向け航路修正 (2) を行う。望遠鏡が十分に冷却されると、統合計測機器モジュール/ISIM (Integrated Science Instrument Module)内部に水滴が生じる恐れがあるのでヒーターで加熱・蒸発させる。
  • 2ヶ月:打上げ33日後、Fine Guidance Sensorを作動開始、続いてNIRCamカメラおよびNIRSpecを作動させる。この段階では、未だ主鏡の各セグメントの位置調整をしていないので撮影した画像はぼやけている。打上げ44日後に主鏡セグメントの位置補正を行い、撮影画像が得られ得るようになる。副鏡の補正もここで行う。
  • 3ヶ月目:打上げ後60日から90日の間、主鏡の各セグメントの精密な位置補正を行い1枚の光学反射鏡として作動できるように仕上げる。同時にMIRIを作動させる。これで打上げ3ヶ月後には高品質な画像が得られるようになる。この辺りでJWSTは「L2点」を回る軌道「halo orbit」の第1周を回り終える。
  • 4ヶ月目から6ヶ月目:打上げ後85日目辺りで、JWSTのNIRCamカメラの映像はほぼ完璧な状態に調整される。続く1ヶ月半で他の計測機器の撮像も順次最適化される。
  • 6ヶ月後:JWSTは天体観測業務を開始する。

図7:(NASA & M. Clampin, GSFC) JWSTの地球出発からラグランジェ L2ポイントまでの航路を示す図。

図8:(NASA/ Chris Gunn)ノースロップ・グラマン社で最終試験を終わり、フランス領ギアナの打上げ基地に送るため折り畳まれた「JWST」。この状態で2021年10月12日に現地に到着、12月22日にエイリアン5のペイロード室に搭載された。JWSTは、重量6,200 kg、既述したが折り畳み状態の寸法は高さ10.65 m、幅4.5 mでかなり巨大。

JWSTの概要;―

ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡「JWST」については紹介済みだが、ここで概要を述べ復習する。

JWSTは、ハブル宇宙望遠鏡の後継として1996年から開発が始まり、NASA・米国、ESA・欧州、CSA・カナダが共同で開発を進めている次世代型宇宙望遠鏡、10年の使用寿命を想定している。主契約企業はノースロップ・グラマンとボール・エアロスペースの2社。

主鏡は18枚の金メッキをした6角形ミラーを組み合わせてた直径6.5 m、太陽や地球からの光/赤外線の熱から望遠鏡を保護するサンシールドを太陽側に展張するが、大きさは20.2 m x 14.2 m、テニスコート程。

図8A:(NASA) ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の概要図。

ハブル宇宙望遠鏡の観測範囲は「近紫外線・可視光線・近赤外線」、波長で0.1~1μmである。これに対し、JWSTは「可視光線の赤外線に近い長波長部分から中赤外線」、波長で云うと0.6~28.3μmの範囲を観測する。これでJWSTは、超遠方の遠ざかりつつある銀河(赤方偏移する)を観測できる。赤外線を精密に観測するには、望遠鏡本体をできるだけ低温、-223℃ (50 k)以下に保つ必要がある。このため観測点を地球周回軌道でなく、遥か遠方の「L2点」にセットし、サンシールドで熱を遮蔽・低温に保つ。

主鏡の背面には、鏡面を平滑に支持するための支持機構があり、ここに「観測機器モジュール (ISIM = Integrated Science Instrument)」が取付けられている。「ISIM」は、電源、コンピューター・ソフト、冷却装置、鏡面補正装置などを含み、次の4つの観測機器を内蔵している。

  • 近赤外線カメラ・NIRCam (Near-Infrared Camera)

可視光線の端から近赤外線(0.6 ~5 micrometer)の範囲をカバーするカメラ。アリゾナ大学(Univ. of Arizona)が開発

  • 近赤外線分光分析計・NIRSpec (Near-Infrared Spectrograph)

ESAが開発、NASAゴダードが協力

  • 中赤外線観測装置・MIRI (Mid-Infrared Instrument)

ESAとヨーロッパ連合が開発、NASAジェット推進研究所が協力

  • 精密誘導センサー/近赤外線映像分析計 ・FGS/NIRISS (Fine Guidance Sensor/Near InfraRed Imager and Slitless Spectrograph)

カナダ宇宙機構が開発

図9:(SPACE.com) 左から副鏡、副鏡支持棒(3本)、主鏡、主鏡支持機構、下にはサンシールドが描かれている。

図10:(Wikipedia)JWSTのサンシールド面、この面を太陽に向ける。

図11:(BBC News /NASA) ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡とハブル宇宙望遠校の比較。

まとめ

25年の歳月と100億ドルの開発費を投じて完成したジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡は、12月25日午前(EST・米国東部標準時)地球を出発、予定より数分早い27分後にエイリアン5ロケット第2段から分離、目的の150万km遠方の「L2点」に向けて航海を開始した。しかし、これで完結した訳ではなく、目的点に到達するまでのこれからの1ヶ月の間に、300箇所以上あると言われる機械的作動部分を予定の順序通りに正しく作動させ、折り畳まれた望遠鏡を展開すると云う難事が待っている。これが無事に終わり、全てが故障なく作動し「L2点」に到着しても未だ終わらない。続く数ヶ月の間には、主鏡を始めとする望遠鏡システムの細部の調整作業が待っている。そして全てが完了する半年後、2022年半ばから、JWSTは初めて宇宙望遠鏡として世界の天文学者に供用されることになる。

JWST打上げ成功のニュースは、米・英・カナダのメデイアは大きく報じその意義を強調し、バイデン米大統領は祝意を発表した。一方、我が国ではマスコミの一部が簡単に取り上げただけ、その差の大きさには驚くばかりだ。背景にはこのプログラムに我国が不参加だったこともあるが、それ以上に科学技術の進歩に関する社会全体の関心の無さが大きい。この状況が続けば我が国は将来一流国から脱落することになりかねない。

―以上―

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

  • WEBB Space Telescope 
  • NASA “James Webb Space Telescope”
  • NASA YouTube  “Launch of NASA’s James Webb Space Telescope”
  • BBC News December 24, 2021 “James Webb Space Telescope ready to make history” by Jonathan Amos
  • ESA-Ariane 5 – European SpaceAgency
  • Arianespace “Arian 5 The Heavy Launcher
  • National Geographic 12-26-2021 “The world most powerful space telescope has launched at last” by Nadia Drake
  • TokyoExpress 2018-07-11 “NASA、ウエブ宇宙望遠鏡の審査を完了、打ち上げは2021年3月に確定“
  • TokyoExpress 2020-07-19 “ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡打上げ、来年10月に“
  • TokyoExpress 2021-06-16 ”NASAジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡:JMST”