ウエブ望遠鏡、従来の赤外線望遠鏡より格段に鮮明な画像撮影


2022-05 14(令和4年) 松尾芳郎

図1:(NASA Andras Gaspar)「広視野赤外線望遠鏡・WISE」、「スピッツアー宇宙望遠鏡・Spitzer」および「ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡・JWST」で同じ場所を撮影した画像の比較。我々「天の川銀河」のすぐ側にある「大マゼラン雲」で星々が生成している場所を撮影したもの。望遠鏡の口径がWISE/40 cm、スピッツアー/85 cm、JWST/6.5 mと大きくなり、JWSTの撮影画像が飛び抜けて優れている事がわかる。

NASAが5月9日にジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡(JWST)とこれまでの赤外線望遠鏡との比較画像を公開したが、これで予想より数ヶ月早くウエブ望遠鏡の性能が明らかになった。これはJWST主鏡の焦点調整作業の進捗度を示す報告のなかで明らかにされたものである。比較したのはいずれも「大マゼラン雲」内で星々が活発に生成されている同じ区域の写真である。

(It was expecting that, we’d have to wait a few more months before seeing the first direct comparison of JWST vs. other infrared observatories. But the first week of May, NASA released an accidental comparison images as part of JWST’s focusing efforts. NASA pointed the telescope at a star-forming region in the Large Magellanic Cloud. Andras Gaspar, an astronomer working with JWST’s mid-infrared instrument, checked to see if that spot had been seen by other IR telescopes like WISE and Spitzer.)

広視野赤外線望遠鏡・WISEやスピッツアー宇宙望遠鏡・Spitzerではぼんやり(blobby)としか写っていない星々が、ウエブ望遠鏡では周辺の星々を含めて“驚くほど美しく鮮明に(stunning image)” 写っている。しかもこれはウエブ望遠鏡の焦点調整作業で撮影された一齣に過ぎないことを思い合わせると殆ど信じられない出来栄えだ。

(注)大マゼラン雲(Large Magellanic Cloud);―

「大マゼラン雲(Large Magellanic Cloud)」は、棒状渦巻銀河で「小マゼラン雲」と共に我々「天の川銀河」の伴銀河。地球の南半球の空に肉眼でぼんやりと見える。太陽系から16万光年の距離にあり、直径は1.5万光年で「天の川銀河」の約20分の1の小型銀河。

このJWSTの画像は、望遠鏡の直径6.5 mの主鏡を構成する18枚のセグメントの調整作業(ほぼ2ヶ月間)が終了した段階で撮影されたもの。ESA(欧州宇宙機構)科学・探査担当の上級顧問でJWST科学・探査部門を担当するマーク・マックコーレン(Mark McCaughrean)氏は語っている;―「これでJWSTの性能が、これまで想定されていた最も楽観的な予想をはるかに超える事がはっきりした。」

JWSTに搭載している中赤外線計測器/MIRI(mid-infrared instrument)を担当する天文学者アンドラス・ギャスパー(Andras Gasper)氏は、「広視野赤外線望遠鏡・WISE (Wide Infrared Survey Exporer」が撮影した「大マゼラン雲」の同じ箇所とJWSTの画像を併記した画を最初に作成。続いて「スピッツアー宇宙望遠鏡・Spitzer」の同じ箇所の画像を加えて、今回発表の3者の比較画像「赤外線宇宙望遠鏡の進化(The evolution of Infrared Space Telescope)」を作成した。

WISE望遠鏡の口径は40 cm、スピッツアー望遠鏡の口径はその倍の85 cm、しかしウエブ望遠鏡の口径はそれらをはるかに上回る6.5 mもある。望遠鏡では口径が大きくなればなるほど解像度が増し、精度が向上する。そしてウエブ望遠鏡に搭載している中赤外線計測器/MIRI(mid-infrared instrument)は、ハブル宇宙望遠鏡では観測できない中赤外線から外の赤外線帯域を広くカバーしている。

JWST計画に携わる関係者(天文学者・技術者)は一様にこの比較写真に驚いている。と言うのは、ウエブ望遠鏡の打上げ前に行った地上試験では、宇宙空間の環境下でもたらされる観測精度を正確には再現できず、その性能を完全に予測できなかったからだ。

「宇宙望遠鏡科学研究所(Space Telescope Science Institute)」のウエブ望遠鏡担当副主任技師「マーシャル・ぺリン(Marshall Perrin)氏は、この間の事情を次のように話している;―

「例えば、光学系の試験はヒューストンの極超低温装置を使って行われたが、宇宙空間の環境とは異なり、重力がウエブ望遠鏡の主鏡に及ぼす影響を調べることはできず、究極の性能確認はできなかった。主鏡はゼロGで使うよう設計したが、地上試験では重力の影響でどうしても撓みが生じるので、数値制御で補正することになる。結局は、ゼロG下で主鏡の歪みがどうなるか、解明できずに宇宙での撮影成果を待つことになった。また、打上げから観測点、ラグランジェ「L2」点、までの間に受ける推進装置からの振動の影響も正確に予測できなかった。JWSTの打上げ前最終試験は、ジョンソン宇宙センターにある「サーマル・バキューム・チャンバー(thermal vacuum chamber)」で行われたが、ここではJWSTが宇宙空間で晒される極超低温に適合できるか否かの確認するにとどまった。このチャンバー・テストでは、光学系に多少の影響が生じることがわかった。

性能を予測するには、予算の許す範囲で数値試験を積み重ねる、それでも判らないところは推測に頼ることになる。推測はそなりに有用だが常に不確実である。しかし今回JWSTの性能が予想を超えていることが明らかになった、皆でその喜びを噛み締めようではないか。公式な「初の撮影画像(the official first light image)」は今年7月に発表される。」

今後の2ヶ月間

JWSTはこれから20年間観測に従事する予定である。今回の発表で望遠鏡の光学系の調整は完了したが、今後定期的に焦点に変動が生じないかを調べることになる。ウエブ望遠鏡は、観測作業に入る前に光学系を含め1,000ステップの調整作業が必要とされていた。光学系の調整が終わったことで800ステップの作業が完了したことになる。これからの2ヶ月間、関係技術者は残りの調整作業およそ200ステップに取り組むことになる。これが終われば、予定していた17件の観測モード(scientific instrument mode)がNASAのウエブサイトを通じてオンラインでアクセスできるうようになる。これで天文学者/研究者たちは個別に独立して望遠鏡を使えるようになる。

さらにウエブ望遠鏡は、極超遠方にある銀河の観測だけでなく、相対的に至近距離にある太陽系内部の観測もする予定だ。この能力の検証もこれから行う。太陽系内部の天体は超遠距離の銀河に比べ動きがずっと早いので、素早く目標を追跡する機能が必要である。また、目標の光の輝度とその構成要素を知るには正確な元素の波長を知る必要があるが、このための赤外線波長(wavelength)計測器の校正/微調整がこれから行われる。

要するに、望遠鏡の精度を以前予定していた以上に向上させるため今後の2ヶ月間を充てる、と云うことである。

今年7月中旬にNASAが発表する「初の撮影画像(the official first light image)」、すなわち公式には「ERO=early release observations /初の観測画像発表」と呼ばれる画像は、赤外線画像を可視光線化してカラー写真の形で公開される。

現在は、主鏡は完全に調整済み、搭載の観測機器は予定の極超低温状態にある。搭載する4つの観測機器とは、「近赤外線カメラ/NIRCam=Near-Infrared Camera」、「近赤外線分光分析計/NIRSpec=Near-Infrared Spectrometer」、「近赤外線撮像・スリットレス分光分析計/NIRISS=Near Infrared Imager and Slitless Spectrometer」、「中赤外線計測器/MIRI=Mid- Infrared Instrument」の4つ、それに望遠鏡の姿勢制御装置に高精度の位置決め情報を提供する「精密ガイダンス・センサー/FGS=Fine Guidance Sensor」である。

図2:(NASA/Getty Images)地球から太陽と反対方向150万kmにあるラグランジェ「L2」点で調整中のジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡の想像図。「L2」点では太陽光が地球で遮られ陰になり望遠鏡は極超低温に保たれる。図の下側「サンシールド」面が太陽光・地球の熱を遮る。

広視野赤外線望遠鏡・WISE (Wide-field infrared Survey Explorer)

WISE宇宙望遠鏡は2009年12月14日にバンデンバーグ空軍基地(Vandenberg AFB, Calif.)から打上げられ、地球からの高度525 kmの太陽同期軌道を周回しながら10ヶ月間のミッションで、11秒ごとに1枚撮影して、10ヶ月間で150万枚の細分化した全天の赤外線画像を撮影した。

(注):太陽同期軌道(SSO=Sun-synchronous orbit)は、地球の両極を回る極軌道の一種で、ここに打上げられた宇宙機は、太陽光と軌道面がほぼ一定の角度で周回することになる。

撮影したのは遠方の銀河、天の川銀河系内の多数の星団、恒星、小惑星、小惑星帯、太陽系近くにある低温の褐色矮星、などで、映像はライブラリーに収められ一般に供用されている。

WISEは口径40 cmの赤外線望遠鏡を装備、中心波長3.4、4.6、12、22 μm、の波長帯をカバーする100万画素の赤外線検知器4基を備えている。検知器の冷却のために固体水素(-260℃)を使うが2年で蒸発してしまうため稼働期間は2年とされていた。

2011年2月に撮影が終了してWISEは一旦休眠状態に入っていたが、2013年9月にNASAは地球近傍に飛来する小惑星などの天体「NEO=near-Earth objects」の観測のためNEOWISEとして再稼働した。地球と衝突する可能性のある小惑星を探すため、2023年6月までミッションを続けることになっている。

図3:(NASA)広視野赤外線望遠鏡・WISEの想像図。全長2.85 m、幅2 m、重量661 kg。ユタ州のスペース・ダイナミック・ラボ(Space Dynamic Laboratory in Logan, Utah)が設計、製作、試験を担当。計測機器とバス・システムはボール・エアロスペース(Ball Aero-space, Boulder, Colo.)が担当した。

スピッツアー宇宙望遠鏡 (Spitzer Space Telescope)

スピッツアー宇宙望遠鏡は、NASAが計画した異なる波長で宇宙を観測する4基の望遠鏡計画「大宇宙観測望遠鏡プログラム(Grand Observatories Program)」の最後となる望遠鏡で、2003年8月に打上げられた。他の3基の望遠鏡は「可視光線を主に観測する”ハブル宇宙望遠鏡(HST)“」、「コンプトン・ガンマ線望遠鏡(CGRO=Compton Gamma-Ray Observatory)」、チャンドラX線望遠鏡(CXO=Chandra X-Ray Observatory)」である。

スピッツアー望遠鏡は、地球の太陽周回軌道上に打上げられ、地球を追いかける状態で太陽を周回し観測を行なった。

スピツアー望遠鏡は、赤外線つまり輻射熱を観測する望遠鏡で、口径85 cmの超低温望遠鏡部分と3基の観測機器から成っていて、-273℃の絶対零度近くの極超低温で観測する。低温の保持には液体ヘリウム使っている。

これで可視光線ではガスに遮られて見えないかすかな光を放つ星々を観測するだけでなく、太陽系近傍にある光量の衰えた恒星“褐色矮星”をも観測する。

スピッツアー望遠鏡は、寿命2.5年の予定だったが、液体ヘリウムの消費を抑えて2009年5月までの5.5年間にわたり「コールド・ミッション(cold mission)」を遂行した。撮影した映像は観測機器「IRAC=Infrared Array Camera」」の3.6ミクロンと4.5ミクロン波長帯の画像である。

ヘリウムがなくなったため、スピッツアー望遠鏡の温度が5.5 Kから30 Kに上昇したが、その後2020年1月まで「ウオーム・ミッション(warm mission)」として活動をを続けた。

図4:(NASA) 「スピッツアー」は、NASA / JPL / Caltechが運用する宇宙望遠鏡、ロッキード・マーチンとボール・エアロスペースが製作した。打上げ時の重量は950 kg、口径85 cmの赤外線望遠鏡。太陽に面する側はサン・シールドで覆われ、望遠鏡の温度上昇を防いでいる。サン・シールドにはソーラー・パネルが貼り付けられ、計測装置などに電力を供給する。

図5:(NASA) 参考までに、以前に紹介した可視光線を含む電磁波(ガンマ線からラジオ波まで)と、それらを観測する宇宙望遠鏡の観測範囲を示す図を、再度掲載する。

終わりに

2021年12月25日に打上げられたジェームス・ウエブl宇宙望遠鏡は、極めて複雑な工程を経て今年2021年1月に宇宙空間でその全容を現した。その後1月23日ごろに観測定位置の「L2点」に到着、主鏡の微調整を含む最後の調整作業に入っていた。そして今月9日に、主鏡の調整作業報告の中で、図1の写真が公表された。結果は正に衝撃的画像(stunning image)で、ウエブ望遠鏡の予想をはるかに超える性能を示すものとなった。

7月以降の本格運用で人類の宇宙に関わる知識が飛躍的に増大うることを期待したい。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Fraser Cain/Universe Today May 6, 2022 “Now, We can Finally Compare Webb to Other Infrared Observatories” by Nancy Atkinson
  • Space.com May 9, 2022 “James Webb Space Telescope enters commissioning ‘homestretch’ with stunning image” by Elizabeth Howell
  • NASA James Webb Space Telescope Images
  • NASA WISE Telescope
  • NASA Spitzer Telescope
  • TokyoExpress 2018-08-31 “スピツアー宇宙望遠鏡、打上げ15年間の成果“