2022-07-13(令和4年) 松尾芳郎
海運大手「商船三井(MOL)」のグループ企業「旭タンカー」は、昨年12月22日香川県丸亀市の造船会社「興亜産業」で、世界初の完全電気推進タンカー「あさひ」総トン数499 tonの命名・進水式を行った。このタンカーは「e5 ラボ」社が企画・デザインする大容量のリチウム・イオン(Lithium-ion)電池を動力源とする電気推進タンカー(EVタンカー/EV船)で、CO2、NOXや煤煙などを一切排出しない世界最初のセロ・エミッション船である。2022年3月下旬に完成、貨物船、車輌運搬船、客船などの大型船舶に燃料を供給するタンカー(バンカリング船)として東京湾で就航している。
(World’s first all-electric powered tanker “Asahi” put into service in Yokohama harbor started April 26, 2022 . The vessel powered by electric motor instead of conventional piston engine, The role of the tanker is supplying fuel to large ships, cargo vessel and auto-carrier in or outside of the harbor. Power source is large capacity of Lithium-ion buttery systems provided by KHI, one of the largest ship and defense manufactures in Japan. “Asahi” is the first emission-free ship in such size, and owned by “Asahi Tanker”, a subsidiary of “MOL or Mitsui Osaka Line”, one of the world largest shipping trader.)
「旭タンカー」では2隻目の同型船を徳島県小松島市の「井村造船」に発注済みで2023年3月に入手する予定。2隻とも川崎重工がシステム・インテグレーターとして参画し、推進装置は同社が設計・製作した「川崎バッテリー・システムで、船尾に推進方向を変更できるアジマス・スラスターを2基、船首にサイド・スラスター68 KW 2基を備え、これらで接舷操作を容易にしている。バッテリー容量は3,480 KW-heになる。
(注)船舶のトン数規制により、内航貨物船は「500トン」を超えると規制が厳しくなり、船舶自動識別装置などが必要となり、乗員資格も高い等級になる。このため「あさひ」は総トン数「499 ton」になっている。
電気推進船(EV船)の開発を進める「e5ラボ」社では、「旭タンカー」の「あさひ」に続いて2023年には貨物船、水上バス、フェリーなどの開発を進める。1番船となる「あさひ」で得た経験を基にして、EV船の標準化をしたい」と話している。
図1:(旭タンカー)「あさひ」の進水式。「あさひ」は長さ62 m、幅103m、総トン数499 ton、速力10 kts、重油1,280 m3 を搭載し、港内で大型船舶に給油する小型船。
「あさひ」の推進システムは、川崎重工が開発した「内航船用大容量バッテリー推進システム」で、これは、大容量リチウム・イオン・バッテリー、推進制御装置、電力管理装置などで構成され、動力および電力を主推進器や他の機器に供給している。またシステム全体の監視機能および保護機能のシステムを備えているので整備性が高く、乗員の負荷軽減にも役立っている。さらに、大規模災害時には接岸して地域社会の非常用電源としても使える。川崎重工は、海上自衛隊の最新型潜水艦「はくげい」の主契約社で、同艦に搭載するリチウム・イオン・バッテリー・システムの開発を行っており、これが「あさひ」にも役立っている。
「あさひ」は1回の充電で150 km程度を航行できる。これで港外に沖留めした大型船舶に給油をするには十分な電力を持つことになる。
図2:(川崎重工)大容量バッテリー推進システムのイメージ。大容量リチウム・イオン・バッテリー容量1,740 KWhを2基、合計3,480 KWhが電源。推進制御装置には「推進力制御」、「エネルギー/パワーフロー制御」、「操船オペレーション」、「システム監視」、の各機能が含まれる。主推進器は、「川崎レックス・プロペラ KST-115LF/AN」出力1.73 KWhを2台装備。「川崎レックス・ペラ」は、電動機駆動で推進方向を任意にセットできる「アジマス・スラスター」になっている。
(注)「アジマス・スラスター(azimuth thruster)」とは船舶の推進装置の一種で、水平方向に360度回転するポッドにプロペラを装備したもの。船を任意の方向に動かしたり、現在位置を正確に維持したりできる。このため、タグボート、掘削船、ケーブル敷設船、掃海艇、などに使われる。
図3:(旭タンカー)「あさひ」の船尾にあるアジマス・スラスター、通常の前進航行だけでなく、後進操作、接舷時は横方向に向き船体を操作できる。
図4:(旭タンカー)「あさひ」の船首下部にはサイド・スラスター2基が付いている。これで船尾のアジマス・スラスター2基と共に正確な接舷操作ができる。塗料には「中国塗料」社が新しく開発した内航船用の高性能防汚塗料「シープレミア3000 PLUS」を使っている。
図5:(東京電力)EVタンカーは港の給電設備から伸びたケーブルを繋ぎ、12時間でフル充電できる。夜間に充電し1回の充電で100 km~180 km/約12時間を航行できる。充電設備は川崎市が提供する土地(夜光三丁目)に東京電力が「EVタンカー給電ステーション」として設置、完成している。
図6:(旭タンカー)電気推進タンカー「あさひ」は、モーターの駆動・推進、荷役、接舷、離舷、停泊中の電力、まで全ての電力を大容量のリチウム・イオン・バッテリー(Lithium-Ion Battery)で賄うので、ゼロ・エミッションの運航をする。
図7:(商船三井・旭タンカー)2022年4月26日、横浜港大黒埠頭C1岸壁で、旭タンカーの電気推進タンカー「あさひ」が、商船三井(MOL)自動車運搬船 (Auto Carrier Express)「ビクトリアス・エース(Victorious Ace)」に初の給油を実施しているところ。
図8:(深水千翔@海事ライター)「あさひ」のブリッジは統合型ブリッジで、ここから全ての作業、すなわち操船、航法、接舷、荷役・つまり燃料移送、などを一人で行えるようになっている。座席の周囲にはレーダー、通信機器、操船用ジョイステイックが配置され、飛行機のコクピットに近い仕様だ。
終わりに
世界初のエミッション・フリーの港内用タンカーが実用化されたことは喜ばしい。電気推進船/EV船の開発を進める「e5ラボ」社では、「あさひ」だけでなくタグボート、水上バス、500 ton以上の大型貨物船などのEV化のデザインを進めている。近い将来、海運業界のエミッション・フリー化が飛躍的に進むことを期待したい。
EV船の普及でCO2、NOX、煤煙が減るのは結構だが、我が国の場合、EV船のバッテリーを充電する電気は依然として大部分を天然ガスや石炭を燃やす “火力発電”(排ガスを出す)に頼っている。排気ガスを出さない、安定した電力を供給できるのは原子力発電しかない。原発の早期再稼働を進め、さらに新型炉の新設をし、クリーンな電気を一般社会に供給することで、船舶のみならず、自動車、飛行機もエミッション・フリーで動かせるようになる。原発稼働を抑え風力・太陽光・火力に頼る政府のエネルギー政策の根本的転換を求めたい。、
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- 旭タンカー ニュースリリース 2021-12-23 “次世代内航電気推進タンカー船「あさひ」命名・進水式について“
- 乗り物ニュース 2022-07-04 “世界初「EVタンカー」の衝撃 フェリーなど新船も続々 環境対応だけではない“革命”とは“
- 川崎重工プレスリリース2022-04-14 “世界初、ピュアバッテリー電気推進タンカー向け大容量バッテリー推進システムを納入“
- 商船三井/旭タンカー ニュース 2022-04-27 “世界初となるピュアバッテリー伝推進タンカー「あさひ」が自動車運搬船に初めて燃料供給を実施“
- Ichibannsenn,com. “世界初の次世代タンカー“