自民、公明は比例で議席減; 左翼バブル崩壊の参院選


2022年7月15日(令和4年)  元文部科学大臣秘書官 鳥居徹夫

◆核保有国ロシアのウクライナ侵略の直後に行われた国政選挙

第26回参議院選挙は、6月22日に公示され、7月10日に投開票が行われた。

公示日は、ウクライナにロシアが2月24日に武力侵略して約4カ月後であり、投開票日はその4カ月半後にあたる。

核保有の国連常任理事国のロシアが、核を持たない国連加盟国を軍事侵略した。

ウクライナは独立国家であって、ロシアの属国ではない。ましてやロシアの衛星国ではないし、朝貢国ではない。

言うまでもなく、武力による領土変更は国連憲章違反である。国の防衛や安全保障、憲法などの現実問題が、ロシアの侵略行為や一般市民の虐殺などのニュース映像が「お茶の間」に流され、国民全体の関心事になった。これまでは国会議員や専門家の一部の議論であったテーマであった。

 この国民意識の変化が、日本の各政党に与えた影響は大きかった。たとえば3年前まで「護憲集会」に出席し「9条を守れ」と挨拶した国民民主党の玉木雄一郎代表は、今年は「憲法改正の集会」で挨拶していたのである。

◆選挙中に安倍元首相が狙撃され死亡

参議院選挙の投票日の2日前(7月8日)、遊説中の安倍晋三元首相が、狙撃され殺害された。

安倍晋三への事実を捻じ曲げた罵詈雑言が、一部野党や政治家にみられた。

 「bullet(弾丸)にかえて、ballot(投票)」とするのが選挙であり、民主社会なのである。

ナチスは、大量のユダヤ人を殺戮(さつりく)することを「殺戮」とは呼ばず「最終的解決」と呼んだ。

いまプーチンは、ロシアの暴虐に抵抗するウクライナの人たちや、その指導者に向かって、「ネオナチ」と罵倒し、抹殺すべき対象としている。

これらテロ誘発歓迎とも言える発言については、マスコミは取り上げなし非難もしない。

 また残虐な言葉で扇動した人々の罪も重い。集団的自衛権の限定的行使「平和安全法制」の成立を目指した安倍晋三首相(当時)に対し、「お前ら人間じゃない、叩き斬ってやる」などと絶叫した山口二郎(法政大学教授)など進歩的文化人の責任は重い。

また「安倍の葬式はうちが出す」と言ったのが朝日新聞である。

それどころか数々の国際テロ事件を起こした日本赤軍の重信房子が刑期を終え出所したときは、支援者が歓迎したという記事を載せるなど、テロリストに好意的な報道も目立つ。

◆立憲民主党と共産党との共闘に拒否感。「1人区」で惨敗

参議院の定数は248議席、半数の124議席(選挙区74、比例50)と非改選欠員の1議席(選挙区)、計125議席の審判となった。

自民党は、改選議席(124議席)の過半数の63議席も確保し、公明党とあわせ与党全体で、参議院全体(248議席)の過半数125議席を大きく上回った。

自民・公明・維新の会・国民民主党の「改憲勢力4党」は、憲法改正の発議に必要な3分の2(166議席)を越え177議席となった。

全国で32ある改選数1の「1人区」で、自民党は28勝4敗にとどまった。

一人区で自民党は、前回2019年は22勝10敗、前々回2016年は21勝11敗で、一本化の野党に苦戦した。

共産党は2016年と2019年は、「平和・安全法制反対」や「アベ政治を許さない」などの、「この指とまれ」方式で、立憲民主党や民進党(当時)などを巻き込んだが、実態は共産党候補者の取り下げであった。

過去2回の参議院選挙は、候補者調整の重視で共産党との対立はなかった。

つまり政策ではなく、政局にらみの候補一本化であり、政権政策ではなかった。「反アベ」の裾野の広がりを求め、その貯水池として民進党や立憲民主党を巻き込んでいた。

昨年の総選挙で、一部野党は政権政策を合意したが、有権者からは「立憲共産党」と揶揄され、立憲民主党と共産党は議席数を減らした。

共産党が立民との共闘にこだわったが、立民の多くの陣営が、共産党が前面に出るのを嫌ったからである。

共産党との共闘について、泉健太代表は「白紙にする」と表明したことで、共産党が独自候補を擁立させ、立憲民主党を揺さぶった。

実際、共産候補の取り下げは、現職改選の選挙区など12選挙区と激減した。

そもそも野党共闘とは、共産党と周辺野党の壁を低くすることであり、周辺野党の支持層に共産党が食い込める戦略とされている。しかも昨年の総選挙では、多くの選挙区で候補者調整が行われていた。

実際、昨年の総選挙では、共産党の票の上積みがなければ当選におぼつかなかった立憲民主党の議員が圧倒的である。

◆自民勝利、立民敗北、共産惨敗の参議院選挙

自民党の改選議席は55議席であったが63議席を獲得。改選125議席の過半数を単独で越えた。

あるアンケートでは「岸田文雄首相を評価する」が過半数を超えた。とりわけNHKなどの出口調査では、岸田文雄政権の政権運営を「評価する」声は約74%と驚異的であった。

ところが、岸田首相の実情はブレブレで、何も決められなかった。節電ポイント付与などは与野党の総批判を浴びた。その評価は、選挙中に凶弾に倒れた安倍元首相のイメージと重なったことが大きかった。

安倍元首相の狙撃事件は、現職の総理大臣が暗殺されたような衝撃を与えた。諸外国では哀悼の誠を捧げ反旗を掲げ、国連安保理では黙祷が行われた。日本でも、多くの人が衝撃の現場に献花を捧げ、数百㍍の行列ができた。

自民党は、選挙区では圧勝で落選者は4名だった。ところが比例では18議席にとどまり前回3年前の19議席を下回った。

 エネルギー政策や電気料金の高騰、景気政策など、経済無策に失望が走ったとみられ、いわゆる自民党の岩盤支持層が失望した。

株価も、前首相の菅義偉の時には3万円を超えていたが、岸田首相が就任してから2万6千円台まで下がっている。

 比例で自民支持層の票の一部は、維新の党や国民民主党、さらには新興の参政党に流れたようである。

昨年10月の総選挙では、維新と公明は選挙協力を行い、大阪の自民党は小選挙区で全敗となった。自民党候補を推薦した公明党が維新へ票を回し、辻元清美らを落選させた。

参議院選挙では、維新の党候補者に公明党が票を回すのではないかと、自民党は警戒していた。終盤で安倍元首相が応援演説に入った奈良、京都、福井などでは、維新候補の追い上げが新聞紙面をにぎわせた。

◆立憲民主党は東京で苦戦、神奈川、千葉、埼玉で最下位当選。

立憲民主党は東京で苦戦、終盤では、立民支持層が草刈り場とされたが、埼玉、神奈川、千葉などでは、共産党を振り切り立憲民主党が最下位で当選した。

立憲民主党は、京都も国民民主党の推薦を受けた維新候補とデッドヒートを展開したが逃げ切った。連合京都は福山哲郎のみの推薦で、労働規制の緩和を主張する維新とは敵対していた。

 立憲民主党は、各地で維新や共産党の追撃を振り切り、惨敗は免れたものの大敗であった。

立憲民主党は、選挙区では6議席減であったが、比例では現状維持の7議席を確保できた。

共産党は、立憲民主党支持層に狙い定め、票を奪うという戦略と思われた。ところが、共産党の支持層が高齢化と、そのパワー低下は否めなかった。実際、共産党は比例でも2議席減。

維新の党は、昨年の総選挙の追い風を比例は受けたが、選挙区は大阪、兵庫のほか、任期途中で辞任した神奈川の確保にとどまった。

 神奈川を除く首都圏や愛知、京都では、議席に届かなかった。

 比例区に知名度のあるタレントなど多くの候補を擁立し、東京などの重点選挙区に運動を集中させたが、当選にはつながらなかった。

公明党は選挙区で7名当選したが、比例で1議席減らした。比例では700万票を大幅に割込み618万票で。集票力に陰りが見えた。

とくに公明党の推薦を自民党現職が拒否した岡山では、無所属候補の支援をめざしたと言われるが、途中で断念したとみられる。

国民民主党は、公示後に選挙公約に「電気料金の再エネ賦課金の停止」を訴えたが浸透せず、議席減となった。

◆盛り上がりに欠けたが、投票率は盛り返し

 岸田首相(自民党総裁)は、演説に抑揚がなく「決断と実行」と棒読みで述べている。マスコミも視聴率が取れず、雑誌も売れない。何を言ったか行ったかが報じられないし、批判も受けない。

一方、立憲民主党の泉健太代表は、第一声に青森で行った。首都圏など大都会ではなかった。

泉代表は、候補者から来てくれと言われない。党首でありながらもお呼びでなく、立憲民主党の応援弁士は枝野幸男、菅直人などが目立つという。

かつて1989(平成元)年の参議院選挙で、どこからもお呼びがかからず大惨敗した宇野宗佑元首相の自民党に似ていた。

つまり、岸田首相や立憲民主党の泉代表の演説はパンチがなく、国民を引きつけるものがなく、安全保障や憲法改正、さらにはエネルギー政策を訴えない。

選挙戦は低調に見え、投票率も3年前と同様50%を切るとの予想も強かった。

心配された投票率52.05%で、前回3年前の48.80%を3.25%上回った。

◆国民の所得増によって内需拡大を図る政策へ

 選挙前の5月19日、連合記者会見でフリー記者の横田一(はじめ)は、「京都では、維新の候補を国民民主が応援する」として、「維新候補を連合が推薦するのか」と詰問した。

 横田一は2017年、東京都の小池百合子知事の記者会見で「排除します」との答弁を引き出し、希望の党を失速させたことで知られるフリー記者。

 答弁に立った連合の清水秀行事務局長は「連合京都からの推薦に基づき福山(哲郎)候補のみを推薦」「国民民主党は維新候補を推薦したが、連合は推薦しない」と強調した。

 一部のマスコミは、国民民主党が推薦する候補者を、連合が自動的に推薦すると思い込んでいる。連合を、国民民主党や立憲民主党の下請け機関と勘違いしているようだ。

連合の参議院選挙方針は「目的や基本政策が大きく異なる政党と連携協力する候補者は推薦しない」と明記されている。

維新の党は、労働規制の緩和などを主張しており、連合の政策制度とは相容れないし、敵対する。

連合の政策制度は、勤労国民の所得引き上げで内需の拡大を図り、経済の活性化し、生活向上と雇用の安定を目指すのである。

労働規制の緩和路線は、外国人雇用や派遣労働・パートなど非正規労働者の拡大など安上がり労働、労働コスト切下げを狙う事業者のための活動であった。

労働の価値を減退させ、「朝まで生テレビ」などで「正社員の既得権をなくせ」と豪語した竹中平蔵(小泉純一郎政権の時の国務大臣、参議院議員)は、維新の会のブレーンであったし、いま人材派遣会社パソナの社長である。維新の党の候補を、連合は拒否するのは当然である。

この維新の会の候補を、前原誠司ら国民民主党が推薦すること自体が問題である。

そのパソナは本社を淡路島に移転し、関西を拠点に活動を強化しており、昨年の総選挙では、大阪、兵庫などで維新の党の全候補者が、比例も含めて議席を獲得し大躍進した。

 大阪府や大阪市は、正規の職員がリストラされ、パソナなどの派遣労働者に置き換えられており、業務が停滞し市民サービスに支障が出ている。

職員を大幅に削減した穴埋めとして、人材派遣会社パソナに巨額の業務委託を行ってきた。それがコロナ給付金・協力金の支給遅れなど大阪の行政能力を大きく低下させた。

朝日新聞(2021年6月13日付)によると、2度目の緊急事態宣言が出された2021年に、11都府県のうち支援金の支給がもっとも遅れているのが大阪府と報道された。11都府県のうち6府県は90%を超えていたが、大阪はわずか64%という惨状。

本来、高度な守秘義務を必要とする行政窓口業務まで、相当の範囲をパソナに委託している。

 大阪府庁の、ある許認可の部署では、窓口業務が正規職員、派遣社員、大阪行政書士会の担当者と、短期間に変わっている。派遣社員に、安全や健康、さらには信用にかかわる難しい業務を任せるとなると仕事が進まないのは目に見えている。

正社員をリストラし、外国人労働や派遣労働に置き換え、労働コストの削減など、雇用不安を加速させてはならない。

 兵庫県の尼崎市では、全市民(約46万人)の個人情報が入ったUSBメモリーを紛失したという事件が明らかにされた。幸いUSBメモリーは発見され事なきを得たが。

尼崎市が作業を委託した業者は、再々委託した“ひ孫請けの業者”であった。

個人情報保護は、市が責任をもって管理することだ。仮に外部委託する事情があったとしても、市は業務の流れを十分に把握し、トラブルを起こさない責任体制が問われる。

岸田政権は、竹中平蔵や八代尚宏(経済労働学者)など労働規制緩和を唱える関係者を、政府中枢・官邸から排除している。

勤労者の所得増加で内需拡大を図ろうとする岸田政権の姿勢と、竹中や八代などの労働規制緩和とは、全く逆方向である。

いま日本では低所得者が激増し、先進国の中で日本だけが急激に出生率が低下し、異常な早さで少子高齢化が進んでいる。

コロナ対策と経済再生が問われる中、勤労国民の所得増によって内需拡大を図る政策へ、政府と自民党自身が大きくカジを切ろうとしている。

国民生活向上・賃金増額は、政労使それぞれが役割を果たすことが大切という視点を、政府も取りつつある。

労働組合の政治・政策活動は、勤労者の声を行政施策に反映させ、国民本位の行政への転換をも後押しが狙いである。

言うまでもなく労働組合は、雇用や暮らし、福祉のなどの改善を求めて、国や地方の行政はもとより、各政党に要請活動を進め、選挙では労働組合の政策に賛同し、政治に反映する候補者を支援する。

生活者・勤労者は、普通の市民であり消費者であり納税者である。そして労働組合は日本最大の納税者組織である。

労働組合が、政治家と政党を勤務評定するのが、政治活動であり選挙活動なのである。(敬称略)