2022-08-02(令和4年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)
■検査キットを活用して自主検査しよう
新型コロナの第7波で、全国の1日当たりの新規感染者の数が20万人を超えて第6波のピーク時の2倍に膨れ上がり、その後も過去最多を更新している。だが、重症者はそんなには増えていない。ここは冷静に構え、過剰な反応が事態を悪化させる悪循環を断ち切りたい。
厚生労働省のまとめによると、7月に入って新規感染者が急に増え始め、7月15日に10万人を超えて10万3287人、23日には初めて20万人を突破、20万937人を記録した。今年2月1日のピーク時で10万4489人の新規感染者を出した第6波に比べ、およそ2倍に増えたことになる。感染者の大半は軽症の若い人だ。
一方、重症者の数は20万人を突破した7月23日の時点でも233人で、これは2月1日の第6波ピーク時の重症者886人の4分の1に過ぎない。
にもかかわらず、検査や診察を求める人々が発熱外来に殺到して長蛇の列ができるなど、一部の医療機関で混乱が生じている。電話で「早く診てほしいのに何をやってるんだ」と怒鳴り付けられるクリニックや、パンクして電話がつながらなくなる医院も出ている。医師や看護師が感染して休み、人手不足から病院の業務が逼迫しているところもある。
なぜこれほどまで発熱外来に殺到するのか。周囲に感染者が出たり、微熱があったりすると、心配して検査を希望するからだ。重症化したら大変だという気持ちは分かるが、過剰な反応は止めるべきだ。基礎疾患のある患者や体力の弱い高齢者が診察を受けれなくなるような事態は本末転倒である。
流行の中心となっている変異ウイルスのオミクロン株BA.5は感染力がかなり強いが、重症化はしにくい。ワクチンを重ねて接種していれば、重症化は避けられる。抗原検査キットを無料配布あるいは有料販売している自治体や医療機関、薬局もある。症状が軽いなら、発熱外来に頼らずに検査キットを活用し、自宅で自主検査すべきである。
■「医は仁術」という諺を自覚すべし
東京都内には発熱外来に対応できる医療機関が4600件ほどあるが、そのうち4割がかかりつけの患者に限って診療し、土日祝日を休診するなど時間外診療は行っていない。その結果、一部の医療機関に患者が集中してしまう。日本医師会はいまこそ、医療機関同士が相互に協力し合って医療の逼迫を避けるよう、傘下の医師たちに強く求めるべきである。医療提供の体制が逼迫していくと、コロナ患者だけではなく、救急など一般の患者の受け入れもできなくなる。
「医は仁術」という諺もある。仁愛をもって患者を救うのが医師の道であるという意味だが、逆に「医は算術」で、医師は金もうけの打算に走るなとの戒めの言葉としても使われる。日本医師会に所属するクリニック、医院、診療所は強く自覚してほしい。
政府のきめの細かい対応も欠かせない。7月22日、厚生労働省は濃厚接触者に求める待機期間を現行の7日間から5日間に短縮するとともに、抗原検査が接触日から2日目と3日目に連続して陰性であれば待機は最短の3日間となると発表し、この日からすべての濃厚接触者に適用された。これにより早期に職場復帰ができ、社会・経済活動への影響が少なくなる。
医療従事者は濃厚接触者となっても、症状がなく、業務前の検査で陰性が確認されれば、勤務ができるようになっている。しかし、院内感染によって評判を落とし、経営に影響するのを恐れて医療機関が医師や看護師を自宅待機させ、それが人出不足に拍車をかけている。厚労省は過剰反応する医療機関をきちんと指導すべきである。
■「内閣感染症危機管理庁」と「日本版CDC」には反対だ
話は前後するが、岸田文雄政権は6月17日、中長期的な感染症対策として内閣官房に「内閣感染症危機管理庁」(仮称)を設置し、新たに「日本版CDC」(同)も創設することを決めた。来年の通常国会に関連法案を提出する方針だというが、内閣感染症危機管理庁も日本版CDCも反対である。屋上屋を架すことになるからだ。
内閣感染症危機管理庁は、トップに感染症危機管理監を置き、厚労省内に感染症対策部を新設し、新型コロナや新型インフルエンザのような感染症が発生した場合、感染症対策部など関係省庁の職員を指揮下に置き、1000人近い体制で対応に当たる。
新型コロナ対策でうまく機能しなかった対応の一元化を図るのが目的だというが、烏合の衆ではしょうがない。霞が関の官僚は自分の省庁の利益を優先して動く。新たなポストの奪い合いも予想できる。要は省益あって国益なしなのである。そこを政権がどう調整してまとめられるか大きく問われる。
日本版CDCの方は、アメリカの疾病対策センター(CDC)をまねた専門家組織で、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合して創設する。しかし、それぞれがきちんと機能しているのに敢えて統合する必要があるのだろうか。疑問である。
■なぜ既存の新感染症対策を生かせなかったのか
振り返ってみると、強毒の鳥インフルエンザ(H5N1ウイルスなど)の発生や2009年の新型インフルエンザ(H1N1ウイルス)の出現をきっかけに、政府は新感染症の対策を具体的にまとめ上げていた。しかし、今回の新型コロナの発生に際し、その新感染症対策を有効に活用することができなかった。
2015年4月に発足した国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED、エーメド)も、新薬、ワクチン、医療機器の研究開発が設立の主な目的だったが、新型コロナ対策にどれだけ貢献できているのかよく分からない。今年3月、このAMED内にワクチン開発の司令塔となる先進的研究開発戦略センター(SCARDA、スカーダ )が設置され、1500億円の基金を活用して有力なワクチンの開発のグループに資金を援助することを決めたというが、残念ながら欧米に比べて日本の新型コロナワクチンの開発は遅れたままである。
どうして既存の新感染症対策を生かせなかったのか。なぜAMEDが目立った成果を上げられないのか。岸田政権には、内閣感染症危機管理庁や日本版CDCという新たな組織を構築する前にその辺りの原因を追究すべきである。
岸田政権をストレートに批判したが、感染症対策にはやはり中長期の見通しは欠かせない。新型コロナウイルスは今後どんな感染形態を見せていくのか。それを見通すためには、どこに注目すればいいのだろうか。次に考えてみよう。
■風邪コロナとして落ち着いていくはずだ
注目すべきは、変異株(変異ウイルス)である。たとえば、昨年の4月から5月にかけて感染者が増加した第4波は、アルファ株によって引き起こされた。その後の7月から10月の第5波は、デルタ株によるものだった。今年1月からはオミクロン株による第6波が起こり、7月に入ると、オミクロン株から派生したBA.5が感染の主流となって第7波を形成している。
アルファ株もデルタ株もオミクロン株も、そしてBA.5もみなすべて変異株である。変異が進むたびに感染力が増し、感染者の数を倍増させている。新型コロナウイルスはその表面に無数のスパイク(突起)が付き、電子顕微鏡で観察すると、それらが太陽のコロナのように見える。ヒトの喉などの細胞に入り込むときにこのスパイクが使われ、アルファ株からBA.5まで見ると、次第にスパイクの形状がヒトの細胞に取り付きやすいように変化し、免疫回避、免疫逃避というワクチンの効果を弱める力も備えてきている。
変異はこれからも続き、環境に合った変異株が生き残っていく。感染力はさらに増していくだろうが、幸いなことに病原性(毒性)は強まってはいない。ヒトの世界に定着する兆しだ。やがては私たちの身の回りに常在する4種類の風邪コロナウイルスと同じようなウイルスとなって落ち着いていくはずである。だが、それまでにどのくらいの歳月がかかるのかは、はっきりしない。はっきりしないからといってあわてふためいてはならない。過剰な反応は禁物である。新型コロナ対策はその感染形態や特徴をよく理解して中長期の見通しを立てたうえで実施していく必要がある。
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※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の8月号(下記URL)から転載しました。
「感染急増の第七波」事態の悪化招く過剰反応を断ち切れ | Message@pen (message-at-pen.com)