ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」、実現へ大きく前進


2022-08-10(令和4年) 松尾芳郎

「コンコード」が飛ばなくなってからほぼ20年になるが、以後超音速旅行は復活していない。超音速旅客機の再来を目指すベンチャー企業「ブーム(Boom)」が創立されてから8年が経過した。ブームの努力が実り、ここへきて超音速旅客機の実現に向け大きな前進が見られた。

(It’s has been almost 20 years since Concorde ended the last flight, since then have not bringing supersonic travel again. However, a supersonic airliner developer “Boom”, founded eight years ago, is taking some major leaps to make supersonic flying a reality again.)

図1:(Boom)今年7月のファンボロー・エアショー(FIA)で発表されたブーム「オーバーチェア」超音速旅客機、全長61.3 m、客席数は65-80席の大きさ。陸上ではマッハ0.94で飛行するが、これは現在の旅客機より20 %ほど早い。洋上では高度18,000 mを巡航、現用機の2倍の速度マッハ1.7で飛行する。航続距離は7.800 km、これで600以上の都市間を結ぶことができる。

英国ファーンボロー・エアショー(FIA=Farnborough International Airshow/18-22 July 2022)で、ブームは「オーバーチェア(Overture)」超音速旅客機の新しいデザインを公開、2029年末のエアライン就航を目指すと発表した。新デザインの「オーバーチェア」は4発で、厳しい騒音規制に適合し、洋上をマッハ1.7で飛行する。陸上の飛行では衝撃波の発生を避けるため亜音速で飛ぶが、それでもかなり高速のマッハ0.94で飛行する予定だ。

また米空軍が使う要人輸送用機を開発するため軍需大手の「ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)」社の協力が決まった。

新「オーバーチェア」は、航続距離4,250 n.m. (7,870 km)、巡航速度マッハ1.7、乗客65-80名を乗せ、ICAO (International Civil Aviation Organization/国際民間航空条約機構)および米国FAAが定める厳しい離着陸時の騒音基準、ICAO 14及びFAA Stage 5、をクリアする機体となる。機体形状は、1980年代末にNASAの“高速民間輸送機計画”でボーイングとマクドネル・ダグラスが検討した4エンジン装備で水平尾翼付きの機体、に似ている。

旧「オーバーチェア」がエンジン3基だったのに対し、新「オーバーチェア」は翼下面に4基のエンジン装備となる。エンジン4基にした理由は、離陸時にエンジン推力を下げ(derated thrust setting)騒音を減らすため、としている。エンジンは個別のナセルに収められアフタバーナーはない。主翼は旧型が“矢”のような形の細長いデルタ翼だったのに対し、アスペクト比の大きいデルタ翼に変わり、軽いガル型(内翼はやや上反角、外翼は水平のカモメに似た翼)になっている。デルタ翼の平面形は、内翼の後縁にやや前進角が付いているが、外翼の後縁にはやや後退角が付く、いわゆるノッチ・タイプになっている。

図2:(Boom) 「オーバーチェア」を前から見た図。デルタ翼「ガル型」の様子が分かる。

ズームの創立者兼CEOのブレーク・スコール(Blake Scholl)氏によると「新しい主翼には新設計の前縁スラットと後縁フラップが付き、これで低速時の空力性能が20 %ほど改善される」と云う。

エンジンのタービン・ローターの位置、つまり後部は、タービン・ローターが破裂しても破片がキャビンに飛び込まないよう、後部圧力隔壁の後ろに位置している。これは新しい安全規定に適合するための措置だと言う。

このように「オーバーチェア」は旧型から新型へと大きく変わったが、これを可能にしたのは、新しいシュミレーション・ソフトを駆使した計算によるところが大きい。5回の風洞試験と26,000,000時間に達するコンピューター・シュミレーション、51回に及ぶ全体設計の変更などの結果、最も環境に適した経済効率の良い超音速旅客機の形に到達した、と説明している(Kathy Savitt 氏/Boomの談)。新「オーバーチェア」は “自動騒音低減システム”を備え、離陸時の騒音低減を図っている。

胴体設計には、超音速巡航時の空力抵抗を減らすために”エリア・ルール(area-rule)”が適用されている。“エリア・ルール”とは、胴体と主翼の結合部の断面積が大きくならないよう、この部分の胴体断面を細くする設計法、これで音速を超える時、つまりマッハ1を超える時の抵抗急増を抑え、さらに超音速巡航時に必要なエンジン推力を減らしている。

新「オーバーチェア」は、旧型より少し短くなり全長は201 ft (61.3 m)、翼幅は旧型の60 ftから105 ft (32 m)に増えている。客室は全長79 ft (24.1 m)、高さは6.5 ft (198 cm)、エリア・ルールのため中部客室は前後に比べやや細くなる。

ズームでは、コロラド州センテニアル(Centennial, Colorado)にある工場に、「オーバーチェア」のシステムを検証するための施設 ”アイアン・バード(Iron Bird)“ の建設を開始した。ここでは「オーバーチェア」用の小型飛行試験機「XB-1」の開発も行なっている。ここに建設される面積7万平方フィートの工場には、「オーバーチェア」と同じ大きさの地上 ”試験機(test model)“ とフライトデッキ・シミュレーターが設置される。”試験機“ には「オーバーチェア」のフライト・ハードウエア、ソフトウエア、および各システム、4重の冗長性を持つフライ-バイ-ワイヤ操縦系統、が組み込まれる。

今回新しくサプライヤーとなったのは、「コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)」がエンジン・ナセル、アビオニクス、エア・データ、および防氷システムを担当、「イートン(Eaton)」が燃料分配システムおよび防火(inerting)を担当、「サフラン(Safran)」がランデイング・ギアを担当、などである。

エンジンについては明らかにされいないが、ロールス・ロイス(Rolls-Royce)と協議を重ねている。ロールス・ロイス民間航空宇宙部門の社長「クリス・コラートン(Chris Cholerton)」氏は、ブームとの協議は第1段階を終わったところ、まだ何も決まっていない、これから次に進む、と述べるにとどめている。

ブームでは、「オーバーチェア」の試作機の製作は2024に開始、2025年に完成、2026年から飛行試験を開始、2029年にはエアラインで就航を目指す、としている。

米空軍の要求(United State Air Force)と「ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)の支援

ブームは、米空軍からの要求で要人輸送用の特別仕様機「オーバーチェア」を開発する。このため「ノースロップ・グラマン」の支援を受けることになった。「ノースロップ・グラマン」は、空軍用特別機開発完了の後、監視・偵察用(surveillance, reconnaissance)用の機体の開発も支援する予定。

図3:(Boom)国防産業分野の世界的企業「ノースロップ・グラマン」の支援を受けて、米空軍が要求する超音速・要人輸送専用機の開発を始める。これで米国のみならず主要国の政府専用機向け市場が期待できる。

図4:(Boom)米空軍は競合する仮想敵国より常に技術的優位を保持すべく努力を続けている、要人輸送用の超音速機の実現は、まさにこの空軍の目標に叶うものだ(大統領・政府要人輸送航空団司令ライアン・ブリットン准将談/Brigadier General Ryan Britton)。

エアラインの発注状況

2022年1月にはユナイテッド航空(UAL=United Airlines)が大西洋路線用として「オーバーチェア」15機を発注した。ニューヨーク・ロンドンに使えば現在6時間半要しているところを3時間半で飛べる。

日本航空は2017年に「オーバーチェア」開発計画に賛同、超音速旅行実現のために$10,000,000(約13億円)を出資し、20機の優先購入権を得ている。当時の社長はパイロット出身で現会長の植木義晴氏、植木氏の判断でブームへの出資が決まった。

コンコード時代とは違って「オーバーチェア」では、胴体、主翼、垂直尾翼は全て炭素繊維複合材で精密に作るので、軽く、そして抵抗の少ない形に仕上げることができる。

図5:(Boom) ユナイテッド航空は15機を確定発注し、追加35機のオプション契約をした。米国最初の「オーバーチェア」使用のエアラインとなり、2029年の就航を目指す。

協力企業

サフラン(Safran)

ランデイングギア、ブレーキは「サフラン・ランデイング・システム」社が担当する。

世界的な航空・防衛・宇宙産業「サフラン」の系列企業であるサフラン・ランデイング・システム(Safran Landing System)は世界的なランデイングギア・ブレーキの企業で、軍民航空機メーカー25社に協力、これまでに27,800機のランデイングギアを製造、納入している。

イートン(Eaton)

燃料分配 (fuel distribution)、流量計測 (measurement)、および防火システム (inerting system)は「イートン」社が担当する。イートンはこれまでにエンジン燃料流量、燃料供給、燃料投棄(fuel jettison)、タンクのベント(venting)、重心管理(gravity control)、燃料ポンプ、などの各システムの検討で、ブームに対し多くの助言をしている。イートンは燃料システムに深い経験を有し、「オーバーチェア」のスピード、安全性、および継続性(sustainability)の実現に大きな寄与を期待できる。

イートンは航空宇宙業界で、油圧系統(hydraulic)、燃料(fuel)、酸素(oxygen)、空調(air conveyance)、電気(electrical)、姿勢制御(motion control)、などの分野で世界的な企業である。

コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)

「コリンズ」は、エンジンのインレット(inlet)、ナセル(nacelle)、および排気(exhaust)システムを担当し、「オーバーチェア」のクリーンで静かな超音速飛行の実現に協力する。これには新開発の軽い素材を使った吸音板(acoustics)を使う予定。コリンズは、さらに防氷装置(Ice Protection System)、エアデータ・システム(Air Data System)、の開発にも協力する。

「コリンズ」は、世界的な航空宇宙企業連合「レイセオン・テクノロジー(Raytheon Technologies)」の系列企業で、軍民両用の航空宇宙技術について先端的解決策を提供している。従業員は68,000名で、6部門に分かれ、「エアロストラクチャーズ(Aerostructures)」がナセル構造、海軍用複合材を担当する。

エンジンのプラット&ホイットニーなどを傘下に持つ「ユナイテッド・テクノロジー(United Technologies)」は2020年に「レイセオン(Raytheon Company)」と合併、「レイセオン・テクノロジーズ」となった。

ロールス・ロイス(RR=Rolls-Royce)

「オーバーチェア」のエンジンについて、ブームはこの数年間ロールス・ロイスと密接に協議を続けている。ロールス民間航空機部門戦略担当副社長「シモン・カーライル(Simon Carlisle)」氏も同様の見解を述べている。両者はこの協議を通じて「オーバーチュア」の最終的なエンジン形態の結論に到達する予定だ。

アマゾン・ウエブ・サービセス(AWS=Amazon Web Services)

「オーバーチュア」設計に欠かせない高性能コンピューター・ソフトウエアは「アマゾン・ウエブ・サービセズ(AWS)」の協力によるところが大きい。AWSが提供するソフトで、迅速に最終的な「オーバーチュア」の形状を決定することができた。

プロメテウス(Prometheus)

[オーバーチュア]は100 % SAF(sustainable aviation fuel /100 % 持続可能・無公害)航空燃料)を使い、カーボン排出をゼロとする飛行を目指している。この目的のためブームは「プロメテウス燃料(Prometheus Fuel)」社から協力を得ている。「プロメテウス」は、化石燃料ではなく空気中のCO2(炭酸ガス)からネット・ゼロ・カーボン燃料(net-zero carbon fuel)を創り出す企業で、この分野のリーダーである。「プロメテウス」の独創的なエネルギー再生技術で、蒸留工程無しで「ゼロ・ネット・カーボン合成燃料」が数年以内に現在の化石燃料と同価格で提供される事になる。

終わりに

「オーバーチェア」を開発する「ブーム・テクノロジー(Boom Technology)」は2014年にコロラド州デンバーで創業。2017年末にベンチャー企業として投資家から資金を集め$51,000,000を調達、この中には日本航空からの1000万ドルの出資が含まれる。これを基に超音速機「XB-1」の試作が始まった。2019年には追加1億ドルの増資を達成、「XB-1」の開発は遅れ気味だが2022年中には初飛行をする予定。並行してブームは2022年1月に、ピドモント国際空港(Piedmont Triad International Airport, Greensboro, North Carolina)に65エーカー (263,000 m2)の敷地を取得、ここに面積40万平方フィート (37,200 m2)のオーバーチェア組立工場を建設すると発表した。

数年前までは、ほとんどの人がベンチャー企業が開発する超音速旅客機を疑いの眼で見ていた。しかし今やブームの人達の努力で夢が実を結びそうな気配だ。万事コツコツ石橋を叩いて渡る雰囲気/積み上げ方式が覆う社会(日本)では考えられない事が起きている。

折しも岸田内閣はベンチャー企業を国内で増やし経済を活性化させたいとして、シリコンバレーに視察団を送ったりしている。ブームの進め方は有力な指針となるのではないか。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Aviation Week July 25-August 7 “Boom Evolution” by Guy Norris
  • CNN com. 2022-07-22 “Boom Supersonic unveils new design for Overture supersonic Jet” by Tamara Hardingham-Gill
  • Boom Supersonic com. “Farnborough Airshow 18-22 July 2022 [The Overture reveal]”
  • BBC 23 July 2022 “Son of Concorde: New supersonic airplane Overture revealed”
  • TokyoExpress 2019-02-13 “超音速機、「ブーム」と「エイリオン」両者で開発が進む“
  • TokyoExpress 2020-07-28 “ブーム超音速機XB-1の組立てが進む“