2022-09-05(令和4年) 木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)
■「NPO仲介の移植に臓器売買の疑い」と読売がスクープする
読売新聞が先月1カ月間、臓器売買の問題を集中的に報じていた。8月7日付朝刊1面のトップで「東京都内のNPO法人が仲介した海外での生体腎移植手術で、売買された臓器が使われた疑いのあることが、読売新聞が入手した録音・録画記録とNPO関係者への取材でわかった」と書き出す特ダネの記事を掲載した。その後、続報の記事を数本報じ、最後に「臓器移植-海外仲介の実態」とのタイトルを付けた連載記事を計5回掲載していた。
生体腎移植は、健康な人から片方の腎臓を譲り受けて行われる。腎臓はヘソよりやや上の背中側に左右2つあり、1つでも血液から老廃物を取り除くなど私たちの生命を維持することができる。このため、臓器売買の対象臓器となりやすく、貧困者の多い国では生体腎移植のドナー(臓器提供者)となって海外の金持ちの患者(レシピエント)に片方の腎臓を売って生活を維持するケースが目立ち、国際社会で問題視されてきた。
これを解決しようと、世界保健機関(WHO)と国際移植学会(TTS)は2008年5月、トルコ・イスタンブールで開かれた国際会議で「世界的なドナー不足のなか、移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすることが求められる」との宣言を採択した。海外渡航移植による臓器売買の禁止を求めた、いわゆる「イスタンブール宣言」(臓器移植と移植ツーリズムに関する宣言)である。
■ウクライナ人から腎臓が摘出され、日本人に移植された
読売新聞によると、同紙が臓器売買の疑いがあると指摘した事例では、ドナー(臓器提供者)は経済的に困難を抱えていたウクライナ人女性で、この女性に腎臓の対価としてウクライナでの平均年収の数倍に当たる、約1万5000ドル(約200万円)が支払われた。患者は腎臓病の日本人女性で、NPO法人側に支払った渡航移植の総額は2000万円前後とみられる。
昨年12月18日に中央アジアのキルギスの首都ビシケクの病院でウクライナ人女性から腎臓が摘出され、日本人女性に移植された。しかし、術後に一時重篤となって年明けに日本に帰国し、移植した腎臓を取り出した。女性は人工透析装置(人工腎臓)で命をつないでいたが、「日本では10年待っても移植を受けられるとは限らない」と考え、ネットでNPO法人を見つけて移植手術を決めたという。
健康に生き続けたいと願う患者の弱みにつけ込み、臓器売買を仲介して利益を得ようとする行為は断じて許されない。臓器移植法は厚生労働省の許可なく臓器を斡旋することを禁じている。斡旋が認められているのは、日本臓器移植ネットワーク(移植ネット)だけである。2006年10月には愛媛県の宇和島徳洲会病院での生体腎移植をめぐって移植手術を受けた患者とドナーを斡旋した女性が逮捕されている。日本初の臓器売買の摘発だった。臓器移植法は国内だけではなく、日本人が関係した海外での事例にも適用される。
■中国は「死刑囚ドナー」で移植大国にのし上がった
ところで、かつて産経新聞の記者時代に臓器売買などの問題を取材し、ストレートの記事や連載で扱ったことがある。
たとえば、もう17年も前になるが、2005年5月から6月にかけて計15回掲載した連載「移植医療の死角-死刑囚ドナー」もその1つだ。中国で移植手術を受けた患者たちを追いながら、中国当局が死刑囚から臓器を摘出して海外や国内の富裕層の患者に移植して利益を得ている実態を明らかにした。この連載は他の連載と合わせ、拙著『臓器漂流-移植医療の死角』(2008年5月、ポプラ社発行)としてまとめ上げた。移植する臓器を求めて世界をさまよう患者の状況を表す言葉としてこの「臓器漂流」を使った。
中国では1980年代半ばから臓器移植が盛んに行われるようになり、移植を受ける日本人の患者もすでに存在していた。連載当時、「9割以上が死刑囚からの臓器でまかなわれている」とされ、移植手術と術後管理の技量も次第に上り、対象の臓器は腎臓だけではなく心臓、肝臓へと広がっていった。
死刑囚ドナーは、➀ドナーが出る日時と場所が分かり、移植を受ける患者の選定がしやすい、②ドナーに対し、事前にエイズや肝炎など感染症のチェックができる、③若くて健康な思想犯、政治犯が死刑になることが多く、良い臓器が手に入る―などのメリットがあり、中国はこうしたメリットを生かして移植臓器を大量に確保し、アメリカに次ぐ移植大国にのし上がっていった。
■患者は「命か、倫理か」の厳しい選択を迫られる
死刑囚ドナーについて中国政府は「死刑囚は死んでその臓器は捨てられる。社会に罪悪を及ぼしたのだから、最後は臓器を提供して社会に貢献すべきだ。死刑囚本人やその家族の同意があれば問題はない」と正当化していた。しかし、人権を無視した言いわけにしか過ぎず、たとえ同意が得られたとしても、特殊な状況下にある死刑囚の同意は真の同意ではなく、人権上の問題はなくならない。
死刑囚ドナーには常に倫理的、人権的問題が内在し、中国政府が不法に利益を得る国家ぐるみの臓器売買である。得体の知れない国際的ブローカーも介在する。中国は2005年6月、国際社会の批判を受けて規制に転じたが、関係者によると、死刑ドナーは規制を緩めたり強めたりしながら現在も続いている。気功集団の法輪功に対する弾圧や新疆(しんきょう)ウイグル自治区の迫害でも「臓器を強制的に摘出されている」と指摘されている。
17年前の取材の話に戻るが、中国の病院で移植手術を受けた患者たちは「命か、倫理か」の厳しい選択を迫られ、その叫びは取材するこちらの心の奥深くまで響いた。
「病院の移植医は『中国の法律に基づいてきちんと処理している』と説明したけど、ドナーは死刑囚なのかもしれない。だが、死刑囚だという確かな証拠はない。あれこれ詮索せずに前向きに生きたい」
「透析は週に3~4回、1回に4~5時間もかかる。これを一生、続ける人生なんかいやだった。日本の主治医には反対されたけど、死刑囚でも構わないと思って決断した。最期は自分が生きることの方が大切だと考えた」
■無償で臓器を提供する「善意のドナー」を増やせ
読売新聞が取り上げた事例でも、移植を希望する患者たちは迷い悩みながらわらにもすがる思いで海外での移植に救いを求めた。世界的なドナー(臓器提供者)不足が進むなか、その状況は深刻さを増している。
移植ネットによれば、今年7月末時点の移植希望患者は、心臓917人、肺511人、肝臓319人、腎臓1万3632人。これに対し、2021年1年間のドナー数は、79人(脳死下67人、心停止後12人)と異常に少ない。ちなみに腎臓は心臓が止まった後でも移植ができる。腎臓移植を希望する患者が多いのは、糖尿病性腎症の患者が増えているからだ。
日本のドナーの少なさは、世界と比較すると、さらによく分かる。人口100万人当たりの日本のドナー数(2020年)は0.61人で、アメリカ(38.03人)、スペイン(37.40人)、オーストリア(23.90人)、フランス(23.15人)、イギリス(18.68人)、ドイツ(11.00人)、韓国(9.22人)と大きく差が付いている。
脳死あるいは心停止の際、移植ネットを通じて臓器を無償で提供しようとする「善意のドナー」を少しでも増やし、現状を打開していきたい。
追記
小河正義ジャーナリスト基金第4回の募集を開始しました。今回が最後になりますので、有終の美を飾れるよう、皆様のご協力をお願いします。
連絡、お問い合わせは下記「藤井良宏」氏宛にお願いします。
- 藤井良広
一般社団法人環境金融研究機構代表理事
〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町1-9-5
天翔御茶ノ水ビル303号
電話 03-6206-6639
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小河氏は元日本経済新聞編集委員で、航空、宇宙、防衛、を始めとし医療、環境、デジタルなど広い分野の解説をするウエブサイト「TokyoExpress」を立ち上げた方です。趣旨に賛同し応募される方の資格は次のように致します。すなわち、小河氏サイト内容に関連する分野で幅広い取材活動をしている若手ジャーナリストで、個人またはグループで活動されている方々です。
応募の趣意書を送って頂き、選考委員会で審査、選考し、入選者を決定します。入選は2件、各30万円を贈呈します。応募期間は2022年10月末までです。
第4回ジャーナリスト基金に応募されない方でも、本ウエブサイト「TokyoExpress」に投稿される方々を歓迎します。投稿される方は原稿を1~10ページ程度にまとめて「松尾芳郎」宛にお送り下さい。メール・アドレスは 「y-matsuo79@ja2.so-net.ne.jp」です。
―以上―
※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の9月号(下記URL)から転載しました。