2023-02-13(令和5年) 松尾芳郎
図1:(MTU) ドイツ「MTU」が主導する環境に優しい「WET」エンジンのカットビュー。2050年までに有害排気をゼロにするのが目標。
図2:(MTU)「WET」エンジンは、現用のP&W GTFエンジンを中心に、GKNエアロスペース、コリンズ、などが参加して開発、エアバスA320系列機に搭載、効用を確認する予定。
エアバスなどの航空宇宙企業連合は、将来の航空機用エンジンとして「ハイブリッド・エレクトリック&ウオーター・エンハンスド・ターボファン (hybrid-electric and water-enhanced turbofan) =WET」の開発に取組んでいる。この計画はEUの「航空環境規制計画(Clean Aviation program)」が支援している。
(A group of aerospace companies has announced to develop hybrid-electric and water-enhanced turbofan for future aircraft propulsion systems. The program is supported by EU Clean Aviation Joint Undertaking (Clean Aviation) program.
参加企業は、エアバス、MTUエアロエンジンズ、プラット&ホイットニー、コリンズ・エアロスペース、GKNエアロスペース、などで、現在の短・中距離用航空機が使っている最新のエンジンに比べ、燃費およびCO2排出量を25 %改善するエンジンを開発するのが目標。開発グループはMTUが主導する。
このプログラムは、「ウオーター・エンハンスド・ターボファン(WET=water enhanced turbofan)」」の開発と「ハイブリッド・エレクトリック推進装置(hybrid-electric propulsion)」の開発、と云う2つのプロジェクトから構成され、全体を「SWITCH」構想、つまり「Sustainable Water Injection Turbofan Comprising Hybrid-Electric/ハイブリッド電動システムを組込む永続的なWETエンジン(と言う意味)」と名付けられている。
「SWITCH」構想の中心となるのは現在エアバスのA320系列機に広く使われているプラット&ホイットニー(P&W)製の「GTF=Geared Turbofan/ギヤード・ターボファン」。これの周囲に革新的新技術を組込み、燃費、排ガス、性能を向上させ、同時に“環境に優しい燃料(SAF= Sustainable Aviation Fuel)”や水素燃料を使おうと云う計画。
P&Wギヤード・ターボファンとは、狭胴型旅客機であるエアバスA320系列機などに使われている「PW 1100G-JM」がその代表例。推力30,000 lbsクラスのエンジンで、ファン直系が210 cm、バイパス比が12.5 : 1。2軸式で低圧タービン(LPT) 3段でファンと低圧コンプレッサー(LPC)3段を駆動するが、ファンの駆動には途中に減速ギアを入れて、ファン回転数を遅くし、燃費を向上させている。
「WET」エンジンは、MTUが長年研究してきたユニークなシステムである。
「ハイブリッド・エレクトリックGTF」システムは、離着陸、上昇、巡航、降下いずれのフェイズでもメガワット級ジェネレーター、電力配分エレクトロニクス、バッテリー、でGTFエンジンの燃費を最適化する。「WET」エンジンは、現在のエンジンに比べ排気に含まれるCO2とNOXを大幅に減らし、同時に高空を飛行する際に生じる飛行機雲(contrail formation)の発生を少なくする。この技術は大型機から小型機に至るまで適用できる。
「WET」エンジンの概念:
「WET」エンジンは「排気ガスに含まれる残存熱エネルギーを回収・再利用するもの」である。すなわち、エンジンの排気ガスに含まれる水蒸気を「ウオーター・セパレーター(water separator)」と呼ぶコンデンサーで回収・分離して燃焼室に噴射、繰り返し利用する。
「WET」エンジンの利点:
排気ガス中の水蒸気に含まれる熱を回収し燃焼室に噴射するので排気ガスに含まれるCO2およびNOXが減少する。同時に排気ガス中にある微粒子も減るので飛行機雲の発生が少なくなる。排気の熱を回収するので熱効率が向上/ エネルギー消費が低減する。SAFか水素燃料を使えば「WET」は2035年までに、2000年代に使われているガスタービンに比べ、上層大気への影響は80 %ほども少なくできる。
図3:(MTU)「WET」エンジンの説明概念図。
「WET」エンジンは、これまで捨てていた排気ガスの熱エネルギーを回収、再利用して熱効率を高め、燃費を改善し、C02排出などが減り排気ガスの温度が下がる。排気ガスはコンデンサー部分で冷やされ、生じた水分は液体の水になる。コンデンサーが受け取った熱はファン・バイパス流に移され推力を増やし、液体化した水はウオーター・セパレーターに入る。コンデンサーは、ファンのバイパス流で冷やされる。この過程で排気ガス中の微粒子は少なくなり飛行機雲の発生を抑制する。液体化した水はポンプで加圧され、蒸気ジェネレーターに入る。蒸気は、ここの蒸気タービンで膨張・超高温となりGTFエンジンの燃焼器内に噴射される。これでエンジンの効率が上がるだけでなく窒素酸化物/NOXも減少する。GTFエンジンと蒸気タービンに接続されたメガワット級の大型電動モーターで電力を発生、機体の「電力配分室 (Electric Bay)」に送る。
これを概念図で示すと次のようになる。
図4:(MDPI Journal) WETエンジンの半裁部分を示した概念図。元図に加筆、判りやすくしたもの。メガワット級大型電動モーターの取付位置は示してないが、ギアード・ターボファン(GTF)の低圧タービン( LPT)部と蒸気ジェネレーター内の蒸気タービンにそれぞれ取付られる。
図5:(Airbus)エアバスA320系列機にWETエンジンを搭載、ハイブリッド・エレクトリック推進装置を組み込んだ将来型機の構想。
GKNエアロスペースはスエーデンの”Global Technology Center”で、P&W製GTFに組込む新しい機能部品や装置類、つまり蒸気ジェネレーターやコンデンサーを含む熱交換器などを開発する。GKNエアロスペースは、現在英国のGKNグループに一部門、2012年にスエーデンのボルボから買収された。
エアバスは、「SWITCH」(Sustainable Water Injection Turbofan Comprising Hybrid-Electric/ハイブリッド電動システム組込み型WETエンジン)構想を、将来の実機に採用すべく、エネルギー配分方法などの検討を続ける。
コリンズ(Collins)は、メガワット級大型電動モーター・ジェネレーター、高電圧直流配電装置、熱管理システム、およびWETエンジン全体をカバーするナセル、の開発を担当する。このためにフランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、およびU.K.にある最新の施設を動員して開発に取り組む。コリンズ・エアロスペースは、かつてはロックウエル・コリンズだったが、2018年にUTC社に買収され、2020年にはUTCがレイセオン社と合併、今ではレイセオン・テクノロジーとなっている。
資金は、「SWITCH」のフェイズ1の分として2025年までに必要な金額を調達済み。この中にはハイブリッド・電動GTFエンジンの試験、WET技術およびそれに伴うサブ・システムの研究所での試験、それからハイブリッド電動システムとWETサイクル推進システムの統合化研究、などの費用が含まれている。
「クリーン・アビエーション(Clean Aviation)」プログラムは、官民合同のプログラムで、EU(ヨーロッパ連合)と欧米11ヶ国の民間の航空宇宙企業・研究所・大学などが資金を拠出し、2050年までに航空輸送での有害排出ガスを実質ゼロにする活動を進めている。
終わりに:
「WET」エンジンを含む「SWITCH」計画は、極めて独創的で将来の航空輸送をさらに飛躍させることは間違いない。米国およびE.U.各國政府の先見性ある活動には敬意を評したい。
翻って我国の現状を見るに、三菱リージョナルジェットの開発断念に象徴されるように、航空宇宙分野での政府・民間の連携の不足にもどかしさを感じる。欧米との差を取り戻すには、官・民の協力はもとより議会の後押しが必要だと考える。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- Airbus News November 29, 2022 “Clean Aviation SWITCH Project to advanced Hybrid-Electric and Water Enhanced Turbofan Technologies”
- FlightGlobal.com November 29, 2022 “Water-enhanced turbofan: Revolutionary propulsion concept based on a gas turbine engine”
- Pratt & Whitney News November 29, 2022 “Clean Aviation SWITCH Project to Advanced Hybrid-Electric and Water Enhanced Turbofan Technologies”
- MDPI Journal “Evaluation of Climate Impact Reduction Potential of the Water Enhanced Turbofan (WET) Concept” 25 February 2021” by MTU Aero Engines
- MTU Aero Engines Newsroom November 29 2022 “Water Enhanced Turbofan”
- MTU Aero Repot 06, 2022 “A Brief Guide: How the WET concept works” by Isabel Henrich