英国、 “ストーム・シャドウ” 巡航ミサイルをウクライナに供与



2023年5月16日(令和5年) 松井芳郎

2023-05-17 改定(図2の追加と誤字の修正)

5月11日英国政府は、西側諸国としては最初の長距離巡航ミサイルをウクライナに供与する、と発表した。これでウクライナ軍は、対峙するロシア軍のはるか後方にあるロシア軍補給基地を攻撃できるようになる。ウクライナは西側諸国に対し、これまで数ヶ月間長射程ミサイルが必要だと訴え続けてきたが、米国および英国は短射程のミサイル・弾薬しか供与してこなかった。

(British Government on May 11 became the first country to supply Ukraine with long-range cruise missiles, which will allow Ukraine forces to hit Russian troops and supply depo far behind the front lines. Ukraine has been asking for months for long-range missiles, but support provided by U.K. and allies such as U.S,A, has previously been limited to shorter range weapons.)

5月11日の射程500 kmの長距離巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」の供与、それに続く15日発表の射程200 kmの長距離攻撃ドローン(型式不詳)の数百機供与で戦局は大きく変わる様相を呈してきた。

図1:(Wikipedia/MBDA)「ストーム・シャドウ」ミサイルの重量は1,300 kg、弾頭は450 kg、胴体直径は48 cm、翼幅は3 m、飛行速度はマッハ0.8 (約1,000 km/hr)、エンジンはターボメカ(Turbomeca)製「マイクロターボ(Microturbo) TRI 60-30」推力5.4 kN、飛行距離は約560 km (ただし輸出型は250 km)、飛行高度は30~40 m。

英国国防相ベン・ワレス(Ben Wallace)氏は議会で「ロシアは故意に民間人をターゲットに攻撃を続けている。これに対処・懲罰を加えるために今回の長距離ミサイル供与に踏み切った。」と説明している。

ワレス国防相によると、供与するのは「ストーム・シャドウ(Storm Shadow)巡航ミサイル」で、これは射程が長いが「ウクライナ政府は自国内でのみ使用し、ロシア国内の目標攻撃には使用しない」と事前に確約している。

11日ミサイル供与開始が伝えられたが、この直後から供与が始まっており、進行中、と言う。ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナ南部のザポロジェ州の親露派武装勢力によると「ルガンクス州州都ルガンクス市の工場が12日にウクライナ軍から2回のミサイル攻撃を受けた。これは英国が供与した長距離巡航ミサイル[ストーム・シャドウ]だ」と言う。

ロシア政府は今回の供与発表に先立ち「英国がもし長距離巡航ミサイルをウクライナに供与すれば、我々はこれに対応する処置をとる」と述べている。ロシア軍は最近ウクライナに対し長距離巡航ミサイルを使い民間施設に無差別攻撃を行っており、これでウクライナの戦意を挫こうとしている。

図2:(防衛省2023-05-11発表)「ロシアによるウクライナ侵略の状況」を示した図。「ストーム・シャドウ」の攻撃があったとする「ルハンスク州州都ルハンスク」はドンバス州との境、ロシアとの国境近くにある。クリミア半島はおよそ東西250 km、南北170 kmの大きさだが、ロシア黒海艦隊基地のセヴァストーポリ軍港を含め全てが「ストーム・シャドウ」の射程内になる。

ウクライナ軍はこの半年間、主に東部戦線でロシア軍の反復攻撃に耐え、戦力を温存・蓄積してきたが、ようやく西側諸国からの軍事援助が軌道に乗り、近く領土回復のための反撃作戦を開始しようとしている。

巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」は、ヨーロッパのミサイル・メーカー「MBDA」製、航空機発射型の長射程ミサイルで、堅固に守られた重要目標を攻撃するのが主任務で射程は250 kmを遥かに超える。

英王立研究所(Royal United Services Institute)で海軍問題を担当する専門家シダース・コーシャル(Sidharth Kaushal)氏は、ウクライナに取り「ストーム・シャドウ」の入手は二つの重要な意味がある、と話している。すなわち;―

  • 米国が射程70 kmの「ハイマース(HIMARS=High Mobility Artillery Rocket System/長射程ロケット砲システム)」の供与を開始したためロシア軍は弾薬等の補給拠点を、前線から70 km以上離れた地域に移動せざるを得なくなった。今回の決定でロシアの補給デポは一層奥地に後退することになる。
  • 「ストーム・シャドウ」の射程内にクリミア半島全体が入り、この中にロシア海軍の基地「セバストポール(Sevastopol)があるため、ロシア黒海艦隊が攻撃に曝されることになる。

米国は今年5月19日に400億ドル規模の新たなウクライナ追加支援を決めた。今年2月26日現在における西側諸国のウクライナ支援状況はドイツの「キール世界経済研究所」が発表している。その大要は次の通り。

ウクライナへの支援額は米国が首位、781億ドル、2位が英国の89億ドル、3位ドイツ66億ドル、カナダ43億ドル、ポーランド38億ドル、フランス18億ドル、オランダ15億ドル、ノルウエー13億ドル、日本とイタリアそれぞれ11億ドルとなっている。

英国の支援額は米国には及ばないものの、供与する内容は最高のレベルの兵器を供与して常に他国をリードしている。すなわち、携行式対空ミサイル、携行式対戦車ミサイル、そして今年1月には主力戦車チャレンジャー2 (FV4034 Challenger 2) 14輌の供与を決定実行した。2月には、ウクライナ空軍パイロットに、NATOが保有するF-16戦闘機の操縦訓練を開始すると発表した。現在ウクライナ空軍は、MiG-29を約40機、Su-27を約30機保有している模様。

今回供与される「ストーム・シャドウ」に地上発射型が含まれるかどうかは不明。

英国を訪問したゼレンスキー(Volodymyr Zelenskiy)大統領が5月15日に英国のリシ・スナク首相 (Prime Minister Rishi Sunak)と会談、ここで英国は、ウクライナに対し飛行距離が200 kmを超える新型の長距離攻撃ドローン(型式不詳)を数百機供与すると確約した。

「ストーム・シャドウ」の供与開始が引き金となって、近日中のNATO諸国から射程300 km級の巡航ミサイル供与が始まろうとしている。

さらに、ウクライナが使用中のロシア製戦闘機(MiG-29やSu-27)に、目下英仏が共同開発した新型ミサイルを搭載すべく改修を進めているところ、と言う。

米国政府は、これまでにウクライナの供給した最も射程の長い兵器は「地上発射型小口径爆弾 (GLSDB=Ground Launched Small Diameter Bomb) で、この射程は150 kmである。米国は、ウクライナが欲している射程300 km級の「陸軍戦術ミサイル・システム (ATACMS =Army Tactical Missile System)」の供与には慎重だ。理由はウクライナがこれでロシア領内の攻撃をする恐れがあるため、と言う。

「ストーム・シャドウ」

「ストーム・シャドウ」は現在のMBDA、すなわち1994年から英国のブリテイッシュ・エアロスペース (British Aerospace)とフランスのマトラ (Matra)が共同開発したステルス形状の長距離・空中発射型巡航ミサイル。名称は英国で「ストーム・シャドウ」、フランスでは「SCALP-EG」と呼んでいる。2017年に、両国は2032年まで改良を続けながら使用を継続する協定を結んだ。

ミサイルの重量は1,300 kg、弾頭は450 kg、胴体直径は48 cm、翼幅は3 m、飛行速度はマッハ0.8 (約1,000 km/hr)、エンジンはターボメカ(Turbomeca)製「マイクロターボ(Microturbo) TRI 60-30」推力5.4 kN、飛行距離は約560 km (ただし輸出型は250 km)、飛行高度は30~40 m。搭載可能な航空機は、サーブ・グリペン、ダッソー・ミラージュ2000、ダッソー・ラファエル、パナビア・トーネード、それに2015年に改修完了したユーロファイター・タイフーン。F-35には搭載できない。

図3:(Wikipedia/Turbomeca) ターボメカ(Turbomeca)製「マイクロターボ(Microturbo) TRI 60-30」推力5.4 kNは小型低価格で、巡航ミサイル、ターゲット・ドローン、など用のエンジン。1974年から使われている。単軸式ターボジェットで長さ84 cm、直径34 cm、重さ61 kg。構成はコンプレッサー4段軸流式、環状燃焼室、タービン1段、圧力比6.3 : 1。

ミサイルは発射前に目標を設定、発射後の再設定等はできない。、発射後はランチャー・プラットフォームは直ちに移動可能な「ファイア&フォーゲット(fire & forget)」方式。誘導はGPSと地形照合(terrain mapping)方式で行う。目標に接近するとミサイルは上昇、ダイブして目標に着弾する。

実戦経験は、2003年イラク戦争で英空軍トーネード戦闘機から発射、2011年リビヤ紛争でフランス空軍ラファエル戦闘機および英国トーネード戦闘機イタリア空軍トーネード戦闘機から発射、2016年にはシリア、イラクで英仏両軍が使用。2016年10月にイエーメン紛争でサウジアラビア空軍が使用。2020年第二次リビヤ内戦でエミレーツまたはエジプト軍が使用、など。

現在「ストーム・シャドウ」を配備および発注している国は;―

エジプト 100機、フランス 700機、イタリア 200機、カタール 140機、イギリス700~1,000機。

インド、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、は保有数不明。

終わりに

5月に入りウクライナ軍の対露反攻が近く開始されるとのニュースが目立つようになってきた。これに呼応するように、EU諸国のウクライナ軍事支援の動きが活発化している。特にイギリスは、5月中旬から長射程巡航ミサイル「ストーム・シャドウ」の供与を開始、続いて大量の長距離攻撃ドローン(型式不詳)を提供すると確約、さらには「F-16戦闘機」パイロットの訓練を始めると予告、などの諸項目で他国のリーダー的存在となっている。これらに米国を含むEU諸国が追随し実行されれば、一気に戦局が変換する可能性がありそうだ。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • BBC News May 12, 2023 “UK confirms supply of Storm Shadow kong-range missiles in Ukraine” by James Gregory
  • Reuters May 12, 2023 “Britain moves first to supply Ukraine with long-range cruise missiles” By Andrew Macaskill and William James 
  • Wikipedia “Storm Shadow”
  • CNN 2023,02, 26 “ウクライナへの支援学、国別で米が首位、英独カナダ続く“