2023-06-17(令和5年) 松尾芳郎
図1:(Pratt & Whitney)エアバスA320neo系列機に装備されているP&W製ギヤード・ターボファン「PW1100G-JM」。末尾の「-JM」は、本プログラムに参加している日本(JAEC)およびドイツ(MTU)の頭文字。
2023年夏の旅行シーズンを前にして、航空各社は需要に対応できないトラブルに見舞われている。運賃は2019年より高くなり座席利用率は上昇し続けている。これらの環境に対応するには飛行機の稼働率を一層上げなくてはならない。しかし、プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney/以下P&W)製エンジン装備のエアバスA220、A320neo系列機、およびエンブラエル(Embraer) E2機では「AOG=Aircraft On the Ground」、つまり“飛べない機体”が増加中で、航空各社は対応に追われている。
(At the 2023 travel peak coming, airlines are facing an almost unexpected surge in demand. Fares are substantially higher than were in 2019, and load factors are rising. Every aircraft needs to be in the air. Yet the airlines are facing an equally unprecedented “AOG” crisis, involving Pratt & Whitney powered Airbus A220, A320neo-family aircraft and the Embraer E2 jets.)
多くのエアラインがエンジンの部品の不足や予備エンジンの入手遅れで航空機を戦列から外さざるを得なくなっている。P&Wは、「PW1000G」系列「ギヤード・ターボファン(GTF=Geared Turbofan)」に関わるスペア部品の供給や予備エンジンの確保に努力しているが、完全解決にはまだ2年ほどか掛かりそうだ。P&Wの親会社レイセオン・テクノロジー(Raytheon Technologies)の社長「クリス・カリオ(Chris Calio)氏は「まだ顧客の要求するレベルまで達していない、このため航空機の稼働率が抑えられている、目下PW1000Gエンジンの改良を進め、信頼性向上に努力しているところ」、そして「世界各地のエンジン整備施設の拡充と取卸し整備期間の短縮に取組んでいる」と語っている。
エビエーション・ウイーク誌のデータベースによると、今年4月末現在エアバスA220とA320系列機は合計で2,976機が就航中で、このうち11 %が地上繋留(AOG)か、1週間に1回以下しか使われていない。全てがエンジンに理由があるわけではないが、多くが厳しい環境下(砂塵の多い地域など)で使われているのに起因している。
エアバスA320neo系列機ではP&Wエンジン付きが全体の43 %、残り57 %はCFM Leap 1A装備。しかし、十分稼働していない機体、つまりAOG機の70 %はP&Wエンジン付きになっている。
AOGの主な原因は二つあり、第1がエンジンの燃焼器(Combustor)の耐久性不足、もう一つは重要部品や素材の供給遅延、後者にはサプライ・チェーンの能力不足が影響している。
これまでにも「PW1000G」エンジンでは初期故障に類する故障が発生、その都度対策が講じられてきた。例えばコンプレッサーのナイフエッジ・シール(compressor knife-edge seals)の摩耗問題や低圧タービンの振動問題などで、いずれも2019-2020年の生産エンジンから対策が組込まれ改善されている。しかしエンジン使用時間の増加に伴い新たな問題が発生し、エンジン取卸し間隔が目標とする時間に未だ届いてない状況にある。
現在の最大の問題は「燃焼器/combustor」の信頼性不足/耐久性不足にある。
「燃焼器/combustor」;―
問題となっている「燃焼器/combustor」は、燃料と空気を混ぜ合わせ、燃焼させ、超高温・高圧の燃焼ガスを連続発生させてタービンに送り出す装置。運転中は高温・高圧、エンジンが停止すると冷えて常温に戻ると云う過酷なサイクルを受ける部品である。
PW1000G系列の燃焼器/combustorは「Talon-X Lean-Burn/タロンX希薄燃焼」装置と呼ばれる。これは排ガス中のNOx(窒素酸化物)を低減する手法で「RQL=Rich burn, Quick quench, Lean burn/濃厚燃焼・急速冷却・希薄燃焼」と呼ぶ「Lean-burn/希薄燃焼器」である。
この燃焼器は、前部で燃料をリッチ(濃くした)状態で火炎温度を下げてやり、その直後で冷却空気を大量に入れてリーン(希薄)燃焼に移行させる方法。これで広い運転範囲で安定燃焼と高い燃焼効率が得られる。
P&Wはタロン「TALON (Technology for Advanced Low NOx )」シリーズと名付けたRQL燃焼器を開発、これをPW1000G系列に採用している。
図2:(日本燃焼器学会誌64巻207号・2022年10月20日/航空エンジン燃焼器の技術動向と展望) RQL燃焼器・Talon-x Lean-burn燃焼器の原理を示す
P&Wは、微細な孔の配置を変えたり、大きさを調整して設計変更を繰り返し、4回目の改良「D」でほぼ解決に近ずいた。これでも十分でなく、さらなる改良「D.2」で最終的な目標レベルに達し、これを次回のエンジン・アップグレードに適用することを決めた。これは2024年から予定している次世代型GTF「アドバンテージ・プログラム/Advantage Program」に組み込まれる。
図3:(Pratt & Whitney) P&WのTALON燃焼器、斜め後方からの写真。
構造は「エフュージョン・レイヤー(effusion layer)」と呼ぶ冷却板と「インピンジメント・プレート(impingement plate)」、つまり筐体板の2枚の板を重ね合わせ環状にしている。そして両層には冷却空気用の無数の微細な孔が付いている。
これが砂塵などを含む汚染の酷い大気中で使われると、粉塵が「燃焼器」の微細な孔に詰まり高温で溶け穴を塞ぐ、これで冷却効率が低下、燃焼器の焼損を早める。
このため、燃焼器の状況をモニターするため、整備ではボアスコープ検査検査頻度が増え、コクピットでは排気温度を常にチェックする必要が生じる。
エアラインの状況;―
「燃焼器問題」の影響を受けているエアラインは、インドの「インデイゴ(IndiGo)」が最大で、保有するA320neo 165機中の40機とA321neo 79機中の10機が運航から外されている。いずれもP&Wエンジン付き機体。同じインドの「ゴー・ファースト(Go First)」は、A320neo 50機中29機をグラウンドさせ運航を停止、廃業に追い込まれた。同社は原因は全てエンジンにあるとして10億ドルの損害賠償をP&Wに請求、現在係争中である。「ゴー・ファースト」によると、エンジン問題は2019年末から始まり、2020年には31 %の機体が、2022年末には50 %の機体が”AOG“になったと云う。
米国では「スピリット航空(Spirit Airlines)」が77機、「デルタ航空」が89機運航しているが、エンジン故障/部品不足で地上係留中なのはそれぞれ3機および2機、しかし今年後半にはもう少し増えると予想している。
ヨーロッパではエアバスA220を38機保有する「スイス国際航空(Swiss International Airlines)」が予備部品/予備エンジン待ちで8機が稼働を停止している。「ルフトハンザ(Lufthansa)」はA320neo 47機中3機を同じ理由で駐機させている。ラトビアの「エア・バルチック(Air Baltic)」はA-220のみ41機運航しているが、内12機を部品待ちなどの理由で稼働中止している。
A-220は-100と大型の-300の2つがあり、引渡済み265機、受注残520機となっている。その内26機が同じ理由で運航から外されている。
エアバスのA320neoやA220の生産に必要なエンジンは、予定より遅れ気味だが比較的順調に供給されてきている。
P&Wは、部品供給遅れの原因となっている鋳造、鍛造関係のメーカーの能力向上に力を入れ2024年には目標の水準に戻せる、と言っている。また取卸しエンジンの重整備能力については、アジア太平洋区域の整備拠点としてすでに指定済(2018-11-26)の三菱重工航空エンジン株式会社(MHIAEL)のMRO事業能力の拡充を急いでいる。米国内では、ノースカロライナ州アッシュビル(Asheville, North Carolina)にタービン動翼製造の専門工場を今年6月に完成、ここで動翼の機械加工、コーテイング、最終仕上げまでを行うことにしている。
P&Wによると、A320neo(PWエンジン)の半分には最新の部品が組込み済みで、これの増加を急いでいると云う。2025年には次世代型GTF「アドバンテージ(Advantage)」の出荷を開始、A320neo市場で挽回したい。「アドバンテージ」は、低圧コンプレッサー(LPC)の空力設計を改善し推力を増やすと共に燃費を1 %向上させる。これに合わせて高圧タービン2段の入口面積を調整する。またホット・セクションの信頼性向上のために運転温度を低くする。すでに飛行試験を含み、2,800時間、8,200サイクル以上の試運転を実施済である。
図4:(Pratt & Whitney)「GTFアドバンテージ」エンジンの飛行試験。
「PW1000G」系列の概要;―
「PW1000G」高バイパス比のギヤード・ターボファン(GTF)で、1993年から開発が始まった。高圧系とファンを含む低圧系の2軸式だが、最大の特徴は、ファンを駆動する軸を低圧系軸に直結するのではなく、間に減速ギヤを入れてた点だ。これでファンは低速で回転し、低圧系コンプレッサーとタービンは高速で回転できる。これでそれぞれが最も効率の良い回転速度で運転できることになる。
製造中の系列エンジンは、エアバスA320neo用のPW1100G-JM、エアバスA220用のPW1500G、エンブラエルE-Jet用のPW1900Gの3種が有り、大量の受注残を抱えている。この他に三菱Space-Jet用のPW1200G、イルクートMC-21用のPW1400G、そしてエンブラエルE2-175用のPW1700Gが計画されていたが、プログラムがキャンセルされたり、遅延したりの理由でこれらの開発は保留されている。
PW1100G-JM、PW1500G、PW1900Gの概要は一覧表に示すので参照されたい。
図5:(Pratt & Whitney)P&W GTFエンジンの代表「PW1100G-JM」の断面と主要構成コンポーネントを示す図。ギヤード・ターボファン(GTF)は、ファンと低圧コンプレッサー/タービン間の減速ギヤでファンの回転数を下げ、大型のファンを安全に低速回転させ、大量の空気を送り出し高効率で推力を発生している。
図6:(Wikipedia)PW1000G系列エンジンの概要を示す表。
P&W GTFの分業体制;―
前述したが「PW1000G」系列エンジンの製造にはドイツ・MTUと日本・JAEC/日本航空機エンジン開発協会が深く関わっている。設計を除く製造参加の割合は「PW1100G-JM」の生産シェアで、P&W /59 %、JAEC /23 %、MTU /18 %となっている。
MTUは、GTF開発段階でP&Wと協力、試作エンジンの開発に関与しており、「PW1100G-JM」では低圧タービン(LPT)、高圧コンプレーサー(HPC)の前方4段、およびHPCのブラッシュ・シール(brush seals)とHPCのニッケル(Ni)合金製ブリスク(blisks)、つまりブレード・デイスク一体構造、の製造を担当している。そして最新型の「アドバンテージ」開発では主要な役割を果たし、実現に大きく貢献している。
JAEC/日本航空機エンジン開発協会は、IHI、川崎重工、三菱重工が参加し、ファン、低圧コンプレッサー(LPC)、低圧ローター・シャフト、燃焼器、の製造を担当している。この中でIHIはJAEC担当部分の65 %(全体の15 %)を担当、担当部位は、ファン、ファンケース、低圧コンプレッサー3段、低圧タービン・シャフト。
川崎重工は、ファン出口ガイドベーン、IHIに協力・低圧コンプレッサー3段のローター・ブレードとデイスクを一体化した[IBR]、を製造している。また「PW1500G」および「PW1900G」用に燃焼器/Combustor、およびファン駆動用ギア・システム(FDGS=Fan Drive Gear System)を製造、供給している。
図7:(IHI)IHIが製造する「ファン・ハブ(Fan Hub)」、ハブの外周にある溝にファン・ブレードが取り付けられる。
図8:(Pratt& Whitney/マニアな航空史資料館)「PW1100G-JM」用ファン・ブレード。フォワード・スエプト・ワイドコード型でIHIが担当している。高さ80 cm、幅34 cm、重さ約6 kg、18枚で構成される。素材はアルコア製高強度アルミ合金、前縁にチタン合金貼り付け。従来の同推力のエンジンでは、ブレード1枚あたり14~28トンの遠心力が掛かっていたが、GTFでは減速ギアで回転数を3,200 rpm程度に下げているので7~11トンに軽減された。これで材料もチタン合金やCFRPの必要がなくなり、廉価なアルミ合金(7000系)で十分耐えられることになった。
図9:(川崎重工)「PW1500G」向けに川崎重工が製造している燃焼器/Combustor、手前に見える16個の穴は燃料噴射ノズルと取り付け孔。
図10:(川崎重工)IHIに協力して製造する低圧コンプレッサー3段のローター・ブレードとデイスクを一体化して製造した[IBR=Integrated Bladed Rotor]部品。
図11:(川崎重工)PW1500GおよびPW1900Gエンジン用に川重が製造・納品しているファン駆動ギア・システム(FDGS=Fan Drive Gear Systems)。明石工場で2020年初頭から本格生産に入っている。
三菱重工は、三菱重工航空エンジン(MHIAEL)はPW1100G-JM用の燃焼器/Combustorを長崎造船所内の専用工場で製造している。この工場は2020年11月に稼働開始、その後2倍の11,000平方メートルへの拡張が始まり2024年3月に完成する。
図12:(三菱重工)三菱重工航空エンジン部門(MHIAEL)の燃焼器製造工場の完成予想図。MHIAELはここでPW1100G-JM用燃焼器を全量生産し、P&Wに納品する。
終わりに
ファンと低圧コンプレッサーの間に減速比3対1のギアを挿入した画期的な「PW1000G」系列エンジンは、予備部品の不足、燃焼器などの焼損等の問題で、エアライン、メーカー、それにメーカーの協力企業は、対応に追われている。協力企業には日本の三菱、川崎、IHI、のエンジン企業も含まれている。状況の完全回復にはこれから2年を要すると言われているが、出来るだけ早急に状況が改善することを望みたい。
本稿作成の参考にした記事・文献は次の通り。
- Aviation Week May 23-June 4, 2023 “GTF goes AOG” by Sean Broderick, Guy Norris, Christine Boynton, Jens Flottau
- Aviation Week May 11, 2023 “Podcast: Explaining Pratt & Whitney’s Durability Problem” by Joe Anselmo, Sean Broderick ,Guy Norris, Daniel Williams
- Aviation Week December 01, 2021 “Pratt& Whitney targets A320neo Boost with GTF Advantage Engine” by Guy Norris
- 日本燃焼器学会誌64巻207号・2022年10月20日“航空エンジン燃焼器の技術動向と展望”by落合秀樹
- IHI技報 Vol.53 No.4/2013年 “PW1100G-JMエンジン・プログラムの概要“by 守屋、岡田、西村
- 三菱重工ニュース2022-04-22 “航空エンジン向け燃焼器製造の[ MHIAEL長崎工場]拡張計画を決定“
- マイナビニュース2017-06-09 “川崎重工、ボンバルデイアCシリー滋養エンジンの燃焼器を初出荷”
- P&W News “GTF Advantage Engine”
- MTU Press News “Pratt & Whitney GTF Advantage engine for Airbus A320neo family aircraft”
- 日本航空協会・航空と文化2020-03-13 “最近の民間エンジンの特徴と技術動向” by 西川秀次/IHI