ブーム、パリ航空ショーで超音速機“オーバーチェア”開発は順調、と発表


2023-07-01(令和5年) 松尾芳郎

図1:(Boom) ブームの超音速旅客機「オーバーチェア」は、アメリカン航空、ユナイテッド航空、日本航空の3社から確定+オプション合計で130機を受注。最新のニュースではアラスカ航空も購入に意欲、と言う。アラスカ航空は多くの洋上路線を運航しているのが理由。アンカレッジを中心にシアトル、ロサンゼルス、ハワイなどの路線がそれだ。

2023年6月20日、パリ航空ショーでブーム・スーパーソニック (Boom Supersonic)社は、超音速旅客機「オーバーチェア(Overture)」の開発は、エンジン「シンフォニー(Symphony)の開発を含めて著しく進捗、と発表した。「オーバーチェア」は現用のジェット旅客機の2倍の速度で飛行し、燃料は100 % 低公害航空燃料(SAF=sustainable aviation fuel)を使う。

(Boom Supersonic (Denver, Colorado) announced at the Paris Airshow, significant advances on the company’s supersonic airliner “Overture” program including development status of its engine “Symphony”. Overture will fly at twice the speed of today’s jetliners and run on 100% sustainable aviation fuel.)

図:(Boom) オーバーチェアは2029年末までに型式証明取得、直ちに就航を目指している。洋上飛行ではマッハ 1.72、陸上飛行ではマッハ0:94で巡航し、航続距離は7,800 km (4,250 n.m.)以上になる。

機体構造のサプライヤーとして新たにヨーロッパ企業3社を選定、3社はそれぞれ担当の主要構造を開発、製造し、ブームに納入する。

  • 主翼:スペインのエアノバ・エアロスペース (Aernnova Aerospace)社、所在地はミナノ・マヨール(Minano, Mayor, Spain)、が担当、超音速と亜音速の飛行に適したガル・ウイング形状の主翼構造を設計し製作する。高速飛行時の空気抵抗を減らすため、翼の厚みは現用機よりかなり薄くなる。

エアノバ社は、エアバス、ボンバルデイアなどから各種機向けの大型構造部材の受託生産を行なっており、炭素繊維複合材生産でも多くの経験を持つ。

  • 胴体:イタリア(Rome, Italy)のレオナルド(Leonardo)社が担当、「オーバーチェア」の2つの胴体セクションと翼-胴を結合するウイングボックス(wingbox)を製作する。胴体は超音速機特有の設計、即ち機首に近い部分はやや太く、主翼と結合する部分から後方は細い形になる。これで超音速時に生じる造波抵抗(wave-drag)を低く抑える。

レオナルドは、イタリア政府が30 %出資するイタリアを代表する航空宇宙企業、世界8位の防衛産業でもある。15人乗り中型ヘリAW139や艦載速射砲OTOメララ( Melara)  76 mm砲を生産する。民間機の複合材部品生産では長い経験を有する。

  • 胴体後端・尾翼:スペインのアチトウリ(Aciturri, Miranda de Ebro, Burgos)社が担当、方向舵/ラダー(rudders)および昇降舵/エレベーター(elevators)の設計、製造をする。オーバーチェアの水平安定板horizontal stabilizer)は超音速と亜音速の飛行に適合するよう分割形式になる。

アチトウリ社は各種中型旅客機の尾翼、後部胴体の受託生産、炭素繊維複合材生産も行ない、スペイン航空宇宙工業を代表する企業の一つ。

これら航空機メーカー3社は、ブーム社の欧米両大陸にまたがるサプライヤー・ネットワークに新たに参加することになる。すでにサプライヤー網に参加している企業は次の通り;―

  • サフラン・ランデイング・システム(Safran Landing Systems)、航空機ランデイングギアおよびブレーキ・システムの世界的企業。
  • イートン(Eaton)、米国の最大手自動車部品メーカーで、航空機用バルブ類、油圧機器、空気圧機器、電子機器、関連システムの開発・製造を手掛ける。
  • コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)、航空宇宙関連の世界最大のサプライヤー、航空・宇宙・一般工業関連のシステムを手掛ける。航空機ではエンジン・ナセルなどの構造部材、アビオニクス・センサー類、客室装備品、コクピット仕様、などを供給する。
  • フライト・セーフテイ・インターナショナル(Flight Safety International)、高精度シュミレーターの開発と製造、およびシュミレーター訓練によるパイロット・整備士養成プログラムを提供する。
  • FTT/フロリダ・タービン・テクノロジー(Florida Turbine Technology)、巡航ミサイル、無人機用小型エンジンの専業メーカー、P&Wで最新型軍用エンジンであるF119やF135の開発に従事してきた中核技術者を多く雇用、シンフォニーの概念設計を行う。
  • GE アデテイブ(GE Additive )、3D プリント製造(additive manufacturing)の専門企業でGEの子会社。「シンフォニー」エンジンの部品製造を担当する。
  • スタンダード・エアロ(Standard Aero)、フェニックス(Phenix, Arizona)のエンジン整備・オーバーホール専門の大手企業、国防総省からGE110系列エンジンの重整備を引き受けている。シンフォニー設計に整備視点からの助言、運行開始後はエアラインへの支援を担当する。

受注状況

「オーバーチェア」の受注は確定+オプション合計で130機に達している。内訳はユナイテッド(United Airlines)から確定15機およびオプション35機、アメリカン(American Airlines)から確定20機およびオプション40機、それに日本航空からオプション20機と1000万ドルの出資を受けている。

ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)社は「オーバーチェア」を基本にした米空軍向けにVIP機仕様の機体開発を検討しており、ブーム社と協力している。

またノースロップ・グラマン社は、NASAから「高速大気圏内飛行民間機の概念設計と技術進展検討プログラム(High-speed Endo-atmospheric Commercial Vehicle Design Study and Technology Roadmaps Development program)」の研究委託を受けており、これにブーム社が協力している。

図3:(Boom) ブームvs ノースロップ・グラマンの協力が進んでいる。

「オーバーチェア」計画の概要

ブームは今回初めて「オーバーチェア」のシステム全体像と生産に向けての計画を発表した。アビオニクス、フライト・コントロール、油圧系統、燃料系統、およびランデイングギアなどの各システムの概要を公表し、全てで最適な性能、効率化、そして安全性を追求して行くと述べた。

燃料系統には、亜音速と超音速飛行時に対応して機体の重心位置を移動できるシステムを採用する、そして低公害燃料(SAF)に適合するように仕上げる。

操縦系統や機械系統に動力を供給する油圧系統は、3重の冗長性(redundancy/2系統が壊れても残る1系統で安全飛行可能)を持つシステムとする。

ランデイングギア・システムは、世界中600路線の空港にある滑走路・タキシーウエイの規則に適合するよう設計する。

オーバーチェアの機体構造部材、すなわち、胴体や空力性能向上のためのガル・ウイング(gull wing)主翼、尾翼などには、全て炭素繊維複合材を使用する。前述の主要システムにはリスクを減らすためにいずれも既存の実証済みの技術を使う。今日までにかなりのシステム・サプライヤーが決まったが、2023年末までに主要システムの協力企業の選定を完了する。

「オーバーチェア」の性能諸元は次の通り;―

  • 巡航速度:マッハ(Mach) 1.72
  • 現用機と比べ海上では速度は2倍で、陸上では20 %増しの速度で飛行する、巡航高度は60,000 feet (約20,000 m)。
  • 世界中600路線以上で運航採算が可能、航続距離4,250 n.m (最大高速距離は4,880 mile / 7,600 km)、乗客64―80名、超音速飛行の平均料金は現ビジネス・クラス料金の55 %高と仮定する。
  • 代表的な飛行時間;―ホノルルから東京行き4時間10分(現在8:25)、チューリッヒからフィラデルフィア行き4時間50分(現在9:00)、サンフランシスコからソウル行き8時間10分(現在12:00)、ブラッセルからニューヨーク行き4時間25分)現在7:55).。
  • 全長201 feet (61 m)、翼幅 60 ft (18 m)、最大離陸重量170,000 lbs (77.1 ton)、

コクピットは、エアバス機で採用されているサイドステイック・コントロール方式、フライト・コントロール・コンピューターは3重装備だがこれに追加のコンピューターを装備する。即ち冗長性は4重になる。操縦舵面つまり“動翼”やランデイングギア等の機械装置を動かす油圧系統は3重装備の冗長性を持たしたる。

コクピットのアビオニクスはタッチ・スクリーン形式で、離着陸時の視程を確保する“Extended Vision System / 視認増強システム”を搭載する。

図4:(Boom)オーバーチェアの全景。全長61 m、翼幅18 m、最大離陸重量77.1 ton、エンジンは中バイパス比のターボファン”シンフォニー”、推力35,000 lbs (160 kN)4基。胴体は前部で太く翼接合部の後方は細くする。

「シンフォニー」エンジンの進捗状況

エンジン設計を担当するフロリダ・タービン・テクノロジー(FTT=Florida Turbine Technology)社とブーム社は、このほど細部の構造と性能の詳細を明らかにした。これを基にブーム社は3分の1のモデルを3Dプリント製法で製作、パリ航空ショーで展示した。「シンフォニー」は超音速飛行に適合したエンジンで、現在使われている狭胴型機用エンジン対比で取卸し間隔を25 %延伸、運航経費を10 %低減することを目標にしている。

ファンは1段で3段の低圧タービン軸で高速で駆動され、圧力比は低く、バイパス比は中程度、騒音発生を低く抑えている。ファンブレードはチタン合金製である。

ブームはFTTと協力して、試作エンジンの製作を行い、地上試験、飛行試験、それから型式証明取得を進めたいとしている。「シンフォニー」の生産工場はフロリダのジュピター(Jupiter, Florida)に設置することを決めている。ここはフロリダ州南東部のパームビーチ郡の北東に位置する。

FTT社長ステーシー・ロック(Stacey Rock)氏は、「シンフォニーは当面オーバーチェア用だが、設計が優れているので将来は他の超音速機用にも使われる可能性がある」と語っている。

図5:(Boom and FTT) 「シンフォニー」エンジンのカット・ビュー。高圧系と低圧系の2軸式ターボファンで、推力は3,5000 lbs級。ロールス・ロイスの元技師長(CTO)リック・パーカー(Rick Parker)氏は、極めて革新的な超音速機エンジンだ、と評価している。

「シンフォニー」の諸元は次のように発表された。

  • 2軸式、中バイパス比のターボファン・エンジンでアフターバーナーなし。
  • 推力は35,000 lbs (15.7 ton)級
  • 低公害航空燃料(SAF=sustainable aviation fuel) 100 %使用可能。
  • ファンは1段で直径72 inch (183 cm)。
  • アデテイブ・マニュファクチャリング(additive manufacturing /3Dプリント製法)を広範に適用し、軽量化、部品数削減、組立コスト低減を図る。
  • FAA part 33およびEASA CS 33の規定に適合、またICAO chapter 14騒音規定に適合。

オーバーチェアの生産と就航

オーバーチェアの初飛行は2027年を目標にしており型式証明取得は2029年を目指す。

最終組立工場(FAL=Final Assembly Lien)は、2023年1月からノースカロライナ州グリーンスボロ(Greensboro, North Carolina)で建設が開始され、2024年中期には完成する予定。ブームのCEOスコール(Scholl)氏は、最初のFALでは年産33機を予定するが2期目のFALの建設も検討中、と語っている。

ブームは並行して、本社のあるデンバー(Denver, Colorado)に、オーバーチェアのシステム設計を検証するため地上試験機/アイアン・バード(Iron Bird)を建設中。

図6:(Boom) 米国東岸・大西洋に面するノース・カロライナ州グリーンスボロのピドモント・トリアド空港(Piedmont Triad International Airport)隣接の地域で、オーバーチェアの最終組立工場(FAL)の1期工事が開始された。敷地面積はおよそ15万平方フィート、これに2万4千平方フィートのオフィス建設が予定されている。

図7:(Boom)完成間近の最終組立工場1期工事のハンガー/工場建屋の予想図。2023年には完成する。

図8:(Boom) ブーム社の拠点・デンバー、センテニアル(Centennial, Denver, Colorado)で「オーバーチェア」のアイアン・バード(Iron-bird)の建設が始まっている。アイアン・バードとは、機体の各部品、装備品、システム、関連ソフトウエア、およびハードウエアの関連性、統合性を調べるための地上設備である。新造機の開発には欠かせない試験設備である。

終わりに

日本航空は2017年12月に、ブーム社の超音速旅客機開発計画に対し、20機の優先購入権付きで1,000万ドルの資金供与をした。。創業間もない当時のブーム社が、果たして超音速旅客機を作れるのか不透明視する向きもあった。それから5年、今回のパリ航空ショーでその進捗度が公表され「オーバーチェア」完成には現実味が増してきた。

今回、主翼・胴体・尾翼の設計製造を担当するサプライヤーが決定し、並行して最終組立工場の建設工事開始され、実現性が著しく高まったと言って良い。胴体担当のレオナルド以外のスペイン企業2社は我が国では知名度が低いが、いずれも欧州の有力な航空宇宙分野の企業で、エアバス系列の大型機のサプライヤーとして豊富な実績を持つ。

システム検証用の装置アイアン・バードは間も無く完成するし、最終組立工場の建設も始まった。

唯一気掛かりなのは、超音速飛行の実験機「XB-1」の初飛行が予定より1年ほど遅れている点。同試験機は機番「N990XB」としてカリフォルニア州 モハベ(Mojave)空軍基地で地上滑走試験を繰り返して初飛行に備えている。

この上は、順調に計画が進み、2029年末のエアライン就航を期待したい。

図9:(Boom) 超音速飛行試験機「XB-1」は全長62 feet (18 m)、エンジンはGE製J-85を3基装備する。

―以上―

本稿作成の参考した主な貴女は次の通り。

  • Composites World June 6, 2023 “Boom Supersonic reveals Overture program advances” by Grace Nehls
  • Boom Overture home “Boom Annoounces Significant Overture Program Advances at Paris Air Show”
  • Boom Overture home “Symphony engine hits new program milestones”
  • Boom Overture home “Boom and Northrop Grumman progress collaboration”
  • Boom Overture home “Construction Underway at Overture Facilities”
  • Boom Overture home “Boom Supersonic Begins Construction on Overture Superfactory”
  • TokyoExpress 2022-08-10 “ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」、実現へ大きく前進”
  • TokyoExpress 2023-01-22 “ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」用エンジン「シンフォニー」の開発が決定”