2023-08-09(令和5年) 松尾芳郎
図1:(NASA Goddard Space Center) 氷に覆われた姿で宇宙を漂う地球サイズの孤独な「漂流惑星(rogue planet)」の想像図。
NASAと大阪大学の研究チームは、太陽のような恒星から離れて宇宙空間を漂流する系外惑星の数は、地球のように太陽/恒星を回る惑星よりはるかに多い、とする論文を発表した。NASAは2027年5月に「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡(Nancy Grace Roman Space Telescope)」を打ち上げる。この論文では、「ローマン望遠鏡」は400個ほどの地球サイズの「漂流惑星(rogue planet)」を発見できそうだ、と述べている。そして既に地上望遠鏡で「漂流惑星」1個を発見したと明らかにしている。
(New research by scientists from NASA and Osaka University suggests that rogue planets, drifting through space untethered to a star, far outnumber than the orbit stars like our Earth. The results imply that NASA’s Roman Space Telescope, launch by May 2027, could find 400 Earth-size rogue planets. This study has identified one such candidate.)
NASAゴダード宇宙飛行センター(Goddard Space Flight Center)の主主任研究者デイビッド・ベネット(David Bennet)氏は、共著の二つの論文で次のように述べている。「我々の天の川銀河には恒星の数の20倍、数兆個に達する「漂流惑星」が存在する。この論文は地球規模及びそれ以下のサイズの「漂流惑星」に焦点を当てた最初の研究である」
研究チームは、ニュージランド「マウント・ジョン大学の付属天文台(Mount Jhon University Observatory)」で9年間費やして「天文学マイクロ・レンズ観測法『MOA』(Microlensing Observations in Astrophysics)」を使って研究を続けた。
「マイクロ・レンズ現象」とは、恒星や惑星を観測する際に観測線状に浮遊する無関係な物質の重力の影響で目的の星からの光が曲げられる現象を言う。つまり“途中の星”がレンズの役をしその背後にある観測対象の恒星からの光を曲げる現象である。“途中の星”は直接見ることは出来ないが、「MOA」法で間接的に知ることができる。
論文の共同執筆者、大阪大学赤外線天文学グループの住貴宏 (SUMI Takahiro) 教授は「“マイクロ・レンズ観測法「MOA」”は、宇宙空間を漂流する小さな惑星や原始ブラックホール見つけ出す唯一の方法だ。我々が直接視認できない天体をその重力を通じて間接的に把握できる手法で、これが使えると判った時は大変興奮した」と語っている。
研究チームは、“地球サイズの「漂流惑星」をこれまでに2個発見済み”で、これは近刊の天文学学会誌 “The Astronomical Journal”で報告する。この論文は【天の川銀河にある「漂流惑星」は恒星の数の6倍ほどもある】と記述している。
図A:(NASA’s Goddard Space Flight Center/Cl Lab)左が望遠鏡、右が恒星2個、途中に「漂流惑星」。上の恒星の光は「惑星」重力レンズの影響を僅かに受け曲がり光度も増える。
図B:(NASA’s Goddard Space Flight Center/Cl Lab)恒星2個の位置が移動し両恒星の光が「惑星」重力レンズで曲がり、お互い接近しているように見え光度も増える。
図C:(NASA’s Goddard Space Flight Center/Cl Lab)恒星2個の位置がさらに移動すると下の恒星が「惑星」重力レンズの影響を僅かに受け光度も増える。
数十年前までは、我々はこの宇宙に太陽系内惑星の他に惑星があることを知らなかった。それが今では5,400個以上の惑星が銀河系内に存在していることを知っている(これはNASAが毎日更新している情報で、2023年8月6日現在では、4,220個の恒星系の中で5,483個の惑星が発見されている)。これらの大部分は巨大な惑星か、または恒星のごく近くを周回している惑星である。これに比べて、NASA/大阪大学チームの研究はずっと小柄な惑星を対象にしている。
阪大の 住貴宏 教授は次のように話している「地球サイズの漂流惑星はこれまで発見された巨大惑星に比べ遥かに数が多い。系内惑星の総量と自由に浮遊する漂流惑星の総量の比較が惑星形成のメカニズムを知る上で助けになるかも知れない」。
宇宙/銀河系の形成は、星々の重力の相互作用、それぞれの軌道などが影響し合い、混沌としている。軽い惑星には大きな恒星を引き付ける力はなく、それが恒星の引力を捨て去り浮遊する理由の一つになっているのかも知れない。これがお互い近くにある恒星間の引力に影響されて引き離され「漂流惑星」になると考えられる。
ジーン・ロッデンベリー(Gene Roddenberry)氏が製作した「スタートレック (Star Trek)」と云うSFテレビドラマ・シリーズがある。読んだこともTVで観たこともないが、この中こ次のような話があるそうだ。;―
「宇宙船の乗員がスター・デザート(star desert)という名の惑星に着陸する。ここで彼らはこの惑星には周回する恒星がないことを知り驚く。にも関わらず居住できる環境であることを知り、乗員達は「漂流する地球」を発見したと喜び合う。NASA/大阪大学のチームが云う「漂流惑星」が、居住可能だと云う意味ではない。
ローマン望遠鏡が未知の世界を開く
現在ある地上望遠鏡で「マイクロ・レンズ観測法(MOA= Microlensing Observations in Astrophysics)」を使い漂流惑星を発見できるのは極めて稀である。しかし4年後に打上げられるローマン望遠鏡は、広大な観測範囲に網を被せるようにして調べるので、はるかに沢山の漂流惑星を発見できると期待されている。
図2:(NASA Goddard Space Center) 多数の星々を背景に、地球から太陽と反対方向160万kmにあるラグランジェ点2 (L2) に打上げられ、観測をする「ローマン望遠鏡」の想像図。
図3:(NASA Goddard Space Center)太陽-地球の関係におけるラグランジェ点(Lagrangian points)とは、太陽・地球の引力が等しくなる点で、5箇所ある。その内の「L2点」は、地球軌道、すなわち太陽・地球の距離「1 AU=1億5000万km」のわずか外側、約160万km離れた軌道になる。「ローマン望遠鏡」はL 2軌道上でマイクロレンズ法を使い系外惑星を観測する。
図4:(NASA Goddard Space Center) 「ローマン望遠鏡」。主鏡は直径2.4 m (ハブル宇宙望遠鏡と同じ)。「広帯域計測装置」の視野はハブル望遠鏡の100倍もあるので短時間で多くの星々を観測できる。これでマイクロレンズ法を使い漂流惑星2,600個を発見できそうと云う。
ローマン望遠鏡は、次世代型の広帯域赤外線観測望遠鏡で宇宙に存在するダーク・エネルギーやダーク・マター(漂流惑星など)を広い範囲で観測、検知する装置である。搭載する「広帯域計測装置 (Wide Field Instrument) は、ハブル宇宙望遠鏡の200倍以上も広い帯域を精緻な情報として観測できる。これまでNASAが打上げたどの望遠鏡よりも多くのデータ収集ができる。
ローマン望遠鏡は、地球から太陽と反対方向160万km離れた宇宙空間の点・つまり地球と太陽の重力が釣合う点「ラグランジェ・ポイント2(L 2 点)=Lagrange point 2)」に打上げられる。ローマン望遠鏡の観測は天の川銀河の中心方向で、ここには約2平方度範囲に数億個の星々が密集している。このエリアを15分ごとに24時間連続して、72日間にわたって捜査する。各々の星で起きる「漂流惑星」によるマイクロレンズ現象は一過性で、数時間から長くて1日で終わる。従って後述の地上望遠鏡「PRIME」使って、事前に予測しておくことが必要とされる。
大阪大学助教授でNASAゴダードで研究している越本直希(KOSHIMOTO Naoki)氏は次のように話している。「ローマン望遠鏡は宇宙空間L 2点で観測するので、さらに小さな漂流惑星も調べられそうだ。これで地上望遠鏡で観測するよりはるかに高精度の情報が得られる。」
NASAの報告(2020-8-22)によると、これまで観測された恒星系の惑星を基にして推定すると、ローマン望遠鏡は地球サイズの漂流惑星を50個程度発見可能、とした。
今回NASA/大阪大学研究チームが発表した論文では、約400個の漂流惑星が発見できそうだ、としている。これは、ローマン望遠鏡から送られてくるデータと地上設置の天体望遠鏡のデータを連結することで、より精緻な情報を得られるためである。
「PRIME」望遠鏡とは
ここで地上設置望遠鏡として期待されているのが、2022年8月に設置完了・稼働を始めた日本製の望遠鏡「PRIME 」(Prime-focus Infrared Microlensing Experiment telescope)である。PRIME望遠鏡は、大阪大学、JAXAなどの共同体が開発した装置で、日本で製作、南アフリカ・サザーランド(Sutherland) の「南アフリカ天文観測所(South African Astronomical Observatory)に運び、設置された最新鋭の装置。
図5:(旅行の友、ZenTech)サザーランドはケープタウンの北東300 kmに位置する。
「PRIME」は口径1.8mの望遠鏡で、近赤外線波長帯で「天文学マイクロ・レンズ観測法『MOA』(Microlensing Observations in Astrophysics)」を使い広範囲の宇宙空域を地上で観測する世界初の望遠鏡である。この望遠鏡の64メガピクセル・カメラには、「ローマン望遠鏡」に搭載する「赤外線検知器/infrared detectors」18個と同じものを4個搭載している。これはNASAから譲り受けたもの。チームの研究者達は、これで同じ装置で観測されたデータを照合しながら検証できることになり「漂流惑星」の検出能力が一段と向上すると期待している。
観測に「近赤外線」を使う理由は次のように説明している;―
可視光のよる銀河中心部の観測では、途中にある星間物質のため減光が大きく奥にある天体が起こすマイクロレンズ現象を捉えることができない。近赤外線を使うと星間物質の影響を受けにくく減光も小さくなるので、より多くのマイクロレンズ現象を観測できる。すなわち直接観測できない小型惑星の検出数が増えることになる。
図6: (PRIME)2022年8月に南アフリカ天文観測所に設置された大阪大学・JAXA開発の「PRIME」望遠鏡。
図7:(PRIME)「PRIME」望遠鏡の中身。口径1.8 mの反射望遠鏡、近赤外線波長帯で「漂流惑星」を探索する。
図8:(NASA/Chris Gunn) L2点上で太陽を周回する「ローマン望遠鏡」と南アフリカに設置された「PRIME」望遠鏡は、同じ16メガ・ピクセル検知器「赤外線検知器/infrared detectors」を、それぞれ18個および4個使う。
終わりに
太陽以外の恒星を周回する系外惑星が続々発見されいるが、これらの大部分は「トランシット法」と呼ぶ惑星が恒星の前を通過する際に恒星の光が遮られてわずかに低下する現象で発見されたものだ。これらの星はいずれも巨大で太陽系の木星級の大きさである。
今回のNASA/阪大チームの研究の成果で、地球サイズやより小さい系外惑星の存在が明らかにされるようになった。天文学上の大発見と言えよう。しかし日本では一般には全く報じられていない。
我国の報道は、物価の上昇、円安、治安の悪化、人口の減少、台風・地震など、日本の衰退を予想させる悲観的ニュースに忙しい。しかし、ロンドン在住の谷本真由美氏は「欧州各國は経済状況が悪く食料費や光熱費が高騰、38度の炎天下でほとんどの家庭はエアコン無しの生活を強いられる。移民の増加で治安が悪化、光熱費は日本の2倍、比較すると日本は格段に住み良い羨ましい社会だ、と欧州では見られている」と述べている。
マスコミは自らを蔑むのでは無く、優れた業績はもっと胸を張って国民に知らして欲しい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- NASA July 19, 2023 “New Study Reveals NASA’s Roman could find 400 Earth-Mass Rogue Planets” by Ashley Balzer
- PRIME Telescope Home
- NASA Oct. 3, 2022 “NASA’s Roman Mission delivers Detectors to Japan’s PRIME Telescope” by Ashley Blazer
- NASA “About the Roman Space Telescope”