2023-09-24(令和5年) 松尾芳郎
図1:(Airbus)A320neo系列機には、A319neo、A320neo、A321neo、A321LR、A321XLRの各種がある。合計の受注機数は7,895機。2016年ルフトハンザで就航して以来今年8月現在で世界で約3,000機が就航中。受注機数のエンジン別ではCFM Leap付きが2,330機、P&W PW1100G-JM付きが2,485機、他は未定となっている。
図2:(Pratt & Whitney)エアバスA320neo系列に使われているPW1100G-JMエンジン。末尾「-JM」は開発製造を分担している日本「JAEC」とドイツ「MTU」の頭文字を表す。
2020年3月に生じたエアバスA320ceo / V2500エンジンの高圧タービンデイスク破裂の原因は素材に含まれた不純物、と判明。同様の製法で製造したタービンデイスクを使うA320neo /PW1100G-JMエンジンに対し、P&WおよびFAAは、該当エンジンのうち201台を9月15日までに取り卸し検査が必要、と発表した。
(Cause of the March 2020 engine failure on Vietnam Airlines Airbus A320ceo’s IAE V2500 was identified by defected material. The high pressure 1st stage turbine disk made by powder metallurgy process. Due to the similar processes applied on A320neo/PW1100G-JM’s turbine disks, P&W and FAA requested mandate inspection for 201 suspected engines.)
2020年3月、ベトナム航空(Vietnam Airlines)のA320ceoが離陸滑走中にV2500エンジンの高圧タービン(HPT)1段デイスクが破裂、破片が飛び出し離陸を中止した件があった。V2500はP&W、日本航空機エンジン協会、MTUエアロエンジンズ、(ロールスロイス、フィアット:のちに離脱)が設立したIAE (International Aero Engines)が製造するエンジンで、高圧タービン(HPT) と全体の取りまとめはP&Wが担当している。ベトナム航空のV25001段タービンデイスク破裂の原因を精査中に、同じニッケル基粉末冶金製造法で製造しているPW1100G-JMエンジンの高圧タービン(HPT)デイスクの品質にも疑念が生じ、今回のリコールが始まったのである。
P&Wが8月4日に「特別検査指示/SI=Special Instruction」ブレテインとして問題の素材が使われた疑いのある「高圧タービン/HPT=High Pressure Turbine」1段・2段デイスクを組込んだエンジン、2015~2021年に製造された201台を対象に検査を指示した。201台のうち55台は取卸し整備中や予備エンジンなので、機体装着分は146台、すなわち73機分となるが、これらは9月15日までに取り卸され、デイスクの精密検査をする。
米連邦航空局/FAAは、8月22日にP&Wが発行した「特別検査指示/SI」をそのまま「耐空性改善通報/AD=Airworthiness Directive」として発行した。ヨーロッパ航空安全庁/EASA =European Union Aviation Safety Agency」も8月28日までに同趣旨のブレテインを発行した。
P&Wが指定する検査手法は、「アングル・ウルトラソニック・スキャン・インスペクション/AUSI=Angle Ultrasonic Scan Inspection」で、オリンパス社では「アングル・ビーム検査法」と呼んでいる。一般の渦電流検査法ではプローブを対象物に直角に当てて行うが、複雑な曲面をした部材に対しては、プローブを角度を付け当てることで内部損傷を正確に検出できる。
検査対象のエンジンは2015年末から2021年初めに出荷したもので、これらの高圧タービン(HPT)1段目と2段目デイスクは、粉末冶金製造法(PM=Powder Metallurgy)で製造されている。ところが使用したニッケル基超合金粉末に不純物が混入し、それが原因でデイスクが破壊する恐れがあると判明。このNi粉末は「HMIメタル・パウダー(HMI Metal Powder)」社が製造しP&Wに納入している。
「HMIメタル・パウダー」社は、粉末冶金用のNi基超合金粉末の世界的サプライヤーで、軍需/民需を問わずガスタービン用耐熱構造部用原料の大半を供給している。現在はP&W社と同じくレイセオン・テクノロジー( RTX=Raytheon Technologies)の傘下企業になっている。
エビエーション・ウイーク誌のデータベースによると、2015-2021年期間中にPW1100G-JMを装備したA320neo系列機は、900機以上が就航中。最大のオペレーターであるインドのインデイゴ(IndiGo)の135機を筆頭に、エア・チャイナ(Air China)の46機、インド・ゴーファースト(Go First)の45機、メキシコ・ボラリス(Volaris)の44機、スピリット・エアラインズ(Spirit Airlines)の43機、中国・四川航空(Sichuan Airlines)の42機、ルフトハンザ(Lufthansa)の41機、ロシア・S7エアラインズ(S7 Airlines)の36機、全日空の31機、ターキッシュ(Turkish Airlines)の31機などと続く。
また同データベースによると、同期間中に引き渡されたA320neoの内の機齢の最も高い15,000~20,000飛行時間の機体は100機ある。しかし途中でエンジンが整備のため交換されたりしていて、個別の該当機を指定するには至っていない。FAAでは米国籍の機体では20機が該当する、と話している。
9月15日までに取り卸す201台のエンジンには、不純物が含まれたNi基超合金粉末で製造した約400個の高圧タービン(HPT)デイスクが組み込まれている。P&Wの記録によると、この400個のデイスクは同期間中に作られた約2,100個のデイスクの一部分のロットとされる。
P&W/RTXの2023年7月25日発表によると、今年9月末までに201台を取り卸し検査をする。2024年9月までに約1,000台の取り卸し検査をする。以後7~10年間隔で取り卸し検査が予想される。
P&Wは、最も長時間使われたPW1100G-JMエンジンを、定例整備を待たずに取卸し高圧タービン(HPT)デイスクの詳細な検査を実施中だが、まだ結論に達していない。
PW1100G-JM系列エンジンには、他にエアバスA220系列機用のPW1500G、エンブラエルE-Jet用のPW1900Gがあるが、これらの高圧タービン(HPT)デイスクについては、調査中として明らかにしていない。
RTXのCEO グレッグ・ヘイズ(Greg Hayes)氏は「我々は粉末冶金製法に重大な関心を払っている。安全運航に妥協は許されない、P&Wのチームが努力を傾けているのもそのためだ。顧客に多大の不便をかけているが、着実に改善していく」と語っている。
P&Wは、既述のように8月4日に「特別検査指示/SI=Special Instruction」を発行、最初の取り卸し検査を2023年9月15日までに行うことを業界に要求した。そして最新の“就航機対策(Fleet Management Plan)”として、指定するPW1100G-JMエンジンに対し「繰り返し定時検査(repetitive inspection)」、約2,800~3,800サイクル毎、および高圧タービン(HPT)1段・2段デイスクに対し5,000~7,000サイクルの使用制限・寿命を設定する、と公表した。この寿命設定は高圧コンプレッサー(HPC)デイスクにも適用する。これらに関する「指示書(Service Bulletins)」は2ヶ月以内に発行する。これらの追加処置で、これから2026年末までに世界中で600~700回のエンジン取り卸し整備が発生する。大半は2024年に行われる見通しである。
図3:(Pratt & Whitney)「PW1100G-JM」の断面図。問題の「高圧タービン(HPT)2段」で「高圧コンプレッサー(HPC)8段」を駆動する。低圧系は「低圧タービン(LPT)3段」で[低圧コンプレッサー(LPC)3段]を駆動、さらに「3:1 減速ギア」を通して「ファン(Fan)」を効率の良い低速回転にする。
図4:(Pratt & Whitney)「HMIメタル・パウダー/HMI Metal Powder」」社がP &Wに供給する金属「混合」粉末「ニッケル基超合金粉末(Nickel Base Super Alloy Powder) 」。HPTデイスクなどを製造するには、①原料の粉末を金型に入れプレス機で圧縮「成形」、これを②焼却炉に入れ焼き固め「焼結」する。これで金属の粉が結合し硬くなる。このように「混合」「成形」「焼結」の工程で素材の金属粉末を無駄なく使用する。
終わりに
PW1100G-JMエンジンの高圧タービンデイスク問題の発端は、別のエンジンIAE V2500で3年前に発生したデイスク破裂であった。破裂原因を調べる中で、同じ製法で作っている別エンジンのデイスクにも品質上の疑念が生じたという問題である。高度技術社会の複雑さに改めて警鐘を鳴らした事案といえよう。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
- Aviation Week September 4-17, 2023 “Initial Pratt Geared Turbofan Checks Targets 201 Engines” by Sean Broderick and Guy Norris
- Aviation Week.com March 23, 2023 “Material Defect Prompts PW1100G-JM Inspection Mandate” by Sean Broderick
- Aviation Week.com July 25, 2023 “Pratt & Whitney says More Frequent Geared Turbofan Disk Inspections Needed” By Sean Broderick
- Aviation Week.com August 25, 2023 “Pratt & Whitney Bulletin Details Population of PW1100Gs set for Checks” by Sean Broderick
- Flight Global July 26, 2023 “P & W to recall 1,200 PW!!00Gs for inspections in latest blow to airline operations” by Jon Hemmerdinger
- Raytheon September 11, 2023 “RTX provides update on Pratt & Whitney GTF fleet; Updates 2023 and 2025 outlook; Updates 2023 sales outlook and reaffirms adjusted EPS and free cash flow outlook”
- Pratt & Whitney “HMI Metal Powders”
- 日本粉末冶金工業会“粉末冶金とは”
- Sonatest 29th, June 2021 “Ultrasonic Inspection Angles on Curved Surfaces” by Paul Holloway
- Olympus “Angle Beam Inspection”
- TokyoExpress 2023-06-17 “P&W製ギヤード・ターボファン(GTF)エンジンの信頼性問題“