2023年10月27日(令和5年)松尾芳郎
中露両国の我国を含む東南アジア地域への侵攻意図は、台湾に対する軍事圧力、海警局艦艇による尖閣諸島海域侵犯の恒常化、フィリピン領海内での度重なる衝突、ロシア軍機の日本への頻繁は接近飛行、等その侵攻意図がますます顕著になっている。
これに対し我国防衛当局は、「侵攻すれば高い代償を払う事になるぞ」と思わせるべく、着々と反撃能力を増強している。ここでは抑止力強化を推し進める最近の事例を5項目紹介し、その進捗状況を見てみよう。
- 新型潜水艦「らいげい」進水
図1:(自衛隊協力会はぎの会/Yahoo)潜水艦たいげい型4番艦「らいげい・SS-516」の進水式。基準排水量は3,000 tonになり、水中排水量は4,200 ton以上。
10月17日川崎重工神戸造船所で潜水艦「たいげい」型4番艦の進水式が行われ「らいげい・SS-516」と命名された。同工場での潜水艦の進水式は戦後31隻目となる。
式には酒井海上幕僚長、三宅防衛大臣政務官が出席。今後、艤装工事、各種試験を経て2025年3月に完成、就役する。
船体には高水圧に耐える高張力鋼を使用、新型デイーゼル・エンジン、リチウム・イオン・バッテリー、各種システムの自動化、高性能ソナー装備等で、優れた水中運動性能・ステルス性の向上が図られている。
現在海自の主力潜水艦は「そうりゅう」型12隻だが、その後継となるのが「たいげい」型。
「たいげい」型は、全長84 m、幅9.1 mで「そうりゅう」型と同じだが、深さは10.4 mで「そうりゅう」型より0.1 m大きい。これで「らいげい」は海自最大の潜水艦となり基準排水量は50 ton増の3,000 ton、水中排水量は未公表だが4,200 tonを超える。同型艦は「SS-517」が三菱重工神戸で、また「SS-518」が川崎重工神戸で建造中、それぞれ2026年および2027年に竣工する予定だ。
乗員は70名、女性乗員6名のための専用居住区を設定する。
「たいげい」型は、「そうりゅう」型11番艦と同12番艦に続きGSユアサ製リチウム・イオン(Li-ion)バッテリーを搭載、デイーゼル電気推進の通常動力潜水艦である。リチウム・イオン・バッテリーは鉛バッテリーに比べエネルギー密度が2倍以上あり潜水行動時間がはるかに伸びる。
「たいげい」型の「たいげい」、「はくげい」、「じんげい」3隻の主機関は川重製12V25/25SBデイーゼルが2基だが、「らいげい」以降は高出力新型の川重製12V25/31型2基になる。新デイーゼルは、潜水艦に特化したエンジンで発電効率を強化、新型スノーケル吸排気管を備える。
「たいげい」型4隻は「そうりゅう」型8番艦「せきりゅう」から採用した潜水艦魚雷防御システム「TCM=Torpedo Counter Measure」を装備している。TCMとは、敵潜水艦が自艦に対し魚雷発射したのを感知すると、自艦のスクリュウ音を模したデコイを発射、敵魚雷を回避する装置。
「たいげい」型は、533 mm魚雷発射管6門を艦首上部に装備し、ここから18式魚雷やUGM-84Lハープーン対艦ミサイル(射程約250 km)、を発射する。
「たいげい」型は、フランス海軍が保有する「リュウビ (Rubis) S-601」級原子力潜水艦(水中排水量2,600ton)よりずっと大きく、通常動力型潜水艦としては世界最大である。
中国環球時報は「らいげい」の進水に関する記事で、機動性や探査能力が同型艦より向上して、通常動力の潜水艦でありながら原子力潜水艦に近い性能を備え、実戦性が大きく向上している、と述べた。その上で今後同型艦が増加することで日本の潜水艦部隊はアジア太平洋地域の安全にとり大きな脅威になる、と報じている。
図2:(海上幕僚監部)「たいげい」型潜水艦の概要。内部は浮甲板構造で外部への騒音発射を極力抑えている。
- 小松基地へF-35Aステルス戦闘機40機を配備
図3:(北国新聞)2021年11月訓練で小松基地に飛来した空自F-35A戦闘機の6機。
石川県小松市にある航空自衛隊小松基地は、1961年(昭和36年)に開設された日本海側にある唯一の戦闘航空団、空自第6航空団飛行群が駐留する基地である。配下には「第303飛行隊」、「第306飛行隊」および「飛行教導群」がある。
- 「第303飛行隊」:F-15戦闘機で編成、連日我国防空識別圏侵入機・領空侵犯機に対する警戒任務に就いている。
- 「第306飛行隊」F-15戦闘機のうち近代化改修の終わった最新の機体で構成、選りすぐりのパイロットが戦技訓練を行なう飛行隊である。
- 「飛行教導群」:F-15戦闘機で編成、全国戦闘機部隊および警戒管制部隊に対する戦闘訓練の指導が任務、通常「敵役」を演じ通称「アグレッサー(aggressor)」と呼ばれる部隊、独特の塗装を施した機体を運用している。
防衛省は10月19日、小松基地に最新鋭ステルス戦闘機F-35Aを最終的に40機配備する計画を公表した。2025~2027年度に第1隊目として20機を配備、以後2028年度に8機を配備、その後に12機を追加して第2隊目の配備を完成する。第1隊目の配備先は「飛行教導群」になる。これで中国による台湾侵攻の圧力など国防環境の厳しさに対応し、日本海側唯一の戦闘機部隊の機能強化を図る。19日に防衛省近畿中部防衛局茂籠(もろ)勇人局長が小松市役所宮崎勝英市長を訪問、計画を伝えた。国際情勢が緊迫化する中で12月の予算編成を待たずに公表したものとみられる。
小松基地の周辺には広大な訓練空域があり訓練効率が良いことと、日本海を挟んで指呼の距離に中露両国という敵性国家が存在する点を勘案して、小松基地を選んだ。
これで空自F-35Aの配備は、青森県三沢基地の2飛行隊(第3航空団―第301飛行隊、第302飛行隊)に続き5年後には4飛行隊編成となる。
余談だが、小松基地には、8月8日にはイタリア空軍のF-35A戦闘機2機が、また8月30日にはオーストラリア空軍のF-35A戦闘機4機が小松基地に飛来、空自F-15戦闘機と日本海上の空域で訓練を行なっている。
図4:(航空自衛隊小松基地)1944年小松海軍航空隊基地として開設、1961年航空自衛隊第6航空団の本拠地となり、空自が航空管制を所管、民間航空も利用する共用空港となっている。滑走路は1本で、“方向06/24長さ2,700 m幅45 m”、これを挟んで両側にタキシーウエイがあり、山側は空自基地、海側には「小松(金沢・福井)」と表記される民間航空用ターミナルがある。日本海には広大な演習空域が広がっている。
- レールガン/電磁砲の洋上射撃試験を実施
図5:(防衛装備庁/海上自衛隊)防衛装備庁は10月17日、海自護衛艦に口径40 mmの弾丸を発射する小口径レールガンを搭載、実射試験を行ない、成功した。
従来の火砲は弾丸を火薬で発射する仕組みだが、レールガンは火薬の代わりに電源を持ち、高出力の電流を流して超高速で弾丸を発射するシステム、電磁砲とも呼ばれる。超高速の弾丸を撃ち出すので、CIWSなど従来の対空機関砲では対応できなかったマッハ5級の極超音速ミサイルの迎撃にも有効で、艦艇を守るための手段として期待されている。しかも弾丸を高速で連射ができ、ミサイルよりずっと小型の弾丸のため敵の探知・迎撃を受けにくい利点もある。中露両国が保有する超音速ミサイル迎撃用として海自艦艇に配備される予定。
今回の試作砲は口径40 mm、弾丸重量320 グラム、弾丸初速はマッハ6.75であった。
図6:レールガンの原理。大電流を2本のレールと飛翔体/弾丸を通して流すと、飛翔体には電磁誘導により矢印の方向に力が働く。これがレールガンの原理。飛翔体の重さ・初速などの要件で消費電力が変わる。米空母「ジェラルドR.フォード」は、カタパルトに本方式の60メガワット級の電磁カタパルトを装備している。
レールガンの特徴は次の3点;―
- 極超音速で弾丸を発射可能、今回の試作砲では2,297 m/秒(約マッハ7)の初速を出した。これは戦車砲の1,750 m/秒を相当上回る。
- 電気エネルギーを使うので弾丸初速が容易に変えられる。
- 弾丸サイズが小さいので探知されにくい。また超音速で飛翔するため迎撃されにくい。
図7:(防衛装備庁技術シンポジウム2022)防衛装備庁ではレールガン開発に2016年から取り組み、2022年度からは実用化に向けた連射性能の向上、飛翔時の安定性など実用化に向けた研究を加速中。写真中央の「砲部」は今回の艦載砲の前身となる試作砲。
防衛省ではレールガン研究費として2022年度/65億円、2023年度/160億円を計上済み、そして2024年度概算要求では238億円を投入、実用化に向け加速中である。
- 出力100 KW級レーザー装置の開発
図8:(防衛装備庁)防衛装備庁が開発した車載型の出力100 kw級レーザー装置の発射の様子。
ウクライナ戦争で、大量のドローンによる攻撃、いわゆるスワーム(swarm)攻撃の防御策が問題になり、対処策として各國では高出力レーザーの開発に取り組んでいる。
米国はイスラエルと共同で1996年から「戦術高エネルギー・レーザー/THEL=Tactical High-energy Laser」と呼ばれる対空レーザー兵器の開発に着手、射程5kmの範囲で100 %の迎撃率を達成しほぼ実用の域に達している。
我国では防衛装備庁が開発中で、2023年8月に出力100 kwのレーザーシステムの野外試験に成功した。飛来する迫撃砲弾およびドローンにレーザー光を照射、瞬時にして撃墜に成功した。システムは、高出力レーザー発生装置と目標と捉えてロックオンする装置から成る。
レーザー兵器は発射コストが低く、大型装置でも1ショットあたり費用は百円程度。
開発には、三菱重工が車載型出力10 kw装置/射程1.2 kmを開発・中国製ドローン撃墜に成功している、また川崎重工が艦載用の出力50 kwの装置の開発で協力している。
米海軍では33 KW出力のAN/SEQ-4艦載用システムをミサイル駆逐艦に搭載、横須賀基地に配備している。防衛装備庁が発表した100 KW出力のレーザー・システムは、米海軍配備システムの3倍の出力となる強力な装置だ。
レーザー発射装置の原理については「TokyoExpress 2020-02-16 「来襲するミサイルやドロンを迎撃するレーザー兵器の開発」に述べているので参照されたい。
図9:(防衛装備庁)防衛装備庁が今年8月に発射試験を行った出力100 kwレーザー・システム。
図10:(防衛装備庁)100 kwレーザー・システムは、大型トラックに搭載され、レーザー発射装置は車体後部に設置されている。
図11:(三菱電機)三菱電機が開発した出力10 kwレーザー装置(左)と撃墜実験に使った中国製ドローン(右)。
- 米政府、JASSM-ER長射程巡航ミサイル対日輸出を承認
図12:(Lockheed Martin) [AGM-158B JASSM-ER]は重量1,200 kg、長さ4.3 m、翼幅2.7 m、弾頭炸薬450 kg、エンジンWilliams F-107-WR-105ターボファン、誘導はGPS, INS, IIR、命中精度はCEP( circular error probable) /半數必中界) 3 m。発射母機は、B-1、B-2、B-52H、F-15E、F-16、F/A-18。それに空自のF-15J能力向上型。
米国務省は2023年8月28日、空対地スタンドオフ巡航ミサイル射程延長型 (JASSM-ER =Joint Air-to-Surface Standoff Missiles – Extended Range)を50発、GPS妨害排除システム付きで、総額1億400万ドル(約145億円)で日本に売却することを承認した。
航空自衛隊ではF-15J戦闘機能力向上型機に「AGM-158B JASSM-ER」を搭載、1,000 km離れた位置から敵目標を攻撃するするスタンドオフ・ミサイルとして使用する。
空自は、約200機のF-15J/DJを保有しているが、前期生産型100機を除く後期生産型102機に対し近代化改修(J-MSIP=Japan Multi-stage improvement program)を実施してきた。このうち単座型F-15Jの68機に対し「能力向上型」改修の実施を決めた(2022年2月)。この「能力向上型」への改修は、レーダーの更新、スタンドオフ・ミサイルの搭載能力、搭載ミサイル数の増加などを含んでいる。
「JASSM-ER」は、ウクライナ軍がイギリスから供与され実戦に投入している「ストームシャドウ」と似た巡航ミサイルだが、射程は4倍にもなり遠距離から安全に発射できる。
防衛省では、空自戦闘機から発射可能な対地攻撃用巡航ミサイルとして、「12式地対艦ミサイル能力向上型」射程1,500 kmの「空発型」の開発に取り組み中だが、「地発型」の完成が2025年とされ、「空発型」の配備開始はさらに遅れる予想。一方で、長射程対地攻撃巡航ミサイルの配備は緊急の課題、この空白を埋めるため「JASSM-ER」の導入が急がれていた。
「JASSM-ER」は、米空軍で2014年から配備開始、オーストラリア、フィンランド、ポーランドが導入を決めている。
図13:(Boeing)航空自衛隊F-15J戦闘機能力向上型の完成予想図。68機のF-15Jが三菱重工の手で改修工事中。胴体下部にはスタンドオフ・ミサイル「[AGM-158B JASSM-ER]あるいは「12式対地・対艦ミサイル/空発型」が描かれている。
終わりに
中露両国の侵攻意図を封じるため防衛省は対応策を急いでいるが、ここではその内の5項目について紹介した。いずれの項目も実戦部隊に配備されれば大きな抑止力向上につながる。早急な実用化を望みたい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- 川崎重工ニュース2023-10-17 “潜水艦「らいげい」進水」
- Yahooニュース2023-10-17 “海自に最新鋭潜水艦たいげい型4番艦「らいげい」進水、高出力の新型デイーゼル機関を初採用”by 高橋浩佑
- 環球時報/Exciteニュース2023-10-20 “日本の最新鋭潜水艦「らいげい」が進水、「原潜に迫る性能・アジア太平洋の脅威に」と中国で警戒感”
- TokyoExpress 2020-10-19 “29SS、3,000 ton級・新型潜水艦「たいげい」が進水“
- 北国新聞2023-10-20 “小松全40機、F-35Aに 防衛省軽買う、28年度8機配備”
- 防衛装備庁 “レールガンの研究―火砲を変える電気の力” by 陸上装備研究所・弾道技術研究部
- 防衛装備庁技術シンポジウム2021陸上装備研究所弾道技術研究部発表“陸装研レールガンの最新研究〜エロージョン克服への挑戦”
- 日刊工業新聞ニュースイッチ2023-10 20 “防衛装備庁と海上自衛隊が洋上射撃試験、「レールガン」とは”
- Yahooニュース2023-10-19 “世界初のレールガン洋上射撃試験について防衛装備庁に聞いた” by高橋浩祐
- 防衛装備庁技術シンポジウム2020 “高出力レーザー技術の研究“
- 防衛装備庁技術シンポジウム2021 “車輌搭載型レーザーの早期実用化の研究〜光の弾丸が変えるこれからの戦闘“by 第4開発室
- 防衛装備庁2023-8-30 “高出力レーザーシステムの野外試験
- 防衛装備庁の研究開発事業の進捗 in FY2023 “高出力レーザーシステム”
- TokyoExpress 2020-02-16 “来襲するミサイルやドローンを迎撃するレーザー兵器の開発”
- TokyoExpress 2017-07-08 “米海軍、5月31日に新空母ジェラルドR.フォードを受領”
- Airforce Technology August 29, 2023 “US clears $104m JASSM-ER cruise missiles sale to Japan” by Andrew Solerno-Garthwhite
- TokyoExpress 2019-03-04 “米国防総省、中国の軍備拡張に対抗し、対艦ミサイルの増強を急ぐ”