「サプリの制度」 安全性を見失うことなかれ


2024-5-3(令和6年)木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)

■死者5人、入院や通院は1400人以上

 小林製薬(大阪市)の紅麹成分を含むサプリメント(栄養補助食品)の健康被害が、大きな社会問題になっている。小林製薬のホームページによると、4月24日時点で死者は5人に上り、1500人近くが医療機関を受診している。問題のサプリは、審査がなく、届け出だけで効能をうたって販売できる「機能性表示食品」の制度を利用したものだった。

 まず、これまでの経緯を簡単に振り返ってみよう。3月22日、小林製薬が紅麹コレステヘルプなどを摂取した人が腎臓病になったとして「紅麹を使った3種類の製品を自主回収して使用を中止する」と発表した。紅麹コレステヘルプは2021年2月に発売され、累計110万個を販売するなど人気商品だった。3種類とも血中のLDLコレステロールを抑える効能を表示していた。ちなみにLDLコレステロールは悪玉コレステロールとも呼ばれ、増え過ぎると動脈硬化を引き起こして心筋梗塞や脳梗塞を発症する。

■健康被害は速やかに報告・公表を

 小林製薬は今年1月15日に健康被害を把握していた。しかし、消費者庁に届けたのは2カ月以上たった3月21日だった。その後、大阪市経由で厚生労働省に連絡が入り、前述した22日の発表となった。さらに26日、小林製薬は「初の死者が確認された」と発表した。この死亡例の報告を受けていなかった厚労省は26日深夜、急きょ廃棄命令を出すよう大阪市に通知した。

 小林製薬の対応の遅れが批判されるなか、厚労省は3月30日、原因物質について青カビが生成する天然化合物の「プべルル酸」とみられる、と発表した。小林製薬も前日の29日に記者会見を行っていたが、「未知の成分」とだけしか公表していなかった。プべルル酸は紅麹菌から自然発生することはなく、製造工程で混入したとみられる。抗生物質の特性を持ち、毒性が非常に高い。しかし、腎臓疾患との関連性は不明で、現在、調査が進められている。

 小林製薬は「原因究明に時間がかかって対応が遅れた」と釈明するが、人命や健康に関わる重大な問題である。健康被害の情報を把握した時点(1月15日)で迅速に行政機関に報告すると同時に記者会見して公表すべきだった。被害の拡大を防ぐことが何よりも大切だからである。

■安倍政権下の経済成長戦略の1つ

 繰り返すが、問題のサプリは、機能性表示食品の制度に基づいて販売されていた。この制度は、食品の安全性と有効性についての科学的根拠を消費者庁に届け出るだけで、国(食品安全委員会など)の審査なしに効能をうたって販売できるもので、安倍政権下に経済成長戦略の1つとして2015年に導入された。

 機能性表示食品制度のみそは、企業に責任を持たせ、安全性と有効性の担保を企業に委ねるところにある。本来、食品は食品表示法上、その食品が健康に及ぼす効能は表示できない。それを簡単にできるようにしたのだから企業にとってこれほどの好条件はなかった。制度開始から市場規模は300億円から7000億円と20倍以上に跳ね上がったといわれ、現在、6800を超える機能性表示食品の製品が存在している。

 しかしながら審査がなく、販売の許可を得るのに時間と費用がかからないからといって安全性が軽んじられるようでは、消費者はたまったものではない。小林製薬の問題を徹底的に調査する必要がある。

 機能性表示食品と同じ食品群(保健機能食品)の中には、1991年にスタートした「特定保健用食品(トクホ)」がある。これは企業の申請によって食品安全委員会などが安全性と有効性を製品ごとに審査して許可する。医薬品と同じように臨床試験(治験)のデータも必要で、企業にとってはかなりの時間と費用がかかる。

■問題を検証し、再発防止へ

 ところで、小林製薬の社名には「製薬」とあるが、医療用医薬品(処方薬)は作っていない。市販薬(大衆薬、OTC医薬品)も4分の1の売り上げで、1960年代以降、開発に手間のかかる製薬より、芳香消臭剤や冷却用シートなどの日用品に力を入れ、人気商品を生み出してきた。同様に機能性表示食品も健康ブームに目を付けて開発された。同族経営の企業でその弊害も指摘されている。

 これまでの報道によると、小林製薬は昨年4月、紅麹の原料を生産していた大阪工場で誤って床にこぼした大量の資材をすくい取って使い、後から不適切だったと判断して回収している。この他にも紅麹菌の培養タンクの中に外部の水が混ざって資材を廃棄するなど衛生管理上のトラブルが起きている。

 こうした企業体質を持つなか、今回の問題が起きた。利益を追求するあまり安全性とのバランスが崩壊したのだろう。収益性を上げることに重点を置いた結果、品質や衛生の管理が徹底できなくなったのだ、と思う。安全性を見失ったのである。

 だからといって機能性表示食品の制度自体を悪者扱いするには無理がある。規制緩和による機能性表示食品の登場でサプリメントの市場が拡大し、経済効果が大きかったことは間違いない。

 重要なことは、安全性をチェックする消費者庁や厚労省が小林製薬の問題が起きた背景を含めて検証を行うことだ。なぜ、小林製薬の製品に健康被害が生じたのか。原因を究明し、ほかの機能性表示食品で同じことが起きないよう制度を改善するなど再発防止に努めることである。

―以上―

◎慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の2024

年5月号(下記URL)から転載しました。

Message@pen | 綱町三田会倶楽部 (message-at-pen.com)